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第3章 鍛練

第52話 一刀両段

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 不自然な体勢は身が縮むんじゃないのか?

 て言うか、この姿勢で素振りとか拷問だろ?

「黙ってやれ」

 ボヤキを口にしていたらしい。

 スパーンとヤられた。

 何にせよ、この体勢が一番力の伝達に適しているという。

 正に習うより慣れろ・・・だな。

 上段から正眼を繰り返し、足は跳ねるように前後する、近代剣道のような素振りではない。

 上段からの切り落としに膝の撓みを連動させ、足裏を徹して太刀に勢いを持たせる、力を循環させる動作を確認しながらの素振りである。

 実際は相手の太刀を弾き、自分の太刀を相手の頭頂に付ける流れになるらしい。

 相手の太刀を弾くと、自分の頭頂を狙っていた相手の太刀筋は強引にずらされ、力を無くして打つだけのものになるという。

 日本刀はその形状から、太刀筋が立った引き切りに特化している。

 つまり、太刀筋を立て、引いて切らなければ斬れないのだ。

 斬り合いの瞬間、相手の太刀を弾いて力を無くさせ、筋をずらして打たせるに止め、自分の太刀は相手を真っ向唐竹に割る。

 ・・・つもりで素振りする。

 一つ一つの動作を僕の傍らに立って観察し、たまに手直ししたり、動作の説明を繰り返したり、スリッパで頭を叩いたりして、付きっきりで教えてくれる。

 これはある意味贅沢なんじゃなかろうかと、僕は現状を受け入れた。

 スリッパは勘弁して欲しいけど。

 ちなみに、このスリッパはナターシアさん謹製らしい。

 以前、クレイは弟子への教育に杖を使っていたようで、僕は背中に詰め合わせモノが走った。

 十兵衛に杖と言えば、すぐに十兵衛杖が思い浮かぶ。

 十兵衛杖は十兵衛が考案したと言われているが、実際は宗厳が考案し、十兵衛が改良したモノである。

 鉄の棒を和紙で包み、麻紐で巻いた上に漆を塗ったのが宗厳が考案した柳生杖で、十兵衛は鉄芯を竹で包み、和紙と麻紐で巻き上げて漆で固めた。

 十兵衛が旅の途中、盗賊の一団に囲まれた時、言われるまま腰の物を抜いて盗賊に渡し、盗賊が油断した瞬間、この杖で盗賊を叩き伏せたという。

 おそらく自作の杖を実戦で確かめたかったのだろうと、今のクレイを見て思う。

 て言うか、そんな杖で弟子を殴るなよ。

 グッジョブ、ナターシアさん。

「大分マシになってきたな」

 僕の立ち姿を見ながら、クレイは顎を擦る。

「コレ何か技名とかあるの?」

 ゆっくりと形を繰り返しながら、僕はクレイに尋ねた。

 何をやっているか知った方が、理解は進むと思いますよ、僕は。
 
 クレイはニヤリと笑い、『三学円之太刀一本目・一刀両段』と呟いた。

 ちょっと鍛練に身が入ったのは仕方ない。

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