異世界・野獣暴れ旅 ~スローライフに憧れて~

送り狼

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プロローグ

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 一言で言えば雑多な感じの部屋だった。

 三十床ほどの可変ベッドが並び、その間を看護師が行き来している。 

 男女の区別なく、九割のベッドに患者が横になり、腕の血管を傍らの機械に繋げている。

 ある人は壁に掛けられたテレビを見入り、ある人は掛けられた毛布を抱くように目を閉じる。
 
 だいたい4~5時間、それぞれが思い思いのコトをして過ごす。

 総じて顔色が悪く、痩せていた。
 
 そういう僕もまた、同じようなものだ。

 小学生の時からインシュリンを使い、中学生で透析を始め、高校生になって登校に支障が出始めた。

 若年性糖尿病からの腎機能障害。

 僕の身体であることから、ある種の諦めで受け入れることも出来たが、母さんの申し訳なさそうな表情や悲しげな佇まいには、いつも胸が締め付けられる。

 『私が健康な身体に産んであげられなかったから』

 『変わってあげられるなら』

 『本当にごめんね』

 母さんは口癖のように、事ある毎に呟くようになった。

 そりゃない。

 身体が弱かったのは事実だけど、そう願って産んだ訳じゃないはずだろ?

 だったら母さんのせいじゃない。

 誰のせいでもない。

 とはいえ、神様ってのがいるなら、是非とも聞いてみたい。

 どうしてこうなった?

 健常者を羨んでも詮がなく、ただただ運が悪かったと諦めるしかない。

 むしろ、完治しない病気の治療費を払い続ける、親に申し訳ないとさえ思ってしまう。

 いっそのこと・・・と、考えてしまう自分が居ないでもない。

 もちろん、自分でってコトじゃない。

 それを考えられる程、僕は僕の人生に無責任にはなれなかった。

 要はまだ抵抗し続けるコトが出来るってコトだ。

 僕の人生は残念ではあるが、最悪ではなかったから。

 運動が出来ない僕のため、母さんは良く本を買ってきてくれた。

 歴史モノが好きだと判ると、時代小説から伝記モノ、ムック本や何故かラノベまで買い集め、僕の部屋は本屋のような様相を呈していた。

 これで不幸だと宣うほど、僕は安い人間じゃないつもりだ。

 愛されてると思うのは面映ゆいが、確かに僕は健常者以上に濃厚な愛情に支えられていた。


 


 ボンヤリした意識の果てで、けたたましいアラーム音が鳴りはじめ、途端に周囲が慌ただしくなった。

 また誰かの血圧が危険域に入ったのだろう。

 最近知り合いになった女の子じゃないといいな。

 母子家庭で生活保護を受けているというその子は、本が好きだと言っていたけど、経済的に余裕がないからと苦笑していた。

 僕は彼女に読み終わったラノベを中心に本を譲ってあげていた。

 はにかみながらお礼を言ってくる、彼女の笑顔が好きだった。

 透析中に血圧が低下し、戻ることなく亡くなるのは珍しい事じゃない。

 それは老人だからとか、子供だからとかって区別なく、来る時は来るってヤツだ。

 今まで何人も見てきたけど、そのたび次は自分かもと戦々恐々としていた。

 死刑囚と変わらないと揶揄する人もいたが、そりゃ違うでしょ。

 他人の意志で死ぬのと、生き切れなかったのでは雲泥の差がある。

 病気で亡くなる人は、頑張って生きようとして叶わなかっただけで、死ぬことを望まれた訳じゃない。

 まぁ死ぬって一点だけは同じだけどね。



 あぁすごい眠い。



 眠くて寒い。

 透析の時はいつもこうだ。

 ずっと血の気が引いている感じ?



 寒気が収まらない。


 身体まで震えている。




 看護師さんに電気毛布・・・

  















 こうして、僕は死んだ・・・。











 ・・・はず・・・だよな?


目の前には緑鮮やかな広葉樹の森。

 空は蒼く澄み渡り、雲の一つもない。

 陽は中天にさしかかり、全身を撫でるように過ぎる風は初夏の爽やかさを演出している。

 足元には柔らかい土の温かみと、短い草葉の絨毯が、生命の香りを沸き立たせる。

 彼方に見える、雄大な連山のパノラマ。

 地平線の向こうに延びる道の一筋。

 何故かポツネンと佇む僕一人。

 まてまてまて。

 のどかな情景って何!?

 ていうか、ここドコ!?

 半ばパニックになりかけた僕は、落ち着くために深呼吸を繰り返す。

 確か、病院で透析中だったハズ。

 急に悪寒が・・・そうか。

 僕は死んだ?

 それじゃあ、ここは天国とかあの世とか、そんな感じ?

 あるいはまだ死んでなくて、単に夢を見ているだけってコトか?

 もしくは脳内麻薬による臨死体験中?

 だとすれば助かる可能性もあるってコトか。


 ぼーっと佇みながら、

 うん、これは夢に違いない。と結論付けた僕だったが、その結論は瞬く間に覆されるコトとなる。

 森がざわめき、けたたましい鳴き声を上げて鳥っぽい何かが数羽、すごい勢いで飛び去った。

 森の奥から獣の咆哮が響き、僕は森を凝視する。

 正体を見極めなければならないと、何故か考えてしまっていた。

 少なくとも、身を隠すコトすら出来ない程、僕は平和ボケしていたようだ。

 そんな僕の目の前に、森の木々を破壊しながら飛び出して来たのは、身長が僕の二倍近くはある鬼だった。

 茶色い身体は筋肉の鎧に被われ、申し訳程度のボロ布が下半身の一部を隠す姿は、見るからに匂ってきそうだった。

 下顎から牙を覗かせ、額の真ん中には立派な角があった。

 鬼は急に広い場所に出て戸惑ったのか、辺りを何度も見回し、僕と視線が交差した。

 見詰め合う僕と鬼。

 次の瞬間、口から涎を垂れ流し、咆哮を上げながら鬼が僕に向かって走り出した。

 行動は獣のようだが、身体能力はただの獣を上回っている。

 あっという間に距離を縮めて来た。

 動き出し、速いと思ったら目の前である。

 突っ立ったままの僕に、鬼が右手を引いて拳を握りしめる。

 渾身の右ストレート。

 僕自身がすでに死んでいるにしろ、まだかろうじて生きているにしろ、今の状況は斜め上過ぎるだろ。

 正直死んだと思った。

 ていうか、マジ悪夢だ・・・。

 いやまて。

 何だコレ。

 時間が停止したような状況の中、僕を殴りかかった格好のまま、鬼の身体が揺れた。

 正確には、鬼の左肩から右脇に線が走り、ゆっくりとズレ落ちていた。

 生暖かい液体が吹き上がり、僕の全身を汚していく。

 臭い。

 展開が急過ぎて思考が追い付けない。

 何が何だか。

 ただハッキリ言えるコトは、

「マジ勘弁してください」

 
 
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