ネバーランド・アパートメント

ぴよ太郎

文字の大きさ
9 / 15
一年目 ~移民の歌~

しおりを挟む
 「朝早くからごめんね」
 「いえ、大丈夫です。もう起きてコーヒーを淹れていましたから」
 「戸田くんのコーヒーね。とてもいい香り」

 そう言って優しい笑顔を僕に向けたが、どこか寂しそうだ。

 「いきなりで申し訳ないんだけど、ゆきちゃんが飼ってるワンちゃん知ってる?」
 「ええ、何度か一緒に散歩しましたから」

 ゆきちゃんはタマという猫みたいな名前の茶色いチワワを飼っている。とても人懐こくて、まさにゆきちゃんの相棒といった感じだ。

 「タマちゃんですよね」

 僕が言うと、ゆきちゃんが顔を上げた。マキさんはゆきちゃんの肩を優しくなでながら「世界一可愛いんだよね」と囁くと、ゆきちゃんが「うん」と小さく笑ってマキさんと顔を見合わせた。
 チワワといえばいつも大きな声で鳴いているイメージだったが、タマちゃんは物静かでほとんど鳴かない。その代わり大型犬のごとく舌を出して「ハッハッハッハッ」と言っている。物静かでいいと思っていたが、迷子になってみると吠えてくれた方がありがたいような気もする。

 「でね、タマちゃんが昨日からどこかに行っちゃったみたいなんだよねえ」

 小山さんが言うと、なんとか泣き止んでいたゆきちゃんがまた泣き始めた。そんなゆきちゃんの肩を、マキさんが優しく撫でながら言った。

 「それでね、タマちゃんを探したいんだけど、ゆきちゃんは学校に行かないとダメだし、私も今日はどうしても休めないし」
 「戸田君もお師匠さんが撮影旅行に出ている間は店を任されているから、参加できなくてねえ」

 にも関わらず、戸田はマキさんと違って常識がないから店を閉めようとしたのだけれど、ゆきちゃんに止められて仕事に向かったようだ。

 「僕も探します」

 即答した。当たり前だ。もちろんゆきちゃんやタマの為でもあるけれど、マキさんの頼みを断れるハズがない。正確にはまだ何も頼まれていないけれど、頼まれる前に了解するのが正解だと思うのだ。

 「ありがとー」

 小山さんがのんびり言って、ゆきちゃんとマキさんの方に向き直った。

 「僕らは暇人だから、探すよお」

 マキさんは慌てて手を振って「そういう意味で言ったんじゃないよ」と言った。でも、僕らは暇だ。是非お手伝いさせてくださいと言い、ゆきちゃんとマキさんを見送った。

 「まるで探偵みたいだねえ」

 小山さんはのんびりしている。決してタマちゃんの迷子という事態を軽く見ているわけではないけれど、小山さんは慌てるということとは無縁だから、いつもこんな感じだ。

 「でも、何からすればいいんでしょうか」

 まずはこれである。迷子を捜すなんてことはしたことがないから、何からすればいいのか、どこに行けばいいのかなんて分からない。

 「大丈夫だよお。こういう時はまず情報屋さんのところに行くんだ」

 のんびりした口調で、頼もしいのか頼もしくないのかよく分からないことを言った。
 情報屋。
 小説なんかでは薄暗い場末のバーなんかに行くと、後ろからこっそり近づいて来て「五万」などとつぶやく情報屋がいる。主人公が五万円を渡すと、「四番倉庫に午前二時、ブツは八十キロだ」などと言って去っていく。そんなハードボイルドな世界は小説か映画にしかないと思っていたが、まさか身近にその情報屋がいたなんて。しかも小山さんは今から会いに行くという。

 「じょ、情報屋さんって、ど、どんな人なんでしょうか・・・」

 緊張で声が震えているのが自分でも分かる。当然だ。今から場末のバーで正体不明の情報屋に会うのだ。

 「ええっとねえ、顔にすごい傷があるけど、気にしないでねえ」

 その言葉に不安を覚えない人がいるならぜひお会いしたい。
 小山さんは僕の不安など微塵も気にせずにどんどん歩いていく。僕は前を歩く大きな背中を眺めながら、どんどん自分が小さくなっていくのを感じていた。
 しかし、小山さんはいっこうに場末のバーがありそうな場所、たとえば裏路地や合言葉で通してもらえる秘密の通路などには向かわず、ずっと明るい大通りを歩いている。こんな所に情報屋が住んでいるのだろうか。

 「ここだよー」

 そう言って小山さんが指し示したのは場末のバーではなく、なんと病院だった。

 「竹村医院、ですか」
 「うん。情報屋さん」

 そりゃそうだよな。僕は思った。そんな映画みたいな情報屋なんかいないだろうし、いたとしても危ない世界の住人しか会うことはない。僕らみたいな人にとっての「情報屋」とは、「色んなことを知ることができる人」なのだ。確かに病院なら患者さんたちから色んな話を聞けるだろう。でも、迷子の犬の情報など知っている人がいるだろうか。まあ、何もないよりはいい。僕は小山さんの後ろについて病院に入って行った。
 大きな病院ではなく、ロビーには所狭しと長椅子が並べられており、そこにぎっしりお年寄りが座っている。病院のロビーというより、老人会の寄合といった感じだ。

 「よう、どうした」

 奥から白衣を着た男性が出てきたが、その姿を見て僕はびっくりしてしまった。短く刈り上げられた髪に無精ひげ、銀縁のメガネの奥で光る眼は異様に鋭い。なにより、左目の横を走る傷跡が迫力満点だ。白衣を着ているのだからこの男性が竹村医院長だろうか。それとも竹村組組長だろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...