フロイント

ねこうさぎしゃ

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三つめの願い

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 そのとき部屋の入口で悲鳴が上がり、陶器が落ちて割れる音がした。
「フロイント……!?」
 驚愕に青ざめたアデライデが、部屋の入口に立ってこちらを凝視していた。
 その瞬間、バキンと鈍い音を立てて、罠が割れた。部屋にはフロイントの体を焼いた煙が立ち込め、焦げたにおいが充満していた。フロイントは床にぐったりと崩れ落ちた。
「フロイント……!」
 そばに駆け寄って来たアデライデに、フロイントは大丈夫だ、と言おうとして、血を吐いた。
 アデライデは声にならない悲鳴を上げた。
 フロイントはまだ煙の上がる手の甲で、血のついた口元を拭った。
「大丈夫だ……。心配するな」
「大丈夫なんかじゃないわ……! いったい何があったのですか!? どうしてこんな……っ」
 青ざめた顔で叫ぶように言いながら、アデライデはフロイントのそばに転がる壊れた罠に目を留めた。アデライデは息を呑み、声を震わせて言った。
「わたしのせいですね……。わたしがこの鳥を助けてくれるように言ったばかりに……。あなたはこうなることを予期して、わたしに見せまいとなさったのですね……」
 アデライデは突然わっと顔を覆って激しく泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。わたし、自分の気持ちを押し通したばかりにあなたをこんな危険に晒してしまった……。わたしはなんて愚かで自分勝手なの……」
「アデライデ、何を言う。おまえは愚かでも自分勝手でもないぞ。おまえはそのやさしさゆえ、この鳥を捨て置くことができなかったのだろう? そのおかげでこの鳥の命は救われたのだ。俺とても命に別条があったわけではない。万事うまくいったのだから……」
「いいえっ、そんな問題ではありません……! わたしはほんとうに愚かな娘です。この鳥を救いたいという我儘な思いのせいで、わたしはあなたに犠牲を強いてしまったのです……! なんて恐ろしいの……ほんとうに大切なことが何か、見えていなかったなんて……!」
 アデライデはますます激しく泣いた。こどものように大きな声を上げて泣くアデライデを見て、フロイントは困惑してしまった。
「いったいどうしたのだ、アデライデよ。そんなに泣かずとも……」
 あまりに激しく泣きすぎたために、アデライデはしゃっくりを上げだした。それでも泣き止まないアデライデをあやすように、フロイントはやさしく声を掛けた。
「頼む、アデライデ。そんなに泣かないでくれ。俺はおまえの泣くのを見ると、胸が痛くて仕方がなくなるのだ。どうかしておまえの涙を止めてやりたいが、おまえが泣く理由がわからなくては、止めてやりようがない。さぁ、アデライデ。どうしたと言うのだ。何がそんなにおまえを泣かせるのだ」
 アデライデは顔を上げ、濡れた瞳でまっすぐにフロイントを見た。その瞳があまりに美しくて、フロイントの胸は一瞬大きく鼓動を打った。
 アデライデはようやく泣き止むと、涙に光る瞳でフロイントを見上げた。
「フロイント、聞いてください。今までは確信が持てませんでした。でもたった今、わかったのです。わたしは、わたしは……」
 そのとき、ふたりの足元に横たわっていた鳥が突然目を開け、勢いよく体を起こした。アデライデは驚いた拍子に体のバランスを崩し、フロイントの方に倒れ込んだ。フロイントが思わず伸ばした腕に、アデライデの白い手が触れた。その瞬間、アデライデは指先に激しい痛みを感じて小さな叫び声を上げた。
「アデライデ……!?」
 驚いて覗き込むと、アデライデの指の先には、真紅の血が玉のように膨らんでいた。フロイントの全身を覆っている茨の棘のような体毛が、指先を傷つけたのだった。
「す、すまないアデライデ……!」
「……どうしてあなたが謝るのですか、フロイント。こんなこと、あなたの怪我に比べればなんでもないことです……」
 アデライデは答えたが、まるで毒の針で刺されたかのように指先はじんじんと痛んで痺れ始めていた。指先の血の玉も、みるみるうちに大きく膨らんできていた。
 フロイントはアデライデの白く細い指先から今にも伝い落ちそうになっている血に動揺すると同時に、自分の体がアデライデを傷つけたという事実に激しく打ちのめされた。
「早く手当をしなければ……」
 フロイントは言ったものの治癒の魔術に自信はなく、かと言って館に薬のようなものはない。焦りと罪悪感ばかりが大きく膨らみかけたとき、すぐそばにじっと立ってふたりの様子を見ていた鳥が、素早くアデライデに近づいた。フロイントがあっと思った瞬間、鳥はその黒いくちばしをアデライデの指先に近づけ、紫色の舌で血の玉を舐め取った。
 アデライデは驚いてすぐに手を引っ込めた。鳥の舌が触れた傷口が一瞬激しく疼くのを感じたが、それもつかの間の事だった。
「アデライデ、大丈夫か……!?」
 フロイントは思わず鳥を追い払うような仕草をしながら、アデライデの傷の具合を見ようと覗き込んだ。
「ええ、大丈夫です……」
 アデライデも自分の指先に目を落とした。すると指先の傷はふたりの見ている前でゆっくりとふさがって行き、アデライデの感じていた痛みと痺れも嘘のように消えてしまった。フロイントとアデライデは驚いて鳥を見た。




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