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四つめの願い
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可憐な花のように美しい輝きに満ちたアデライデを、フロイントは食い入るように見つめ、願いの意味を確認する。
「──アデライデ、おまえはほんとうにこの俺と──この俺と踊りたいと、そう言っているのか?」
「はい、その通りです」
アデライデはやさしく微笑んだまま、はっきりと頷いた。
俄かには信じがたい願いの言葉に、フロイントの体は小刻みに震えはじめた。全身の血が一気に逆流したように感じ、激しく繰り返される鼓動のために心臓は破れてしまいそうだった。
アデライデはフロイントが黙ったままでいるのを見ると、気遣うように口を開いた。
「……でも、もしあなたがそれを望まないなら──」
「そんなことはない! 望まないわけがない!」
フロイントは思わず身を乗り出して叫んだ。叫んでしまった後で、勢い込んだ自分に羞恥を感じ、顎をさすって目をしばたかせた。その様子にアデライデはくすりと笑い、その可愛らしい笑い方を見たフロイントの心はまた大きく高鳴った。
アデライデはふと気がついたように目を上げ、心配そうな表情になった。
「でも、あなたは以前、そういった身を変化させる類いの魔術は得意ではないとおっしゃいましたね。今度の願いも、もしかして……」
喜びに舞い上がっていたが、そう問われるとフロイントの胸には一瞬不安がよぎった。
「ああ、確かにそうだ……」
しかし一瞬の不安はすぐに通り過ぎて去った。腹の底から希望と期待という力強い感情があふれだす。フロイントはいつになく自信がみなぎるのを感じた。
「──だが以前もそうだったように、今ならば……新月の今夜ならば……」
フロイントはアデライデを見つめた。アデライデの瞳の中に、空にはない月が見えるようだった。フロイントは神経を集中させるために目を閉じた。頭にはアデライデの瞳で輝く月の姿を思い浮かべた。
フロイントのまわりに、徐々に風が起こり始めた。それは館の外に吹き荒れる冷酷な野獣を思わす猛風ではなく、忠実な犬が主人の体にまとわりついているような、そんな穏やかな風だった。
充分に気力が高まったのを感じたフロイントは、集中を途切れさせないよう慎重に呪文を唱え始めた。すると、フロイントのまわりを戯れるように旋回していた風が、その密度を増して靄のような姿に変わっていった。アデライデが見守る中、やはり旋回を続ける風は厚い霧のベールのようにフロイントの体をすっぽりと包み込むと、徐々に回転の速度を上げていった。風はやがて中心に向かって幅を狭めていき、フロイントの体に接触した。風が皮膚にこすれるたびに、体を覆っていた固い刺のような毛はぽろぽろと抜け落ちていき、代わりに春の若草のように柔らかな産毛が生えてきた。
太陽を覆い隠す雲のように風はアデライデの目からフロイントの姿を隠していたが、渦の中心からは一心に呪文を唱えるフロイントの低い声が聞こえ続けていた。やがてその声は不意に止み、フロイントの体を取り巻いていた風は、霧が晴れるように薄く透明な風本来の姿に戻っていった。成り行きをじっと見守っていたアデライデの横を、風は静かに通り過ぎて消えて行った。
「フロイント……?」
風の中から姿を現したフロイントは、まだ目を閉じたままじっとその場に立っていた。
「フロイント──」
もう一度、恐る恐る声を掛けると、フロイントはゆっくりと目を開けた。
「──アデライデ、おまえはほんとうにこの俺と──この俺と踊りたいと、そう言っているのか?」
「はい、その通りです」
アデライデはやさしく微笑んだまま、はっきりと頷いた。
俄かには信じがたい願いの言葉に、フロイントの体は小刻みに震えはじめた。全身の血が一気に逆流したように感じ、激しく繰り返される鼓動のために心臓は破れてしまいそうだった。
アデライデはフロイントが黙ったままでいるのを見ると、気遣うように口を開いた。
「……でも、もしあなたがそれを望まないなら──」
「そんなことはない! 望まないわけがない!」
フロイントは思わず身を乗り出して叫んだ。叫んでしまった後で、勢い込んだ自分に羞恥を感じ、顎をさすって目をしばたかせた。その様子にアデライデはくすりと笑い、その可愛らしい笑い方を見たフロイントの心はまた大きく高鳴った。
アデライデはふと気がついたように目を上げ、心配そうな表情になった。
「でも、あなたは以前、そういった身を変化させる類いの魔術は得意ではないとおっしゃいましたね。今度の願いも、もしかして……」
喜びに舞い上がっていたが、そう問われるとフロイントの胸には一瞬不安がよぎった。
「ああ、確かにそうだ……」
しかし一瞬の不安はすぐに通り過ぎて去った。腹の底から希望と期待という力強い感情があふれだす。フロイントはいつになく自信がみなぎるのを感じた。
「──だが以前もそうだったように、今ならば……新月の今夜ならば……」
フロイントはアデライデを見つめた。アデライデの瞳の中に、空にはない月が見えるようだった。フロイントは神経を集中させるために目を閉じた。頭にはアデライデの瞳で輝く月の姿を思い浮かべた。
フロイントのまわりに、徐々に風が起こり始めた。それは館の外に吹き荒れる冷酷な野獣を思わす猛風ではなく、忠実な犬が主人の体にまとわりついているような、そんな穏やかな風だった。
充分に気力が高まったのを感じたフロイントは、集中を途切れさせないよう慎重に呪文を唱え始めた。すると、フロイントのまわりを戯れるように旋回していた風が、その密度を増して靄のような姿に変わっていった。アデライデが見守る中、やはり旋回を続ける風は厚い霧のベールのようにフロイントの体をすっぽりと包み込むと、徐々に回転の速度を上げていった。風はやがて中心に向かって幅を狭めていき、フロイントの体に接触した。風が皮膚にこすれるたびに、体を覆っていた固い刺のような毛はぽろぽろと抜け落ちていき、代わりに春の若草のように柔らかな産毛が生えてきた。
太陽を覆い隠す雲のように風はアデライデの目からフロイントの姿を隠していたが、渦の中心からは一心に呪文を唱えるフロイントの低い声が聞こえ続けていた。やがてその声は不意に止み、フロイントの体を取り巻いていた風は、霧が晴れるように薄く透明な風本来の姿に戻っていった。成り行きをじっと見守っていたアデライデの横を、風は静かに通り過ぎて消えて行った。
「フロイント……?」
風の中から姿を現したフロイントは、まだ目を閉じたままじっとその場に立っていた。
「フロイント──」
もう一度、恐る恐る声を掛けると、フロイントはゆっくりと目を開けた。
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