フロイント

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
29 / 114
四つめの願い

しおりを挟む
 アデライデはじっと息をつめて自分を見つめるフロイントの赤い瞳から、激しい炎がすっかり消え去っているのを見ると、ほっと安堵の吐息を漏らした。安堵した後で、フロイントがいつものように深い思いを表す目で自分を見つめてくれる喜びに心を湧き立たせた。だがすぐに目を伏せて、静かな口調で呟くように言った。
「謝らなければいけないのはわたしなのでしょう。無自覚のうちにあなたにそんな風に思わせてしまったのだから……。身に覚えがないというのは言い訳にはなりません。あなたがわたしの振る舞いでそう感じてしまったのは事実なのですもの……」
「いいや、そうではないのだ……俺はただ……」
 フロイントは自分のすぐそばで、長いまつげを憂い顔に伏せているアデライデを見つめた。激しい感情から解き放たれたフロイントは、アデライデとの間に壁をつくっていたのは妄想にとらわれた自分自身だったということに気がついていた。あの鳥の一件以来、何度も話し合いたいというそぶりを見せていたアデライデを一方的に拒否していたのは自分なのだ。
「アデライデ、ほんとうにすまなかった……。まるで俺の目は何ものかによって塞がれていたような気さえする……。この数日、俺はおまえと向き合うどころか、見ようともしていなかった……」
 沼鏡に映し出されていたアデライデは、フロイントの歪んだ思い込みが見せた虚像でしかなかった。フロイントはアデライデの青く澄んだ湖のような瞳に、無垢な光が清冽な水のごとく輝いているのを見て、強く胸を打たれる思いだった。
「……あぁ、そうだ、俺は知っていたはずなのに。おまえの目が、こんなにも美しいことを……」
 アデライデの白い頬を涙が伝い落ちた。フロイントは無意識のうちにその涙を拭おうとし、はっと我に返ると吸い寄せられるように出した手を慌てて手を引っ込めた。自分が取ろうとした行動に狼狽した。アデライデの指に滲んだ赤い血が脳裏をよぎり、フロイントは目を伏せた。
 アデライデは何も言わなかった。ただ館を取り巻く風と暖炉で燃える炎の音だけが聞こえていた。
 フロイントは一抹の気まずさを隠そうと、思い切って目を上げ、アデライデに言った。
「──アデライデ、今宵は新月だ。おまえの四つ目の願いを叶えよう」
 アデライデはフロイントをまっすぐに見つめた。その瞳にはただひとつの想いだけが宿っていた。
「わたしの四つ目の願いは──」
 フロイントはアデライデの唇がゆっくりと動いて行くのを目で追った。
「──あなたと踊れるように、あなたの体中を覆う固い毛を、柔らかに変えてほしいのです……」
 フロイントはアデライデの美しい唇から、自分を一心に見つめる青く澄んだ瞳に視線を移した。耳で聞いたアデライデの声を、自分の頭で意味のある言葉として理解するまでには時間がかかった。しかしその言葉を頭の中で何度も繰り返すうちに、フロイントの体じゅうを熱い血が勢いよく駆け巡り出した。
「──俺と、踊れるように、だって?」
 フロイントは念を押して確かめるように、アデライデの言ったことを細かく区切って繰り返した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

ふしぎなえんぴつ

八神真哉
児童書・童話
テストが返ってきた。40点だった。 お父さんに見つかったらげんこつだ。 ぼくは、神さまにお願いした。 おさいせんをふんぱつして、「100点取らせてください」と。

【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】 魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。 ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。 「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」 不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。 甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!

あいつは悪魔王子!~悪魔王子召喚!?追いかけ鬼をやっつけろ!~ 

とらんぽりんまる
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞、奨励賞受賞】ありがとうございました! 主人公の光は、小学校五年生の女の子。 光は魔術や不思議な事が大好きで友達と魔術クラブを作って活動していたが、ある日メンバーの三人がクラブをやめると言い出した。 その日はちょうど、召喚魔法をするのに一番の日だったのに! 一人で裏山に登り、光は召喚魔法を発動! でも、なんにも出て来ない……その時、子ども達の間で噂になってる『追いかけ鬼』に襲われた! それを助けてくれたのは、まさかの悪魔王子!? 人間界へ遊びに来たという悪魔王子は、人間のフリをして光の家から小学校へ!? 追いかけ鬼に命を狙われた光はどうなる!? ※稚拙ながら挿絵あり〼

魔法少女はまだ翔べない

東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます! 中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。 キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。 駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。 そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。 果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも? 表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。

手ぶくろ

はまだかよこ
児童書・童話
バレンタインデイ 真由の黒歴史 いいもん、しあわせだもん ちょっと聞いてね、手ぶくろのお話し

だからウサギは恋をした

東 里胡
児童書・童話
第2回きずな児童書大賞奨励賞受賞 鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」 入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。 困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。 自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。 ※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)

ワンダーランドのおひざもと

花千世子
児童書・童話
緒代萌乃香は小学六年生。 「ワンダーランド」という、不思議の国のアリスをモチーフにした遊園地のすぐそばに住んでいる。 萌乃香の住む有栖町はかつて寂れた温泉街だったが、遊園地の世界観に合わせてメルヘンな雰囲気にしたところ客足が戻ってきた。 クラスメイトがみなお店を経営する家の子どもなのに対し、萌乃香の家は普通の民家。 そのことをコンプレックス感じていた。 ある日、萌乃香は十二歳の誕生日に不思議な能力に目覚める。 それは「物に触れると、その物と持ち主との思い出が映像として見える」というものだ。 そんな中、幼なじみの西園寺航貴が、「兄を探してほしい」と頼んでくるが――。 異能×町おこし×怖くないほのぼのホラー!

処理中です...