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バルトロークの城
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バルトロークは憐れむような顔を作って首を振った。
「アデライデ、妄言はよすのだ。はるか昔からそなたら人間というものの中にはつまらぬ義理立てによってわざわざ苦難の道を選び、焼けた鉄の坂道を好き好んで裸足になって歩きたがる輩がいるが、それは誤りだと認めるも賢者の選択であると知るべきだぞ。だがまぁよかろう。わたしといれば、真の愛がどのようなものかを知ることもできよう。アデライデよ、そなたはきっとすぐにこのわたしこそが愛を捧げるべき唯一の相手であったと気がつくであろう」
アデライデの胸には俄かに許しがたい感情が沸き起こった。低く押し殺した声で、アデライデはバルトロークに言った。
「フロイントにあんなひどい怪我を負わせたのはあなたの放った雷ではありませんか。フロイントにあんな残酷なことをした方を、どうしてわたしが愛するなどと思われるのです」
バルトロークは興味深い色を光らせてアデライデを見おろした。
「なるほどな。アデライデよ、そなたの慈悲は母性から出でるものであるようだな。まさしく慈母の憐みをあの下等の魔物に示しているに相違ない。それならばわたしとて理解できぬこともない。魂の劣る人間どもの中にさえ己の飼う家畜に憐みを示す連中もいるのだ。そなたのように高貴なる光を宿す者なら尚更であろう。あの魔物め、過ぎた幸運にありついたものよ」
アデライデの頬は憤りのために紅潮した。
「なんてひどいことを……。わたしは心からフロイントを……!」
バルトロークはアデライデの唇に人差し指を当てて遮った。氷のような冷たさに、アデライデは身震いして後退った。
「フロイント、フロイントと、いい加減耳障りだな。そなたがその罪作りな名を与えてやったことにしても、人間どもが飼い犬に呼び名を付けることと、いったいどのような違いがあると言うのだ」
バルトロークにいくら自分の想いを話して聞かせても平行線を辿るだけだと覚ったアデライデは、言い募る努力をする代わりに、率直に訴え懇願することを選んだ。
「……どうかお願いです。わたしをあの館に返してください。わたしの目の前でぐったりと倒れたあの方の姿が目に焼き付いて離れないのです。早く手当てをしなければ……」
バルトロークはふっと冷たい息を吐き出して笑い、緑の髪をかき上げた。
「案ずることはない。あれが苦しんでいるなど、有り得ぬことだ」
怪訝な瞳のアデライデを見おろして、バルトロークは濃艶な笑みを浮かべた。
「可愛いアデライデ。そなたがあれに心を掛けていることぐらい、今の会話がなくともわかっていたこと。わたしがそなたの悲しむようなことをすると思うか? わたしはただ少しばかり、あれを驚かせただけに過ぎぬのだ」
アデライデは黙ってバルトロークを見た。その言葉を信用することなどできなかった。
バルトロークは真実を探ろうとするかのような目で自分を見つめるアデライデに肩をすくめると、
「アデライデ、そなたはやはりあの小物──そなたがフロイントと呼ぶあの魔物を、弱く無能の下等な魔物だと見なしているということだな」
アデライデの頬は、今度は血の気を失って青ざめた。
「なんということを……。どうしてわたしがそんな風に思うと言うのですか」
「どうしてかって? それはアデライデ、そなたがわたしの言うことを信じぬからだ。あれが深い痛手を負ったと信じているということは、あれがわたしの牽制の雷にすら深刻なダメージを負うような低級魔であることを、そなた自身疑っておらぬということではないか」
「そんな……!」
まるで自分の思いを弄ばれているようだと頭では思っても、アデライデの感情はバルトロークの言葉に容易に振り回された。
床に倒れたフロイントの体は確かに黒く焼け焦げていた。あの凶暴な竜巻のような風に呑まれたフロイントがその後どうなってしまったかはわからなかったが、尋常ではない状態にあったことは間違いないはずだ。しかしバルトロークはそう心配することこそがフロイントを見くびっていることに他ならないと言う。アデライデは混乱する頭を、なんとか冷静に引き戻そうと額に手を当てた。
「アデライデ、妄言はよすのだ。はるか昔からそなたら人間というものの中にはつまらぬ義理立てによってわざわざ苦難の道を選び、焼けた鉄の坂道を好き好んで裸足になって歩きたがる輩がいるが、それは誤りだと認めるも賢者の選択であると知るべきだぞ。だがまぁよかろう。わたしといれば、真の愛がどのようなものかを知ることもできよう。アデライデよ、そなたはきっとすぐにこのわたしこそが愛を捧げるべき唯一の相手であったと気がつくであろう」
アデライデの胸には俄かに許しがたい感情が沸き起こった。低く押し殺した声で、アデライデはバルトロークに言った。
「フロイントにあんなひどい怪我を負わせたのはあなたの放った雷ではありませんか。フロイントにあんな残酷なことをした方を、どうしてわたしが愛するなどと思われるのです」
バルトロークは興味深い色を光らせてアデライデを見おろした。
「なるほどな。アデライデよ、そなたの慈悲は母性から出でるものであるようだな。まさしく慈母の憐みをあの下等の魔物に示しているに相違ない。それならばわたしとて理解できぬこともない。魂の劣る人間どもの中にさえ己の飼う家畜に憐みを示す連中もいるのだ。そなたのように高貴なる光を宿す者なら尚更であろう。あの魔物め、過ぎた幸運にありついたものよ」
アデライデの頬は憤りのために紅潮した。
「なんてひどいことを……。わたしは心からフロイントを……!」
バルトロークはアデライデの唇に人差し指を当てて遮った。氷のような冷たさに、アデライデは身震いして後退った。
「フロイント、フロイントと、いい加減耳障りだな。そなたがその罪作りな名を与えてやったことにしても、人間どもが飼い犬に呼び名を付けることと、いったいどのような違いがあると言うのだ」
バルトロークにいくら自分の想いを話して聞かせても平行線を辿るだけだと覚ったアデライデは、言い募る努力をする代わりに、率直に訴え懇願することを選んだ。
「……どうかお願いです。わたしをあの館に返してください。わたしの目の前でぐったりと倒れたあの方の姿が目に焼き付いて離れないのです。早く手当てをしなければ……」
バルトロークはふっと冷たい息を吐き出して笑い、緑の髪をかき上げた。
「案ずることはない。あれが苦しんでいるなど、有り得ぬことだ」
怪訝な瞳のアデライデを見おろして、バルトロークは濃艶な笑みを浮かべた。
「可愛いアデライデ。そなたがあれに心を掛けていることぐらい、今の会話がなくともわかっていたこと。わたしがそなたの悲しむようなことをすると思うか? わたしはただ少しばかり、あれを驚かせただけに過ぎぬのだ」
アデライデは黙ってバルトロークを見た。その言葉を信用することなどできなかった。
バルトロークは真実を探ろうとするかのような目で自分を見つめるアデライデに肩をすくめると、
「アデライデ、そなたはやはりあの小物──そなたがフロイントと呼ぶあの魔物を、弱く無能の下等な魔物だと見なしているということだな」
アデライデの頬は、今度は血の気を失って青ざめた。
「なんということを……。どうしてわたしがそんな風に思うと言うのですか」
「どうしてかって? それはアデライデ、そなたがわたしの言うことを信じぬからだ。あれが深い痛手を負ったと信じているということは、あれがわたしの牽制の雷にすら深刻なダメージを負うような低級魔であることを、そなた自身疑っておらぬということではないか」
「そんな……!」
まるで自分の思いを弄ばれているようだと頭では思っても、アデライデの感情はバルトロークの言葉に容易に振り回された。
床に倒れたフロイントの体は確かに黒く焼け焦げていた。あの凶暴な竜巻のような風に呑まれたフロイントがその後どうなってしまったかはわからなかったが、尋常ではない状態にあったことは間違いないはずだ。しかしバルトロークはそう心配することこそがフロイントを見くびっていることに他ならないと言う。アデライデは混乱する頭を、なんとか冷静に引き戻そうと額に手を当てた。
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