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光の宮殿
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「あなたが、魔界の最奥に?」
叫んだフロイントに、女王は輝く光をゆらめかせて頷いた。
「ええ、そうです。──フロイント、あなたに知っておいてほしい話があるのです」
フロイントは我知らず握りしめていたカップをテーブルの上に置くと、俄かに緊張の色を湛えた瞳で女王を見つめた。
「フロイント、あなたは魔物たちに距離を置くため魔界と人間の世界のちょうど狭間に自ら居を構えて暮らしていましたが、魔王には広い魔界と魔物たちのことをすべて把握しておく必要があります。ですから、名を持たぬ魔物であるあなたのことも、当然知っていたのです。そしてそのあなたが、どうやら身の内に魂を宿しているようだということにも気がついていました。とは言え、それはやはり信じがたい現象であり、またアデライデと出逢う前のあなたの魂は完全に眠りの底に沈んでいたため、魂の確かなきらめきを放ってもいませんでした。あなたが魂をほんとうに宿しているということを確認する手立てもなく、その可能性を見極めるためにあなたを自分の側近くに呼び寄せることも考えてはみたそうですが、それでもしあなたが魂を持っていなかったと判明したとしても、魔王が自ら自分の城に招じ入れたとなれば、あなたにとっては望まぬであろう魔物どうしの権力争いに巻き込まれることは明白ですし、もしほんとうに魂を宿しているとわかった場合にも、それは魔界を根底から揺るがす大事件であることから、後々話を聞きつけた魔物たちの間に騒乱が起こるだろうことは目に見えています。いずれにしても魔王があなたに働きかけることで、あなたの身の上に厄介な事態が振りかかることは避けられないでしょう。魔王としてはどうしても慎重にならざるを得ず、ともかくはひとまず様子を見るに留めることにしたのだそうです。
しかし、あなたがバルトロークの居城でアデライデを救い出すため魔王の火焔を召喚するにあたって、いよいよあなたが魂を宿していると確信したそうです。ところがその事実を確認すると同時に、多くの魔物たちがあなたに対する訴えを起こしました。しかし魔界の処刑者の鎌が魂を持つ者を断罪することが不可能であることはわかっていましたし、そもそも魂を持つあなたを魔界の法に当てはめて罪に問うべきであるとも思えなかったそうです。ですが怒りと恐怖に恐慌を来していた魔物たちの騒ぎは収まらず、問題を放置すれば危うい局面を迎えかねないことも予想に難くありませんでした。ただあなたを追放に処するというだけでは、混乱に陥りかけている魔物たちを抑えることは難しく、魔界の秩序を保つためにはあなたをどうしても死罪に処したという事実を作る必要があったのです。そうやって頭を悩ませていたちょうどそのときに、わたくしが問題を解決するに最適にして最善の策を持って現れた、というわけなのです。すなわち、わたくしの光によってあなたの魔物の肉体を滅ぼし、その本性にふさわしい新たな種族──人間に生まれ変わらせると言う策です。わたくしの訪いは様々な点から見ても時宜を得たものであり、魔王からしてもまさに渡りに船だったのです。
魔王の通達は罪を犯した本人に届けられるばかりではなく、魔界に住まうすべての者に公開されるものです。ゆえに、魔王はわたくしの案を受け入れた上で敢えてあなたに対する罪状書をしたためて魔物たちに示し、あなたの元に届けさせました。そして処刑者をあの館に赴かせたのですが、実際にはそれより早くわたくしがあなた達の元を訪れるよう手はずを整えていたのです。そして処刑者に代わってわたくしがあなたの命を奪った瞬間、処刑者は目標たる魔物の命の波動がついえたことで任務を継続する必要がなくなったため、そのまま魔界へと踵を返しました。ですが真実を知らない魔物たちは、魔王の鋼を持つ彼ら処刑者はその名のもと必ず任務を遂行すると知っていますから、確実に刑が執行されたのだと信じました。そして実際に魔物としてのあなたの命が絶えたことにより、魔界の法を犯した名のない魔物を断罪したと言う既成事実もでき、魔王は訴えを起こしていた魔物たちを充分に納得させ、鎮めることができたというわけなのです」
息を詰めて女王の話に耳を傾けていたフロイントは、思わず胸の奥底から深い息を吐き出した。
叫んだフロイントに、女王は輝く光をゆらめかせて頷いた。
「ええ、そうです。──フロイント、あなたに知っておいてほしい話があるのです」
フロイントは我知らず握りしめていたカップをテーブルの上に置くと、俄かに緊張の色を湛えた瞳で女王を見つめた。
「フロイント、あなたは魔物たちに距離を置くため魔界と人間の世界のちょうど狭間に自ら居を構えて暮らしていましたが、魔王には広い魔界と魔物たちのことをすべて把握しておく必要があります。ですから、名を持たぬ魔物であるあなたのことも、当然知っていたのです。そしてそのあなたが、どうやら身の内に魂を宿しているようだということにも気がついていました。とは言え、それはやはり信じがたい現象であり、またアデライデと出逢う前のあなたの魂は完全に眠りの底に沈んでいたため、魂の確かなきらめきを放ってもいませんでした。あなたが魂をほんとうに宿しているということを確認する手立てもなく、その可能性を見極めるためにあなたを自分の側近くに呼び寄せることも考えてはみたそうですが、それでもしあなたが魂を持っていなかったと判明したとしても、魔王が自ら自分の城に招じ入れたとなれば、あなたにとっては望まぬであろう魔物どうしの権力争いに巻き込まれることは明白ですし、もしほんとうに魂を宿しているとわかった場合にも、それは魔界を根底から揺るがす大事件であることから、後々話を聞きつけた魔物たちの間に騒乱が起こるだろうことは目に見えています。いずれにしても魔王があなたに働きかけることで、あなたの身の上に厄介な事態が振りかかることは避けられないでしょう。魔王としてはどうしても慎重にならざるを得ず、ともかくはひとまず様子を見るに留めることにしたのだそうです。
しかし、あなたがバルトロークの居城でアデライデを救い出すため魔王の火焔を召喚するにあたって、いよいよあなたが魂を宿していると確信したそうです。ところがその事実を確認すると同時に、多くの魔物たちがあなたに対する訴えを起こしました。しかし魔界の処刑者の鎌が魂を持つ者を断罪することが不可能であることはわかっていましたし、そもそも魂を持つあなたを魔界の法に当てはめて罪に問うべきであるとも思えなかったそうです。ですが怒りと恐怖に恐慌を来していた魔物たちの騒ぎは収まらず、問題を放置すれば危うい局面を迎えかねないことも予想に難くありませんでした。ただあなたを追放に処するというだけでは、混乱に陥りかけている魔物たちを抑えることは難しく、魔界の秩序を保つためにはあなたをどうしても死罪に処したという事実を作る必要があったのです。そうやって頭を悩ませていたちょうどそのときに、わたくしが問題を解決するに最適にして最善の策を持って現れた、というわけなのです。すなわち、わたくしの光によってあなたの魔物の肉体を滅ぼし、その本性にふさわしい新たな種族──人間に生まれ変わらせると言う策です。わたくしの訪いは様々な点から見ても時宜を得たものであり、魔王からしてもまさに渡りに船だったのです。
魔王の通達は罪を犯した本人に届けられるばかりではなく、魔界に住まうすべての者に公開されるものです。ゆえに、魔王はわたくしの案を受け入れた上で敢えてあなたに対する罪状書をしたためて魔物たちに示し、あなたの元に届けさせました。そして処刑者をあの館に赴かせたのですが、実際にはそれより早くわたくしがあなた達の元を訪れるよう手はずを整えていたのです。そして処刑者に代わってわたくしがあなたの命を奪った瞬間、処刑者は目標たる魔物の命の波動がついえたことで任務を継続する必要がなくなったため、そのまま魔界へと踵を返しました。ですが真実を知らない魔物たちは、魔王の鋼を持つ彼ら処刑者はその名のもと必ず任務を遂行すると知っていますから、確実に刑が執行されたのだと信じました。そして実際に魔物としてのあなたの命が絶えたことにより、魔界の法を犯した名のない魔物を断罪したと言う既成事実もでき、魔王は訴えを起こしていた魔物たちを充分に納得させ、鎮めることができたというわけなのです」
息を詰めて女王の話に耳を傾けていたフロイントは、思わず胸の奥底から深い息を吐き出した。
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