つぼみ姫

ねこうさぎしゃ

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 つぼみ姫はいつも朝になって輝く日の光が庭園を明るく色づかせ始めると、シュシュを連れたドニおじいさんが、少し曲がった腰をときおり伸ばすようにしながら、ゆっくりゆっくり花々の間を歩いて来るのを、今か今かと待ちました。ドニおじいさんの白い髪におおわれた頭や、同じく白いシュシュのふさふさしたしっぽの先などが、居丈高に咲き誇るヒヤシンスやアイリスの向こうに見えたときの喜びと言ったら! つぼみ姫はしなやかな茎をしならせて、全身で嬉しい気持ちを表しました。そんなとき、つぼみ姫の美しいつぼみは、いつにもまして光り輝くようでした。
 つぼみ姫はドニおじいさんが大好きでした。それに、おしゃべりはできないけれど、いつもお行儀よくドニおじいさんの隣に寄り添って、つぼみ姫とドニおじいさんの会話を聞いているシュシュのことも、やはり大好きなのでした。
 その一方で、ドニおじいさんが帰ってしまう夕方は嫌いでした。ドニおじいさんはつぼみ姫以外の花の言葉は聞こえませんでしたが、花たちはいつなんどき自分たちの話に聞き耳を立てられるかもしれないと警戒していました。それでドニおじいさんの前ではいつもいい子のふりをして、おとなしく風に揺れているのですが、ドニおじいさんが帰ってしまうと、とたんにつぼみ姫を馬鹿にするようなことを言ったり、からかったりするのでした。
 でもつぼみ姫がいちばん辛かったのは、花たちが口にするドニおじいさんやシュシュの悪口を聞かされることでした。
 花たちは、頼まれたわけでもないのにきちんと世話をしてくれるドニおじいさんに感謝をするどころか、しょっちゅう悪口を言いました。それに、シュシュのことも良くは言いませんでした。花たちは猫があまり好きではないのでした。わけもなく花びらをむしったり、大きくジャンプをして飛び込んできて、茎を折ったりするからです。でも、シュシュは絶対にそんなことはしませんでした。にもかかわらず、庭園の花たちはシュシュを恐れて嫌っているのでした。
 つぼみ姫はほんとうのことを言えば、こんな庭園なんかではなく、森の中のドニおじいさんの家の傍らに植え替えてほしいといつも思っていました。そうすれば大好きなドニおじいさんやシュシュといつでも一緒にいられるし、冷たく意地悪な花たちの罵りや嘲りを聞かずに済みます。
 それに、ドニおじいさんから聞く森という場所は、とても素敵なところに思えました。森にはたくさんの小鳥の歌う声が響いていて、様々な獣たちがドニおじいさんの小屋のまわりを駆け回り、自然の野の草花は控えめながら強い意思を持って、木々の間を吹き渡る風に揺れるのだそうです。
 そしてそうした生き物たちを守る木というのも、つぼみ姫には不思議で仕方がないものに思えました。何十年、何百年と生きていて、あらゆる生き物の営みを見守っているのだそうです。その木々の息はとてもよい匂いがして、ドニおじいさんの呼吸を楽にしてくれるそうなのです。
 つぼみ姫は、いつもドニおじいさんやシュシュから漂う透明な青い匂いが、木々の呼吸の香りなのかもしれないと感じていました。いつかそんな素敵な不思議に満ちた森で、ドニおじいさんやシュシュと共に暮らしたいと、つぼみ姫は夢に見るのでした。


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