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第一章
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「あなたはずっと眠れなくてさぞおつらいことでしょうけど、わたしの憂鬱もなかなかのものよ。わたし、近頃ではもう死んでしまいたいぐらいなの」
ヒツジはそれを聞くと、からだじゅうの毛が逆立つようになりました。
「し、し、死んでしまうって、いったいどうして?」
「どうしてって、だってこんなところで一生をおわるのかと思うと、生きている甲斐もなくなったみたいなんですもの」
ヒツジにはネコの言っていることの意味がまったくわかりませんでした。こんなところというのが、ヒツジのいるこの農場のことだとはわかりましたが、それがどうして死んでしまうことになるのか、また生きているということも、その「かい」というものがなくなるということも、ヒツジにはいったいどういうことなのか、まったく理解ができませんでした。
すっかり混乱しているヒツジを見て、ネコは少しバツが悪そうな顔をすると、
「ごめんなさい、なにもあなたの住んでいるところの悪口を言っているわけじゃないのよ。ここにはここの良さっていうものがあることはわかっているのよ。ただ、わたしにとっては、ここはあんまりにもはりあいがないのよ……。あら、わたし、あなたにずいぶんひどいショックを与えちゃったかしら?」
ネコはそう言うとヒツジにぐっと近寄って、ざらざらした小さな舌で、ヒツジのすねのあたりをペロリと舐めました。とたんにヒツジのからだはカァッと燃え上がるようになりました。
「少しは気が落ち着いて?」
ヒツジはよろけるように二、三歩後ずさりをすると、何度か大きく息を吐き、あらためてネコを見つめました。
「えぇ、えぇ、ご親切にどうも……。でも、あの、生きている甲斐ってなんのことです?」
「その話はもういいのよ。……でも、そうね、あなたに話したら、少しは憂鬱がまぎれるかしらねぇ」
「それじゃ、どうか言ってください」
「ここに越してきてから、まぁそれなりに楽しいと思えることもあるのよ。だけど、わたしはどちらかというと都会派なのよ。だってずっと都会育ちできたんですもの。生き方って、いきなりすぐにはかえられないでしょ? 都会の空気はまずいって言うひともいるみたいだけど、わたしはあのいろんなもののまじったにおいがきらいじゃなかったわ。ここは、そう、いいところだとは思うわよ。こういうところこそ理想郷だって言うひともいるでしょう。でも少しばかり、わたしには肌が合わないところもあるのよ。ものたりないというか、つまらないというか……。ここにはすてきなオスネコもいないし……。しゃれた冗談を言い合ったり、かけひきめいた会話を楽しんだりすることもできないんじゃ、わたしには生きているという実感がわいてこないのよ」
「つまり、生きているって、友人と楽しく話をするってことですか?」
ネコはヒツジの質問に、しばらくあんぐりと口をあけたまま突っ立っていましたが、やがて鼻を小さく鳴らすようにして笑うと、
「ごめんなさい、わたしが悪かったわ。あなたみたいに平和に生きてきたひとに、わたしの話を理解しろっていうほうが無茶よね」
「たしかにここは平和ですが、ぼくには友人と呼べる友人はあまりいませんよ。あいさつぐらいは交わすけど、楽しく話をするなんてことは……」
「あぁ、ちがうのよ、そうじゃなくて」
ネコは少しイライラした調子をにじませて、ヒツジの話をさえぎりました。ヒツジはなにか失礼な失敗をしでかしたのかと思い、恥ずかしさに首を縮めました。
「あら、わたし、あなたをこわがらせちゃったかしら。でも、そうじゃないのよ。あのね、生きているって、いまのわたしやあなたみたいに、こうして動いたり、しゃべったり、食べたり、眠ったり──まぁ、あなたは不眠症なんでしょうけど、とにかく、こうしていることを言うのよ」
ヒツジはへぇぇと感心した声を上げました。
「そうか、いまのぼくは生きているってやつなんですね。それはきっとすごいことなんだろうなぁ。きみは物知りなんですねぇ」
ヒツジの称賛の視線を受けて、ネコは気をよくしたようにヒゲを動かすと、
「とにかく、今夜はあなたとお知り合いになれてよかったわ。ここに来てからこんなふうに誰かとおしゃべりしたのは、今夜がはじめてよ。やっぱり思いきってここへ来てよかったわ」
ヒツジはネコのことばに、おどりだしたいような気になりました。
「またお邪魔してもいいかしら」
「えぇ、もちろんですよ」
ヒツジは喜びにうちふるえながら何度もうなずき、来たときと同じく優雅に小屋から出ていくネコの後ろ姿を見送りました。
ヒツジはそれを聞くと、からだじゅうの毛が逆立つようになりました。
「し、し、死んでしまうって、いったいどうして?」
「どうしてって、だってこんなところで一生をおわるのかと思うと、生きている甲斐もなくなったみたいなんですもの」
ヒツジにはネコの言っていることの意味がまったくわかりませんでした。こんなところというのが、ヒツジのいるこの農場のことだとはわかりましたが、それがどうして死んでしまうことになるのか、また生きているということも、その「かい」というものがなくなるということも、ヒツジにはいったいどういうことなのか、まったく理解ができませんでした。
すっかり混乱しているヒツジを見て、ネコは少しバツが悪そうな顔をすると、
「ごめんなさい、なにもあなたの住んでいるところの悪口を言っているわけじゃないのよ。ここにはここの良さっていうものがあることはわかっているのよ。ただ、わたしにとっては、ここはあんまりにもはりあいがないのよ……。あら、わたし、あなたにずいぶんひどいショックを与えちゃったかしら?」
ネコはそう言うとヒツジにぐっと近寄って、ざらざらした小さな舌で、ヒツジのすねのあたりをペロリと舐めました。とたんにヒツジのからだはカァッと燃え上がるようになりました。
「少しは気が落ち着いて?」
ヒツジはよろけるように二、三歩後ずさりをすると、何度か大きく息を吐き、あらためてネコを見つめました。
「えぇ、えぇ、ご親切にどうも……。でも、あの、生きている甲斐ってなんのことです?」
「その話はもういいのよ。……でも、そうね、あなたに話したら、少しは憂鬱がまぎれるかしらねぇ」
「それじゃ、どうか言ってください」
「ここに越してきてから、まぁそれなりに楽しいと思えることもあるのよ。だけど、わたしはどちらかというと都会派なのよ。だってずっと都会育ちできたんですもの。生き方って、いきなりすぐにはかえられないでしょ? 都会の空気はまずいって言うひともいるみたいだけど、わたしはあのいろんなもののまじったにおいがきらいじゃなかったわ。ここは、そう、いいところだとは思うわよ。こういうところこそ理想郷だって言うひともいるでしょう。でも少しばかり、わたしには肌が合わないところもあるのよ。ものたりないというか、つまらないというか……。ここにはすてきなオスネコもいないし……。しゃれた冗談を言い合ったり、かけひきめいた会話を楽しんだりすることもできないんじゃ、わたしには生きているという実感がわいてこないのよ」
「つまり、生きているって、友人と楽しく話をするってことですか?」
ネコはヒツジの質問に、しばらくあんぐりと口をあけたまま突っ立っていましたが、やがて鼻を小さく鳴らすようにして笑うと、
「ごめんなさい、わたしが悪かったわ。あなたみたいに平和に生きてきたひとに、わたしの話を理解しろっていうほうが無茶よね」
「たしかにここは平和ですが、ぼくには友人と呼べる友人はあまりいませんよ。あいさつぐらいは交わすけど、楽しく話をするなんてことは……」
「あぁ、ちがうのよ、そうじゃなくて」
ネコは少しイライラした調子をにじませて、ヒツジの話をさえぎりました。ヒツジはなにか失礼な失敗をしでかしたのかと思い、恥ずかしさに首を縮めました。
「あら、わたし、あなたをこわがらせちゃったかしら。でも、そうじゃないのよ。あのね、生きているって、いまのわたしやあなたみたいに、こうして動いたり、しゃべったり、食べたり、眠ったり──まぁ、あなたは不眠症なんでしょうけど、とにかく、こうしていることを言うのよ」
ヒツジはへぇぇと感心した声を上げました。
「そうか、いまのぼくは生きているってやつなんですね。それはきっとすごいことなんだろうなぁ。きみは物知りなんですねぇ」
ヒツジの称賛の視線を受けて、ネコは気をよくしたようにヒゲを動かすと、
「とにかく、今夜はあなたとお知り合いになれてよかったわ。ここに来てからこんなふうに誰かとおしゃべりしたのは、今夜がはじめてよ。やっぱり思いきってここへ来てよかったわ」
ヒツジはネコのことばに、おどりだしたいような気になりました。
「またお邪魔してもいいかしら」
「えぇ、もちろんですよ」
ヒツジは喜びにうちふるえながら何度もうなずき、来たときと同じく優雅に小屋から出ていくネコの後ろ姿を見送りました。
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