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第二章

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 その夜をきっかけに、ヒツジとネコはずいぶんと親しい間柄になりました。ネコと親しくなったおかげで、ヒツジはネコの姿を好きなだけ、まじまじと眺めることができるようになりました。それまでは、知り合いでもないのに、あまりじろじろと眺めるのは失礼だと思って、どんなに見つめたくても、遠慮していたのです。
 ネコは昼間のうちは、たいていヒツジ小屋の屋根の上で、長いしっぽを優雅に揺らしながら、ヒツジたちが草を食むのを眺めたり、ときにはヒツジたちの近くにおりてきて、花のにおいをかいだり、虫を上手につかまえて食べたりしていました。姿が見えないときは、母屋で眠っているようでした。

 新緑のころの草木のようにきれいな緑色の瞳で、ネコがきょろきょろとあたりをうかがう様子や、いつもぴかぴかに手入れされている毛皮などを、ヒツジは飽きることなく眺めるのでした。
 しかし、ネコは昼の間はヒツジとあまり話をしませんでした。けれど、草を食べながら自分のほうへ視線を向けているヒツジに向かって、なにか意味ありげにしっぽをふったり、ヒツジをじっと見ながらゆっくりとまばたきをしたりしました。それで、ヒツジはネコとの間に、なにか特別な秘密をもったかのような気がして、どきどきと気持ちが高揚するのを感じていました。なんだか、激しく吠えたてる犬のことさえ、以前ほどこわいとは思わなくなったような気さえしました。
 そして夜になると、ネコはヒツジの元を訪れました。ヒツジには、ネコの夜の訪れが、待ち遠しくてたまらないものになりました。こんなふうに夜を待つのは、おじいさんが死んで以来、はじめてのことでした。ヒツジはネコのおかげで、久方ぶりになんともはりあいのある毎日を過ごしていました。
 けれど、ヒツジにはひとつだけ、ひどく気がかりなことがありました。というのも、ネコはいつも死にたがってばかりいたからです。
 その夜も、ネコはヒツジの待つ小屋に軽い身のこなしでやってきて、干し草の上にひらりととびのると、大仰そうに前足を伸ばし、重ねた手の上にあごを乗せて寝そべりました。そして、いかにも物憂げなため息をヒツジに聞かせるのです。
「今夜もまた死にたいの?」
 だしぬけに言ったヒツジのことばが気にさわったのか、ネコは少しばかり顔をしかめ、ヒツジを軽くにらみました。
「あんたってば、ロマンチックってことを知らないの?」
「ロマンチック?」
 ロマンチックということばは、ヒツジにははじめて聞くものでした。ネコはヒツジの知らないことばをほんとうにたくさん知っていました。たいてい、ネコは聞き返したヒツジを無視していました。けれども、ヒツジは話の流れの中から、ネコのことばの意味を推察することができたので、ずいぶんと物知りになりました。
 ネコはもう一度大きなため息をついて、あさってのほうを向いてしまい、ヒツジのほうを見てくれませんでした。ヒツジは、よけいなことを言ってネコの機嫌をそこねないように、黙ってじっとネコを見つめていました。

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