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第三章

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 こうこうと輝いて街じゅうを明るく照らしている街灯を見て、ヒツジの胸は期待で弾むようでした。これならば毛を刈ってくれる人も、シーツを仕立ててくれる人も、すぐに見つかりそうです。それに、ネコの言っていたきれいなものを見ることだってできそうです。
 ところが、いざ街のなかに入ってみると、たくさんの男や女たちが馬鹿笑いをしながら歩き回り、ヒツジはそうした人たちに蹴飛ばされないように、必死で人々の間をすり抜けながら進んでいかなければなりませんでした。
 遠くから見ていた時には星の光にも似ていると思った街灯は、夏の真昼の太陽よりもどぎつくて、ヒツジの目はくらみました。
 まぶしさに目をしばたかせながら歩いていたヒツジは、やがてひときわ騒々しい男たちが大勢集まっている広場のような場所にやってきました。男たちは何人かずつ、ひとかたまりになってテーブルを囲み、テーブルの上に並んだ食べ物や、木のコップに入った飲み物を次々と口に放り込みながら、大声で笑いあっていました。
 男たちの持つコップの中身からただよってくるにおいは、おじいさんがときどき作っていた葡萄酒というものと同じようにも思いました。それでヒツジはもっとよく嗅いでみたいと思って、鼻をひくひくと動かしてみました。とたんに鼻の中は、蜂か何かにでも刺されたような刺激でいっぱいになり、ヒツジは思わず飛び上がりました。
 そのとき、男たちがヒツジに気がついて、周りを取り囲むようにして集まってきました。
「なんだ、こんなところにヒツジがいやがるぜ」
「こいつはまた、ずいぶんと重そうな毛をしょってるじゃないか。誰か仕事をさぼっていやがるな」
「おい、こいつはいったいどこのヒツジだ?」

 ヒツジはたくさんの男たちの輪の中心に立たされて、ぶしつけな視線や乱暴なことばをなげつけられ、身をすくませました。毛を刈ってくれる人や、シーツを仕立ててくれる人はいませんかとたずねたくても、震えるばかりで声が出ませんでした。
「それにしても、こいつはうまそうじゃないか」
「この店は酒もまずいが、つまみはもっとひどいときているからな」
「こいつをとっつかまえて、ひとつうまいつまみにでもしたらどうだ?」
 ヒツジは、「つまみ」ということばを知りませんでしたが、なにか自分にとって良くないことばだということはわかったので、いよいよ大きく体を震わせました。
 男たちのゲラゲラと笑う声と、吐き出されるくさい息にも、ヒツジの恐怖はあおられました。そこで、ヒツジは自分の気持ちをふるいたたせ、その場から逃げ出そうとしました。それを見た男たちは、大声をあげてヒツジにとびかかろうとしました。
「おい、ヒツジが逃げるぞ」
「つかまえて、早くつまみにしちまおう」
 ヒツジは男たちの間をすばやくすり抜けて、猛然と駆け出しました。男たちのはやし立てるような声が、後ろからヒツジを追いかけましたが、決して振り返らずに、一目散にその場を走り去りました。
 やっとのことでその場を逃げ出したヒツジが我にかえってみると、いつの間にか、しずかな街のはずれにやって来ていました。そこには大きく高い柵が張り巡らされた一画があって、その奥からは、いろいろな動物のにおいがしていました。
 ヒツジはたくさんの動物がいるところなら、自分の毛を刈ってシーツに仕立ててくれる人を知っているものがいるかもしれないと思って、門をくぐって中に入っていきました。
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