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第三章

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 そこにはたくさんの種類の動物たちがいましたが、皆せまい檻のなかにいて、大半は眠っていました。起きているものを見つけ、声をかけても、ヒツジをぼんやりと見返すだけか、うるさそうに後ろを向いて、背中を見せるものばかりでした。
 ヒツジはすっかり困ってしまい、とぼとぼと歩きました。するといきなり、すべての街灯が、示し合わせたかのようにいっせいに消えてしまいました。明かりが消えたそこは、農場の小屋のなかよりもずっと暗く、ヒツジはせめて夜空の星を見ようと顔を上げましたが、ただのひとかけらも、星はきらめいてはいませんでした。
 なんだか急に疲れが押し寄せてくるようで、ヒツジはため息をつくと、重い足取りで歩きました。これからいったいどうすればいいのだろう、と考えていると、突然、
「よお、なんだか浮かない顔だな」
 と、ささやくような、けれどもどこか鋭いとげのようにとがった低い声が、ヒツジの足をぎくりと震わせて、立ち止まらせました。
 声の主を探してあたりをうかがうと、すぐ近くの檻のなかに、ぎらぎらと光るふたつの目を見つけ、ヒツジは息をのみました。その目はじっとヒツジを見つめています。
 暗闇のなか、そのふたつの目の持ち主の姿を確かめようと、目を凝らして檻の中を見ると、ヒツジの目に、不気味にうごめく大きなかげが浮かび上がってきました。そこは何かえたいのしれないケモノの住む檻のようでした。
 ヒツジの目には、まっくらな檻のいちばん奥にうずくまっているケモノの姿は、黒い小山のように見えました。そのケモノのにおいを嗅ぐと、農場の犬のそれにも似ているように思いましたが、ヒツジの本能に、犬よりもずっと危険なにおいであることを訴えていました。
 暗闇にだんだんと目が慣れてくると、檻のなかのケモノの姿も徐々に見えるようになってきました。ケモノは農場の犬に似ているようでしたが、もっと大きく、別段あの犬のように激しく吠えたてているわけでもないのに、ヒツジの心を恐ろしさでいっぱいに押し潰しそうなほどでした。それは、ヒツジが生まれてはじめて感じるたぐいの恐ろしさでした。

「あなたは誰です?」
 それでもヒツジは勇気をふりしぼって、檻の奥で鋭い目を光らせて臥せながら、自分を見ているその動物にたずねました。
「おれか? おれはオオカミさ」
「オオカミ? 犬とはちがうのですか?」
「犬だと? おまえはこのおれが、あんなひ弱な連中と同じに見えるのか?」
 オオカミだと言ったそのケモノのおどすような声色に、ヒツジは心臓を強くつかまれたようになり、あわてて首をふって否定しました。
「いいえ、あなたはとても……強そうです」
「そうだろうとも。おまえはなかなか見る目があるじゃないか。いいことを教えてやる。おれたちオオカミってのはな、犬の祖先なのさ。言ってみれば、犬の神さまみたいなもんだ」
「……神さまってなんです?」
「そんなことも知らないのか。無知なやろうだ」
 オオカミはチッと舌打ちをしました。ヒツジはいよいよ恐ろしくなって、後ずさりをしました。それを見たオオカミは、ぎらぎらと不気味に光る目を細め、つとめてやわらかな口調で言いました。
「まぁそんなことはどうだっていいのさ。重要なのは、おまえが今こうしておれの目の前にいることだ。おれがこうやって不自由な暮らしを強いられているっていうのに、おまえが檻の外を自由に歩き回っていやがるのはどういうわけだ」
「それは、あの、さがしものをしていて……」
「さがしものだと? 」
 オオカミの目の光が、一瞬強くなりました。

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