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「アリア、顔を上げろ。……そんなに怯えられては、食事が不味くなる」
シャンデリアが眩しく輝くダイニング。 長い長方形のテーブルの端と端に座る私たち夫婦の間に、冷ややかな声が響きました。
声の主は、私の夫であるギルバート・レイン・カシウス公爵。 銀髪を完璧に整え、冷徹な氷の瞳を持つ彼は、「社交界の彫像」と称されるほどの美貌を誇っています。ただし、中身も氷点下ですが。
「……申し訳ございません、旦那様。お顔を拝見すると、あまりの神々しさに気圧されてしまいまして」
私は、伏せていた顔を上げ、儚げな、今にも消えてしまいそうな微笑みを浮かべました。 これぞ、一年かけて磨き上げた『冷遇される悲劇のヒロイン風・完璧公爵夫人』の仮面。
ですが、私の脳内は今、こんな感じです。
(うわー出たよ。氷点下100度の冷蔵庫野郎! 何よその言い草。「食事が不味くなる」? こっちのセリフよ! あんたの顔が良すぎて、こっちは栄養が全部そっちに吸い取られてる気分なんだからね!)
私は淑女の所作で、一切の音を立てずにスープを口に運びます。
(はぁ……。契約結婚から早一年。今日も今日とて会話はゼロ。よしよし、計画通り。このまま「空気のような妻」を演じきって、三年後の契約満了日にドカンと慰謝料をもらって離婚。その後は田舎でイケメンをはべらせる……じゃなくて、のんびり家庭菜園をしながらスローライフを送るのよ! 待ってろ、私のニート生活!)
「……アリア?」
「はい、何でしょうか。旦那様」
急に名前を呼ばれ、私はビクッと肩を揺らしました。 ギルバート様は、不機嫌そうに眉根を寄せて私を凝視しています。
「なぜ、さっきからニヤけている」
「……え?」
(やばっ! 妄想が捗りすぎて口角上がってた!?)
「い、いえ。旦那様とこうしてお食事できる幸せを噛み締めていただけでございます。……お耳を汚してしまい、申し訳ございません」
私は慌てて視線を落とし、悲しげにまつ毛を震わせました。 内心では中指を立てていますが、表面上はどこまでも献身的な妻です。
(ふぅ、危ない危ない。こいつ、勘が鋭いから油断できないのよね。ま、どうせ私のことなんて「実家から押し付けられた邪魔な女」としか思ってないだろうけど。早く食事終わらせて、部屋で隠し持ってるクッキー食べたいわ。あ、メアリさんに頼んだ限定スイーツ、届いてるかしら?)
ギルバート様は、何か言いたげに口を開きかけましたが、結局、無言でワインを煽りました。
これが、私たちの日常。 会話はなく、愛もなく。ただ、契約によって繋がっただけの冷え切った関係。 ……のはずでした。
この直後、あんな「事故」が起きるまでは。
食事の後、ギルバート様はいつものように無言で席を立ち、執務室へと向かおうとしました。 その時、彼が私の横を通り過ぎる瞬間。 天井の巨大なシャンデリアが、不気味な軋み声を上げたのです。
「危ない!!」
私は、前世の反射神経――というか、火事場の馬鹿力で、ギルバート様の背中に飛びつきました。
(ちょっ、嘘でしょ!? 今死なれたら私の慰謝料と離婚届はどうなるのよ! 死ぬならハンコ押してからにして冷蔵庫野郎ーーッ!!)
ガシャーーーーン!!
凄まじい轟音とともに、クリスタルが床で砕け散ります。 私たちは床に倒れ込み、私はギルバート様を押し倒すような形で、彼の上に重なっていました。
「……アリア。……大丈夫か」
下から響く、低くて心地よい声。 至近距離で見るギルバート様の顔面は、もう、暴力的なまでのかっこよさでした。
(ひっ……! 至近距離で見ても毛穴がない! 睫毛長い! 鼻筋が定規かよ! なんでこんな時に無駄に色気振りまいてるのよこの国宝級美形! 私の心臓、さっきの衝撃より今の顔面攻撃で止まりそうなんだけど!?)
「……アリア?」
ギルバート様の手が、私の腰を支えるように触れた、その瞬間。
彼の瞳が、かつてないほど大きく見開かれました。 まるであり得ないものを見たかのように。
「……いま、何と言った?」
「え? い、いえ、何も。ただ、旦那様がお怪我をされていないか、心配で……」
私は慌てて離れようとしましたが、彼の強い腕がそれを許しません。
(は? 何、このホールド力。離せ。さっさと離して。顔が近すぎて私の理性が「あーもうこのまま食べちゃいたい!」とかトチ狂ったこと言い始めてるじゃないの! 離れろ冷蔵庫! 冷却機能が壊れてるわよ!)
「…………冷蔵庫?」
ギルバート様の声が、微かに震えていました。 彼は信じられないものを見る目で、私を見つめています。
「アリア。お前……今、口を開かずに俺を『冷蔵庫』と呼んだか?」
「………………え?」
私の思考が、真っ白に停止しました。
シャンデリアが眩しく輝くダイニング。 長い長方形のテーブルの端と端に座る私たち夫婦の間に、冷ややかな声が響きました。
声の主は、私の夫であるギルバート・レイン・カシウス公爵。 銀髪を完璧に整え、冷徹な氷の瞳を持つ彼は、「社交界の彫像」と称されるほどの美貌を誇っています。ただし、中身も氷点下ですが。
「……申し訳ございません、旦那様。お顔を拝見すると、あまりの神々しさに気圧されてしまいまして」
私は、伏せていた顔を上げ、儚げな、今にも消えてしまいそうな微笑みを浮かべました。 これぞ、一年かけて磨き上げた『冷遇される悲劇のヒロイン風・完璧公爵夫人』の仮面。
ですが、私の脳内は今、こんな感じです。
(うわー出たよ。氷点下100度の冷蔵庫野郎! 何よその言い草。「食事が不味くなる」? こっちのセリフよ! あんたの顔が良すぎて、こっちは栄養が全部そっちに吸い取られてる気分なんだからね!)
私は淑女の所作で、一切の音を立てずにスープを口に運びます。
(はぁ……。契約結婚から早一年。今日も今日とて会話はゼロ。よしよし、計画通り。このまま「空気のような妻」を演じきって、三年後の契約満了日にドカンと慰謝料をもらって離婚。その後は田舎でイケメンをはべらせる……じゃなくて、のんびり家庭菜園をしながらスローライフを送るのよ! 待ってろ、私のニート生活!)
「……アリア?」
「はい、何でしょうか。旦那様」
急に名前を呼ばれ、私はビクッと肩を揺らしました。 ギルバート様は、不機嫌そうに眉根を寄せて私を凝視しています。
「なぜ、さっきからニヤけている」
「……え?」
(やばっ! 妄想が捗りすぎて口角上がってた!?)
「い、いえ。旦那様とこうしてお食事できる幸せを噛み締めていただけでございます。……お耳を汚してしまい、申し訳ございません」
私は慌てて視線を落とし、悲しげにまつ毛を震わせました。 内心では中指を立てていますが、表面上はどこまでも献身的な妻です。
(ふぅ、危ない危ない。こいつ、勘が鋭いから油断できないのよね。ま、どうせ私のことなんて「実家から押し付けられた邪魔な女」としか思ってないだろうけど。早く食事終わらせて、部屋で隠し持ってるクッキー食べたいわ。あ、メアリさんに頼んだ限定スイーツ、届いてるかしら?)
ギルバート様は、何か言いたげに口を開きかけましたが、結局、無言でワインを煽りました。
これが、私たちの日常。 会話はなく、愛もなく。ただ、契約によって繋がっただけの冷え切った関係。 ……のはずでした。
この直後、あんな「事故」が起きるまでは。
食事の後、ギルバート様はいつものように無言で席を立ち、執務室へと向かおうとしました。 その時、彼が私の横を通り過ぎる瞬間。 天井の巨大なシャンデリアが、不気味な軋み声を上げたのです。
「危ない!!」
私は、前世の反射神経――というか、火事場の馬鹿力で、ギルバート様の背中に飛びつきました。
(ちょっ、嘘でしょ!? 今死なれたら私の慰謝料と離婚届はどうなるのよ! 死ぬならハンコ押してからにして冷蔵庫野郎ーーッ!!)
ガシャーーーーン!!
凄まじい轟音とともに、クリスタルが床で砕け散ります。 私たちは床に倒れ込み、私はギルバート様を押し倒すような形で、彼の上に重なっていました。
「……アリア。……大丈夫か」
下から響く、低くて心地よい声。 至近距離で見るギルバート様の顔面は、もう、暴力的なまでのかっこよさでした。
(ひっ……! 至近距離で見ても毛穴がない! 睫毛長い! 鼻筋が定規かよ! なんでこんな時に無駄に色気振りまいてるのよこの国宝級美形! 私の心臓、さっきの衝撃より今の顔面攻撃で止まりそうなんだけど!?)
「……アリア?」
ギルバート様の手が、私の腰を支えるように触れた、その瞬間。
彼の瞳が、かつてないほど大きく見開かれました。 まるであり得ないものを見たかのように。
「……いま、何と言った?」
「え? い、いえ、何も。ただ、旦那様がお怪我をされていないか、心配で……」
私は慌てて離れようとしましたが、彼の強い腕がそれを許しません。
(は? 何、このホールド力。離せ。さっさと離して。顔が近すぎて私の理性が「あーもうこのまま食べちゃいたい!」とかトチ狂ったこと言い始めてるじゃないの! 離れろ冷蔵庫! 冷却機能が壊れてるわよ!)
「…………冷蔵庫?」
ギルバート様の声が、微かに震えていました。 彼は信じられないものを見る目で、私を見つめています。
「アリア。お前……今、口を開かずに俺を『冷蔵庫』と呼んだか?」
「………………え?」
私の思考が、真っ白に停止しました。
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