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11話
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(……あれ? 今日、なんだか静かじゃない?)
朝、目覚めて隣を見ると、そこには相変わらず「神が二物を与えすぎた」ような絶世の美貌を持つギルバート様がいました。ですが、彼が私の顔を覗き込んでも、いつものような「……アリア、脳内が騒がしいぞ」という呆れ混じりのツッコミが飛んできません。
(旦那様? おはよー! 冷蔵庫様、起動してる? 今、私の心の中では『朝日に照らされる旦那様の鎖骨、国宝指定したい!』って盛大に叫んでるわよ! ほら、拾って!)
「……アリア」
ギルバート様が、困惑したように私の頬に触れました。その指先からは、いつものような「熱」が伝わってくるのに、彼の表情には焦りが滲んでいます。
「……聞こえないんだ。お前の声が、全く」
(――え?)
私は目を見開きました。 あれほど私の脳内をハッキング(?)して、プライバシーの欠片もなかったあの超能力が、突然消えてしまったというのですか?
(嘘でしょ!? まさか、あの事故の魔力が切れたの? それとも、私の脳みそがようやく冷蔵庫への耐性を獲得したとか!? 自由だ……! 私の脳内プライバシー、ついに完全復活!!)
私は思わずベッドの上でガッツポーズをしそうになりましたが、隣のギルバート様の表情を見て、その手が止まりました。 彼は、まるで深い闇の中に一人取り残されたような、酷く心細そうな顔をしていたのです。
「……アリア。今、何を考えている? 喜んでいるのか、それとも……俺を、拒絶しているのか?」
(――あ)
言葉が、出ませんでした。 今まで、私が何も言わなくても彼はすべてを拾ってくれました。 私が毒づいても、恥ずかしがっても、彼は「心の声」を通じて私の本質を見てくれていた。 でも、その繋がりが切れた今、彼は私の「建前」の微笑みの裏にあるものを、何一つ知ることができなくなってしまったのです。
「……ギルバート様、そんなに悲しい顔をしないでください」
私は精一杯の声を振り絞りました。でも、今まで脳内で爆速で会話していた反動で、実際の喉から出る言葉は、あまりに拙く、薄っぺらく感じてしまいます。
「私は……ただ、驚いただけです。……嫌いになったりなんて、していませんわ」
「……本当か? お前はいつも、心の中と正反対のことを言うからな」
ギルバート様は自嘲気味に笑い、私の手を放して立ち上がりました。 その背中が、一年前の「冷徹公爵」に戻ったかのように、遠く、冷たく見えました。
(違う! 違うのよ! 今の『嫌いじゃない』は本心120%なの! むしろ『声が聞こえなくても、私を信じて!』って、心の中ではメガホン持って叫んでるのに……!)
夕食の席も、かつてのような沈黙が支配しました。 パンケーキを前にしても、今の私にはそれを楽しむ余裕なんてありません。
(……不便だわ。言葉って、こんなに不便なものだったのね)
私はチラリとギルバート様を盗み見ました。彼は無言でワインを口に運んでいますが、その視線はどこか泳いでいます。
(待って。……もしかして旦那様、声が聞こえないせいで『アリアがまた離婚したがってるんじゃないか』って、めちゃくちゃ不安になってる!? あの強気な冷蔵庫が、まさかの故障中!?)
私は意を決して、椅子を蹴るようにして立ち上がりました。 そして、長いテーブルを無視して、彼の隣へと駆け寄ったのです。
「アリア……?」
私は彼の首に腕を回し、その胸板に顔を埋めました。 声が届かないなら、態度で示すしかありません。
「……離婚なんて、しません! 声が聞こえなくても、私はあなたの妻です! ほら、私の心臓の音を聞いてください! これだけは、嘘をつけないはずですから!」
私は彼の耳を、自分の胸元に押し当てました。 ドクン、ドクンと、早鐘を打つような鼓動。
「……アリア」
ギルバート様の腕が、折れそうなほど強く私を抱きしめました。
「……聞こえなくても、分かる。……お前が今、酷く真っ赤な顔をしていることも……俺を求めていることも」
二人の間に流れるのは、便利な魔法ではなく、不器用で、けれど確かな人間の温もりでした。
朝、目覚めて隣を見ると、そこには相変わらず「神が二物を与えすぎた」ような絶世の美貌を持つギルバート様がいました。ですが、彼が私の顔を覗き込んでも、いつものような「……アリア、脳内が騒がしいぞ」という呆れ混じりのツッコミが飛んできません。
(旦那様? おはよー! 冷蔵庫様、起動してる? 今、私の心の中では『朝日に照らされる旦那様の鎖骨、国宝指定したい!』って盛大に叫んでるわよ! ほら、拾って!)
「……アリア」
ギルバート様が、困惑したように私の頬に触れました。その指先からは、いつものような「熱」が伝わってくるのに、彼の表情には焦りが滲んでいます。
「……聞こえないんだ。お前の声が、全く」
(――え?)
私は目を見開きました。 あれほど私の脳内をハッキング(?)して、プライバシーの欠片もなかったあの超能力が、突然消えてしまったというのですか?
(嘘でしょ!? まさか、あの事故の魔力が切れたの? それとも、私の脳みそがようやく冷蔵庫への耐性を獲得したとか!? 自由だ……! 私の脳内プライバシー、ついに完全復活!!)
私は思わずベッドの上でガッツポーズをしそうになりましたが、隣のギルバート様の表情を見て、その手が止まりました。 彼は、まるで深い闇の中に一人取り残されたような、酷く心細そうな顔をしていたのです。
「……アリア。今、何を考えている? 喜んでいるのか、それとも……俺を、拒絶しているのか?」
(――あ)
言葉が、出ませんでした。 今まで、私が何も言わなくても彼はすべてを拾ってくれました。 私が毒づいても、恥ずかしがっても、彼は「心の声」を通じて私の本質を見てくれていた。 でも、その繋がりが切れた今、彼は私の「建前」の微笑みの裏にあるものを、何一つ知ることができなくなってしまったのです。
「……ギルバート様、そんなに悲しい顔をしないでください」
私は精一杯の声を振り絞りました。でも、今まで脳内で爆速で会話していた反動で、実際の喉から出る言葉は、あまりに拙く、薄っぺらく感じてしまいます。
「私は……ただ、驚いただけです。……嫌いになったりなんて、していませんわ」
「……本当か? お前はいつも、心の中と正反対のことを言うからな」
ギルバート様は自嘲気味に笑い、私の手を放して立ち上がりました。 その背中が、一年前の「冷徹公爵」に戻ったかのように、遠く、冷たく見えました。
(違う! 違うのよ! 今の『嫌いじゃない』は本心120%なの! むしろ『声が聞こえなくても、私を信じて!』って、心の中ではメガホン持って叫んでるのに……!)
夕食の席も、かつてのような沈黙が支配しました。 パンケーキを前にしても、今の私にはそれを楽しむ余裕なんてありません。
(……不便だわ。言葉って、こんなに不便なものだったのね)
私はチラリとギルバート様を盗み見ました。彼は無言でワインを口に運んでいますが、その視線はどこか泳いでいます。
(待って。……もしかして旦那様、声が聞こえないせいで『アリアがまた離婚したがってるんじゃないか』って、めちゃくちゃ不安になってる!? あの強気な冷蔵庫が、まさかの故障中!?)
私は意を決して、椅子を蹴るようにして立ち上がりました。 そして、長いテーブルを無視して、彼の隣へと駆け寄ったのです。
「アリア……?」
私は彼の首に腕を回し、その胸板に顔を埋めました。 声が届かないなら、態度で示すしかありません。
「……離婚なんて、しません! 声が聞こえなくても、私はあなたの妻です! ほら、私の心臓の音を聞いてください! これだけは、嘘をつけないはずですから!」
私は彼の耳を、自分の胸元に押し当てました。 ドクン、ドクンと、早鐘を打つような鼓動。
「……アリア」
ギルバート様の腕が、折れそうなほど強く私を抱きしめました。
「……聞こえなくても、分かる。……お前が今、酷く真っ赤な顔をしていることも……俺を求めていることも」
二人の間に流れるのは、便利な魔法ではなく、不器用で、けれど確かな人間の温もりでした。
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