婚約破棄された私を拾ったのは、辺境のグルメ公爵でした

腐ったバナナ

文字の大きさ
1 / 20

1話

しおりを挟む
 王都で最も華やかな舞踏会。煌びやかなシャンデリアの下、侯爵令嬢エマ・ヴェルヌイは、生涯で最も屈辱的な瞬間に立たされていた。

「エマ・ヴェルヌイ。貴様との婚約を、この場で破棄する」

 王太子ルドルフの声は、会場全体に響き渡った。エマの心臓は凍りつき、背筋を冷たい汗が伝う。

「ルドルフ殿下……なぜ、急に……」

「なぜだと?」

 ルドルフは鼻で笑った。彼の隣には、エマの従妹で、誰もが認める「家庭的」な令嬢、リリアが寄り添っていた。

「貴様は、侯爵令嬢でありながら、王太子妃となるに相応しくない、致命的な欠陥を持っている。それは、料理への才能の欠如だ」

 会場がざわめいた。料理が下手な令嬢は珍しくないが、婚約破棄の理由としては異例だった。

「私の命を救ったリリアの作る滋味深い料理に比べ、貴様が作ったものはどうだ?あれは、料理という名の毒だ。貴様のその才能のない手を、二度と私の前に出すな!」

 ルドルフの言葉は、エマの最も繊細な部分を抉った。彼女が作った数少ない手料理を、彼はいつも「不味い」「毒だ」と罵倒していた。

(違う!あれは、不味いんじゃなくて……)

 エマの味覚は、常人の何倍も鋭敏だった。料理に含まれる微細な不純物、隠された油の酸化、ハーブの相性の悪さ……それら全てが、エマの口の中では耐え難い不協和音となって感じられてしまう。ルドルフの王宮料理人でさえ、エマにとっては「不味い」のだ。彼女はそれを表現できず、ただ拒否し続けた結果、料理下手という烙印を押された。

「王太子殿下、私は……」

 エマが反論しようとした瞬間、ルドルフは冷たく言い放った。

「貴様を侯爵家から追放する。二度と王都に戻るな。貴様の顔を見るだけで、吐き気がする」

 婚約破棄、そして追放。エマの人生は、一瞬にして崩壊した。

 その夜遅く、エマは一頭の馬車に揺られ、王都を離れた。行き先は、魔力汚染がひどく、作物もろくに育たない辺境。

 馬車に揺られて数日。食料も尽き、水も底をついた頃、エマは一軒の古びた宿屋に辿り着いた。

 宿屋の厨房からは、異様な焦げ臭い匂いが漂っていた。エマの鋭敏な鼻と舌が、その料理の「不味さ」を即座に感知し、体が拒絶反応を起こす。

(だめ、こんなもの食べられない……!)

 しかし、飢えには勝てず、エマは出された煮込み料理を一口、口に含んだ。

「うっ……」

 エマは思わず吐き出した。肉の繊維の固さ、ハーブの処理の雑さ、そして何より古くなった油の臭みが、彼女の脳を直撃する。

「貴様、なんだその態度は!」

 怒った宿屋の亭主が、エマを怒鳴りつけた。

 そのとき、宿屋の奥のテーブルから、低い、魅力的な声が響いた。

「面白い。君の口から、その料理の決定的な不協和音を、聞かせてもらおうか」

 声の主は、黒衣を纏った長身の男だった。その容貌は息を呑むほど整っているが、瞳には常に全てに不満を抱いているような冷たさが宿っている。

 エマは、その男が「グルメ公爵」として社交界でも有名なライナス・グレイヴ公爵であることに気づいた。そして、彼の目の前の皿には、エマが吐き出したのと同じ煮込み料理が、一口も手をつけられずに残されていた。

 公爵の冷たい視線を受け、エマは震える声で、その煮込み料理の「不味さの根源」を指摘した。

「この料理は……煮込みの前に、肉を古い牛脂で焼いています。その酸化臭を、ハーブのローリエが完全に殺しきれていない。そして……その塩気のムラが、全ての味をバラバラにしています」

 エマの言葉を聞いたライナスは、初めて満足したような、驚愕の色を瞳に浮かべた。彼は静かに立ち上がり、エマの前に歩み寄った。

「その通りだ。私以外に、この煮込みの毒を見抜いた者がいたとはな」

 ライナスは、エマの細い手を掴み、冷たい声で命じた。

「君のその舌は、紛れもない天才だ。私だけのものになれ。私を満足させる、専属の料理人になれ」

 エマは、王太子に毒と罵られた手を、今、最強の美食公爵に、天才と評価されていた。屈辱の果てに、彼女の人生は、美食公爵の愛の契約という、新たなステージへと切り開かれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]国から捨てられた伯爵令嬢は南国で売られる

青空一夏
恋愛
災い扱いされた魔法の力を持つ伯爵令嬢スノア。 国や両親に捨てられ、商人に連れられて常夏の国へと辿り着く。 そこでスノアはお仕事に励むのだが、役に立つたびに“売られる”という不思議な日々が始まる。 売られては働き、働いてはまた売られるスノアは、一体どこへ行き着くのか――? 魔法と発想で仕事が認められていく一方、居場所のなさに心は少しだけ不安定に。 スノアは自分の居場所を見つけ、幸せになれるのでしょか? 本編完結後、ざまぁ番外編あり。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

捨てられ令嬢は微笑む ——婚約破棄ののち、氷の王太子に独占されるまで——

usako
恋愛
名門侯爵家の令嬢リディアは、婚約者である王太子レオンから突然の婚約破棄を告げられる。理由は「平凡で退屈だから」。 傷心のリディアは領地に引きこもり、静かに暮らすつもりだった。しかし、冷徹と評判の第二王子エリアスが突然現れ、「俺がおまえをもらう」と告げる。 心を閉ざした令嬢と、他人に興味を示さなかった王子――二人の絆が深まるほど、氷の王国に亀裂が走る。 そして、あの婚約破棄の裏に潜む陰謀が暴かれるとき、かつての恋人たちの立場は逆転する。 「退屈? 本当にそう思うなら、見ていればいい」 ──捨てられた令嬢が、王国一の寵愛を手にするまでの物語。

婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される

希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。 しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。 全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。 王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。 だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。

「君との婚約は時間の無駄だった」とエリート魔術師に捨てられた凡人令嬢ですが、彼が必死で探している『古代魔法の唯一の使い手』って、どうやら私

白桃
恋愛
魔力も才能もない「凡人令嬢」フィリア。婚約者の天才魔術師アルトは彼女を見下し、ついに「君は無駄だ」と婚約破棄。失意の中、フィリアは自分に古代魔法の力が宿っていることを知る。時を同じくして、アルトは国を救う鍵となる古代魔法の使い手が、自分が捨てたフィリアだったと気づき後悔に苛まれる。「彼女を見つけ出さねば…!」必死でフィリアを探す元婚約者。果たして彼は、彼女に許されるのか?

元婚約者に冷たく捨てられた令嬢、辺境で出会った無愛想な騎士に溺愛される ~今さら戻ってこないでください~

usako
恋愛
婚約者に「平民の娘と結婚する」と一方的に婚約破棄された名門令嬢レティシア。 心が傷ついた彼女はすべてを捨て、辺境の小領地へと旅立つ。 そこで出会ったのは、無口で不器用だが誰よりも誠実な騎士・エドガー。 彼の優しさに癒され、次第に芽生える信頼と恋心。 けれど元婚約者が後悔とともに彼女を探しに来て――「もう遅い」と彼女は微笑む。 ざまぁと溺愛の王道を詰め込んだ、胸キュン辺境ラブストーリー。

処理中です...