婚約破棄された私を拾ったのは、辺境のグルメ公爵でした

腐ったバナナ

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3話

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 エマが初めて「美味しい」と感じたハーブスープは、彼女自身を泣かせるほどの完璧な調和を奏でていた。彼女はスープを口にするたびに、涙腺が緩むのを感じる。それは、長年「不協和音」に苛まれてきた舌が、ついに「和音」に出会った感動だった。

「私の……スープです」

 エマは涙を拭い、目の前にいるライナス公爵に、おずおおずとスープを差し出した。

 ライナスは、一口分のスープをスプーンで掬い、慎重に口に運んだ。公爵の顔には、普段の冷徹な無表情が張り付いていたが、スープを飲み込んだ瞬間、その黄金の瞳がわずかに見開かれた。

 公爵はすぐに二口目を口にした。そして、三口目。彼は、それまでどんな高級料理店の皿にも手をつけず、一口で席を立っていたという冷酷な美食家であったが、その場で一滴残らずスープを飲み干した。

「完璧だ」

 ライナスは、喉が渇いたように低く呟いた。

「この調和……この純粋な生命力。私は、生まれて初めて、『美食』というものの存在を信じた」

 ライナスの心は、激しく揺さぶられていた。長年、最高の味を探し求めてきた孤独が、一瞬にしてこのスープによって埋められた。エマの才能は、彼にとって唯一無二の救いだった。

「エマ。君は、この領地の最高の食材と、君の神の舌で、私を救った」

 ライナスは、感激と興奮を隠すように、少し声のトーンを下げた。

「今後、君の料理は、私以外の誰にも提供してはならない。食材の選定から調理、味見に至るまで、全てが私のためだ。君は、私の専属料理人であり、私の財産だ」

 ライマスの言葉は独占欲に満ちていたが、エマにとってそれは「自分の価値を絶対的に認める」という、何よりも温かい庇護の言葉に聞こえた。

「はい、公爵様。私の料理は、公爵様のためにあります」

 エマは、初めて心から笑った。

 その日から、エマの生活は一変した。

 彼女の仕事は、ひたすらライナス公爵のために「最高の料理」を追求すること。広大な公爵領は、エマにとって食材の遊園地だった。ライナスは、彼女の要望とあらば、どんな希少な食材でも即座に用意させた。

 エマは、自分の鋭敏な味覚を活かし、食材が持つ最高の純粋な味を引き出すことに没頭した。肉は完璧な火入れ、野菜は黄金比の調味料。そして、彼女の料理を食べたライナスは、「不味い」という言葉を二度と口にしなかった。

 公爵の表情は、以前の冷徹な仮面が少しずつ剥がれ、食後の満たされた表情には、穏やかな満足感が浮かぶようになった。

(私の料理が、公爵様を孤独から解放している。私は、もう無能じゃない……)

 エマは、王太子に追放され、「料理の毒」で呪われた自分の人生が、「美食の救い」として、この冷酷な公爵に受け入れられたことに、深い喜びを感じていた。

 しかし、ライナスの独占欲は強くなる一方だった。彼は、エマが調理している間、必ず厨房の片隅に座り、彼女から目を離さない。

「公爵様、公務はお済みですか?」

 エマが問うと、ライナスは書類から顔を上げずに答えた。

「ああ。だが、君の近くにいる方が、私の体調は安定する。君の料理の香りが、私にとっての癒やしだ」

(彼の言う通り、彼女の傍の空気は清浄で、他の汚いものから私を守ってくれる。この匂い、この感覚を失うわけにはいかない)

 ライナスは、公務よりもエマの存在を優先していた。

 この頃から、公爵領内では、「公爵様は、新しい料理人のお嬢様を、命のように大切にしている」という噂が広まり始めていた。
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