訳あり未亡人と、年下の騎士様 ~私はもう、恋なんてしないはずでした~

腐ったバナナ

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4話

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 クロードがラザラスの部下を排除した翌朝、フィオナは予定通り、侯爵家を代表して闇金融の代理人との交渉に臨んだ。クロードは終始無言でフィオナの背後に控えていたが、その威圧感は代理人の交渉態度をわずかに緩める効果をもたらした。

 交渉は決裂したが、フィオナは代理人とのやり取りの中で、負債の細部に不自然な点があることを確信した。

 フィオナが執務室に戻ると、執事のセバスチャンが深刻な顔で待っていた。

「フィオナ様、恐れ入ります。亡き侯爵様の書斎から、これを密かに持ち出しました」

 セバスチャンが差し出したのは、古びた革表紙の帳簿だった。

「これは、侯爵様がご存命中、私に『誰にも見せるな』と強く命じられていた、秘密の裏帳簿です」

 フィオナは緊張しながら帳簿を開いた。そこには、亡き夫がラザラスから借り入れた元の金額と、ユーリウスが侯爵家の権限を利用して行った不正な貸し付け、そしてそれらに対する過剰な利息の水増しの記録が記されていた。

 フィオナの冷静な頭脳が、たちまちそれらを分析した。

「やはり……。この負債の多くは、偽造か法外な水増しね。ユーリウス様は、侯爵家を乗っ取るため、ラザラスと結託していたのよ」

 この裏帳簿は、フィオナが敵の陰謀に対抗し、ざまぁを達成するための切り札となり得た。

 しかし、その証拠を公表するには、侯爵家の名誉を犠牲にする覚悟と、緻密な戦略が必要だった。フィオナは、今日から数日間、不眠不休で帳簿と睨めっこすることを覚悟した。

 深夜、執務室には、ペンを走らせる音と、暖炉の薪が爆ぜる音だけが響いていた。

 フィオナは疲労で指先が痺れるのを感じていたが、手を止められなかった。ここで諦めれば、侯爵家は闇金融とユーリウスの手に落ち、彼女の静かな生活の望みは潰える。

 その時、扉が静かにノックされた。

「入ってはいけないと、言ったはずです」

 フィオナは疲れた声で言った。

 入ってきたのは、クロードだった。彼は依然として黒い騎士服姿で、夜の見回りを終えたばかりのようだった。

「フィオナ様。入室の許可を得ず、誠に申し訳ございません。しかし、貴女の無謀な夜更かしは、私の護衛の規律を乱します」

 クロードはそう言うと、持っていたトレイを静かにフィオナの机の隅に置いた。トレイには、温かいミルクと、焼きたてのシンプルなクッキーが乗せられていた。

「メイド長に頼み、夜食用に作らせたものです。職務の効率を上げるために、必要な栄養を取ってください」

 クロードは、冷たい理屈を装ってフィオナを気遣っていた。彼はフィオナの顔色を見て、彼女がどれほど限界に近いかを悟っていたのだろう。

 フィオナは、その不器用で、しかし温かい労いに、胸が締め付けられるのを感じた。

「ありがとうございます、クロード殿。ですが、貴方の職務は私の食事の用意ではありません」

「ええ。私の職務は、貴女の安全を守ることです。栄養不足で倒れることは、最大の危険と判断しました」

 クロードはそう言い切り、フィオナが反論する隙を与えなかった。

 彼はフィオナがミルクを飲み干し、クッキーを一口食べるのを確認すると、満足したように静かに一礼した。

「失礼いたしました。どうか、ご無理をなさいませんように」

 そして、彼は再び音もなく執務室を出て行った。

 フィオナは、温かいミルクの甘さを感じながら、彼の去った扉を見つめた。

(彼は、私の孤独な戦いに、そっと温かい手を差し伸べている。愛を信じない私の理性を、彼は純粋な献身だけで崩そうとしている……)

 フィオナは、過去の夫からは得られなかった、誰かに守られているという安堵感に包まれ、冷え切っていた心が少しずつ溶け始めているのを感じた。
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