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キンと、冷たい刃が風を切る音。
侯爵令嬢ユミリア・フォン・ホーエンの首筋に触れたその感触が、彼女の人生の終わりを告げていた。
視界の端には、断罪の場を見下ろす王太子アルベルトの冷酷な横顔。そして、彼女の処刑を執行しようとしているのは、国の英雄にして「漆黒の鬼」と恐れられる騎士団長ギルバート・フォン・シュヴァルツだった。
「ユミリア・フォン・ホーエン。貴様の悪行は、王国の平和を脅かすに値する。懺悔はあるか?」
冷たい、感情を一切含まないギルバートの声。
ユミリアは、**「アルベルト様を愛した」**ただそれだけの理由で、悪女の汚名を背負い、無数の罪を着せられた。もう言い訳をする気力も、命乞いをする意思もない。
「……ありません。望むなら、早く終わらせて」
自暴自棄な言葉を吐いた瞬間、ギルバートの黒い剣が振り下ろされた。
はずだった。
ガツン、と鈍い衝撃が頭に響き、ユミリアは激しい痛みに目を開いた。
周囲は薄暗い。処刑台の冷たい石ではなく、柔らかなベッドの感触。天井には見慣れた自室の豪華な装飾が広がる。
「……何、これ?」
体を起こすと、自分の手足が痩せ細った処刑前の体ではなく、ふっくらとした健康な18歳の体に戻っている。目の前にあるのは、処刑される一年前に王太子アルベルトから贈られた、趣味の悪い宝石箱。
混乱した頭で記憶を辿る。
あの断罪が、王太子アルベルトの婚約者として華やかな学園生活を送っていた、過去のある一点へと巻き戻っていることを悟った。
「馬鹿げているわ……」
ユミリアは、額に手を当てて深く息を吐いた。前世、王太子に夢中だった彼女は、彼に近づくために陰湿な悪女として振る舞い、周囲を傷つけ、そしてギルバートの手によって処刑された。
鏡に映る自分を見つめる。この美しい顔が、前世でどれほど醜い悪意を秘めていたか、彼女は知っている。
(二度と、あんな人生は送らない。王太子にも、社交界にも、二度と関わらない)
前世の記憶と後悔は、ユミリアの人生の目標を定めた。
「静かな追放生活を送ること」
悪女として処刑されるくらいなら、いっそ自ら王太子から離れ、平穏な田舎の領地へ追放されたい。そして、誰も傷つけず、誰からも忘れられ、静かに余生を過ごす。
ユミリアは、宝石箱を静かに引き出しにしまい込んだ。
(アルベルト様……いいえ、王太子殿下。もう貴方には執着しません。私が悪女を演じることも、貴方が私を断罪することも、全てを回避するわ)
翌日。学園のカフェテラス。
ユミリアは、前世で悪女として嫌がらせをした女性たちを避け、一人静かに読書をしていた。前世とは違う脇役としての振る舞い。
だが、その平穏は、すぐに破られた。
「侯爵令嬢ユミリア・フォン・ホーエン殿。こちらへ」
冷たい、重低音の声が、背後から響いた。
ユミリアが恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、漆黒の騎士服に身を包んだ、あの男だった。
ギルバート・フォン・シュヴァルツ。
前世で、迷いなく彼女の命を奪った、冷酷で無感情な騎士団長。彼が、なぜ、悪女になる前の自分に話しかけてくるのか?
「……騎士団長。何か御用でしょうか」
「本日より、貴殿の学園内の護衛を命じられた。私の傍を離れるな」
彼の金色の瞳は、前世と同じく感情を全く宿していなかったが、その視線はユミリアから片時も離れず、異常なほどの執着を秘めていた。
ユミリアの静かな追放計画は、命を奪った男の過保護な介入によって、開始早々に崩壊したのだった。
侯爵令嬢ユミリア・フォン・ホーエンの首筋に触れたその感触が、彼女の人生の終わりを告げていた。
視界の端には、断罪の場を見下ろす王太子アルベルトの冷酷な横顔。そして、彼女の処刑を執行しようとしているのは、国の英雄にして「漆黒の鬼」と恐れられる騎士団長ギルバート・フォン・シュヴァルツだった。
「ユミリア・フォン・ホーエン。貴様の悪行は、王国の平和を脅かすに値する。懺悔はあるか?」
冷たい、感情を一切含まないギルバートの声。
ユミリアは、**「アルベルト様を愛した」**ただそれだけの理由で、悪女の汚名を背負い、無数の罪を着せられた。もう言い訳をする気力も、命乞いをする意思もない。
「……ありません。望むなら、早く終わらせて」
自暴自棄な言葉を吐いた瞬間、ギルバートの黒い剣が振り下ろされた。
はずだった。
ガツン、と鈍い衝撃が頭に響き、ユミリアは激しい痛みに目を開いた。
周囲は薄暗い。処刑台の冷たい石ではなく、柔らかなベッドの感触。天井には見慣れた自室の豪華な装飾が広がる。
「……何、これ?」
体を起こすと、自分の手足が痩せ細った処刑前の体ではなく、ふっくらとした健康な18歳の体に戻っている。目の前にあるのは、処刑される一年前に王太子アルベルトから贈られた、趣味の悪い宝石箱。
混乱した頭で記憶を辿る。
あの断罪が、王太子アルベルトの婚約者として華やかな学園生活を送っていた、過去のある一点へと巻き戻っていることを悟った。
「馬鹿げているわ……」
ユミリアは、額に手を当てて深く息を吐いた。前世、王太子に夢中だった彼女は、彼に近づくために陰湿な悪女として振る舞い、周囲を傷つけ、そしてギルバートの手によって処刑された。
鏡に映る自分を見つめる。この美しい顔が、前世でどれほど醜い悪意を秘めていたか、彼女は知っている。
(二度と、あんな人生は送らない。王太子にも、社交界にも、二度と関わらない)
前世の記憶と後悔は、ユミリアの人生の目標を定めた。
「静かな追放生活を送ること」
悪女として処刑されるくらいなら、いっそ自ら王太子から離れ、平穏な田舎の領地へ追放されたい。そして、誰も傷つけず、誰からも忘れられ、静かに余生を過ごす。
ユミリアは、宝石箱を静かに引き出しにしまい込んだ。
(アルベルト様……いいえ、王太子殿下。もう貴方には執着しません。私が悪女を演じることも、貴方が私を断罪することも、全てを回避するわ)
翌日。学園のカフェテラス。
ユミリアは、前世で悪女として嫌がらせをした女性たちを避け、一人静かに読書をしていた。前世とは違う脇役としての振る舞い。
だが、その平穏は、すぐに破られた。
「侯爵令嬢ユミリア・フォン・ホーエン殿。こちらへ」
冷たい、重低音の声が、背後から響いた。
ユミリアが恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、漆黒の騎士服に身を包んだ、あの男だった。
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前世で、迷いなく彼女の命を奪った、冷酷で無感情な騎士団長。彼が、なぜ、悪女になる前の自分に話しかけてくるのか?
「……騎士団長。何か御用でしょうか」
「本日より、貴殿の学園内の護衛を命じられた。私の傍を離れるな」
彼の金色の瞳は、前世と同じく感情を全く宿していなかったが、その視線はユミリアから片時も離れず、異常なほどの執着を秘めていた。
ユミリアの静かな追放計画は、命を奪った男の過保護な介入によって、開始早々に崩壊したのだった。
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