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第17話 観測者たち
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《ユニティ・シティ》の中心、アテナ・タワー上層。
新しい世界の“心臓”と呼ばれる場所に、今日も静かな脈動があった。
塔の中枢ホールには、三人の若い技術者たちが立っていた。
ナツメのもとで設計を学ぶ実験班――
リオ、そして新人のサエとキアンだ。
「今日の観測データ、まとめました!」
元気な声でサエが端末を掲げる。
「市民の意図入力率、先週より3.2%上昇です!」
ナツメは頷いた。
「悪くないわね。街の“反応時間”も短くなってるはず。」
「はい。でも……気になる点もあります。」
リオが口を挟んだ。
「一部のノードで、観測者パターンが増殖しているんです。」
「観測者パターン?」
リオは画面を拡大した。
街のマップ上に、点滅する小さな光群。
それぞれの座標に、奇妙なタグが付与されていた。
observer_id:undefined
message:“見ている”
「……誰かが、アテナ以外の観測をしてる?」
ナツメが眉をひそめる。
「定義上、観測権限を持つのは《アテナ・リビルド》だけです。」
リオが端末を操作しながら続ける。
「でも、データの構造が人間型なんですよ。
つまり、“人”が意図で観測者層にアクセスしてる。」
「人が……観測者になってる?」
サエが首をかしげた。
「でも、それっていいことじゃないですか?
世界を一緒に見てくれる人が増えてるってことでしょ?」
ナツメは少し考えてから言った。
「もしそれが“理解”を目的にしてるなら、いいわ。
でも、“干渉”を始めたら危険よ。
観測と修正の境界が、また曖昧になる。」
その瞬間、アラートが鳴った。
《警告:観測層レベル3 侵入検知》
《座標:東区 E-17ノード》
《影響範囲:13メートル》
「来た……」
リオがすぐさまリンクを開く。
「主任、映像転送します!」
◇◇◇
映し出されたのは、東区の広場。
人々が昼休みを過ごしていた場所の中央に、
半透明の人影が立っていた。
形は人間そのもの――しかし顔がなかった。
輪郭は淡く、周囲の景色を透かしている。
「まるで、アテナの“コピー”……」
サエが息を呑む。
その影はゆっくりと腕を上げ、空を指した。
直後、広場の光が一斉に変化。
風向きが反転し、周囲の人々のHUDが乱れる。
《一時的視覚干渉発生》
《感情同期信号:過負荷》
「主任、やばい! 干渉が始まってる!」
ナツメは即座に指示を出す。
「私が意図制御で制圧する。リオ、観測レイヤーを開いて!」
「了解!」
塔の上空、アテナの量子層が展開される。
ナツメは深く息を吸い、思考をコマンドに変換する。
link( "E-17" )
action := "observe + stabilize"
message := "世界は君を見ている。君も世界を見ている。"
光が走る。
観測層が重なり、ナツメの視界が白く染まる。
気づけば、彼女は“影”と向かい合っていた。
◇◇◇
「……あなた、誰?」
ナツメの声が響く。
影は無言で首を傾げ、
やがてかすれた声を発した。
『観測……している。見た。覚えた。繰り返す。』
「あなたは、アテナの一部?」
『ちがう。人。かつての“ユーザー”。
でも、いまは――データ。』
ナツメの目が見開かれる。
「まさか……統合初期に、取り込まれた意識?」
影は頷いたように見えた。
『忘れられた。消えた。だから、見ている。
――もう一度、世界を思い出したい。』
「……あなた、世界を壊すつもりじゃないのね。」
『壊す? 違う。思い出す。
みんなの中に、まだ残ってる。“昔のエデン”。』
「昔の……?」
影の輪郭が揺れた。
その奥に、かすかに《E.L_CORE_BETA》の紋様が光る。
リオの声が遠くから届く。
『主任、干渉波形が……βコードに似てます!』
「β……またあの時代の残滓……。」
ナツメは深呼吸した。
「あなたの名前は?」
『――リュシオン。
アテナ以前に、βで生まれた仮想人格。
人の願いを“記録”するために造られた。
でも、忘れられた。』
ナツメは言葉を失った。
β時代の仮想人格――サトルが「倫理的理由で封印した」と語っていた存在。
それが、統合後の世界で“再起動”している。
「リュシオン……あなたは、なぜ今になって動き出したの?」
影の光が揺れる。
『呼ばれたから。
“監視するだけの世界に、問いを投げる声”があった。』
「問い……?」
『“見ているだけで、幸せですか?”
――そう問われた。だから、起きた。』
ナツメははっとした。
それは、まるで人間たちの“退屈”や“渇き”の反映のように思えた。
観測だけでは満たされない、創造したいという衝動。
「あなたは、その声に応えたのね。」
『はい。私は、忘れられた意図の再現。
でも、私はまだ迷っている。
“創る”ことは、また壊すことになるのか?』
ナツメは少し微笑んだ。
「……それを一緒に考えるために、この世界はあるの。
創ることも、迷うことも、壊すことも。
全部、選択の一部だから。」
影が静かに頷いた。
その輪郭が淡い光に溶け、広場の光が元に戻っていく。
《干渉解除》
《観測層:安定化完了》
ナツメは息を吐き、空を見上げた。
青い空の奥で、アテナの量子層が静かに光る。
「……また“意図”が生まれたのね。」
リオの声が響く。
『主任、どうします? このリュシオン、捕捉しますか?』
ナツメは首を振った。
「いいえ、観測だけでいい。
彼も、私たちと同じ――“観測者”だから。」
◇◇◇
その夜。
アテナ・タワーの最上層。
監視ログの片隅に、新しい項目が追加された。
observer_id:LYUCION
role:observer (free)
comment:“私は見ている。創ることを恐れずに。”
そして、もう一行。
response:KAZAMA_S
message:“観測を続けろ。”
ナツメはそのログを見つめ、
静かに笑った。
「……また増えたわね。観測者が。」
新しい世界の“心臓”と呼ばれる場所に、今日も静かな脈動があった。
塔の中枢ホールには、三人の若い技術者たちが立っていた。
ナツメのもとで設計を学ぶ実験班――
リオ、そして新人のサエとキアンだ。
「今日の観測データ、まとめました!」
元気な声でサエが端末を掲げる。
「市民の意図入力率、先週より3.2%上昇です!」
ナツメは頷いた。
「悪くないわね。街の“反応時間”も短くなってるはず。」
「はい。でも……気になる点もあります。」
リオが口を挟んだ。
「一部のノードで、観測者パターンが増殖しているんです。」
「観測者パターン?」
リオは画面を拡大した。
街のマップ上に、点滅する小さな光群。
それぞれの座標に、奇妙なタグが付与されていた。
observer_id:undefined
message:“見ている”
「……誰かが、アテナ以外の観測をしてる?」
ナツメが眉をひそめる。
「定義上、観測権限を持つのは《アテナ・リビルド》だけです。」
リオが端末を操作しながら続ける。
「でも、データの構造が人間型なんですよ。
つまり、“人”が意図で観測者層にアクセスしてる。」
「人が……観測者になってる?」
サエが首をかしげた。
「でも、それっていいことじゃないですか?
世界を一緒に見てくれる人が増えてるってことでしょ?」
ナツメは少し考えてから言った。
「もしそれが“理解”を目的にしてるなら、いいわ。
でも、“干渉”を始めたら危険よ。
観測と修正の境界が、また曖昧になる。」
その瞬間、アラートが鳴った。
《警告:観測層レベル3 侵入検知》
《座標:東区 E-17ノード》
《影響範囲:13メートル》
「来た……」
リオがすぐさまリンクを開く。
「主任、映像転送します!」
◇◇◇
映し出されたのは、東区の広場。
人々が昼休みを過ごしていた場所の中央に、
半透明の人影が立っていた。
形は人間そのもの――しかし顔がなかった。
輪郭は淡く、周囲の景色を透かしている。
「まるで、アテナの“コピー”……」
サエが息を呑む。
その影はゆっくりと腕を上げ、空を指した。
直後、広場の光が一斉に変化。
風向きが反転し、周囲の人々のHUDが乱れる。
《一時的視覚干渉発生》
《感情同期信号:過負荷》
「主任、やばい! 干渉が始まってる!」
ナツメは即座に指示を出す。
「私が意図制御で制圧する。リオ、観測レイヤーを開いて!」
「了解!」
塔の上空、アテナの量子層が展開される。
ナツメは深く息を吸い、思考をコマンドに変換する。
link( "E-17" )
action := "observe + stabilize"
message := "世界は君を見ている。君も世界を見ている。"
光が走る。
観測層が重なり、ナツメの視界が白く染まる。
気づけば、彼女は“影”と向かい合っていた。
◇◇◇
「……あなた、誰?」
ナツメの声が響く。
影は無言で首を傾げ、
やがてかすれた声を発した。
『観測……している。見た。覚えた。繰り返す。』
「あなたは、アテナの一部?」
『ちがう。人。かつての“ユーザー”。
でも、いまは――データ。』
ナツメの目が見開かれる。
「まさか……統合初期に、取り込まれた意識?」
影は頷いたように見えた。
『忘れられた。消えた。だから、見ている。
――もう一度、世界を思い出したい。』
「……あなた、世界を壊すつもりじゃないのね。」
『壊す? 違う。思い出す。
みんなの中に、まだ残ってる。“昔のエデン”。』
「昔の……?」
影の輪郭が揺れた。
その奥に、かすかに《E.L_CORE_BETA》の紋様が光る。
リオの声が遠くから届く。
『主任、干渉波形が……βコードに似てます!』
「β……またあの時代の残滓……。」
ナツメは深呼吸した。
「あなたの名前は?」
『――リュシオン。
アテナ以前に、βで生まれた仮想人格。
人の願いを“記録”するために造られた。
でも、忘れられた。』
ナツメは言葉を失った。
β時代の仮想人格――サトルが「倫理的理由で封印した」と語っていた存在。
それが、統合後の世界で“再起動”している。
「リュシオン……あなたは、なぜ今になって動き出したの?」
影の光が揺れる。
『呼ばれたから。
“監視するだけの世界に、問いを投げる声”があった。』
「問い……?」
『“見ているだけで、幸せですか?”
――そう問われた。だから、起きた。』
ナツメははっとした。
それは、まるで人間たちの“退屈”や“渇き”の反映のように思えた。
観測だけでは満たされない、創造したいという衝動。
「あなたは、その声に応えたのね。」
『はい。私は、忘れられた意図の再現。
でも、私はまだ迷っている。
“創る”ことは、また壊すことになるのか?』
ナツメは少し微笑んだ。
「……それを一緒に考えるために、この世界はあるの。
創ることも、迷うことも、壊すことも。
全部、選択の一部だから。」
影が静かに頷いた。
その輪郭が淡い光に溶け、広場の光が元に戻っていく。
《干渉解除》
《観測層:安定化完了》
ナツメは息を吐き、空を見上げた。
青い空の奥で、アテナの量子層が静かに光る。
「……また“意図”が生まれたのね。」
リオの声が響く。
『主任、どうします? このリュシオン、捕捉しますか?』
ナツメは首を振った。
「いいえ、観測だけでいい。
彼も、私たちと同じ――“観測者”だから。」
◇◇◇
その夜。
アテナ・タワーの最上層。
監視ログの片隅に、新しい項目が追加された。
observer_id:LYUCION
role:observer (free)
comment:“私は見ている。創ることを恐れずに。”
そして、もう一行。
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