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第1話 休日とは何か
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休日とは何か。
それは、働くことの反対語であり――罪悪感の同義語である。
つまり私にとっての休日とは、
「寝てるだけで人生を浪費している」という罪悪感を、
布団の中でひたすら熟成させる時間だ。
私はその道のプロだ。
「ぐうたらOL・真由」。それが私の肩書き。
……いや、会社の名刺にはそんなこと書いてないけど、
魂の名刺にはしっかり刻まれている。
朝起きて、昼寝して、夕方になってから
「あ、今日終わるじゃん」と絶望する。
これが休日の黄金ルーティン。世界の真理。
神も仏も、たぶん私の布団の中にいる。
――なのに、あの日に限って。
その布団の神々は、私を見放した。
◇ ◇ ◇
会社帰り、いつもの道。
ぼんやり歩いていた私の頭上から――ひらり、と一枚の葉っぱが落ちてきた。
「……え?」
顔を上げる。
するとそこに、いたのだ。
木の上の猫。
木登りが下手な猫というのは、なぜ存在するのだろう。
高いところに登る勇気はあるくせに、降りる手段をインストールしていない。
まるで私だ。
人生に登る勇気はあっても、降りる勇気がない。
「……助けるか」
そのひと言が、私の世界を変えた。
――なんて言うとカッコいいけど、実際はただ「見捨てられないな」って思っただけ。
だって猫だし。かわいいし。助けたらご利益ありそうだし。
木に登る。手が届きそう。
猫が私を見てる。私も猫を見てる。
人と猫の間に流れる沈黙。たぶん、絵面だけなら美しい。
……が。
次の瞬間。
猫が、飛んだ。
私も、落ちた。
物理的に。
そして目を開けたら――
知らない天井があった。
知らないということを、こんなにリアルに感じたのは初めてだ。
知らない人、知らない言葉、知らないWi-Fi。
それでも天井だけはどこかで見たことがある気がした。
「知らないけど知ってる」。つまり、デジャヴ。あるいは――異世界。
「……天井?」
「聖女さま!!」
知らない声。
知らない男。
知らない顔。
……顔がいい。
「え、誰?」
「よかった……ご無事で……!」
「いや、だから誰?」
「私はユウヒと申します。聖女さまをお守りする、神官見習いです!」
「……見習い?」
「はい! 未熟者ではありますが、精一杯お仕えいたします!」
テンションが高い。
目がキラキラしている。
私の会社にこのテンションの人がいたら、確実に浮くタイプだ。
でも――悪くない。
「ちょっと待って。えーと、ここどこ?」
「ここはセレニア王国、聖堂の一室でございます!」
「王国。聖堂。はい、異世界だね。うん、理解した」
驚くというより、納得していた。
脳が“異世界テンプレ”を読みすぎて、拒否反応よりも「やっぱりな」が先に来た。
けど――
「なんで私が“聖女さま”なの?」
「それは、召喚の儀によって選ばれたからです!」
「選ばれた……? 私が?」
私、選ばれたことなんてないんだけど。
学生時代はくじ運ゼロ、会社ではくじ引きの係すら回ってこない。
当たったのはせいぜいコンビニのコーヒーくらい。
そんな私が、“聖女”。
「何かの間違いでは?」
「いえ、間違いなど……っ!」
「いや間違いあるでしょ。見た目からして凡人だし、ステータス低そうだし」
「す、ステータス……?」
通じない。
ゲーム用語はこの世界では非対応らしい。翻訳フィルターのバグかな。
「聖女さまは、世界を救うお方です!」
「やめて。プレッシャーで死ぬ。」
正直、世界とかどうでもいい。
私はまず布団を救いたい。自分の。
「とにかく、お体をお癒やしください。癒しの魔法を――」
「休む。うん、休む。そこは異論なし。」
さすがに落下のショックで体中が痛い。
でも、それ以上に心が疲れていた。
ユウヒは私を丁寧にベッドへ案内した。
ふかふか。清潔。ほんのり異国の香り。
……うん、悪くない。
「ご気分はいかがですか、聖女さま?」
「うん、気分はまあまあ。状況は最悪。」
ユウヒが困ったように笑った。
笑顔がきれい。腹立つくらいきれい。
けれどその誠実さに、嘘はない。
たぶんこの人、根っから“信じる側”の人間だ。
「……ユウヒくん」
「はい」
「私が聖女じゃなかったら、どうする?」
「そのようなことはありえません!」
「仮に、間違いで召喚されたとかだったら?」
「それでも、私は信じます。」
「……重っ。」
信仰とは、理屈を超えるものだ。
そして理屈を超える信頼ほど、扱いに困るものはない。
「とりあえず……風呂ある?」
「ふ、ふろ……?」
「入浴。お湯。温かい幸福。」
「あ、はい! 聖堂の奥にございます!」
私は立ち上がる。体が重い。でも、歩ける。
異世界転生初日で風呂に入れるって、結構レアじゃない?
「では、ご案内いたします!」
ユウヒが前を歩く。背筋がまっすぐで、神官服がやけに似合っている。
その姿はまるで、主を守る忠犬のようだった。
……いや、ほんとに子犬っぽい。忠実で、目がまっすぐで、ちょっとかわいい。
聖堂の廊下を歩きながら、私はふと思う。
――もしかして、ここから始まるのかもしれない。
私の、“誰かに必要とされる”人生。
でも、同時に思う。
――たぶん、面倒くさい。
世界を救うとか、聖女とか、そんな大層な肩書き、
私には似合わない。
似合うのは、ベッドとスマホと猫動画だ。
けれど、もう戻れない。
猫は逃げた。私も落ちた。
そして今、異世界で知らない天井を見上げている。
もしかしたら、これは罰なのかもしれない。
怠惰の。
あるいは――奇跡の。
「……ユウヒくん」
「はい?」
「この世界、休日ってある?」
「……? はい、ありますが……なぜです?」
「ううん、なんとなく。」
休日があるなら、まだ大丈夫。
私はそこに生きられる。
たとえ世界が崩壊しても、私はきっとベッドを守る。
そう思いながら、私は微笑んだ。
たぶんこれが、
私の新しい“休日”の始まりだ。
それは、働くことの反対語であり――罪悪感の同義語である。
つまり私にとっての休日とは、
「寝てるだけで人生を浪費している」という罪悪感を、
布団の中でひたすら熟成させる時間だ。
私はその道のプロだ。
「ぐうたらOL・真由」。それが私の肩書き。
……いや、会社の名刺にはそんなこと書いてないけど、
魂の名刺にはしっかり刻まれている。
朝起きて、昼寝して、夕方になってから
「あ、今日終わるじゃん」と絶望する。
これが休日の黄金ルーティン。世界の真理。
神も仏も、たぶん私の布団の中にいる。
――なのに、あの日に限って。
その布団の神々は、私を見放した。
◇ ◇ ◇
会社帰り、いつもの道。
ぼんやり歩いていた私の頭上から――ひらり、と一枚の葉っぱが落ちてきた。
「……え?」
顔を上げる。
するとそこに、いたのだ。
木の上の猫。
木登りが下手な猫というのは、なぜ存在するのだろう。
高いところに登る勇気はあるくせに、降りる手段をインストールしていない。
まるで私だ。
人生に登る勇気はあっても、降りる勇気がない。
「……助けるか」
そのひと言が、私の世界を変えた。
――なんて言うとカッコいいけど、実際はただ「見捨てられないな」って思っただけ。
だって猫だし。かわいいし。助けたらご利益ありそうだし。
木に登る。手が届きそう。
猫が私を見てる。私も猫を見てる。
人と猫の間に流れる沈黙。たぶん、絵面だけなら美しい。
……が。
次の瞬間。
猫が、飛んだ。
私も、落ちた。
物理的に。
そして目を開けたら――
知らない天井があった。
知らないということを、こんなにリアルに感じたのは初めてだ。
知らない人、知らない言葉、知らないWi-Fi。
それでも天井だけはどこかで見たことがある気がした。
「知らないけど知ってる」。つまり、デジャヴ。あるいは――異世界。
「……天井?」
「聖女さま!!」
知らない声。
知らない男。
知らない顔。
……顔がいい。
「え、誰?」
「よかった……ご無事で……!」
「いや、だから誰?」
「私はユウヒと申します。聖女さまをお守りする、神官見習いです!」
「……見習い?」
「はい! 未熟者ではありますが、精一杯お仕えいたします!」
テンションが高い。
目がキラキラしている。
私の会社にこのテンションの人がいたら、確実に浮くタイプだ。
でも――悪くない。
「ちょっと待って。えーと、ここどこ?」
「ここはセレニア王国、聖堂の一室でございます!」
「王国。聖堂。はい、異世界だね。うん、理解した」
驚くというより、納得していた。
脳が“異世界テンプレ”を読みすぎて、拒否反応よりも「やっぱりな」が先に来た。
けど――
「なんで私が“聖女さま”なの?」
「それは、召喚の儀によって選ばれたからです!」
「選ばれた……? 私が?」
私、選ばれたことなんてないんだけど。
学生時代はくじ運ゼロ、会社ではくじ引きの係すら回ってこない。
当たったのはせいぜいコンビニのコーヒーくらい。
そんな私が、“聖女”。
「何かの間違いでは?」
「いえ、間違いなど……っ!」
「いや間違いあるでしょ。見た目からして凡人だし、ステータス低そうだし」
「す、ステータス……?」
通じない。
ゲーム用語はこの世界では非対応らしい。翻訳フィルターのバグかな。
「聖女さまは、世界を救うお方です!」
「やめて。プレッシャーで死ぬ。」
正直、世界とかどうでもいい。
私はまず布団を救いたい。自分の。
「とにかく、お体をお癒やしください。癒しの魔法を――」
「休む。うん、休む。そこは異論なし。」
さすがに落下のショックで体中が痛い。
でも、それ以上に心が疲れていた。
ユウヒは私を丁寧にベッドへ案内した。
ふかふか。清潔。ほんのり異国の香り。
……うん、悪くない。
「ご気分はいかがですか、聖女さま?」
「うん、気分はまあまあ。状況は最悪。」
ユウヒが困ったように笑った。
笑顔がきれい。腹立つくらいきれい。
けれどその誠実さに、嘘はない。
たぶんこの人、根っから“信じる側”の人間だ。
「……ユウヒくん」
「はい」
「私が聖女じゃなかったら、どうする?」
「そのようなことはありえません!」
「仮に、間違いで召喚されたとかだったら?」
「それでも、私は信じます。」
「……重っ。」
信仰とは、理屈を超えるものだ。
そして理屈を超える信頼ほど、扱いに困るものはない。
「とりあえず……風呂ある?」
「ふ、ふろ……?」
「入浴。お湯。温かい幸福。」
「あ、はい! 聖堂の奥にございます!」
私は立ち上がる。体が重い。でも、歩ける。
異世界転生初日で風呂に入れるって、結構レアじゃない?
「では、ご案内いたします!」
ユウヒが前を歩く。背筋がまっすぐで、神官服がやけに似合っている。
その姿はまるで、主を守る忠犬のようだった。
……いや、ほんとに子犬っぽい。忠実で、目がまっすぐで、ちょっとかわいい。
聖堂の廊下を歩きながら、私はふと思う。
――もしかして、ここから始まるのかもしれない。
私の、“誰かに必要とされる”人生。
でも、同時に思う。
――たぶん、面倒くさい。
世界を救うとか、聖女とか、そんな大層な肩書き、
私には似合わない。
似合うのは、ベッドとスマホと猫動画だ。
けれど、もう戻れない。
猫は逃げた。私も落ちた。
そして今、異世界で知らない天井を見上げている。
もしかしたら、これは罰なのかもしれない。
怠惰の。
あるいは――奇跡の。
「……ユウヒくん」
「はい?」
「この世界、休日ってある?」
「……? はい、ありますが……なぜです?」
「ううん、なんとなく。」
休日があるなら、まだ大丈夫。
私はそこに生きられる。
たとえ世界が崩壊しても、私はきっとベッドを守る。
そう思いながら、私は微笑んだ。
たぶんこれが、
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