28 / 51
第28話 聖女、神託の地で“真実”を知る
しおりを挟む
セレスの大地は、
白い霧に包まれていた。
どこまでも静かで、音がない。
足を踏みしめるたび、土が淡く光る。
「……ここが、“神託の地”。」
私は小さく息を吐いた。
冷たい風が頬を撫で、
その向こうに巨大な石造りの神殿が見えた。
扉には、古代語の紋章。
“安らぎの名において、命を鎮めよ”――。
(なんか、嫌な予感しかしないんだけど。)
◇ ◇ ◇
中へ入ると、
青白い光があたりを満たした。
壁一面に浮かぶ“過去の聖女たち”の姿。
みんな穏やかに笑っていた。
けれど、その笑顔の奥に、
かすかな“諦め”が見えた気がした。
――〈ようこそ、安らぎの聖女よ〉
また、あの声。
空気が震え、光が形を取る。
現れたのは、半透明の人影――神の化身。
「……あなたが、神様?」
――〈我はこの世界を見守るもの。そなたを選んだもの〉
「どうして、私を選んだの?」
――〈“眠る心”を持つ者だから〉
「眠る心……?」
――〈そなたは何も望まず、何も争わず、
ただ静かに在ることを愛した。
“安らぎ”とは、欲を持たぬ心。
ゆえに、この世界を癒やす器となりうる〉
「……でも、それだけじゃ足りないでしょ?」
光がゆらめいた。
「人を癒やすには、痛みを知ってなきゃ。
私、もう知っちゃったんだよ。
“好きな人を失うかもしれない”痛みを。」
――〈それゆえに、力は完成に近づいた〉
「え……?」
――〈安らぎとは、無ではない。愛の果てにある静けさだ〉
――〈そなたの“愛”が、世界を眠らせる〉
「……それって、どういう――」
光が強くなり、床に紋様が浮かぶ。
――〈そなたが“完全なる安らぎ”を放つ時、
この地上の苦痛も、悲しみも、すべて止まる〉
「止まる……って、まさか……」
――〈そう。命も、時も、愛も〉
「――世界が、眠る……?」
神の沈黙が、答えだった。
◇ ◇ ◇
(世界を癒やすって、そういう意味……?)
(“眠らせる”って、つまり……終わらせるってこと?)
足が震えた。
膝が勝手に折れて、
冷たい床に手をつく。
「そんなの、いやだよ……」
――〈安らぎとは、永遠の眠り〉
「違う! 私の“安らぎ”は、ユウヒくんと一緒に生きてる時間なんだ!」
叫んだ声が、神殿の壁に反響する。
光が少し揺れ、かすかに濁った。
――〈そなたの愛は強い。ゆえにこそ、苦しみを呼ぶ〉
――〈愛する者を選ぶなら、聖女の力は失われる〉
「……いいよ。それで。」
――〈なに?〉
「もう“聖女”じゃなくていい。
“世界”を救えなくても、私には“ひとり”救いたい人がいる。」
光が大きく明滅した。
まるで怒りか、戸惑いか――。
――〈人の愛など、一瞬の夢〉
「夢でもいい。だって、夢の中こそ私の世界なんだから。」
その瞬間、神殿の床が割れた。
光が弾け、風が渦を巻く。
――〈選択の時だ、聖女よ〉
体が浮かび、視界が白に染まる。
全ての音が遠ざかっていく中で、
私はただ、あの名前を叫んだ。
「――ユウヒ!!」
◇ ◇ ◇
気がつくと、
私は神殿の外にいた。
夜空。
冷たい雨。
手のひらには、淡く光る聖印。
そして、耳の奥に残る声。
――〈愛は、試練を呼ぶ。されど、愛する者こそ、真の安らぎを得る〉
それは、神の声ではなく――
どこか、優しく笑う“人の声”に聞こえた。
「……ユウヒくん。待ってて。
私は、“世界”じゃなくて――君を救う。」
風が頬を撫でた。
その向こうに、夜明けの気配があった。
次回予告
第29話 「聖女、帰還――“彼の祈り”が届く時」
――お楽しみに!
白い霧に包まれていた。
どこまでも静かで、音がない。
足を踏みしめるたび、土が淡く光る。
「……ここが、“神託の地”。」
私は小さく息を吐いた。
冷たい風が頬を撫で、
その向こうに巨大な石造りの神殿が見えた。
扉には、古代語の紋章。
“安らぎの名において、命を鎮めよ”――。
(なんか、嫌な予感しかしないんだけど。)
◇ ◇ ◇
中へ入ると、
青白い光があたりを満たした。
壁一面に浮かぶ“過去の聖女たち”の姿。
みんな穏やかに笑っていた。
けれど、その笑顔の奥に、
かすかな“諦め”が見えた気がした。
――〈ようこそ、安らぎの聖女よ〉
また、あの声。
空気が震え、光が形を取る。
現れたのは、半透明の人影――神の化身。
「……あなたが、神様?」
――〈我はこの世界を見守るもの。そなたを選んだもの〉
「どうして、私を選んだの?」
――〈“眠る心”を持つ者だから〉
「眠る心……?」
――〈そなたは何も望まず、何も争わず、
ただ静かに在ることを愛した。
“安らぎ”とは、欲を持たぬ心。
ゆえに、この世界を癒やす器となりうる〉
「……でも、それだけじゃ足りないでしょ?」
光がゆらめいた。
「人を癒やすには、痛みを知ってなきゃ。
私、もう知っちゃったんだよ。
“好きな人を失うかもしれない”痛みを。」
――〈それゆえに、力は完成に近づいた〉
「え……?」
――〈安らぎとは、無ではない。愛の果てにある静けさだ〉
――〈そなたの“愛”が、世界を眠らせる〉
「……それって、どういう――」
光が強くなり、床に紋様が浮かぶ。
――〈そなたが“完全なる安らぎ”を放つ時、
この地上の苦痛も、悲しみも、すべて止まる〉
「止まる……って、まさか……」
――〈そう。命も、時も、愛も〉
「――世界が、眠る……?」
神の沈黙が、答えだった。
◇ ◇ ◇
(世界を癒やすって、そういう意味……?)
(“眠らせる”って、つまり……終わらせるってこと?)
足が震えた。
膝が勝手に折れて、
冷たい床に手をつく。
「そんなの、いやだよ……」
――〈安らぎとは、永遠の眠り〉
「違う! 私の“安らぎ”は、ユウヒくんと一緒に生きてる時間なんだ!」
叫んだ声が、神殿の壁に反響する。
光が少し揺れ、かすかに濁った。
――〈そなたの愛は強い。ゆえにこそ、苦しみを呼ぶ〉
――〈愛する者を選ぶなら、聖女の力は失われる〉
「……いいよ。それで。」
――〈なに?〉
「もう“聖女”じゃなくていい。
“世界”を救えなくても、私には“ひとり”救いたい人がいる。」
光が大きく明滅した。
まるで怒りか、戸惑いか――。
――〈人の愛など、一瞬の夢〉
「夢でもいい。だって、夢の中こそ私の世界なんだから。」
その瞬間、神殿の床が割れた。
光が弾け、風が渦を巻く。
――〈選択の時だ、聖女よ〉
体が浮かび、視界が白に染まる。
全ての音が遠ざかっていく中で、
私はただ、あの名前を叫んだ。
「――ユウヒ!!」
◇ ◇ ◇
気がつくと、
私は神殿の外にいた。
夜空。
冷たい雨。
手のひらには、淡く光る聖印。
そして、耳の奥に残る声。
――〈愛は、試練を呼ぶ。されど、愛する者こそ、真の安らぎを得る〉
それは、神の声ではなく――
どこか、優しく笑う“人の声”に聞こえた。
「……ユウヒくん。待ってて。
私は、“世界”じゃなくて――君を救う。」
風が頬を撫でた。
その向こうに、夜明けの気配があった。
次回予告
第29話 「聖女、帰還――“彼の祈り”が届く時」
――お楽しみに!
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~
天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。
どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。
鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます!
※他サイトにも掲載しています
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる