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第27話 聖女、神託の地へ――“別れ”の前夜
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「――神託の地、ですか?」
王宮からの使者がそう告げたのは、
昼下がりの聖堂だった。
白い封書。
金の封蝋。
そこには確かに、“神よりの召喚”と書かれていた。
「安らぎの聖女・真由。汝、神託の地セレスへ赴き、その力を解放せよ」
“解放せよ”。
その言葉が胸に刺さる。
「……断ったら、ダメだよね。」
「国の命令でもあります。……けれど」
ユウヒの声は、いつになく掠れていた。
「僕は、あなたを行かせたくありません。」
「……うん。私も、行きたくない。」
ふたりの言葉が、空気の中で溶け合う。
◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ。
聖堂の中は、
信者も修道女もいなくて静まり返っていた。
窓から差し込む橙の光が、
長い影を作る。
私は祭壇の前で、小さく呟いた。
「……神様、私は“安らぎ”を与えるためにここに呼ばれたんだよね。」
「でも、誰かを失うのは“安らぎ”じゃないと思うんだ。」
その背後で、
小さく足音がした。
「真由さん。」
振り向けば、ユウヒ。
手に持った灯りの炎が、彼の横顔を照らしていた。
「明日、出発なんですね。」
「うん。……夜明け前。」
「そうですか。」
沈黙。
胸が痛いほどの静けさ。
「……ユウヒくん。」
「はい。」
「怒ってる?」
「いいえ。」
「悲しい?」
「はい。」
一瞬で涙が出そうになった。
「……ごめん。」
「謝らないでください。あなたが聖女として生きてくれるなら、
それだけで僕は――」
「でも、それじゃ“私”は消えちゃうよ。」
「……え?」
「聖女として生きるってことは、“普通の私”を置いていくってことなんだよ。」
「だから、怖いの。」
ユウヒは何も言わず、
ただ静かに近づいた。
「怖い時は――頼ってください。」
その言葉と共に、
彼の腕が私の肩を包んだ。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「もし、私がいなくなっても、泣かないでね。」
「無理です。」
「早いな!?」
「あなたが笑っていない世界なんて、安らげません。」
「……もう、ほんとそういうところ好き。」
「え?」
「なんでもない。」
彼の胸に顔を埋めると、
鼓動の音が聞こえた。
優しくて、まっすぐで――それが私の“世界”だった。
◇ ◇ ◇
夜が更けた。
寝る前に、彼がドアの外で声をかけてくる。
「……真由さん。」
「なに?」
「眠れそうですか?」
「ううん。」
「……入っても?」
「どうぞ。」
ドアが開く音。
月明かりの中、ユウヒが立っていた。
「このまま、眠るまで傍にいていいですか?」
「うん。」
彼がベッドの横に座り、
そっと手を握る。
「……冷たい。」
「緊張してるからかな。」
「では、あたためます。」
彼の手が重なる。
それだけで、不思議と涙があふれた。
「……怖いよ、ユウヒくん。」
「大丈夫です。
あなたが眠るとき、必ず僕が見ています。」
「……それ、前にも言ってたね。」
「何度でも言います。約束ですから。」
「……ねえ。」
「はい。」
「もし私が帰ってこなかったら――」
「帰ってくるまで、待ちます。」
その答えがあまりに迷いなくて、
胸が締めつけられた。
「ほんとに……ずるい人。」
「またそれですか?」
「うん。やっぱり、ずるい。」
◇ ◇ ◇
夜明け前。
窓の外が白みはじめるころ、
私はそっと彼の手を離した。
(行かなくちゃ。)
けれどその瞬間、
ユウヒが私の手をぎゅっと握り返した。
寝てるはずなのに。
「……行かないで。」
寝言みたいな声だった。
でも、その一言で、
もう一度、涙がこぼれた。
「……ごめん。でも、必ず戻るから。」
そう囁いて、
私は静かに部屋を出た。
扉を閉める前に、
一度だけ振り返る。
そこには、
“安らぎ”の象徴みたいに眠る彼の姿があった。
(私の“世界”を守るために、私は行く。)
そう心の中で誓い、
私は光の方へ歩き出した。
次回予告
第28話 「聖女、神託の地で“真実”を知る」
――お楽しみに!
王宮からの使者がそう告げたのは、
昼下がりの聖堂だった。
白い封書。
金の封蝋。
そこには確かに、“神よりの召喚”と書かれていた。
「安らぎの聖女・真由。汝、神託の地セレスへ赴き、その力を解放せよ」
“解放せよ”。
その言葉が胸に刺さる。
「……断ったら、ダメだよね。」
「国の命令でもあります。……けれど」
ユウヒの声は、いつになく掠れていた。
「僕は、あなたを行かせたくありません。」
「……うん。私も、行きたくない。」
ふたりの言葉が、空気の中で溶け合う。
◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ。
聖堂の中は、
信者も修道女もいなくて静まり返っていた。
窓から差し込む橙の光が、
長い影を作る。
私は祭壇の前で、小さく呟いた。
「……神様、私は“安らぎ”を与えるためにここに呼ばれたんだよね。」
「でも、誰かを失うのは“安らぎ”じゃないと思うんだ。」
その背後で、
小さく足音がした。
「真由さん。」
振り向けば、ユウヒ。
手に持った灯りの炎が、彼の横顔を照らしていた。
「明日、出発なんですね。」
「うん。……夜明け前。」
「そうですか。」
沈黙。
胸が痛いほどの静けさ。
「……ユウヒくん。」
「はい。」
「怒ってる?」
「いいえ。」
「悲しい?」
「はい。」
一瞬で涙が出そうになった。
「……ごめん。」
「謝らないでください。あなたが聖女として生きてくれるなら、
それだけで僕は――」
「でも、それじゃ“私”は消えちゃうよ。」
「……え?」
「聖女として生きるってことは、“普通の私”を置いていくってことなんだよ。」
「だから、怖いの。」
ユウヒは何も言わず、
ただ静かに近づいた。
「怖い時は――頼ってください。」
その言葉と共に、
彼の腕が私の肩を包んだ。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「もし、私がいなくなっても、泣かないでね。」
「無理です。」
「早いな!?」
「あなたが笑っていない世界なんて、安らげません。」
「……もう、ほんとそういうところ好き。」
「え?」
「なんでもない。」
彼の胸に顔を埋めると、
鼓動の音が聞こえた。
優しくて、まっすぐで――それが私の“世界”だった。
◇ ◇ ◇
夜が更けた。
寝る前に、彼がドアの外で声をかけてくる。
「……真由さん。」
「なに?」
「眠れそうですか?」
「ううん。」
「……入っても?」
「どうぞ。」
ドアが開く音。
月明かりの中、ユウヒが立っていた。
「このまま、眠るまで傍にいていいですか?」
「うん。」
彼がベッドの横に座り、
そっと手を握る。
「……冷たい。」
「緊張してるからかな。」
「では、あたためます。」
彼の手が重なる。
それだけで、不思議と涙があふれた。
「……怖いよ、ユウヒくん。」
「大丈夫です。
あなたが眠るとき、必ず僕が見ています。」
「……それ、前にも言ってたね。」
「何度でも言います。約束ですから。」
「……ねえ。」
「はい。」
「もし私が帰ってこなかったら――」
「帰ってくるまで、待ちます。」
その答えがあまりに迷いなくて、
胸が締めつけられた。
「ほんとに……ずるい人。」
「またそれですか?」
「うん。やっぱり、ずるい。」
◇ ◇ ◇
夜明け前。
窓の外が白みはじめるころ、
私はそっと彼の手を離した。
(行かなくちゃ。)
けれどその瞬間、
ユウヒが私の手をぎゅっと握り返した。
寝てるはずなのに。
「……行かないで。」
寝言みたいな声だった。
でも、その一言で、
もう一度、涙がこぼれた。
「……ごめん。でも、必ず戻るから。」
そう囁いて、
私は静かに部屋を出た。
扉を閉める前に、
一度だけ振り返る。
そこには、
“安らぎ”の象徴みたいに眠る彼の姿があった。
(私の“世界”を守るために、私は行く。)
そう心の中で誓い、
私は光の方へ歩き出した。
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――お楽しみに!
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