32 / 51
第32話 聖女、神殿に“風鈴の音”を――恋の証
しおりを挟む
朝。
神殿の中庭を吹き抜ける風が、
やわらかい音を奏でた。
「……ん、いい音。」
目を開けると、窓際に吊るされた小さな風鈴が揺れていた。
昨日、真由が街で買ったものだ。
透明な硝子に、薄青の花の絵。
光を受けてきらりと輝くたび、
まるで空気そのものが笑っているみたいだった。
「……本当に、付けてくださったんですね。」
声に振り向くと、
ドアの前にユウヒが立っていた。
「もちろん。せっかく買ったんだし。
どう? 君の部屋のと、おそろい。」
「……“おそろい”。」
その一言だけで、
ユウヒの顔がほんのり赤く染まった。
「い、いい響きですね……。」
「ふふ、そうでしょ。」
真由はベッドの上で胡坐をかきながら笑った。
(聖女なのに座り方がOLモードなの、もう直らないなぁ。)
◇ ◇ ◇
「この音、好きだな。」
「どうしてですか?」
「なんかね……“生きてる音”がするんだ。」
真由は風鈴を見上げる。
風に合わせて揺れるその姿は、
まるで息をしているみたい。
「寝てても、ぼんやりしてても、
この音が鳴ってると安心するの。」
「まるで、僕みたいですね。」
「……どのへんが?」
「あなたのそばにいて、ただ息をしているだけでも、
“安らぎ”を与えられる気がするところです。」
「……またそういうこと言う~。」
真由は枕を投げた。
ユウヒは慌ててキャッチする。
「ちょっ、危険です!」
「危険なのは君のセリフの方でしょ!」
でも、笑いながら言っているから怒ってはいない。
神殿の一室に、ふたりの笑い声がやわらかく響く。
◇ ◇ ◇
「……ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「この風鈴の音、他の人にも聞こえるかな。」
「ええ、きっと。聖堂の廊下まで響いてますよ。」
「そっか……じゃあ、いいね。」
「いい……?」
「うん。“私たちがここにいる”って、
風がちゃんと知らせてくれてる気がする。」
その言葉に、ユウヒは少し驚いた顔をしたあと、
静かに頷いた。
「確かに。……まるで祈りの鐘のようです。」
「風鈴が鐘? ちょっとミニサイズすぎない?」
「でも、音に込められた願いは同じです。
“どうか、今日も笑顔で”って。」
真由は目を細めた。
頬に当たる風が、やさしい。
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「この音が鳴ってる限り、
たぶん私、もう迷わない。」
「……迷わない?」
「うん。世界とか使命とかより、
“君といる今”を守りたいって、もう決めたから。」
ユウヒの瞳が揺れた。
けれど、その揺れの奥には、確かな光があった。
「……僕も、同じです。」
ふたりの視線が交わる。
風が吹き抜け、風鈴が鳴った。
“ちりん”。
その音が、まるで約束のように響いた。
◇ ◇ ◇
その後。
修道女たちは言っていた。
「なんだか最近、神殿の空気がやわらかいですね」
「ええ、“聖女さまの部屋”から聞こえるあの音……」
「恋の音かもねぇ」
――たぶん、正解。
◇ ◇ ◇
夜。
ベッドの上で、真由は小さく呟いた。
「ねぇ神様。
“安らぎの音”って、たぶん風鈴だけじゃなくて、
誰かの笑い声なんだね。」
風鈴が、答えるように鳴った。
その音を子守唄にして、
彼女は静かに目を閉じた。
次回予告
第33話 「聖女、神の夢を見る――“愛か使命か”の再選択」
――お楽しみに!
神殿の中庭を吹き抜ける風が、
やわらかい音を奏でた。
「……ん、いい音。」
目を開けると、窓際に吊るされた小さな風鈴が揺れていた。
昨日、真由が街で買ったものだ。
透明な硝子に、薄青の花の絵。
光を受けてきらりと輝くたび、
まるで空気そのものが笑っているみたいだった。
「……本当に、付けてくださったんですね。」
声に振り向くと、
ドアの前にユウヒが立っていた。
「もちろん。せっかく買ったんだし。
どう? 君の部屋のと、おそろい。」
「……“おそろい”。」
その一言だけで、
ユウヒの顔がほんのり赤く染まった。
「い、いい響きですね……。」
「ふふ、そうでしょ。」
真由はベッドの上で胡坐をかきながら笑った。
(聖女なのに座り方がOLモードなの、もう直らないなぁ。)
◇ ◇ ◇
「この音、好きだな。」
「どうしてですか?」
「なんかね……“生きてる音”がするんだ。」
真由は風鈴を見上げる。
風に合わせて揺れるその姿は、
まるで息をしているみたい。
「寝てても、ぼんやりしてても、
この音が鳴ってると安心するの。」
「まるで、僕みたいですね。」
「……どのへんが?」
「あなたのそばにいて、ただ息をしているだけでも、
“安らぎ”を与えられる気がするところです。」
「……またそういうこと言う~。」
真由は枕を投げた。
ユウヒは慌ててキャッチする。
「ちょっ、危険です!」
「危険なのは君のセリフの方でしょ!」
でも、笑いながら言っているから怒ってはいない。
神殿の一室に、ふたりの笑い声がやわらかく響く。
◇ ◇ ◇
「……ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「この風鈴の音、他の人にも聞こえるかな。」
「ええ、きっと。聖堂の廊下まで響いてますよ。」
「そっか……じゃあ、いいね。」
「いい……?」
「うん。“私たちがここにいる”って、
風がちゃんと知らせてくれてる気がする。」
その言葉に、ユウヒは少し驚いた顔をしたあと、
静かに頷いた。
「確かに。……まるで祈りの鐘のようです。」
「風鈴が鐘? ちょっとミニサイズすぎない?」
「でも、音に込められた願いは同じです。
“どうか、今日も笑顔で”って。」
真由は目を細めた。
頬に当たる風が、やさしい。
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「この音が鳴ってる限り、
たぶん私、もう迷わない。」
「……迷わない?」
「うん。世界とか使命とかより、
“君といる今”を守りたいって、もう決めたから。」
ユウヒの瞳が揺れた。
けれど、その揺れの奥には、確かな光があった。
「……僕も、同じです。」
ふたりの視線が交わる。
風が吹き抜け、風鈴が鳴った。
“ちりん”。
その音が、まるで約束のように響いた。
◇ ◇ ◇
その後。
修道女たちは言っていた。
「なんだか最近、神殿の空気がやわらかいですね」
「ええ、“聖女さまの部屋”から聞こえるあの音……」
「恋の音かもねぇ」
――たぶん、正解。
◇ ◇ ◇
夜。
ベッドの上で、真由は小さく呟いた。
「ねぇ神様。
“安らぎの音”って、たぶん風鈴だけじゃなくて、
誰かの笑い声なんだね。」
風鈴が、答えるように鳴った。
その音を子守唄にして、
彼女は静かに目を閉じた。
次回予告
第33話 「聖女、神の夢を見る――“愛か使命か”の再選択」
――お楽しみに!
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~
天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。
どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。
鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます!
※他サイトにも掲載しています
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
4度目の転生、メイドになった貧乏子爵令嬢は『今度こそ恋をする!』と決意したのに次期公爵様の溺愛に気づけない?!
六花心碧
恋愛
恋に落ちたらEND。
そんな人生を3回も繰り返してきたアリシア。
『今度こそ私、恋をします!』
そう心に決めて新たな人生をスタートしたものの、(アリシアが勝手に)恋をするお相手の次期公爵様は極度な女嫌いだった。
恋するときめきを味わいたい。
果たしてアリシアの平凡な願いは叶うのか……?!
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる