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第37話 聖女、みかんを布教する――“怠惰の果実と甘いくちづけ”
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朝のこたつは、罪の香りがした。
柑橘のように、甘くてやわらかくて。
「……ふわぁ~……あ、ユウヒくん。これ!」
真由が掲げたのは、橙色の小さな果実。
王都の市場で手に入れた“聖果(オレンジ)”の一種――らしい。
「これ、みかんに似てない?」
「みかん……ですか?」
「日本にあった冬の救世主。こたつとみかんはセット。」
「……こたつの隣に置くと、何か効果があるんですか?」
「あるよ。“幸せ度”が倍になる。」
「科学的根拠は?」
「私。」
「出た……自己完結型の理論……」
◇ ◇ ◇
「とりあえず、食べてみて!」
真由が皮をむいて、一房を差し出す。
ユウヒはおそるおそる口に入れた。
「……っ、甘い!」
「でしょ?」
「すごい……口の中が太陽みたいです!」
「詩的表現ありがとう。さすが神官見習い。」
嬉しそうに笑う真由。
その姿はまるで、太陽そのものだった。
「これ、神殿の皆にも食べさせよう!」
「……えっ、これも布教対象ですか!?」
「もちろん。“こたつ信仰第二章・果実の啓示”!」
「章立てるんですか!」
◇ ◇ ◇
数時間後。
神殿の広間では、こたつの周囲に信徒たちが集まり、
真由がみかんを配っていた。
「はい、神の恵みだよ~。皮は床に捨てちゃだめだよ~。」
「聖女さまのお手から直々に……!」
「ありがたき果実……!」
「うんうん、信仰心高まってるね~。でも食べすぎ注意。」
――そして、事件は起きた。
ユウヒが箱を運んでいる途中、
足をもつれさせて、バランスを崩した。
「わっ……!」
反射的に、真由が支える。
……が、勢い余って――
二人ともこたつの上に倒れ込んだ。
「っ、だ、大丈夫!?」
「ぼ、僕こそ……!」
こたつ布団の中。
至近距離。
みかんの香り。
世界が、止まった。
真由の唇の端に、
一粒の果汁が光っていた。
ユウヒは、息をのんだ。
(ダメだ。見ちゃいけない……)
でも、視線が動かない。
真由が、小さく笑った。
「……ねえ、ユウヒくん。」
「は、はいっ!?」
「この果実、甘いね。」
「……そ、そうですね。」
「でも――」
彼女はそっと顔を近づけた。
風鈴が、小さく鳴った。
「――君の方が、ちょっとだけ甘いかも。」
ほんの一瞬、
唇が触れた。
◇ ◇ ◇
「……えっ、い、今のは……!?」
「布教活動の一環。」
「どんな宗教ですか!?」
「“甘やかしの教え”だよ。」
「……信者になります。」
真由は笑って、こたつに潜り込んだ。
「はい、じゃあ今日の布教は終了~。」
「早すぎませんか!?」
「恋も信仰も、休息が大事。」
その言葉に、ユウヒは苦笑しながら隣に腰を下ろした。
みかんの香りが、静かに広がる。
◇ ◇ ◇
その夜――神殿の記録には、こう刻まれた。
「聖女の果実(みかん)は、食す者に笑みをもたらす。
こたつのぬくもりと共に、心を溶かす神の恵みである。」
“――甘さは、救いのかたち。”
◇ ◇ ◇
布団の中。
真由がぽつりと呟く。
「ねぇユウヒくん。」
「はい。」
「また明日、みかん買いに行こ?」
「……もちろん。何箱でも。」
二人の笑い声が重なり、
風鈴がまた小さく鳴いた。
次回予告
第38話 「聖女、雪の日の告白――“こたつより君があたたかい”」
――お楽しみに!
柑橘のように、甘くてやわらかくて。
「……ふわぁ~……あ、ユウヒくん。これ!」
真由が掲げたのは、橙色の小さな果実。
王都の市場で手に入れた“聖果(オレンジ)”の一種――らしい。
「これ、みかんに似てない?」
「みかん……ですか?」
「日本にあった冬の救世主。こたつとみかんはセット。」
「……こたつの隣に置くと、何か効果があるんですか?」
「あるよ。“幸せ度”が倍になる。」
「科学的根拠は?」
「私。」
「出た……自己完結型の理論……」
◇ ◇ ◇
「とりあえず、食べてみて!」
真由が皮をむいて、一房を差し出す。
ユウヒはおそるおそる口に入れた。
「……っ、甘い!」
「でしょ?」
「すごい……口の中が太陽みたいです!」
「詩的表現ありがとう。さすが神官見習い。」
嬉しそうに笑う真由。
その姿はまるで、太陽そのものだった。
「これ、神殿の皆にも食べさせよう!」
「……えっ、これも布教対象ですか!?」
「もちろん。“こたつ信仰第二章・果実の啓示”!」
「章立てるんですか!」
◇ ◇ ◇
数時間後。
神殿の広間では、こたつの周囲に信徒たちが集まり、
真由がみかんを配っていた。
「はい、神の恵みだよ~。皮は床に捨てちゃだめだよ~。」
「聖女さまのお手から直々に……!」
「ありがたき果実……!」
「うんうん、信仰心高まってるね~。でも食べすぎ注意。」
――そして、事件は起きた。
ユウヒが箱を運んでいる途中、
足をもつれさせて、バランスを崩した。
「わっ……!」
反射的に、真由が支える。
……が、勢い余って――
二人ともこたつの上に倒れ込んだ。
「っ、だ、大丈夫!?」
「ぼ、僕こそ……!」
こたつ布団の中。
至近距離。
みかんの香り。
世界が、止まった。
真由の唇の端に、
一粒の果汁が光っていた。
ユウヒは、息をのんだ。
(ダメだ。見ちゃいけない……)
でも、視線が動かない。
真由が、小さく笑った。
「……ねえ、ユウヒくん。」
「は、はいっ!?」
「この果実、甘いね。」
「……そ、そうですね。」
「でも――」
彼女はそっと顔を近づけた。
風鈴が、小さく鳴った。
「――君の方が、ちょっとだけ甘いかも。」
ほんの一瞬、
唇が触れた。
◇ ◇ ◇
「……えっ、い、今のは……!?」
「布教活動の一環。」
「どんな宗教ですか!?」
「“甘やかしの教え”だよ。」
「……信者になります。」
真由は笑って、こたつに潜り込んだ。
「はい、じゃあ今日の布教は終了~。」
「早すぎませんか!?」
「恋も信仰も、休息が大事。」
その言葉に、ユウヒは苦笑しながら隣に腰を下ろした。
みかんの香りが、静かに広がる。
◇ ◇ ◇
その夜――神殿の記録には、こう刻まれた。
「聖女の果実(みかん)は、食す者に笑みをもたらす。
こたつのぬくもりと共に、心を溶かす神の恵みである。」
“――甘さは、救いのかたち。”
◇ ◇ ◇
布団の中。
真由がぽつりと呟く。
「ねぇユウヒくん。」
「はい。」
「また明日、みかん買いに行こ?」
「……もちろん。何箱でも。」
二人の笑い声が重なり、
風鈴がまた小さく鳴いた。
次回予告
第38話 「聖女、雪の日の告白――“こたつより君があたたかい”」
――お楽しみに!
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