淡色に揺れる

かなめ

文字の大きさ
32 / 86
前章

インターハイ前夜(踏み出した一歩の先)

しおりを挟む
売店は、ミーティング終わりの選手たちでほどよく賑わっていた。

水やお菓子、冷えピタ、ストレッチ用のゴムチューブ。
必要なものを手にした選抜メンバーたちが、それぞれの部屋に戻っていく。

詩弦は特に買うものがあるわけじゃなかった。ただ少しだけ、歩きたかった。

「……ん?」

視界の端、フロント横のお守りコーナーの前に、しゃがみ込む小柄な背中があった。
ぱっと見、少年のようだった。でもその短い髪の毛先と、細い足首と、見覚えのあるそのシルエット。

(…白川?)

息が、一瞬だけ止まった。

なんだかいつもよりずっと無防備な柔らかい表情で、手に取っていたのは小さなお守り。
目を凝らして、そのお守りに記された文字を読む。

(……恋愛、成就?)

胸の内が、かすかに熱を持った。
無意識に歩み寄っていた。声が出る。

「なに見てんの」

蓮がびくっと肩を跳ねさせた。
瞬間、恋愛成就のお守りを棚に戻し慌てて振り返る。

「……し、詩弦先輩」

意外だった。
いや、意外どころじゃない。

白川は、恋に興味がない子だと思ってた。
「付き合いたい」とか「成就したい」とか、そんな願いとは縁遠い存在だと。

だからこそ、その手にあったお守りの意味が、詩弦の胸を不意に締めつけた。

――この子は誰が好きなんだろう。

「恋してんの?」

自分で言ったあと、そのあまりにも幼稚じみたその質問にぞっとした。
けど、口に出てしまった以上、戻せない。

白川は一瞬、目を見開いた。
何かを考えるように間を置いて、そして小さく笑った。

「さあ、どうでしょう」

曖昧なその言葉に、心にざらりとした感触を残されたまま浮かされた。
話を続けようと、しゃがもうとした。
そのとき。

白川が一歩、すっと距離を取った。

(……避けた?)

そして、お守りをひとつ指でつまんで、私の前に差し出す。

「これ、買い物したら一個無料でもらえるらしいですよ」

「へ?」

なぜ私にそれを言う。なぜ、今その話を?

「なんで、これを私に?」

口の中で小さくつぶやいた詩弦に、蓮はにっこりと笑って、こう言った。

「彩里先輩と、お幸せに」

そして、それだけを残して小走りで売店を離れ、エレベーターの方へと消えていった。

しばらくのあいだ、詩弦はお守りを見下ろしたまま、そこから動けなかった。

「…………は?」

ようやく出た言葉が、それだった。

何が起きたのか、頭の中で映像を巻き戻して確認する。
恋愛成就のお守りを手にしていた白川。「お幸せに」という言葉。
そして、まるで避けるような態度。

(……アイツと、私が?)

とたんに、今までの彩里の言動が、全部つながってきた気がした。
事故チュー、保健室でのあの手、エールのハグ、今日の生春巻きの横取り。
全部、ぜんぶ――

「彩里って――」

考えるより先に、私の口は言葉を発した。

「私のことが好きなのか」

ありえない、と頭では否定しようとする。けれど、体が真実を知ってしまっている。
背筋を冷たい風が撫でたようだった。

そして、何よりも悔やまれるのは。

"白川は、私とアイツが好き合っていると思っている"ということ。

そう思った瞬間、ぐっと胸の奥が締めつけられる。

違う、ちがう、彩里じゃない。
私が好きなのは――

「……さいあく」

誰にも聞こえない声で、詩弦はしゃがみ込んだままそう呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

処理中です...