淡色に揺れる

かなめ

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後章

学園祭準備(救済)

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しゃがみ込んだ詩弦は、荒い呼吸を整えきれない。
冷たいタイルの床に手をつき、前髪が額にはりつく。

(……桜庭、ひいな――)

まだ脇腹にくすぐりの感触が残っていて、悔しさと羞恥で胸が焼けるようだった。

そのとき。

「詩弦?」

トイレのドアが開き、声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは彩里だった。

「っ……!」

詩弦は慌てて立ち上がろうとするが、足に力が入らず再びしゃがみ込む。

「詩弦!?なに、どうしたの?!大丈夫かよ!」

彩里はすぐに駆け寄り、詩弦の肩に手を添える。

「……平気」

詩弦は言い切るが、声がかすれて説得力がない。

「どこがだよ。顔真っ赤だし、息も荒いし。何があったの?」

その問いに、詩弦はぎゅっと唇を噛む。高いプライドが、彩里相手に真実を告げることを拒んだ。

「……ただの、立ちくらみ」

しぼり出すような声でそう答える。

彩里はじっと詩弦の横顔を見つめ、やがて小さくため息をついた。

「……強がんなって」

そう言いながら、肩を差し出す。

「ほら、つかまって。休憩室まで連れてってあげるから」

「いらない」

詩弦は拒むが、腕を振り払う力すら残っていない。

「じゃあ、このままここでへばってんの?」

からかうような口調。けれど目の奥は真剣で、そこに普段の軽薄さはなかった。

結局、観念したように詩弦は小さく頷き、彩里の肩に手を置いた。

温かい体温が伝わってくる。

「……うるさい」

顔を背ける詩弦に、彩里はふっと笑う。

二人はトイレを後にし、休憩室へと向かった。

がらんとした休憩室のソファに、詩弦はどさりと腰を下ろした。
窓の外からは午後の光が差し込み、埃がきらきら舞っている。

「……ありがとう」
ぽつりとつぶやいた詩弦に、彩里は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。

「お、素直じゃん。激レア」

「調子に乗んな」

詩弦はそっぽを向いた。けれど耳がほんのり赤い。

彩里はその様子を見て、ふっと目を細める。

さっきトイレで見た詩弦の姿が頭から離れなかった。

「あのさ」

彩里はゆっくり隣に腰を下ろし、距離を詰めすぎないように気をつけながらも、詩弦の指先にそっと自分の指を重ねた。

「っ……!」

詩弦は反射的に手を引こうとしたが、彩里はやわらかく押さえ込むだけ。力は入っていない。

「平気。逃げようと思えばすぐ逃げられるでしょ?」

そう言ってにっこり笑う。

「何のつもり」

詩弦の声は低い。けれど震えていた。

「んー?何の目的もないよ」

彩里はあえて軽い口調を装った。だがその目はまっすぐ詩弦を射抜いている。

「無理、すんなよ」

ぽつりと、優しく。

「……うん」

詩弦は否定しようとした。けれど、指先を触れられただけなのに、胸の奥が妙にざわつく。

――離れたいのに、動けない。
――うるさいはずなのに、その声が心地いい。

「……っ」

詩弦は視線を逸らし、わずかに唇を噛んだ。

彩里はそれ以上何も言わず、ただ静かに詩弦の手を撫でるように親指を動かした。

休憩室の時計の音だけが、やけに大きく響いていた。
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