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「ーーやぁ。早速浮気かい? マイシャ」
街から城まではマイシャが歩けると思える程には近い。
揺れる馬車の中、そっと子爵を窺い見た。
淡い金髪が車窓から差し込む光に反射して綺羅めいている。
薄い青い目がマイシャの視線に気付き、こちらを見た。
「どうかした? 言いたいことがあるなら言いなさい」
「あ、いえ、なんでも……」
好きだから見てました。
そう言えるはずもなく慌てて取り繕えば、子爵は心配そうな顔をした。
「……聞こうと思っていたんだ。その服はどうしたんだい? どうやって街まで?」
「それは……」
自分の手を握り合わせ、子爵から顔を逸らした。
まさか名前も知らぬ男と一晩過ごした上、連れ去られて妻にされるところでしたなんて言えるはずもない。まして、答える相手は好きな人だ。
(そんなこと、子爵様に知られたら、死んでしまう)
せめてこの身がまだ清いままならば、涙ながらに訴え出ることも出来ただろう。
「あの、昨日の晩のお振舞いを飲んでから記憶がなくて……街で知り合った親切な方が色々くれたんです」
言い訳としては不合格の回答だが、他に良い案がなかった。
子爵はマイシャの靴に目を留めた。
「その靴……」
「え」
どきりとした。
しかし、それは一瞬のことだった。
子爵は深刻そうな顔で考え込んでいる。
「五年前に行方不明になった領民の娘が履いていた靴に似ている。それをどこで?」
「えっと」
マイシャはその行方不明の娘の母親から貰ったことを説明した。すると、子爵は納得いったようなそうでないような顔でマイシャを嗜めた。
「その人の言うように、靴のことを知ってる人間には気をつけなさい。いいね」
「は、はい」
そんなやりとりをしている間に、馬車はお城のすぐ目の前だ。
マイシャは初めてここに来た日からお城と呼んでいるが、一般的には館と呼ぶ規模の建物らしい。
でも田舎者で今にも崩れそうな荒屋しか知らないマイシャには、いつまでもお城だ。
その城の入り口を見て、マイシャは危うく悲鳴を上げるところだった。
(ままま待ってまって待って、なんであの馬車がいるの!?)
虎と交差する剣の紋章。
それは、紛れもなくあの男の馬車だった。
「何てことだ!」
だが驚愕の声を上げたのは目の前に座る子爵だ。
「子爵様、あの馬車が誰の馬車かご存知なんですか?」
「ーー知らないはずがない。あれは、畏れ多くも皇帝の第二皇子であられるルクレツィオ様のものだ」
その言葉に、マイシャは時が止まったように動けなくなる。
ーー第二皇子。
馬車が城の入り口にどんどん近づく。
身動きできないマイシャを嘲笑うように馬車はゆっくり止まり、その扉が外から開かれた。
「ーーやぁ。早速浮気かい? マイシャ」
そこには、葡萄酒色の悪魔がいた。
***
足元からガラガラと崩れ落ちる幻覚が見えた。
最悪だ。
逃げようにも馬車の出入口は一つ。その一つを、男が塞いでいる。
「ちょっと目を離したら、こんな風采の上がらない男と二人きり? 悪い子だなあ」
「ひっ……」
蛇のような金眼がねっとりとマイシャに絡みつく。
少しづつ近寄ってくる男の手が伸びて、マイシャの顎を掴んだ。
強引に視線を合わせられる。
「僕じゃ満足できない? 慣れてないと思って、ちょっと手加減してたけど、しすぎたみたいだね」
「や、やめ」
(ーー子爵様が見てる!!)
男の胸を手で必死に押して拒否する自分に、それでも顔を近づけてくる男。
もうダメかもしれない。
諦めるように、ぎゅっと目を瞑った、その時。
声を上げたのはマイシャではなく、同乗していた子爵だった。
「皇子殿下! その者は我が城に勤めるものです! ご無体は何卒お許し下さい!」
ぴたりと、男の手と迫る顔が止まった。
薄ら目を開ければ、非常に不機嫌そうに子爵を見る男が目に入る。
「……ああ、お前がここの領主か」
「仰るとおりでございます。畏れ多くも皇帝陛下よりロイエンマールの地をお預かりしております、ボールスと申します」
「ふぅん」
マイシャの顎から離れた手は背中と膝下に伸びる。
そのままマイシャを抱え上げた男は馬車から降りると、振り向きざまに子爵に命じた。
「ではボールス。中へ案内しろ。僕の奥さんを休ませなくちゃならないからな」
「やめて!!」
それは、一番言われたくないことだった。
「奥さん……?」
呆然とする子爵と、にやりと口の端を上げる悪魔。
ーーどうして。
マイシャの目には、信じられない、という顔で硬直する子爵の姿が映る。
一番知られたくない人に、知られてしまった。
ぽろ、と涙が溢れる。
「なんで……?」
昨日に戻れるならば、絶対にお酒なんて飲まなかったのに。
子爵は恐縮したように畏まりました、と呟くと二人を案内するように前を歩き出した。
マイシャにとって我が家のような城が、まるきり別の場所に見えてくる。
そんなマイシャを慮ることなくどんどん進んでいく男の胸を、泣きながら拳で殴った。
「ひどい……っ! なんで、なんで子爵様に言うの!? わたしは貴方なんか好きじゃない!! 奥さんになんか、ならない!!」
ひどい、ひどいと男を何度も殴る。
けれど見た目よりも分厚い胸板は、びくともしない。
「ひどいのはマイシャだ」
その声音が、冷たい氷のようでマイシャはぴたりと動きを止めた。
「やっと会えたのに、覚えてないマイシャの方がひどい」
マイシャはそう言われても、こんな男は知らない。
記憶を探ってもこんな目立つ髪色と眼の色は記憶にない。
キッと睨み、はっきりと告げた。
「貴方に会ったことなんてないっ」
「あぁ、そう。ーーそれならそれでもいいよ。もう奥さんにするのは決まってるんだし」
言葉を重ねるごとに、男の声音はどんどん冷えていく。
醸し出す空気も、氷室の中のように涼しくなっていく。
(こわ、い)
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