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違和感
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気が付けばもう、こんな時間か。一息ついたのは帰宅する車の中。時計は22時を過ぎている。今から帰って洗濯と、食事の用意か…。明日は休みだからまだ余裕はあるが、これ以上の時間は無駄にしたくないので、自宅に向かう。
「…ふぅ…」
鍵を開け部屋に入る。3LDKは単身者には大きいが、ここの暮らしも丸三年になる。元々一人暮らしをするはずではなかったから、サイズが不釣り合いなのは自分でも理解してる。とりあえず洗濯機を回し、リビングのドアのを開けた瞬間、違和感を感じて足が止まる。
「泥棒か…?」
自分でも間抜けな独り言だと思う。
ただ、カーテン越しのガラス窓に影が映っているんだが、一向に動く気配がない。寄りかかって座ってるのか?泥棒だとしても、意味がわからない。大体、家に盗られて困る物なんてない。とにかく、状況を把握しないことにはどうにもならない。
思いきって、カーテンを開ける。そこには、膝を抱えて居眠りをしている男がいた。顔は見えないが、着ているものからしても学生だろうか。
「おい…」
呼び掛けると、ぱっと顔をあげる。さらりとした明るい色の髪と整った顔、そしてなにより緑がかった美しい瞳。誰が見ても美形と答えるんだろうな…。ただ、俺には面識はない。
立ち上がると、ガラスに手を付く。185cmはあるな。しかも足が長い。しかし、この表情はどういう…。
鍵を外し、ガラス戸を開けると逃げる訳でもなく立ち尽くし、
「ここで、なにして…」
問い詰めようとしたら、相手の腹の虫が盛大に空腹を訴えかけてきて、緊張の糸がぶちきられたので、なんか、もうめんどくさい。
「中入って、そこに座ってろ」
昨日の残りのカレーを温め直して、テーブルに置く。すると、表情が明るくなり、
「いただきます」
と言って食べ始めた。なんか、声までモテそうだな…とかよくみると、まだ、高校生くらいじゃないか?物凄い勢いで皿が空になる。
「ご馳走さまでした」
すげー喰いっぷりだなぁ…とか、そんなこと考えてる場合じゃなくて…。でもなんだか、ここで問い詰めてもあまり意味がないような気がしていた。
「お粗末様。で、家のバルコニーで何してたんだ?」
すると、彼は上を指して、
「落ちちゃって」
上は確か、ペントハウスになってるとかなんとか、詳しいことはよくわからないが、落ちたってなんだよ。
「で、戻れなくなったって?」
「オレも初めてだったから、ビックリして…」
嘘をつく理由もないだろうし、靴下が汚れてるから、まあ、そうなんだろうさ。
玄関から、帰すにしても、俺のサイズじゃ全滅。サンダルならギリギリいけるか?
「次からは気をつけろよ」
そういうと、彼は頭を下げて出て行った。
「名前、聞くの忘れた」
俺も大概だなと、思いながらリビングに戻る。三年も暮らしていて、上にどんな人が住んでいるのかも知らない。知らなくても困らなかったからだと思う。
翌日、昨日あんなことがあっても、きっちり眠れるものだ。昼過ぎに起床して、昨日途中までだった料理を仕上げて食事。それからもう動く気力もなくソファーでだらだらしてたら、気が付くとすっかり日が沈んでいた。
あー、洗濯物取り込まないと…。ソファーから身体を起こした瞬間、ドサッという音が聞こえ、バルコニーに出ると膝を付いた姿でうつ向いていた。
「お前、危ないって…」
彼が顔を上げると、顔の半分が、血で染まっていた。俺は干していたタオルを外し、傷の様子を確認する。
「救急車…」
かけようとした俺の手を止める。
「大丈夫…だから、呼ばないで…」
落ちて、できた傷でないことはすぐにわかった。両腕にも何かから負わされた傷がついていた。そして、本人が、大事にしたくないということは、身近な相手からの暴力。
「たいしたことは、できないぞ」
とにかく、ソファーに座らせて傷を確認する。額の上が少し切れてる。場所が場所だけに出血は多いが、このくらいなら俺でもなんとかなるか。ほんの応急処置だかしないよりはいいか。ガーゼとテープがあってよかった。
「すいません、ご迷惑を…」
「迷惑だとしたら、家に入れないから。病院、行けよ、絶対」
これ以上、俺には何も言う権利はない。ただ、助けを求めてくれれば、俺にもできることは…。
血で染まったタオル。記憶の奥が揺れる。
「あの…」
突然固まった俺に、声をかけてくる。
「ん…何?」
「気分悪くなりましたか?」
質問の意図がわからない。俺は立ち上がって、
「そんなことないけど…そうだ、名前聞いていいか?」
今更だけど、知らないままじゃ、さすがに不便だ。
「堺 緑央…みんなはロクって。あなたは仁科 綾人さんですよね」
「アヤトじゃなくて、アヤヒトな。あと、あんまり畏まらなくていいから、普通で」
俺は知らなくても、このロクという少年は俺のことを知っていた。少しだけ不思議な気分になる。
あまり考えすぎてもよくないので、食事の支度を始める。昨日から煮込んでたハンバーグがいい感じに仕上がってる。
「こっちに来て、飯」
この笑顔、女の子だったら絶対惚れるんだろうなぁ。なんてくだらないことを考えながら、同じ食卓につく。この部屋で誰かと食事をする日が来るとは思わなかった。それでも、美味しそうに食べている姿は少しうれしくなった。
「ご馳走さまです」
食事のマナーも、食べ方もきちんと教育されている。
「お粗末様。なんでも食うんだな」
用意したサラダや、小鉢まで綺麗にたいらげている。
「美味しくて、つい」
顔を上げると、目が合う。真っ直ぐに正直な、綺麗な瞳。まるで、宝石…って、何考えてんだ。皿を片付けるために立ち上がる。洗い終わる頃、時計を見ると21時になりそうだった。
そろそろ帰さないと、さすがに心配されるだろう。
「時間、大丈夫か?」
「…あの、えーっと…」
何か言いたいことがあるのか、口ごもっている。
「とにかく、家帰ってゆっくり休みな」
怪我もしたことだし、安静にするのが一番だし、それはここじゃないから、ただ、怪我の原因が家にあるなら匿うべきなのだろうけれど…。
「また、来ていい?」
言いたかったのはこれか。
「だめだって、言ってないよ。ただし、来るなら玄関からな」
絵にかいたような満面の笑み。そんな顔されると、悪い気はしない。ロクが帰った後、ドアに寄りかかる。左肩の古い傷が軋む。
「…って…」
ロクが、俺が考えてるようなことになってなければいいが…。ただ他人の俺ができることは限られている。ここでどれだけ考えても、何も変わらない。
翌日、早朝からの呼び出しで、仕事を済ませ15時には帰路に着くことができた。食材を買い足して帰宅すると、家のドアの前に座り込む姿。あの制服は、野分高校か。
「こんなとこに座んな、制服汚れ…」
軽く肩に触れただけだったのに、身体は抵抗なくぐらりと傾く。
「ロク!」
声をかけても意識がない。それにこの発熱は、放っておけるものじゃない。荷物は片付けて、財布とケータイと鍵だけ持って出る。
ロクを背負って、車に向かう。手足が長いから引きずらないように気を付けて…ただ、見た目よりずっと軽い。痩せすぎだろ、肋骨がういてる。それに、顔の傷、昨日より増えてる。嫌な予感が…いや、今は早く病院に連れて行こう。後部座席に寝かせ、知り合いの医者に連絡し、運び込む。
「久々来たと思ったら、なんでい?」
白衣姿に下駄、見た目は熊のインパクトは中々慣れない。
「急にごめん」
「状態診るから、お前はあっちで待ってろ」
待合室に追いやられる。確かにそばにいてもできることは何もない。とりあえず連絡…誰にすればいいんだろう。制服の上着に生徒手帳、開くと携帯番号が手書きで書かれていた。そして「父さん」のメモ。かけてみるか。
『…はい』
出たのは女性だった。間違ったか?
「すいません、堺緑央くんのお父様の携帯ですか」
『御用件は?』
そう聞いて来るってことは間違えてない。
「怪我されたので、連絡しました。詳しくはあと本人から聞いていたたげると助かります」
当人同士ではない電話は詳細を話すだけ無駄だ。
『承りました』
ほっとして、そのまま切ってしまった。なんか、疲れた。必要最小限しか言わない人だから、秘書とか…でも個人的なケータイに出るかな?もう、考えても仕方ないことしか出て来ない。考えるのが面倒になって、煙草のために屋上に上がる。
夕方の空に煙が真っ直ぐ上がって行く。
「ここにいたんか」
下駄の音が聞こえて振り返る。
「どんな感じ?」
「身体、見たんか?」
首を振る。
「肋骨何本かいっとる。腕は打撲傷、理由はわかってるのか」
「知り合ったばかりで、詳しいことは何も」
「なんで、そんな奴が連れてくるんだ?」
そんなこと俺が聞きたい。
「放っておけなかったんだよ」
「悪りぃことじゃ、ねぇよ。ただ、お前のほうが気がかりだがな」
なんだよ、それ。別に、俺のことなんてもう大分昔の話だし、気にすることなんかない。
「熊爺、心配しすぎ」
「ガキ心配すんのは爺の特権だ」
「爺扱いすると怒るくせに」
この人は爺というほどの年齢ではない。それに俺もガキというほど若くもない。
「まず、そろそろ目え覚ますだろうから下降りろ」
促されて、病室に行く。ロクは枕に寄りかかって、窓の外を見ていた。両腕に巻かれた包帯が酷く痛々しくて、胸が苦しくなる。
「気分は?」
いいはずがないけれど、出来るだけ明るく聞く。
「オレ、また…迷惑…」
デコピンひとつ。
「気にすんな。電話できるならほら、かけな」
枕元のロクのケータイを渡す。画面を暫く見た後、ようやくかける。外そうかと思ったらが、ロクが俺の手首を掴んだ。
「…父さんお願いします。…今病院にいる。うん、わかった。お願い。また電話する」
それだけ?もっと、何かないのかよ。息を吐いてケータイを置く。手が震えているのは触れないでおこう。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
手首を放して、両手で俺の左手を包み込む。どういう気持ちなんだろう。伏せた目、長い睫毛…精巧に造られた美しい人形のように見えた。
「学生だとは思ったけど、高校生だとはな」
そのままでそばにある椅子に座り、話題を変える。
「綾人は制服着れば、まだ学生に見えるよ」
「ははは、冗談に聞こえねぇ。でも野分って超進学校だろ。すげー」
顔も良くて、スタイル抜群、その上頭も良いってどれだけ恵まれてんだか。それは、見た目の話だけってか…。
「家から近かったから選んだだけだもん」
大概の奴はその理由で野分には入れない。
「部活は?」
「生徒会やってるから、部活はやってないよ」
超進学校で、生徒会ってどんだけてんこ盛りの設定だよ。まぁたしかにこのルックスなら役員に推したくなるのもわかる。
「生徒会ねぇ…似合ってるよ。さぁて、疲れたろ?俺、帰るからゆっくり休めよ」
手を放さないのは何か不安なことがあるからなんだろうか。それでも、俺はその手をそっと外して席を立つ。いつも、ギリギリのところで線を引いてしまう。これ以上は踏み越えられないと感じてしまうから。
昨日に続けて、今日も早朝出勤。だと、今日も15時には上がれるから、ロクに何か持って行ってやるか。
同僚に言われた一言が、やけに耳に残った。
「今日、なんか楽しそうだね」
普段はどう見えてるんだかとも思ったが、それ以上にあぁ俺楽しそうなんだなぁと変なところで納得した。
仕事を終えて、飲み物を買って病室に向かう。入口からでも聞こえる女性のヒステリックな声。頭が重くなる。
「…は、なんで、ここにいるの!」
内容がようやく聞き取れたが、病室の中にはもう一人女性がいた。
「雅明さんに頼まれたので」
この人、昨日の電話の人だな。肩までの髪、清潔感のあるスーツ姿。可愛いというよりは美人といったところか。
「気安く呼ぶなんて…!私の…!」
雑誌を掴んで投げた女性がロクの母親だろう。乱れた髪、化粧もせず、カーディガンの裾には血が…ロクのだろうか。だとしたら精神状態がかなり…。
「母さん、やめて!」
手当たり次第、投げ付けようとするのをロクが立ち上がって止めようとするが、激しく突き飛ばされ壁に当たる。
「ロク!」
もう、見てられない。座り込むロクに近付いて、顔を見ると少し困った表情をした。
「大丈夫か?」
「綾人、来てくれたんだ…」
「立てるか?」
引っ張り上げるより、抱き起こしたほうがいいか。一旦壁際に立たせる。
「貴方、誰?勝手に彼に触らないで!」
彼?自分の子供のことをなんで、そんな…。彼女の右手が、俺の左肩を力強く掴んだ。なんつう力だよ。加減なしか。細い指が食い込み、血が下がる感覚が気持ち悪い…。
すると、ロクは彼女の手首を掴んで、
「もう、帰って。明日には帰るから」
いつもより低い声、感じたことのない冷徹な空気に、彼女はロクの雰囲気に気圧され、逃げように出て行った。
「緑央さん、これは雅明さんからです。それでは失礼します」
スーツ姿の彼女も、紙袋を渡すと出て行った。
「大丈夫?」
ロクの声にほっとして、気が付くと腰に回された左手で俺のほうが抱き止められていた。
「あ…、ごめん。ありがとう」
身体を離して、ロクにはベッドに戻ってもらう。
「変なとこ見せて…」
「俺が間が悪かったんだよ。だから気にすんな。ほらこれ飲み物」
ビニール袋を渡し、帰ろうとするとまた手首を掴まれた。伝わる温度が、ロクの心もようなのだろうか。
「行かないで…」
「わかった」
そのまま、椅子に座る。
不安がないはずがない。母親が、暴力の相手では受けるしかない…なんてことは絶対にない。このままではロクのほうが壊れてしまう。でも他人の俺に何ができる?
「綾人」
ふと名前を呼ばれて、我に帰る。
「ん?なんだ?」
「意外と細いんだね。女の子かと思った」
何の話だよ。たしかに、ロクほど身長もなければ、ガタイもいいとは言えないが、
「貧弱って?」
「ちょうど良いって、いう意味」
何にたいしてのちょうどなんだか。
「明日何食いたい?」
「どうしたの?急に…」
「明日来るだろ?好きなもの作ってやるよ」
俺に出来ることはそんなものだから。
「じゃー、唐揚げ!オレ、いっぱい食うから覚悟してね」
「わかった。じゃあそろそろ帰るよ」
手を布団に戻して、俺は病室を出る。廊下を歩いていると、熊爺に声をかけられる。
「綾人、ちょっとこっち来い」
言われるがまま、診察室に入り椅子に座る。
「何か用?」
すると無言で、ジャケットを捲られる。シャツの左肩に血が滲んでいた。
「シャツがダメになるだろ、早く脱げ」
「いいよ、別に安物だし」
「気付かないとでも思ってんのか?主治医の言うことは黙って聞けよ」
一番上のボタンを両手で外そうとしたが、左手が途中で止まる。まずい、これ以上は動かなくなる感覚…。
「無理に動かすな。痛めるとまた生活に支障が出るぞ」
またって…わかってる。今までだって騙し騙しやってきたから。
「大丈夫だって、そんなにひどく…」
なんとか片手で、シャツのボタンを外したが、あれ…肩がひどく重い。
「そっち向いてろ」
反対側を向かされる。痛みより、とても重いという感覚は久しぶりだった。手際よく手当てされ、少し楽になった。
「ありがとう、熊爺」
「安心すんのはまだ早ぇ、薬出しとくからちゃんと飲めよ」
「わかってる、じゃあね」
服を整え、料金を払って出る。雑居ビルの狭いエレベーターの階数表示をぼーっと眺める。さっきのロクの声…とても冷たい音に聞こえた。母親はそれで逃げ出した。俺にはロクがどんな表情をしていたのかは見えなかったが、怒りの感情だけはしっかりとわかった。でも、俺と話してる時はいつものロクだった。ただ、いつも手を離すことに怯えているように見えた。
途中、薬局により駐車場に着いたのは17時を過ぎていた。部屋に戻るためにエレベーターを待っていると隣に人が立った。ここで、人に会うのは珍しいなと思いながら軽く会釈をする。
なんだろう、すごく見られてるような気がする。身長は180㎝くらいでスーツも靴もかなり上質なものだろう。いや、気にしすぎかな。とりあえず先に乗って自分の階数を押し、
「何階ですか?」
と、聞くと
「八階を」
耳が痺れるほどの渋い声。八階はロクの家族しか住んでないからこの人、ロクのお父さんだ。顔を見ようと視線を動かすと深い緑色の瞳がこちらを見ていた。
「…すいま…」
「相変わらず…だね」
…ん?今なんて言ったのか、よく聞き取れなかった。でもこの人も面識はない…はずなのに、どうしてそんな目で見るのだろう。相変わらずってなんだろう。
七階でエレベーターが止まり、先に降りる。振り返るとドアがしまるまで、彼はこちらを見ていた。何だったんだろうかよくわからないけど、このまま廊下に居ても仕方ないので部屋に戻る。
着替えたシャツはゴミ箱に捨てる。この程度で済んでよかったな。ジャケットのほうは大丈夫だし。さて、リクエストもあったことだし準備するか。
翌日、帰宅し鍵を開けていると隣の志摩さんのお宅からロクがひょっこり顔を出す。
「おかえり」
「お前、なんでそこに…」
すると中から奥さんの紗江さんが出て来て、
「おかえりなさい、綾ちゃん」
「紗江さん、なんで?」
「ただいまは?」
「ただいま」
こういうことには厳しいけれど、基本的には優しくて面倒見のいい人。俺より2ヶ月早く住み始めたお隣さん。旦那さんの和彦さんとはいつも仲がいい。
「ロクちゃんが綾ちゃんのドアの前に座ってたからお茶に誘ったのよ」
なんの悪気も感じない。まるで少女のように笑う。
「紗江さん、ご馳走さまでした」
ロクが頭を下げる。
「また、いつでもいらして」
「紗江さん、ありがとう」
俺が言うのもおかしいかと思ったけど、手を振って部屋に入る。ロクもついてくる。なんか、いろいろ聞いたほうがいいのかもしれないけど、とりあえず着替えてと…。
リビングに行くとロクはぼーっと立ち尽くしていた。
「好きなとこに座れよ」
「この部屋、いい匂いする」
どういう意味だ?
「どんだけ腹減ってんだよ」
「食べ物の匂いじゃないよぉー綾人の香りだもん」
俺の?匂いには気を付けてるつもりだけど…。
「どんな匂いだ?」
「少しだけ甘くて、でもそれだけじゃなくてふわってしてて、オレの好きな香り」
何だか抽象的だな。さっぱり意味がわからない。自分匂いはわからないっていうし、考えるだけ無駄か。
「とにかく、ちょっと待ってろ。すぐ用意する」
下準備は昨日のうちに大体終わってる。あとは揚げて、皿に盛り付けるくらいなのに、いつも以上に左手の動きが悪くて時間がかかる。サラダとスープを用意してテーブルに運ぼうとしたが…。
「ロク、これ運んで」
手を洗いながら、左手に感じる違和感。初めてじゃないからまだ対応できる。
「綾人?大丈夫?」
思ったより顔が側にあって、少し驚く。
「近い」
濡れた手で、ロクの頭を押し返す。さらさらで艶やかな髪、染めた色じゃない自然な明るい色、綺麗な緑色の瞳は…。
「あー!今オレで手拭いたでしょ」
「ほら、飯」
基本的には素直な子なんだろうな。身体は大きいが、中身はまだまだ子供ってことか。
「いただきます」
物凄い勢いで皿が空になった。さすが学生の食欲は半端ないとしか言えない。まぁうまそうに食べてくれるなら作った甲斐があるけどな。
「ご馳走さま」
「はい、お粗末様」
なんで、ニヤニヤしてんだ?
「美味しかった!また食べたい」
「いつでもどうぞ」
皿を持って立ち上がると、頬にキスされた。
「ご馳走さま」
なんで、二回言うか。まぁ、海外では挨拶だったりするわけだから、そんなに深い意味はないだろう。
「そういえば、エレベーターでお前のお父さんと一緒になったぞ」
あれ?明らかなテンションダウン。
「多分、いい話じゃないけど、予想はできる」
予想をする。それはきっと、ロクの怪我に関わることだろう。ようやくの父親の介入はロクにとっていい方向に進めばいいと思うが…。
「ロク…」
「やだなあ、綾人にそんな顔させたくないから、この話はもうやめよ」
「俺に何かできることがあれば、なんでも…」
「いつも美味しいご飯で十分だよ。これ以上は望みすぎだもん。でも、一つだけいい?」
一つって、なんだろうか。
「俺に出来ることなら」
「自分を大切にしてね」
そういうとロクは自分の家に帰って行った。
なんで、あんなこと言ったのか、知り合ったばかりの子供に言われるほど俺はそこまで退廃的じゃない。片付けが終わり、煙草とビールと灰皿を持ってバルコニーに出る。ここからの景色が好きで、住みたいと思った。一人住むことになったときは少し落ち込んだけど、決めたことは間違いじゃなかった。俺自身今の生活にとても満足しているし、ロクと関わるようになってからもそれは変わらない。それなら、ロクにも少しでも楽しいと、うれしいと思って欲しいと考えるのは俺のわがままなんだろうな、きっと。
バルコニーに出ても上を気にすることなんてなかった。見ても見えないし、外の景色の方がずっと興味があったから。でも今は、少しだけ上が気になった。
「…から…って…に…」
窓が開いてるのか、微かに声が聞こえる。しかもかなり怒っているのか、ドンという音も聞こえた。話の内容までは聞き取りないが、いい話ではないのはわかる。それでもロクのためになるのなら…。
煙草の火を消して中にもどる。とにかく、明日も仕事だし、もしまだロクがここに訪ねてくれるなら、また何か食べさせてやりたいしな。
翌朝、出かける準備を済ませ、ふと今日はゴミの日だったから袋にまとめて玄関に持って行く。ゴミ袋と鞄を持って出ようとした瞬間、インターホンがなる。こんな朝早く誰だろう?と思いながらも、玄関で直接対応したほうが早いとドアを開けた。
「…え…」
何が起きたのか、わからなかった。ただ、目の前には女性の頭。そして彼女は俺の横をすり抜け、家の中に入って行く。
「緑央いないの?…」
下を見ると、包丁の柄が見えた。血が…だめだ、落ち着け。ドアの外に出て閉め彼女を閉じ込める。家の中からは暴れているのか物凄い音がする。その音を聞いた紗江さんが顔を出す。
「あら?綾ちゃんのお部屋で、誰か…」
「紗江さん、危ないから…部屋に…」
急激に血が下がる感覚。
「和彦さん、救急車!」
紗江さんの声を聞いて、和彦さんも出てきた。
「綾ちゃん、どうした?」
「警察…でも…ロクには…」
意識が途切れた。
自分でもあまりに無用心だったと反省した。でも、こんなことになるなんて思わないだろ。彼女に殺意はなかった。ただ、探していただけなんだと。だから、誰も悪くない。悪くないんだって、伝えなきゃ…。
白い…カーテンが揺れている。まだ視界ははっきりしないけど、なんとか生きてる。それに右手が、あったかい。手を握ったまま、こんな格好で寝たら風邪引くだろ。
「…ロ…っ…」
ひどい声…。身体に力が入らない。どれだけ寝てたんだろう。
「綾人!」
何か夢でも見てたのか、急にガバッと起きる。前髪にちょっとだけ寝癖がついてる。
顔が、近い。左手で顔に触れて、確認してる。
「おはよう。気分はどう?」
「…い…よ…」
「今、先生呼ぶからね」
笑顔だけれど、とても無理している。だから、ちゃんと話せるようにならないと…。
2日もすれば、ようやくまともに話ができるようになった。俺は身寄りがないから、ロクが来てくれるのはうれしいと思うけど、椅子に座り俺を見るこの表情が…。
「忙しいなら、来なくていいんだぞ」
別にロクがしなきゃいけないことじゃない。
「忙しくなんかないよ。オレが来たいからそうしてる」
「お前のせいじゃないよ」
言葉にすると、なんて薄っぺらい。言いたいことの半分も伝わらない。
「オレの…せいだよ。オレが巻き込んだ」
巻き込んだ…。
「巻き込まれるほうに責任があるんだよ」
自分が無責任だとは思いたくなかった。今まではずっと自分の周りに線を引いて、人との関わりを避けていた。ロクはその線を軽々と越えて、多分、今一番側にいる。
「オレは、ただ…ただ、側に居たかっただけなのに…綾人を傷付けるなんて…」
側に居たかった、なんて初めて聞いた。俺はつい最近お前のことを知ったばかりなのに。
「これはただの偶然だよ。そこに刃物があって、そこに俺が立ってたってだけだ」
「違う!あの日は親父が離婚の手続きの話をしてて、オレを迎えに来たんだ。母さんは普通に聞いてるみたいだったけど、あの人にとってはその状態がもう普通じゃなかった。親父が言った『下の階の人にも迷惑をかけてる』なんて言葉を…」
彼女の様子を見れば、細くてとても脆いものが支えになっていた。その支えが失われ、あの行動になったのだとしたら彼女だけを責めるのは少し違う気がする。
「だとしても、ロクがそんな顔することないよ」
感情が行き場をなくしてとても苦しそうだ。
「ごめん…なさい…オレが…」
涙が、ぽろぽろと落ちる。泣かせるつもりなんてなかった。頭を優しく撫でる。この髪、好きな手触り。好き…。
「泣くなよ」
「オレを嫌いにならないで…」
「嫌う理由はないだろう?」
「…え?…」
驚いて顔を上げるロク。なんかおかしなこと言ったか?
「お前が気に病むことはないよ。これは俺の問題だ」
「我慢、しないで。綾人はいつもそうやって一人で耐えてるの知ってるから」
知ってる…俺の、何を知ってるんだ。
「出会ったばかりの俺の何を知ってるんだ?」
嫌な言い方だ。
「そう、思ってるのは綾人だけだよ。少なくともオレは出会ったばかりとは思ってない」
「そんなこと…まだ精々一週間くらいだろ」
「それは、オレが…」
そこまで言うと、押し黙ってしまった。今は何を言っても良くない気がする。
俺はロクに何を求めているんだろう。出会ったばかりの子供に…。
「もう、来なくていいから」
線を引く。
これ以上はロクのためにはならないから。わかってたことだ。住む時間が世界が、違うのだから。
一方的に告げた言葉であっさりと関係は切れた。この程度で済んでよかったと、自分に言い聞かせてる。退院してからまず、荒らされた部屋の片付けをリハビリがてらにしている。まだ、本調子というには程遠い。それでも部屋が戻っていくにつれ、少しずつ落ち着きも取り戻していた。洗濯物を干しにバルコニーに出る。少し動き過ぎたのか、目眩がする。
「…っ…」
後ろに倒れそうになった、ある程度の衝撃は覚悟してたが予想に反して、やんわりと抱き止められていた。
「危ないよ」
この声…。こいつまた上から飛び降りて…。
「どっちがだよ。危ないから飛び降りるな」
後ろから抱きつかれた手が外れない。
「また、痩せた?」
「いいから、離せって」
「やだ」
やだってなんだよ。
「まだ、やることあるんだって」
「やだ」
なんかだだっ子になってないか?まぁこのくらいなら許してやるか。
「わかったから、ちょっと手緩めてくれる?」
「あ!…ごめ…」
急に離されそうになると、足がたたない。思わずすがりついてしまった。そのまま抱き上げられ、ソファーに運ばれる。
「ありがとう」
「綾人、働き者だからすぐ無理しちゃうもんね」
「家にいたんだな」
あんなことがあったから、もういないのかと勝手に思っていた。
「親父はほかに家を用意するって言ってたんだけど、オレがここがいいって言ったの」
「いいって言ったって、家事とかどうしてんだよ」
「大体できるもん」
なんか、可愛く見えるな。それでも大変なとこにかわりはないだろうが。
「でも、本当に助かった。お前が…」
俺、今、余計なこと言おうとしてないか。自分から、あんなこと言ったのに。
「なんで、途中でやめちゃうの?」
「別に…」
「オレは、綾人の言葉が欲しい」
真っ直ぐに見つめられると、逸らすことがまるで罪のように感じる。
「ロクが、居てくれてよかった」
初めて素直に出た言葉だった。
これからどうなるかは、わからないけれど、あの夜感じた違和感は間違いじゃなかったと、今ならはっきりわかる。だけど、この気持ちのあり方は、形を得てないから、 続きはまた今度。
「…ふぅ…」
鍵を開け部屋に入る。3LDKは単身者には大きいが、ここの暮らしも丸三年になる。元々一人暮らしをするはずではなかったから、サイズが不釣り合いなのは自分でも理解してる。とりあえず洗濯機を回し、リビングのドアのを開けた瞬間、違和感を感じて足が止まる。
「泥棒か…?」
自分でも間抜けな独り言だと思う。
ただ、カーテン越しのガラス窓に影が映っているんだが、一向に動く気配がない。寄りかかって座ってるのか?泥棒だとしても、意味がわからない。大体、家に盗られて困る物なんてない。とにかく、状況を把握しないことにはどうにもならない。
思いきって、カーテンを開ける。そこには、膝を抱えて居眠りをしている男がいた。顔は見えないが、着ているものからしても学生だろうか。
「おい…」
呼び掛けると、ぱっと顔をあげる。さらりとした明るい色の髪と整った顔、そしてなにより緑がかった美しい瞳。誰が見ても美形と答えるんだろうな…。ただ、俺には面識はない。
立ち上がると、ガラスに手を付く。185cmはあるな。しかも足が長い。しかし、この表情はどういう…。
鍵を外し、ガラス戸を開けると逃げる訳でもなく立ち尽くし、
「ここで、なにして…」
問い詰めようとしたら、相手の腹の虫が盛大に空腹を訴えかけてきて、緊張の糸がぶちきられたので、なんか、もうめんどくさい。
「中入って、そこに座ってろ」
昨日の残りのカレーを温め直して、テーブルに置く。すると、表情が明るくなり、
「いただきます」
と言って食べ始めた。なんか、声までモテそうだな…とかよくみると、まだ、高校生くらいじゃないか?物凄い勢いで皿が空になる。
「ご馳走さまでした」
すげー喰いっぷりだなぁ…とか、そんなこと考えてる場合じゃなくて…。でもなんだか、ここで問い詰めてもあまり意味がないような気がしていた。
「お粗末様。で、家のバルコニーで何してたんだ?」
すると、彼は上を指して、
「落ちちゃって」
上は確か、ペントハウスになってるとかなんとか、詳しいことはよくわからないが、落ちたってなんだよ。
「で、戻れなくなったって?」
「オレも初めてだったから、ビックリして…」
嘘をつく理由もないだろうし、靴下が汚れてるから、まあ、そうなんだろうさ。
玄関から、帰すにしても、俺のサイズじゃ全滅。サンダルならギリギリいけるか?
「次からは気をつけろよ」
そういうと、彼は頭を下げて出て行った。
「名前、聞くの忘れた」
俺も大概だなと、思いながらリビングに戻る。三年も暮らしていて、上にどんな人が住んでいるのかも知らない。知らなくても困らなかったからだと思う。
翌日、昨日あんなことがあっても、きっちり眠れるものだ。昼過ぎに起床して、昨日途中までだった料理を仕上げて食事。それからもう動く気力もなくソファーでだらだらしてたら、気が付くとすっかり日が沈んでいた。
あー、洗濯物取り込まないと…。ソファーから身体を起こした瞬間、ドサッという音が聞こえ、バルコニーに出ると膝を付いた姿でうつ向いていた。
「お前、危ないって…」
彼が顔を上げると、顔の半分が、血で染まっていた。俺は干していたタオルを外し、傷の様子を確認する。
「救急車…」
かけようとした俺の手を止める。
「大丈夫…だから、呼ばないで…」
落ちて、できた傷でないことはすぐにわかった。両腕にも何かから負わされた傷がついていた。そして、本人が、大事にしたくないということは、身近な相手からの暴力。
「たいしたことは、できないぞ」
とにかく、ソファーに座らせて傷を確認する。額の上が少し切れてる。場所が場所だけに出血は多いが、このくらいなら俺でもなんとかなるか。ほんの応急処置だかしないよりはいいか。ガーゼとテープがあってよかった。
「すいません、ご迷惑を…」
「迷惑だとしたら、家に入れないから。病院、行けよ、絶対」
これ以上、俺には何も言う権利はない。ただ、助けを求めてくれれば、俺にもできることは…。
血で染まったタオル。記憶の奥が揺れる。
「あの…」
突然固まった俺に、声をかけてくる。
「ん…何?」
「気分悪くなりましたか?」
質問の意図がわからない。俺は立ち上がって、
「そんなことないけど…そうだ、名前聞いていいか?」
今更だけど、知らないままじゃ、さすがに不便だ。
「堺 緑央…みんなはロクって。あなたは仁科 綾人さんですよね」
「アヤトじゃなくて、アヤヒトな。あと、あんまり畏まらなくていいから、普通で」
俺は知らなくても、このロクという少年は俺のことを知っていた。少しだけ不思議な気分になる。
あまり考えすぎてもよくないので、食事の支度を始める。昨日から煮込んでたハンバーグがいい感じに仕上がってる。
「こっちに来て、飯」
この笑顔、女の子だったら絶対惚れるんだろうなぁ。なんてくだらないことを考えながら、同じ食卓につく。この部屋で誰かと食事をする日が来るとは思わなかった。それでも、美味しそうに食べている姿は少しうれしくなった。
「ご馳走さまです」
食事のマナーも、食べ方もきちんと教育されている。
「お粗末様。なんでも食うんだな」
用意したサラダや、小鉢まで綺麗にたいらげている。
「美味しくて、つい」
顔を上げると、目が合う。真っ直ぐに正直な、綺麗な瞳。まるで、宝石…って、何考えてんだ。皿を片付けるために立ち上がる。洗い終わる頃、時計を見ると21時になりそうだった。
そろそろ帰さないと、さすがに心配されるだろう。
「時間、大丈夫か?」
「…あの、えーっと…」
何か言いたいことがあるのか、口ごもっている。
「とにかく、家帰ってゆっくり休みな」
怪我もしたことだし、安静にするのが一番だし、それはここじゃないから、ただ、怪我の原因が家にあるなら匿うべきなのだろうけれど…。
「また、来ていい?」
言いたかったのはこれか。
「だめだって、言ってないよ。ただし、来るなら玄関からな」
絵にかいたような満面の笑み。そんな顔されると、悪い気はしない。ロクが帰った後、ドアに寄りかかる。左肩の古い傷が軋む。
「…って…」
ロクが、俺が考えてるようなことになってなければいいが…。ただ他人の俺ができることは限られている。ここでどれだけ考えても、何も変わらない。
翌日、早朝からの呼び出しで、仕事を済ませ15時には帰路に着くことができた。食材を買い足して帰宅すると、家のドアの前に座り込む姿。あの制服は、野分高校か。
「こんなとこに座んな、制服汚れ…」
軽く肩に触れただけだったのに、身体は抵抗なくぐらりと傾く。
「ロク!」
声をかけても意識がない。それにこの発熱は、放っておけるものじゃない。荷物は片付けて、財布とケータイと鍵だけ持って出る。
ロクを背負って、車に向かう。手足が長いから引きずらないように気を付けて…ただ、見た目よりずっと軽い。痩せすぎだろ、肋骨がういてる。それに、顔の傷、昨日より増えてる。嫌な予感が…いや、今は早く病院に連れて行こう。後部座席に寝かせ、知り合いの医者に連絡し、運び込む。
「久々来たと思ったら、なんでい?」
白衣姿に下駄、見た目は熊のインパクトは中々慣れない。
「急にごめん」
「状態診るから、お前はあっちで待ってろ」
待合室に追いやられる。確かにそばにいてもできることは何もない。とりあえず連絡…誰にすればいいんだろう。制服の上着に生徒手帳、開くと携帯番号が手書きで書かれていた。そして「父さん」のメモ。かけてみるか。
『…はい』
出たのは女性だった。間違ったか?
「すいません、堺緑央くんのお父様の携帯ですか」
『御用件は?』
そう聞いて来るってことは間違えてない。
「怪我されたので、連絡しました。詳しくはあと本人から聞いていたたげると助かります」
当人同士ではない電話は詳細を話すだけ無駄だ。
『承りました』
ほっとして、そのまま切ってしまった。なんか、疲れた。必要最小限しか言わない人だから、秘書とか…でも個人的なケータイに出るかな?もう、考えても仕方ないことしか出て来ない。考えるのが面倒になって、煙草のために屋上に上がる。
夕方の空に煙が真っ直ぐ上がって行く。
「ここにいたんか」
下駄の音が聞こえて振り返る。
「どんな感じ?」
「身体、見たんか?」
首を振る。
「肋骨何本かいっとる。腕は打撲傷、理由はわかってるのか」
「知り合ったばかりで、詳しいことは何も」
「なんで、そんな奴が連れてくるんだ?」
そんなこと俺が聞きたい。
「放っておけなかったんだよ」
「悪りぃことじゃ、ねぇよ。ただ、お前のほうが気がかりだがな」
なんだよ、それ。別に、俺のことなんてもう大分昔の話だし、気にすることなんかない。
「熊爺、心配しすぎ」
「ガキ心配すんのは爺の特権だ」
「爺扱いすると怒るくせに」
この人は爺というほどの年齢ではない。それに俺もガキというほど若くもない。
「まず、そろそろ目え覚ますだろうから下降りろ」
促されて、病室に行く。ロクは枕に寄りかかって、窓の外を見ていた。両腕に巻かれた包帯が酷く痛々しくて、胸が苦しくなる。
「気分は?」
いいはずがないけれど、出来るだけ明るく聞く。
「オレ、また…迷惑…」
デコピンひとつ。
「気にすんな。電話できるならほら、かけな」
枕元のロクのケータイを渡す。画面を暫く見た後、ようやくかける。外そうかと思ったらが、ロクが俺の手首を掴んだ。
「…父さんお願いします。…今病院にいる。うん、わかった。お願い。また電話する」
それだけ?もっと、何かないのかよ。息を吐いてケータイを置く。手が震えているのは触れないでおこう。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
手首を放して、両手で俺の左手を包み込む。どういう気持ちなんだろう。伏せた目、長い睫毛…精巧に造られた美しい人形のように見えた。
「学生だとは思ったけど、高校生だとはな」
そのままでそばにある椅子に座り、話題を変える。
「綾人は制服着れば、まだ学生に見えるよ」
「ははは、冗談に聞こえねぇ。でも野分って超進学校だろ。すげー」
顔も良くて、スタイル抜群、その上頭も良いってどれだけ恵まれてんだか。それは、見た目の話だけってか…。
「家から近かったから選んだだけだもん」
大概の奴はその理由で野分には入れない。
「部活は?」
「生徒会やってるから、部活はやってないよ」
超進学校で、生徒会ってどんだけてんこ盛りの設定だよ。まぁたしかにこのルックスなら役員に推したくなるのもわかる。
「生徒会ねぇ…似合ってるよ。さぁて、疲れたろ?俺、帰るからゆっくり休めよ」
手を放さないのは何か不安なことがあるからなんだろうか。それでも、俺はその手をそっと外して席を立つ。いつも、ギリギリのところで線を引いてしまう。これ以上は踏み越えられないと感じてしまうから。
昨日に続けて、今日も早朝出勤。だと、今日も15時には上がれるから、ロクに何か持って行ってやるか。
同僚に言われた一言が、やけに耳に残った。
「今日、なんか楽しそうだね」
普段はどう見えてるんだかとも思ったが、それ以上にあぁ俺楽しそうなんだなぁと変なところで納得した。
仕事を終えて、飲み物を買って病室に向かう。入口からでも聞こえる女性のヒステリックな声。頭が重くなる。
「…は、なんで、ここにいるの!」
内容がようやく聞き取れたが、病室の中にはもう一人女性がいた。
「雅明さんに頼まれたので」
この人、昨日の電話の人だな。肩までの髪、清潔感のあるスーツ姿。可愛いというよりは美人といったところか。
「気安く呼ぶなんて…!私の…!」
雑誌を掴んで投げた女性がロクの母親だろう。乱れた髪、化粧もせず、カーディガンの裾には血が…ロクのだろうか。だとしたら精神状態がかなり…。
「母さん、やめて!」
手当たり次第、投げ付けようとするのをロクが立ち上がって止めようとするが、激しく突き飛ばされ壁に当たる。
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「綾人、来てくれたんだ…」
「立てるか?」
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「貴方、誰?勝手に彼に触らないで!」
彼?自分の子供のことをなんで、そんな…。彼女の右手が、俺の左肩を力強く掴んだ。なんつう力だよ。加減なしか。細い指が食い込み、血が下がる感覚が気持ち悪い…。
すると、ロクは彼女の手首を掴んで、
「もう、帰って。明日には帰るから」
いつもより低い声、感じたことのない冷徹な空気に、彼女はロクの雰囲気に気圧され、逃げように出て行った。
「緑央さん、これは雅明さんからです。それでは失礼します」
スーツ姿の彼女も、紙袋を渡すと出て行った。
「大丈夫?」
ロクの声にほっとして、気が付くと腰に回された左手で俺のほうが抱き止められていた。
「あ…、ごめん。ありがとう」
身体を離して、ロクにはベッドに戻ってもらう。
「変なとこ見せて…」
「俺が間が悪かったんだよ。だから気にすんな。ほらこれ飲み物」
ビニール袋を渡し、帰ろうとするとまた手首を掴まれた。伝わる温度が、ロクの心もようなのだろうか。
「行かないで…」
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そのまま、椅子に座る。
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「綾人、ちょっとこっち来い」
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すると無言で、ジャケットを捲られる。シャツの左肩に血が滲んでいた。
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「いいよ、別に安物だし」
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服を整え、料金を払って出る。雑居ビルの狭いエレベーターの階数表示をぼーっと眺める。さっきのロクの声…とても冷たい音に聞こえた。母親はそれで逃げ出した。俺にはロクがどんな表情をしていたのかは見えなかったが、怒りの感情だけはしっかりとわかった。でも、俺と話してる時はいつものロクだった。ただ、いつも手を離すことに怯えているように見えた。
途中、薬局により駐車場に着いたのは17時を過ぎていた。部屋に戻るためにエレベーターを待っていると隣に人が立った。ここで、人に会うのは珍しいなと思いながら軽く会釈をする。
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着替えたシャツはゴミ箱に捨てる。この程度で済んでよかったな。ジャケットのほうは大丈夫だし。さて、リクエストもあったことだし準備するか。
翌日、帰宅し鍵を開けていると隣の志摩さんのお宅からロクがひょっこり顔を出す。
「おかえり」
「お前、なんでそこに…」
すると中から奥さんの紗江さんが出て来て、
「おかえりなさい、綾ちゃん」
「紗江さん、なんで?」
「ただいまは?」
「ただいま」
こういうことには厳しいけれど、基本的には優しくて面倒見のいい人。俺より2ヶ月早く住み始めたお隣さん。旦那さんの和彦さんとはいつも仲がいい。
「ロクちゃんが綾ちゃんのドアの前に座ってたからお茶に誘ったのよ」
なんの悪気も感じない。まるで少女のように笑う。
「紗江さん、ご馳走さまでした」
ロクが頭を下げる。
「また、いつでもいらして」
「紗江さん、ありがとう」
俺が言うのもおかしいかと思ったけど、手を振って部屋に入る。ロクもついてくる。なんか、いろいろ聞いたほうがいいのかもしれないけど、とりあえず着替えてと…。
リビングに行くとロクはぼーっと立ち尽くしていた。
「好きなとこに座れよ」
「この部屋、いい匂いする」
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「どんだけ腹減ってんだよ」
「食べ物の匂いじゃないよぉー綾人の香りだもん」
俺の?匂いには気を付けてるつもりだけど…。
「どんな匂いだ?」
「少しだけ甘くて、でもそれだけじゃなくてふわってしてて、オレの好きな香り」
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「とにかく、ちょっと待ってろ。すぐ用意する」
下準備は昨日のうちに大体終わってる。あとは揚げて、皿に盛り付けるくらいなのに、いつも以上に左手の動きが悪くて時間がかかる。サラダとスープを用意してテーブルに運ぼうとしたが…。
「ロク、これ運んで」
手を洗いながら、左手に感じる違和感。初めてじゃないからまだ対応できる。
「綾人?大丈夫?」
思ったより顔が側にあって、少し驚く。
「近い」
濡れた手で、ロクの頭を押し返す。さらさらで艶やかな髪、染めた色じゃない自然な明るい色、綺麗な緑色の瞳は…。
「あー!今オレで手拭いたでしょ」
「ほら、飯」
基本的には素直な子なんだろうな。身体は大きいが、中身はまだまだ子供ってことか。
「いただきます」
物凄い勢いで皿が空になった。さすが学生の食欲は半端ないとしか言えない。まぁうまそうに食べてくれるなら作った甲斐があるけどな。
「ご馳走さま」
「はい、お粗末様」
なんで、ニヤニヤしてんだ?
「美味しかった!また食べたい」
「いつでもどうぞ」
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「ご馳走さま」
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「…え…」
何が起きたのか、わからなかった。ただ、目の前には女性の頭。そして彼女は俺の横をすり抜け、家の中に入って行く。
「緑央いないの?…」
下を見ると、包丁の柄が見えた。血が…だめだ、落ち着け。ドアの外に出て閉め彼女を閉じ込める。家の中からは暴れているのか物凄い音がする。その音を聞いた紗江さんが顔を出す。
「あら?綾ちゃんのお部屋で、誰か…」
「紗江さん、危ないから…部屋に…」
急激に血が下がる感覚。
「和彦さん、救急車!」
紗江さんの声を聞いて、和彦さんも出てきた。
「綾ちゃん、どうした?」
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意識が途切れた。
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白い…カーテンが揺れている。まだ視界ははっきりしないけど、なんとか生きてる。それに右手が、あったかい。手を握ったまま、こんな格好で寝たら風邪引くだろ。
「…ロ…っ…」
ひどい声…。身体に力が入らない。どれだけ寝てたんだろう。
「綾人!」
何か夢でも見てたのか、急にガバッと起きる。前髪にちょっとだけ寝癖がついてる。
顔が、近い。左手で顔に触れて、確認してる。
「おはよう。気分はどう?」
「…い…よ…」
「今、先生呼ぶからね」
笑顔だけれど、とても無理している。だから、ちゃんと話せるようにならないと…。
2日もすれば、ようやくまともに話ができるようになった。俺は身寄りがないから、ロクが来てくれるのはうれしいと思うけど、椅子に座り俺を見るこの表情が…。
「忙しいなら、来なくていいんだぞ」
別にロクがしなきゃいけないことじゃない。
「忙しくなんかないよ。オレが来たいからそうしてる」
「お前のせいじゃないよ」
言葉にすると、なんて薄っぺらい。言いたいことの半分も伝わらない。
「オレの…せいだよ。オレが巻き込んだ」
巻き込んだ…。
「巻き込まれるほうに責任があるんだよ」
自分が無責任だとは思いたくなかった。今まではずっと自分の周りに線を引いて、人との関わりを避けていた。ロクはその線を軽々と越えて、多分、今一番側にいる。
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「やだ」
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「わかったから、ちょっと手緩めてくれる?」
「あ!…ごめ…」
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「親父はほかに家を用意するって言ってたんだけど、オレがここがいいって言ったの」
「いいって言ったって、家事とかどうしてんだよ」
「大体できるもん」
なんか、可愛く見えるな。それでも大変なとこにかわりはないだろうが。
「でも、本当に助かった。お前が…」
俺、今、余計なこと言おうとしてないか。自分から、あんなこと言ったのに。
「なんで、途中でやめちゃうの?」
「別に…」
「オレは、綾人の言葉が欲しい」
真っ直ぐに見つめられると、逸らすことがまるで罪のように感じる。
「ロクが、居てくれてよかった」
初めて素直に出た言葉だった。
これからどうなるかは、わからないけれど、あの夜感じた違和感は間違いじゃなかったと、今ならはっきりわかる。だけど、この気持ちのあり方は、形を得てないから、 続きはまた今度。
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