Reセカイ

月乃彰

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第24話 悪化

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 リエサとルイズの二人が外に出ていき、イーライは彼女らを追おうとした。
 だが、その時、目の前に一人の背丈の小さい少年が現れた。

「お初にお目にかかります。アレン・T・エドワーズ機関長、えっと、そちらは⋯⋯ああ! ライナー・ミュラー君ですね!」

 暗めの青の長髪。目は真っ黒で、一切の光がない。黒い縁の丸眼鏡を掛けている。白いシャツに大きなリボンが特徴的で、黒のショートパンツを履いていた。
 変声期はまだ来ていないのか、はたまた変声してそれなのか。女の子のような声をしているが、男だろう。だが化粧でもすれば分からない。

「誰だ、お前」

「そんなに怖い声で言わないでください、エドワーズ機関長。でもそうですね。僕、自己紹介を怠っていました」

 少年は非常に綺麗な所作で、お辞儀を見せる。まるで敵意がないが、それがより不気味さを引き立てている。

「僕は竜崎晶りゅうざきあきらと申します。よろしくお願いします、皆様」

 沈黙が訪れる。何も返答がないことを、アキラは気にする素振りも見せずに受け流す。それどころか、彼は笑顔さえ見せた。

「さて。では、僕もお仕事を始めましょう」

 アキラは何かをした様子はなかった。ただそこに立っていた。武器も持たず、超能力や魔術なるものによる攻撃もなかった。
 しかし、変化は一瞬で理解できた。

「⋯⋯コリンさん?」

 突然、イーライがアレンの方を向いたのだ。そしてその様子も可笑しかった。まるで人形のように、操られているような気がした。

「っ!?」

 いや、まさしくそうだった。
 イーライはあろうことかアレンに向かって拳銃を発砲した。もし、ライナーが異変を察知してアレンを守らなければ、殺されていた。そうだと確信できた。

「精神支配能力⋯⋯いやありえない。コリンさんはずっとお前を見ていたはず⋯⋯!」

「そうですね。見ていました。けれど、見ていただけ。僕がここに現れた時点で、もう操っていました」

 イーライの超能力は、アキラの精神支配も無効化する。つまり、封殺される前に支配しておかなければいけなかった。
 そしてこれは同時に、彼にとって一つの枷となった。

(俺たちを精神支配してこないということは、少なくとも今の奴はコリンさん以外を支配できない)

 アキラが不意打ちでイーライを精神支配した理由は予想がつく。一つはこの場における最高戦力であること。そしてもう一つはアキラからしてみれば、能力の相性が非常に悪いこと。
 精神支配は持続的に発動させなければいけないタイプの能力だ。それを中断できるイーライの能力は厄介極まりないだろう。だから、初手で支配しておく必要があった。
 それなら、戦力としてはイーライより優れているはずのリエサを対象としなかったことにも説明がつく。

(が、支配の発動条件次第で、ただコリンさんを倒せば良いってわけでもないな。もし精神支配の発動条件が緩いか、最悪なことに無い場合、さっさと支配対象を変更すればいい。月宮でも支配されれば、俺たちに勝ち目はない)

 全力のリエサを止められるのは同等の実力者であるミナや、アルゼスなどのレベル6相当の戦力が必須だ。いくら並外れた拳銃使いであるアレン、鋼鉄以上の強度を持つライナーも、圧倒的質量を誇る『冥白結晶ホワイト・クリスタル』はどうしようもない。
 つまり、アレンたちに求められる勝利条件はただ一つ。イーライを無力化せずに、アキラを殺すことのみ。

(⋯⋯でも、だよな。そんなこと、本人か一番よく分かっている)

 アレンは容赦なくアキラに対して銃撃するが、彼は超能力者らしい身体能力で拳銃を避けた。見たところレベル5能力者以下の身体能力だが、レベル4はある。
 能力の強度だけなら6に相当するとは言え、本体はそこまで優れているわけではないようだ。
 方針は決まった。アレンはライナーに近寄り、それを伝える。

「君がコリンさんを相手してくれ。殺しも気絶もなしだ。組み付いて、動きを封じるだけでいい。あの少年は俺がやる」

「⋯⋯分かりました。ですが、今の俺は」

 ライナーは能力が使えなくなっている。身体能力までは消されていないが、それだとイーライの相手は厳しい。そうやってイーライは、これまで多くの超能力者を相手にしてきたのだ。
 いざやられる側になると、これほどまでに厄介なのだと理解できる。

「分かっている。そんなに時間はかけないさ」

 そうだ。時間はかけないし、かけてはいけない。

(⋯⋯あの化物が能力を使えている、ということだしな。月宮、もう少し耐えてくれよ)

 アレンが合図すると、ライナーはイーライに向かって走り出した。同時、アレンはアキラの方に回り込む。

「ですよね。僕を、やはり狙いますよね。でも、全く対策していないわけではありませんよ」

 アキラはイーライの背後に隠れる。彼らは距離を取った。回り込んでも無意味なようだ。非能力者であるアレンの足では間に合わない。

「そうか。ならここから撃ち抜くだけだ!」

 イーライが壁になってアキラを守ろうとする。しかし、ライナーがそこに飛び込み、イーライの体制を崩した。これにより射線ができあがる。アレンがこれを見逃すわけない。
 銃声がした。

「であれば避けるだけです。弾道が限られれば避けることくらいできますからね!」

 反撃とでも言うように、イーライはライナーを蹴り付けた。おおよそ普通の人間の脚力ではない。イーライもレベル5の高位能力者。ライナーの体を何メートルも転がすくらいわけもない。
 続いて、イーライはアレンとの距離を詰めた。

「くっ!」

 得意な銃撃戦なら対抗出来た。だが近接戦でアレンがイーライを上回ることはできない。残像さえ見えかねないナイフ捌き。アレンは避けるだけで精一杯だ。
 防御の姿勢は確実に崩される。アレンの限界はそう遠くなかった。イーライのナイフを何振りか避けただけで体力にも、反応にも限度が来て、すぐに斬りつけられる。

「うおおおおおっ!」

 ライナーはイーライにタックルを仕掛け、アレンから彼を引き剥がす。その際も彼は受け身を取っていた。こんなのとまともにやり合っていては削り切られるのは時間の問題だ。
 ライナーはイーライに組み付いた。筋力では負けていないが、細かな技術で圧倒されている。もって数秒。あるいは次の瞬間には組み付きは解かれているかもしれない。

 ──ああ、それで十分だ。

「くたばれ」

 アレンはトリガーを二度引いた。けれど速すぎて、一度の銃声にしか聞こえなかった。それがアキラの反応を、そして予想外を生み出した。
 一発目は真正面のアキラの頭を狙っていたが、僅かに軌道を変えた二発目は車の方を狙っていた。
 アキラは何とか一発目の弾丸は避けられた。しかし、

「⋯⋯ぐう!?」

 弾が当たるとすれば、それは正面側からであるべきだ。なぜなら射撃手は目の前に居るのだから。
 ならどうして、今、アキラは背後から弾丸を受けたのか。肩を射抜かれたのか。新手? 否。

「跳弾⋯⋯!」

 弾が壁などに当たり、軌道を変える現象──偶然の産物であるべきで、そう、ましてや狙ってできて良いものではない。
 撃ち抜かれたことで、アキラは一瞬だけ能力の維持を途切れさせてしまった。イーライの精神支配が解除され、瞬時に状況を理解した彼はアキラの能力を封殺する。

「手を上げて後ろを向け。さもなくば射殺する」

 観念したのか、アキラはアレンの指示通りに動く。
 そしてイーライは彼を気絶させた。

「⋯⋯コリンさん、ミュラー、今すぐに月宮を助けに行って欲しい。ここは俺に任せてくれ」

 これで妨害はなくなったと判断したアレンは、リエサの援護に二人を向かわせることにした。

「わかった。行くぞ、ミュラー」

「はい!」

 イーライとライナーは、リエサ、ルイズが走っていった方へと向かう。

 ◆◆◆

 ルイズがリエサの首にナイフを突き立て、命を奪うことは容易かった。

「⋯⋯?」

 しかし、彼女はそれをしなかった。いや、できなかった。
 寸前になって、ルイズはナイフを下ろしたのだ──手首ごと、地面に。

「誰⋯⋯かしら⋯⋯?」

 流石のルイズでも、手首から先を丸々失えば、痛みに顔を顰めざるを得なかった。現れた第三者を警戒しつつも、彼女は止血しようと切断面に布を括る。

「もう忘れたのか、ヴァンネル」

「白石ユウカ⋯⋯屋敷の地下に向かったはずじゃ⋯⋯」

 ユウカの超能力は今このとき封じられた。もう一度、斬撃の超能力が使われることはないだろう。
 しかし、利き手を失い、多量出血しているルイズにどうこうできるような相手ではない。

「お前が殺そうとしたやつと一緒だ。エドワーズさんからの連絡が途切れたかと思えば、救援要請の信号が発せられた」

 ユウカは手にナイフを持っている。刃渡り三十センチメートルほどのコンバットナイフだ。ルイズによって能力を封じられても戦えるように持ち出したのだ。

「私は救援要請が出て来たから遅れたが⋯⋯何とか間に合ったみたいだな」

 まともにやればルイズは負ける。相手は学生だが、平然と手首を切られたことから理解できた。ユウカは、何の躊躇もなく殺してくる人間だと。
 ただ、先の一撃で殺されなかったのは、ユウカにはまだ余裕があるということ。まだ彼女はルイズを捕まえようとしている。

(ここは逃げることが得策。⋯⋯任務失敗ね。油断したわ)

「逃げるつもりなんだろうが、そう簡単に逃がすと思うか? 殺人鬼」
 
「そうね。あなたは簡単には私を逃さない。正直、思ってもみなかったわ」

「ならさっさと諦めろ」

「私が言えたことじゃないけれど、油断は禁物よ」

 ルイズは言葉を被せた。そしてユウカに向かって氷が地面を走る。超能力が封じられている今、それは避けるしかないはずだ。

「前回、お前と戦ったとき、違和感があった」

 しかし、ユウカは避けずに氷結能力を突破した。
 単純な仕組みだったのだ。ルイズの『複数の能力を扱う能力』の欠点を突けば、『能力封殺フォービット』相手に、能力者にも戦いようはあった。

「お前本来の超能力によってコピーした能力⋯⋯同時には使えないんじゃないか?」

 ユウカはあの氷結能力を、真正面から破壊した。

「⋯⋯⋯⋯」

 図星だったようで、ルイズは目を細める。今は超能力が使えない。発動しないことからそれが分かる。
 だが逆に言えば、自身が能力を使えないということは、ルイズも同じくそれ以外の能力が使えない。
 相手の能力を封じて、自分だけが能力を使えるだなんて言うインチキはあり得なかったのだ。

「驚いたわ。観察眼が優れているのかしら?」

「冷静になればわかる。⋯⋯ただまあ、もう少し早くに気づけたかもしれないな。変な思い込みがなければ」

 ユウカの言葉にルイズは笑う。そうかもしれない、と。
 が、一瞬の思考の後、ルイズは体内のコピーした魔力を活性化させ、術陣を展開する。
 それを見て魔術行使だと判断したユウカは、超能力にて迎撃しようとした。
 あの魔術なるものの能力は、術者の肉体時間を変動させるもの。簡単に言えば加速能力者と同じもの。それへの対処法は至ってシンプル。

「〈時間倍加速ダブル・アクセル〉っ!」

 全方位への攻撃。即ち破壊エネルギーの放出だ。
 これでは近づけないどころか、逃げなくてはならない。そして逃げようものならリエサが結晶弾で撃ち抜く。
 既にリエサは復帰している。魔術を行使している間に、いくつもの結晶弾を用意していた。

「──射出」

 ルイズの背後から、無数の結晶が降り注ぐ。無論警戒していた彼女は難なく結晶を消滅させていくが、同時に魔術効果も途切れてしまった。
 だから、今ここで接近戦を仕掛けられることは予想できた。

「能力も魔術も使わせないぞ!」

 ユウカはナイフを持ち、リエサはそれに合わせて結晶の剣を持ち、ルイズに近接戦闘を仕掛ける。
 言う通りに能力も魔術も使う暇がない。余裕がない。何より、二人の能力の封殺を解いてしまったら一気に畳み掛けられる気がした。

(魔力を放出する⋯⋯いや、今の私の魔力量じゃ、大した衝撃にはならないわ)

 魔術を使い過ぎた。〈時間超越〉は切り札だったのに、それで一人も仕留められなかったことが悔やまれる。
 ならどうすれば良いのか。ただでさえ、痛みで能力出力が低下し、動きにも支障が出ている今、現状を打破する方法は何かないのか。
 ルイズは思考に思考を重ねる。明確なタイムリミットが迫る中でも、彼女は酷く冷静に考えた。

 そして、ルイズは一か八かの賭けに出る。

「──なに」

 ユウカのナイフも、リエサの剣も、彼女は素手で受け止めた。そうだ。握ったのではない。突き刺させて、無理矢理止めたのだ。
 その上で、彼女は能力の封殺を解いた。そうすればユウカとリエサは能力を使って確実にルイズを倒しにくる。だが、

(⋯⋯白石ユウカは──使ッ!)

 ──ユウカの破壊は伝播する。それはつまり、今、破壊能力を使えば、ルイズを通して繋がっているリエサも無条件に対象となるということ。
 一瞬だ。ユウカが破壊能力の行使を躊躇う隙。リエサがそれを察して剣から手を離す隙。二人とも非常に頭が回るから、それらの隙は本当に刹那だった。
 確実に、戦況を変化させられる間だった。
 だがしかし、ルイズに生じたのは破壊ではなかった。
 ──爆発が、彼女を襲った。
 それでも何とかルイズは二人から距離を取ることができた。少しばかり火傷こそしたが、爆発が直撃したわけではない。そしてルイズはこのことを予想していたのだ。
 爆発を発生させたのは誰でもない。第三者ではない。
 だがそれは愚策だった。爆発に対して氷結能力をぶつけ、ルイズは水蒸気を発生させた。それを目くらまし代わりに使い、すぐさまその場から逃げ出すことに成功した。

「⋯⋯逃げたか」

 取り残されたユウカは苦虫を噛み潰したような顔をした。あまり、やりたくなかったことをやってまでルイズを追い詰めようとしたのに、まんまと利用されたからだ。
 ルイズはユウカの秘密を知っていたのだ。
 しかし、そんな悠長なことは考えていられない。すぐ横でリエサが倒れた。

「⋯⋯酷い傷だ。凍らせて無理矢理塞いでいるが⋯⋯立っているのもやっとだったろうに」

 ユウカは気絶して倒れてしまったリエサを担いだところで、ようやくイーライとライナーが到着した。
 その後、すぐさまリエサを社内に運び込み、応急処置を施す。

「ライナー。お前はここの警護に移れ」

「はい。⋯⋯委員長はどうするのですか?」

「私は屋敷に突入する。それでいいですよね、機関長」

 屋敷に突入した組へ連絡していたアレンは、アイコンタクトで了承を示した。

「だそうだ。⋯⋯何しろ敵は私たちの侵入を察知している可能性がある。いや、確実にそうだと言ってもいい。奴がここを襲撃したということは、地下には⋯⋯」

「そうだな。星華たちから連絡があった。見つけた地下空間だが、既に迎撃準備が整えられていたらしい。もう正面からぶつかっている」

 連絡を終えたアレンは、ユウカの予想に肯定する。その上で、追加の情報を伝える。

「星華たちは一斉に突入したが、敵の襲撃で離れ離れになったようだ。一先ず星華と暁郷、それとアルゼスの安否は確認できたが⋯⋯」

「エドワードとソマーズが消息不明、ということですね。わかりました。二人の捜索は私がします」

「頼んだ、白石」

 ユウカはすぐに屋敷に向かおうと走り出したが、その時、イーライが声を上げた。

「エドワーズさん、俺も行きます。いいですよね?」

「⋯⋯駄目だ、と言いたいところですが。⋯⋯そうですね。最早、状況が状況だ。それに予想していたことももう過ぎた⋯⋯いいですよ、コリン先生。生徒たちを、お願いします」

 イーライはこれ以上、生徒たちを危険な目には遭わせたくないのだ。未だにここを襲撃される可能性は存在する。しかしそれと同じくらい、生徒たちは危機に瀕している。
 先程とは状況が違うのだ。隠密ならまだしも、正面戦闘は、生徒たちにとって荷が重過ぎる。

「⋯⋯無事でいてくれよ」

 イーライとユウカは、Vellの屋敷に再度侵入する。
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