Reセカイ

月乃彰

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第44話 魔術の才能

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 ルークは完全に沈黙した。腹部への致命傷がトドメとなった。
 今度こそ、アルゼスは彼を確実に殺そうとした。斥力を一点に集中させ、貫く──。

「──次から次へと⋯⋯」

 だが、またもや妨害された。
 見慣れた氷のような結晶が、アルゼス、フレイラーナとルークの間に出現したのだ。
 アルゼスが結晶の壁を破壊したときには、既に誰も居なかった。

「逃げられた、か──」

 ──瞬間、二人を丸々巻き込んで余りある程の規模で、星屑が舞っていた。
 アルゼスは斥力を発生させ、フレイラーナは防御魔術を展開することで爆裂を防ごうとした。
 だが、その威力は防御しようと防ぎ切ることはできなかった。
 二人は中程度の火傷を負う。出血が伴ったが、能力、もしくは魔力操作で止血した。

「⋯⋯星華」

 そこに立っていたのは、彼女、星華ミナ、ただ一人。
 あの結晶があるから、もしかすればリエサもいるかもしれない。ただ、その確率は低いと思う。ルークを助けてリエサは距離を取っている。ミナは、その時間稼ぎだろう。

「時間稼ぎなら乗ってあげよう。その代わり、あんたの身柄を確保する」

 好都合。財団からは、星華ミナの身柄を確保しろと命じられている。現状は、そのチャンスだ。

「時間稼ぎ⋯⋯ね。大丈夫。わたし、その気なんて一切ないから」

 アルゼスが知るようなミナの声色ではない。彼女はここまで冷酷な印象を与える人間ではなかったはずだ。

「⋯⋯何?」

「ここであなたたちを倒すつもりだから」

 再び、広範囲に星屑が撒き散らされる。アルゼスはフレイラーナに触れて、能力を使い、空中に逃げた。少なくとも地上だと、あの範囲攻撃から逃れることはできなかったからだ。

「⋯⋯っ!」

 『仄明星々』のエネルギーを全身に回すことによる身体強化。同じく、その爆発を全身で生じさせることによる瞬間的なスピードアップ。更に魔力強化を加えることで、三重の自己強化を施す。
 既にレベル6を凌駕する身体能力を、ミナは得ている。
 故に空中に逃れようと、追いつかれるどころか先に回られていた。
 ──瞬間出力20%。『仄明星々』の爆裂が、今度は圧縮され生じる。

「────」

 一般防御魔術は基本的に対魔力防御であり、物理現象への防御能力は比較的低い。が、それはオリジナルの一般防御魔術の話だ。

「⋯⋯今、私が展開したものは対物理の防御魔術。例えレベル5の超能力であろうと、魔力を帯びない攻撃だと絶対の防御のはず⋯⋯」

「星華の超能力は、火力という点に限ればレベル6相当。というか、瞬間火力は俺より高いな」

 防御魔術では圧縮した爆裂を防ぐことはできず、二人は地に叩きつけられた。受け身こそ取ったが、全身が軋むように痛い。
 ミナはゆっくりと降りてきて、着地する。それを狙ってフレイラーナは攻撃魔術を放つ。

「防御魔術、ね。そんなのもあるんだ」

 光線がミナを蒸発させる。その、直前。彼女は見様見真似で防御魔術を展開した。それは対物理に条件を変更されたタイプだったが、フレイラーナの魔力攻撃を完璧に防ぎきった。

「なっ⋯⋯!? あなた魔術を──」

「で、これが攻撃魔術?」

 魔出陣が展開。そこから直径五メートルはある光線が放たれた。反射的に防御できないと判断したアルゼス、フレイラーナは躱す。
 光線は地面を融解させるほどの熱量を有していたようだ。コンクリートが蒸発していた。

(見様見真似で魔術を使う事自体がイレギュラー中のイレギュラー。⋯⋯でもそれより驚くべきは、この圧倒的な魔力出力と魔力量!)

 フレイラーナも、あの極太の攻撃魔術を放つことはできる。出力の必要条件は満たしているが、消費魔力が膨大で容易く放てるものではない。

(星華ミナは魔術師としての練度は下も下。魔力隠蔽がまるでできていないし、必要最低限に魔力出力を絞ることもできていない。⋯⋯だからこそ、そのセンスと基礎能力の格の違いが実感できる)

 フレイラーナはミナの魔力量や流れ、魔力の起こりを見ることができた。事前に察知することができた。
 魔力量は莫大だ。あんなものを放っておきながら、まるで減っている気がしない。
 魔力の流れも速い。魔術行使の際に、タイムラグが殆ど無い。普通なら鍛錬して、ようやく辿り着ける速度だ。
 魔力の起こりはわかり易過ぎる。だが速く、そして強烈だ。
 圧倒的な魔術の才能を持ち、超能力もトップクラスだ。

「⋯⋯スミスさん、ここは退くべきです。今、ここで星華ミナと敵対することは⋯⋯下手をすれば、死を意味するかもしれません」

「それは⋯⋯そう、かもしれない。でも、だからこそ、ここで何とかしないといけない」

 ミナは魔術をよく知らない。ミナはひと目見ただけで魔術を使えるようになっている。そのうち魔力隠蔽もできるようになるだろう。そして、同時行使も。
 そうなれば、いよいよ手がつけられなくなる可能性がある。

「死を意味する、ね。いや大丈夫だよ。わたしは決して、人殺しなんてしたくないから」

「よく言うな。あの爆裂、防御が間に合わなかったら死んでいたような威力だったのに」

 アルゼスが知る星華ミナは、あれほどの火力を見せたことがなかった。
 人を容易く殺せる超能力。一つの学区を更地に変えかねないほどの破壊規模を持つリエサと、単純な火力なら大差ないと言われるだけはある。
 なんなら、まだこれでも能力にリミッターを掛けていた。

「あなたたちならそんなことはないでしょ。実際、なかった」

「そうか」

 アルゼスは構える。
 ミナは強い。これが仕事じゃなければ、今頃逃げていただろう。彼女との殺し合いなど、御免だ。彼女はやろうとすれば、アルゼスたちをこの辺り一帯ごと焼き尽くことができるだろう。
 勿論そうなればアルゼスも同じ規模のことをするが、それでも危険なことに変わりはない。

「でもまあ⋯⋯仕事だしな。⋯⋯二度も失敗は許されない」

 アルゼスは一気にミナの背後まで走り抜く。ミナは振り返らない。反応できていないわけではない。目では追われていた。
 彼女の手の平には星屑が収束している。アルゼスはこのカウンターを防ぐ為に能力を最大出力で使用する。
 爆炎が二人を包む。両者、無傷だ。

(カウンター程度の出力なら俺の能力でも完全に防御できる。⋯⋯だが、それは向こうも分かっている事だ)

 わざとらしい爆炎を生じさせたのは、目隠しの為だ。ミナの能力的に、確実に距離を取ったほうが良い。
 ミナは既に二十メートルは離れていた。勿論、彼女の能力の有効範囲内である。
 ミナに対してフレイラーナは攻撃魔術を三つ、包囲するように同時行使する。彼女は命中するタイミングで防御魔術を全包囲に一瞬展開し、防いだ。今度は対魔力の防御魔術だった。

「⋯⋯!」

 フレイラーナはもう一度、攻撃魔術を、ミナをアルゼスとで挟む位置に移動しつつ放つ。
 ミナは挟まれることを危険視し、飛行するが、それを撃ち落とすかのようにフレイラーナは攻撃魔術魔術を、発射タイミングに大きなディレイを付けて行使した。
 ミナは防御魔術をジャストタイミングで連続行使し、防ぎきった。
 ──アルゼスは、それに気が付いた。

(⋯⋯止まっている。星華は魔術を使う時、必ず)

 アルゼスはフレイラーナの戦いを見てきた。だから、知っている。彼女が魔術を使うとき、止まることはなかった、と。

(⋯⋯やはり。星華ミナは魔術師として未熟)

 魔術には超能力と同じように、行使するには演算が必要となる。そして、例えば攻撃魔術には相手と自分の立ち位置の座標情報が含まれている。

(魔術師見習いは、立ち止まって魔術を使う。そうしないと魔術の精度が極端に落ちるから)

 動き回りながら魔術を使えて、ようやく見習いではなくなる。謂わば登竜門だ。
 確かにミナの魔術は恐ろしい精度と出力だ。しかし、付け入る隙はありそうだ。

(そして、あともう一つ。魔術の同時行使もできないようね。飽和攻撃には全方位の防御。タイミングをずらした連続攻撃にはジャストガードで対応していた)

 フレイラーナとアルゼスは一度も対話していない。だが、アイコンタクトと経験で、両者同じ結論を出した。

(私の魔術で動きを止めさせて、魔術をガードした直後にスミスの能力を叩き込む)

(それまではひたすらに攻撃叩き込んで、星華に隙を見せる)

 アルゼスは『暗黒斥力ダーク・エネルギー』を最大出力でぶちかます。黒い竜巻のようなものが発生し、それがミナを襲った。
 彼の超能力は基本的に不可視だ。しかし、出力を上げれば上げるほど、その姿が顕現していく。
 より速く。より強烈に。

「ま、躱すよな」

 ミナは人間的ではない動きを見せた。突然飛び上がり、斥力を避ける。それもそのはずだ。彼女は爆裂そのものを推進力にしていた。
 それはきっと体に大きな負荷を掛ける技だった。しかし、今のミナには関係ない。
 空中の対象を狙い、攻撃魔術が射出される。が、完璧なタイミングで展開された防御魔術によって防がれる。

「⋯⋯⋯⋯」

 ミナは反撃と言わんばかりに攻撃魔術を撃つ。フレイラーナはその速さに驚きながらも防御魔術を展開する。
 持続的に光線を放つ。魔力の燃費としては、攻撃魔術より防御魔術の方が悪い。だから防御魔術で攻撃魔術を防ぎ続けることは悪手だ。

(なんていう出力⋯⋯! 躱そうとしても、一瞬防御を緩めただけで全身が消し飛ぶかもしれない⋯⋯)

 避けようとすれば、多少なりとも防御が緩んでしまう。その場に立ちとどまらなければ、受け流すこともままならない火力だったのだ。
 が、これは一対一の戦闘ではない。すかさず、アルゼスの助けが入る。ミナの居た場所に、瞬時にクレータが作られた。
 ミナはそれを予測していたようで、容易く避けたが、魔術は中断しなければいけなかった。

「⋯⋯人数差が辛いなぁ」

 まずは二対一の現状をなんとかしなければいけない。そのためには、リスクを冒してでも一人を持っていく必要がミナにはある。

(さっきから火力が上がってきている。リエサたちが駆け付けてくるのを恐れているのかな。⋯⋯ただ、そんなハイペースで攻撃し続ければ、必ず隙が⋯⋯)

 人間は常に全力疾走できないし、身体に大きな負荷をかける。それと同じで、超能力も魔術も、最高出力で使い続けることはできなくて、一つのミスが命取りになる。
 このラッシュを耐え切るか、あるいは一瞬の綻びを見つける。そうすれば、瞬間火力と瞬発力が高いミナは、一気に畳み掛けることができる。

「──〈喜怒哀楽フォー・ア・エモーション〉」

 フレイラーナは魔術を唱える。汎用魔術ではない。彼女の固有魔力を流し込んだ回路魔術式。
 その効果は至ってシンプル。、魔術陣より召喚されたのは彼女自身。

(本体と全く同じ性能の分身体⋯⋯ってわけじゃないと思いたいけど⋯⋯)

 なぜ、今になって。なぜ、このタイミングで。
 何かデメリットがあるわけでもないなら、最初から使っておくべき魔術なのに。
 だが確実に言えるのは、この魔術は切り札に等しいものであるということ。だからミナは魔術陣を見様見真似で行使しようとした。

「──!?」

 そしてそのあまりの行使難易度の高さに、ミナの展開した魔術陣は暴発し、魔力だけを無駄に消耗しただけだった。
 ミナは驚いた。それが、リクが使った黄金の魔術とは比べ物にもならないほど高難易度の魔術であったことに。
 が、その場にいる誰よりも、ミナがやろうとしたことに驚いたのは、フレイラーナだった。

「な⋯⋯にを⋯⋯私と同じ⋯⋯いや。もしやあなた⋯⋯。もしそうなら⋯⋯不味いなんて話じゃ⋯⋯」

 フレイラーナは酷く動揺していた。彼女らしくないほどに。

「スミス! 一旦退くべきです! 星華ミナは私たちの手に負える相手じゃありません!」

 彼女は遂に声を荒らげた。その声から、焦っていることが明白だ。

「それはどういうことだ? 確かに危険なのは認めるが、だからこそここで⋯⋯」

「違います! そういう意味じゃありません! 何もかもが根底からひっくり返える可能性があるんです!」

 フレイラーナはアルゼスを必死に説得しようとしている。彼女がこれほど取り乱すことはこれまでなかった。そして彼女は臆病なわけでもなかった。
 アルゼスはフレイラーナの忠告に従い、ミナから距離を取った。

「⋯⋯説明は勿論してもらうよ」

 アルゼスはフレイラーナと自分を対象に能力を使い、その場から撤退した。
 ミナは深追いしようとはしなかった。彼らを倒すことが最善だったが、撃退も次善だ。
 それに下手に深追いして捕まるようなリスクは冒すべきでない。

「⋯⋯それにしても、あの女性、なんでいきなり⋯⋯わたしがあの魔術を使った瞬間、だったよね?」

 何か、理由があるのだろうか。
 しかし魔術に詳しくないミナには、いくら考えても答えは分からない。
 エストならば、知っているかもしれないが、今ここには居ない。聞くことができるとすれば明日だ。
 考えるだけ無駄だと判断し、ミナはリエサたちと合流することにした。
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