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第46話 革命家
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「ハッキングの補助も終わったし、あとやることは一つ」
エストは超能力『未来視』を使った。今から五秒後、背後からアンノウンが現れる。アンノウンの姿は黒いノイズのようなものが走っており、行動の詳細まで見ることはできない。能力者としては互角、あるいはエストの方が下であるため、このような現象が起きている。
ともあれ、そこにアンノウンが現れることは確定的だ。五秒後、不意打ち気味の回し蹴りを叩き込む。
「ケッ⋯⋯」
アンノウンはエストの足を掴んだ。そして廊下を突っ切り、外に放り投げる。
エストは空中へと投げ出された。アンノウンが黒翼を展開して真上に移動。右の拳を叩き込む。
だが拳は空を切っていた。エストは更に上空。上に落ちていた。
ある程度アンノウンとの距離を離した所で、エストは空中に逆向きで立つ。
「キミに私の魔術が通用しないことはわかっている。そして近接戦も、キミの能力を直で受けるだけってことも」
アンノウンの不解化は、遠隔発動よりも接触発動の方が、出力は大きい。接触された場合、いくらエストでも能力への抵抗にはかなりの神経を使うことを、先程実感した。
「そうだなァ⋯⋯テメェにあと三度触れれば、能力への抵抗を突破し、魔力防御も剥がすことができるだろうなァ⋯⋯ッ!」
「ほんっと、この世界の人間はどうかしてるね」
「なんだなんだァ? 弱音かァ? 魔女さんよォ!」
アンノウンは黒いノイズのような衝撃波を、エストに向かって放つ。エストは即座に防御魔術を展開するが、一瞬たりとも防ぐことができなかった。
防御力が足りないわけではない。火力だけなら、問題なく防御できる範疇だ。
(術式条件変えた程度じゃ暗号化にもならないか。防御魔術の根本から適応されているみたいね)
防御が剥がされる感覚だ。
エストは元より、防御できるとは思っていなかったため、回避は十分間に合った。そして背後からの不意打ちも躱し、頭部に蹴りを叩き込む。
アンノウンらのような能力者が言う接触とは、素手によるもの。体のどこに触れても能力が発動するというわけではない。
「しっかし硬いね。普通の人間なら今ので頭蓋骨割ってたのに」
アンノウンの脳は揺れる。軽い脳震盪を起こした、がそれまでだ。
「普通の人間なら頭が破裂していた、の間違いだろォが。⋯⋯魔力強化もなしに⋯⋯やはりテメェ、人じゃねェのか」
エストが人外であることは、一目見たときから薄々感じていた。が、例外を除き人の形をした化物が存在するとは、アンノウンには信じ難かった。彼が知る例外ですら、まだ、生き物として、理解できる構造をしていたのだから。
「ふむ。疑ってた? この世にこんなにも美少女な化物が存在するなんて、さ?」
アンノウンの黒翼が大きく開かれる。それはまるで口のようだ。
「ふざけたこと抜かしてンじゃねェよ」
黒翼が音速を凌駕したスピードで迫り、エストを突き刺す。が、彼女は当然のように見切って、アンノウンの目前に現れる。
第十一階級魔法〈仮想質量欧撃〉。
本来魔法名を声にする事が必須とされる階級の魔法。しかしエストはそれを無詠唱行使した。
この魔法は負の質量を以てして、対象を欧撃する。負の質量に巻き込まれた対象は最小単位まで収束されつつ、引き伸ばされる。
アンノウンは、気がつけば地面に寝転がり、空を見上げていた。
「この魔法はね、物理現象じゃない。本来ありえない事象を引き起こす。それが私の魔法」
アンノウンが今、死なずに生きていられているのは、黒翼を犠牲にしたからだ。ねじ切られたものが、黒翼だけだったからだ。
一方的な干渉を可能とする黒翼が消滅した。
この事実が、アンノウンの顔を歪めさせた。
「キミの疑問への答えさ。一方的な干渉? 確かに私はそれを忌み嫌う。けれど、じゃあ尚更対策を考えるに決まってるでしょ?」
おそらくあの災厄の如き魔女の影ならば、一方的な干渉という特性を失うことはなかった。
だがそれはアンノウンの能力が劣っているからではない。
「キミはやはり人間だ。物事を常識に当てはめて考えようとする。だから、負けるんだよ」
彼女らにとって強さとは、いかに狂人であるか。
喧嘩では腕っ節の強さよりも、どれだけ躊躇いがないかが強さに直結するように。
世界の常識を、理を、ルールを、無視して、自分の我を通す力。即ち欲望を叶える力。それこそが、彼女の強さ。
「この御時世に根性論とは古いなァ! ンな虚仮威しの力にこのオレが負けるわけねェだろォがッ!」
「ふふふ。そうかもね。これは暴論だよ。でもね、案外馬鹿にならないんだ。メンタルってやつは」
超能力は理解しないと使えない。
魔法はできると思わないとできない。
相反する概念の頂点同士だからこそ、相容れないというもの。
アンノウンは手の平をエストに向け、広げた。
(魔女は、学園都市最強より強ェ。手数も、火力も、スピードも。何より経験で負けている)
アンノウンは最強だ。しかしその理由は、無法の能力を持っているからだ。手数、出力、速度、応用力など、どれか一つでもアンノウンより優れた超能力者は珍しいわけではなかった。
エストはそんな無法の力に対抗できる、同じく無法の力を持つ。故に、シンプルな実力差が顕らになる。
(だからオレが勝つには、コイツより優れた部分を活かすしかない。⋯⋯それは何か)
魔女、エスト。アンノウンは彼女を解析した。彼女の観測でき得る全ての能力を、徹底的に解析した。
火力──純粋な火力は防ぎきれないほど。防御無視の攻撃もある。
速度──目で追うのがやっと。予測が前提。見てからでは避けられない。
技術──神懸かっている。センスがずば抜けている。
演算──アンノウンと同等。もしくはそれ以上。
──適応力。
アンノウンは、思うがままの世界を、現実に投影する。
彼とエストは、暗い紫色の淀んだ光に満ちた世界に閉じ込められた。浅く水が張られている。水は痛いくらい冷たかった。
「──『心核結界』。⋯⋯いや違う⋯⋯これは⋯⋯」
「──O.L.S.計画の行き着く先は、現実改変ではなく世界そのものへの干渉。⋯⋯オレがただの現実改変者だと思ったかァ?」
アンノウン。超能力『不解概念』。
他のレベル6の詳細レベルが前半台であるにも関わらず、彼は6.7。即ち、最もオーバーレベルに近い存在。
「なるほどね⋯⋯『心核結界』と誤認するのも無理はないはずだよ。何せ理屈が同じだ」
現実世界を結界によって隔て、そこに心象風景を具現化する、魔術の奥義ともされる『心核結界』。それをアンノウンは超能力によって再現した。
空間そのものを超能力の対象であると解釈を拡大したのである。
「ここは、オレの世界だと定義した」
アンノウンはエストの『心核結界』に適応しようとした結果、彼は『心核結界』に酷似した力を編み出した。
とどのつまり、これへの対抗策は必然的に一つとなる。
「⋯⋯面倒だなぁ。これじゃあ、私も使わないといけなくなるじゃん」
魔術世界において、『心核結界』は格上殺しも可能な代物だ。そのため、これの対処手段がいくつか講じられている。
が、大抵の場合、その場凌ぎがやっとの程度。『心核結界』は使うだけでアドバンテージとなるものだ。
「『心核結界』への最も有効的な対抗策。それは⋯⋯こちらも『心核結界』を展開すること」
結局の所、同じステージの力でないとマトモな抵抗はできない。
「『心核結界』──〈虚無世界〉」
二つの世界が鬩ぎ合う。
超能力と魔術が真正面からぶつかり合い、それはイレギュラーを生んだ。
対消滅、だ。
甲高い割れるような音と共に、アンノウンとエスト、両者の世界は、互いに消し去った。
そして──、
「力は互角ってわけだ。⋯⋯ところでキミ、まだ、能力使える?」
『心核結界』は使用者に多大な負担を強いる術式だ。そのため、魔術を扱うための器官でもある魔力回路が短絡する。
よって、『心核結界』使用後はあらゆる魔術が一時的に使用不可、もしくは困難となる。
現にエストは、魔術だけでなく魔法も使用困難となった。あと一分ほどあれば回復するだろうが、この戦闘において一分とは非常に長い。
「どォだろォなァ! その身を以て、確かめてみたらどォだ!?」
「ふふふ⋯⋯じゃあここからは近接戦だ」
両者、構える。
◆◆◆
RDC財団本部は、今、全ての電子制御機能が失われた状態にある。一部の重要設備はそれに内蔵された電力により起動しているものの、通信機能や施設内の安全装置等は停止している。
「魔術反応⋯⋯GMCが攻めてきたのか? ⋯⋯もし、ここ以外のサイトにも襲撃があれば⋯⋯。いや、そうだとしても私にできることはない」
財団本部超能力部門、主任研究員、ロマイ・デ・フィリアム。焦げ茶色のロングヘアの男だ。
彼は緑色の目を細めて、現状を把握することに努めていた。
だがコンピューターはハッキングでも受けたのか、財団ネットワークにアクセスできない。エラー表示ばかりがディスプレイに表示される。
「Shit!⋯⋯この調子じゃあ他の支部との連絡もつかんぞ。⋯⋯仕方ない緊急時だ。能力を⋯⋯」
彼は自身の能力を使い、他の支部への転移を行おうとした。
その時だった。
「どこへ行く? ロマイ・デ・フィリアム主任研究員」
また別の男の声がした。ロマイが振り返るとそこには、一人の青年が立っていた。
オールバックの金髪。黒のジャケットを着た男は、見知った顔だ。いや、直接的な対面はあまりなかった。
知っている理由は単純明快。男は、
「ジョーカー⋯⋯今は非常時だ。私はこれから別の支部に向かう。護衛の必要はない。この私にはな」
「そうか。『非存在』⋯⋯シュレディンガーの猫のような能力だったな。あんたの力は」
言葉を交わした後に、ロマイは能力を用いて転移しようとした。しかし。しかしだ。
できなかった。能力は発動した。にも関わらず、できなかったのだ。
「⋯⋯⋯⋯?」
生まれて初めての感覚だった。
「おいおいどうした? まるで超能力が使えないみたいな顔をして」
ジョーカーはケタケタと笑いながら、ロマイの顔を指摘した。彼はまるで気にする素振りを見せず、原因を分析しようとした。
「⋯⋯どういうことだ? 維持装置? ⋯⋯どちらかといえば、まるで条件を⋯⋯」
能力を妨害された感触ではない。現実性維持装置による強制解除というわけでもなさそうだ。
感覚としては、そう、まるで、発動条件そのものを妨げられたような感じがした。
確かに、その可能性はある。だが、限りなくゼロに近い。彼のおよそ三十年に渡る人生で、一度たりとも起こったことはないものだ。
「いや違うな。なぜなら俺の能力は使えるからな。そして答え合わせだ」
ジョーカーと呼ばれた青年は、懐から拳銃を取り出しロマイに突きつけた。彼は一瞬、あまりの無理解さにフリーズするが、すぐさま反抗するため銃を向ける。
「何を考えているジョーカー! まさか貴様、裏切るつもりか!?」
困惑。焦り。動揺。そして怒り。ロマイの感情は尤もだが、当の本人からすれば見当違いだ。
「裏切る? 違うね。最初から俺たちはあんたらの敵だ。RDC財団に忠を誓ったことはないし、未来にもない。さあロマイ、死にたくなければさっさとO.L.S.計画のデータを渡せ」
ロマイは躊躇なくジョーカーに向かって発泡した。だがそれらは全て外れた。
彼の射撃能力が天才的なほどに低いわけではない。能力によるものだ。ジョーカーの超能力はそれを可能にする。
「それがあんたのアンサーだな? じゃあ殺した方が早そうだ」
ジョーカーは銃口を適当な方向に向けて発砲する。勿論、それはまるで関係ないところに飛んだ。
だが角度が良かったようで、跳弾した。それが幾度も繰り返され、そして最終的に、ロマイの後頭部を貫通。弾丸は、ジョーカーの頭の横をすり抜けていき、背後に、きちんと跳弾せず着弾した。
「あんたを脅すより、物色する方が楽で手っ取り早い。革命的だろ?」
レベル6第二位。ジョーカー。その超能力は、あのアンノウンにさえ届きうるとされる。
その名も『革命』。
無数に広がるあらゆる未来を視ることができ、そして、全ての因果を無視し、都合の良い結果を手繰り寄せる超能力だ。
ジョーカーは財団の暗部組織『革命家』のリーダーであり、そして、財団に反旗を翻すことを計画していた。
この財団襲撃事件は、ジョーカーたちにとって都合の良い未来だったのだ。
何せこの未来を選べば、アンノウンのO.L.S.計画は失敗し、
「これで、俺がオーバーレベルの超能力者になることができる。そうすれば⋯⋯」
何もかもが、彼の手の上となる。そのために。
エストは超能力『未来視』を使った。今から五秒後、背後からアンノウンが現れる。アンノウンの姿は黒いノイズのようなものが走っており、行動の詳細まで見ることはできない。能力者としては互角、あるいはエストの方が下であるため、このような現象が起きている。
ともあれ、そこにアンノウンが現れることは確定的だ。五秒後、不意打ち気味の回し蹴りを叩き込む。
「ケッ⋯⋯」
アンノウンはエストの足を掴んだ。そして廊下を突っ切り、外に放り投げる。
エストは空中へと投げ出された。アンノウンが黒翼を展開して真上に移動。右の拳を叩き込む。
だが拳は空を切っていた。エストは更に上空。上に落ちていた。
ある程度アンノウンとの距離を離した所で、エストは空中に逆向きで立つ。
「キミに私の魔術が通用しないことはわかっている。そして近接戦も、キミの能力を直で受けるだけってことも」
アンノウンの不解化は、遠隔発動よりも接触発動の方が、出力は大きい。接触された場合、いくらエストでも能力への抵抗にはかなりの神経を使うことを、先程実感した。
「そうだなァ⋯⋯テメェにあと三度触れれば、能力への抵抗を突破し、魔力防御も剥がすことができるだろうなァ⋯⋯ッ!」
「ほんっと、この世界の人間はどうかしてるね」
「なんだなんだァ? 弱音かァ? 魔女さんよォ!」
アンノウンは黒いノイズのような衝撃波を、エストに向かって放つ。エストは即座に防御魔術を展開するが、一瞬たりとも防ぐことができなかった。
防御力が足りないわけではない。火力だけなら、問題なく防御できる範疇だ。
(術式条件変えた程度じゃ暗号化にもならないか。防御魔術の根本から適応されているみたいね)
防御が剥がされる感覚だ。
エストは元より、防御できるとは思っていなかったため、回避は十分間に合った。そして背後からの不意打ちも躱し、頭部に蹴りを叩き込む。
アンノウンらのような能力者が言う接触とは、素手によるもの。体のどこに触れても能力が発動するというわけではない。
「しっかし硬いね。普通の人間なら今ので頭蓋骨割ってたのに」
アンノウンの脳は揺れる。軽い脳震盪を起こした、がそれまでだ。
「普通の人間なら頭が破裂していた、の間違いだろォが。⋯⋯魔力強化もなしに⋯⋯やはりテメェ、人じゃねェのか」
エストが人外であることは、一目見たときから薄々感じていた。が、例外を除き人の形をした化物が存在するとは、アンノウンには信じ難かった。彼が知る例外ですら、まだ、生き物として、理解できる構造をしていたのだから。
「ふむ。疑ってた? この世にこんなにも美少女な化物が存在するなんて、さ?」
アンノウンの黒翼が大きく開かれる。それはまるで口のようだ。
「ふざけたこと抜かしてンじゃねェよ」
黒翼が音速を凌駕したスピードで迫り、エストを突き刺す。が、彼女は当然のように見切って、アンノウンの目前に現れる。
第十一階級魔法〈仮想質量欧撃〉。
本来魔法名を声にする事が必須とされる階級の魔法。しかしエストはそれを無詠唱行使した。
この魔法は負の質量を以てして、対象を欧撃する。負の質量に巻き込まれた対象は最小単位まで収束されつつ、引き伸ばされる。
アンノウンは、気がつけば地面に寝転がり、空を見上げていた。
「この魔法はね、物理現象じゃない。本来ありえない事象を引き起こす。それが私の魔法」
アンノウンが今、死なずに生きていられているのは、黒翼を犠牲にしたからだ。ねじ切られたものが、黒翼だけだったからだ。
一方的な干渉を可能とする黒翼が消滅した。
この事実が、アンノウンの顔を歪めさせた。
「キミの疑問への答えさ。一方的な干渉? 確かに私はそれを忌み嫌う。けれど、じゃあ尚更対策を考えるに決まってるでしょ?」
おそらくあの災厄の如き魔女の影ならば、一方的な干渉という特性を失うことはなかった。
だがそれはアンノウンの能力が劣っているからではない。
「キミはやはり人間だ。物事を常識に当てはめて考えようとする。だから、負けるんだよ」
彼女らにとって強さとは、いかに狂人であるか。
喧嘩では腕っ節の強さよりも、どれだけ躊躇いがないかが強さに直結するように。
世界の常識を、理を、ルールを、無視して、自分の我を通す力。即ち欲望を叶える力。それこそが、彼女の強さ。
「この御時世に根性論とは古いなァ! ンな虚仮威しの力にこのオレが負けるわけねェだろォがッ!」
「ふふふ。そうかもね。これは暴論だよ。でもね、案外馬鹿にならないんだ。メンタルってやつは」
超能力は理解しないと使えない。
魔法はできると思わないとできない。
相反する概念の頂点同士だからこそ、相容れないというもの。
アンノウンは手の平をエストに向け、広げた。
(魔女は、学園都市最強より強ェ。手数も、火力も、スピードも。何より経験で負けている)
アンノウンは最強だ。しかしその理由は、無法の能力を持っているからだ。手数、出力、速度、応用力など、どれか一つでもアンノウンより優れた超能力者は珍しいわけではなかった。
エストはそんな無法の力に対抗できる、同じく無法の力を持つ。故に、シンプルな実力差が顕らになる。
(だからオレが勝つには、コイツより優れた部分を活かすしかない。⋯⋯それは何か)
魔女、エスト。アンノウンは彼女を解析した。彼女の観測でき得る全ての能力を、徹底的に解析した。
火力──純粋な火力は防ぎきれないほど。防御無視の攻撃もある。
速度──目で追うのがやっと。予測が前提。見てからでは避けられない。
技術──神懸かっている。センスがずば抜けている。
演算──アンノウンと同等。もしくはそれ以上。
──適応力。
アンノウンは、思うがままの世界を、現実に投影する。
彼とエストは、暗い紫色の淀んだ光に満ちた世界に閉じ込められた。浅く水が張られている。水は痛いくらい冷たかった。
「──『心核結界』。⋯⋯いや違う⋯⋯これは⋯⋯」
「──O.L.S.計画の行き着く先は、現実改変ではなく世界そのものへの干渉。⋯⋯オレがただの現実改変者だと思ったかァ?」
アンノウン。超能力『不解概念』。
他のレベル6の詳細レベルが前半台であるにも関わらず、彼は6.7。即ち、最もオーバーレベルに近い存在。
「なるほどね⋯⋯『心核結界』と誤認するのも無理はないはずだよ。何せ理屈が同じだ」
現実世界を結界によって隔て、そこに心象風景を具現化する、魔術の奥義ともされる『心核結界』。それをアンノウンは超能力によって再現した。
空間そのものを超能力の対象であると解釈を拡大したのである。
「ここは、オレの世界だと定義した」
アンノウンはエストの『心核結界』に適応しようとした結果、彼は『心核結界』に酷似した力を編み出した。
とどのつまり、これへの対抗策は必然的に一つとなる。
「⋯⋯面倒だなぁ。これじゃあ、私も使わないといけなくなるじゃん」
魔術世界において、『心核結界』は格上殺しも可能な代物だ。そのため、これの対処手段がいくつか講じられている。
が、大抵の場合、その場凌ぎがやっとの程度。『心核結界』は使うだけでアドバンテージとなるものだ。
「『心核結界』への最も有効的な対抗策。それは⋯⋯こちらも『心核結界』を展開すること」
結局の所、同じステージの力でないとマトモな抵抗はできない。
「『心核結界』──〈虚無世界〉」
二つの世界が鬩ぎ合う。
超能力と魔術が真正面からぶつかり合い、それはイレギュラーを生んだ。
対消滅、だ。
甲高い割れるような音と共に、アンノウンとエスト、両者の世界は、互いに消し去った。
そして──、
「力は互角ってわけだ。⋯⋯ところでキミ、まだ、能力使える?」
『心核結界』は使用者に多大な負担を強いる術式だ。そのため、魔術を扱うための器官でもある魔力回路が短絡する。
よって、『心核結界』使用後はあらゆる魔術が一時的に使用不可、もしくは困難となる。
現にエストは、魔術だけでなく魔法も使用困難となった。あと一分ほどあれば回復するだろうが、この戦闘において一分とは非常に長い。
「どォだろォなァ! その身を以て、確かめてみたらどォだ!?」
「ふふふ⋯⋯じゃあここからは近接戦だ」
両者、構える。
◆◆◆
RDC財団本部は、今、全ての電子制御機能が失われた状態にある。一部の重要設備はそれに内蔵された電力により起動しているものの、通信機能や施設内の安全装置等は停止している。
「魔術反応⋯⋯GMCが攻めてきたのか? ⋯⋯もし、ここ以外のサイトにも襲撃があれば⋯⋯。いや、そうだとしても私にできることはない」
財団本部超能力部門、主任研究員、ロマイ・デ・フィリアム。焦げ茶色のロングヘアの男だ。
彼は緑色の目を細めて、現状を把握することに努めていた。
だがコンピューターはハッキングでも受けたのか、財団ネットワークにアクセスできない。エラー表示ばかりがディスプレイに表示される。
「Shit!⋯⋯この調子じゃあ他の支部との連絡もつかんぞ。⋯⋯仕方ない緊急時だ。能力を⋯⋯」
彼は自身の能力を使い、他の支部への転移を行おうとした。
その時だった。
「どこへ行く? ロマイ・デ・フィリアム主任研究員」
また別の男の声がした。ロマイが振り返るとそこには、一人の青年が立っていた。
オールバックの金髪。黒のジャケットを着た男は、見知った顔だ。いや、直接的な対面はあまりなかった。
知っている理由は単純明快。男は、
「ジョーカー⋯⋯今は非常時だ。私はこれから別の支部に向かう。護衛の必要はない。この私にはな」
「そうか。『非存在』⋯⋯シュレディンガーの猫のような能力だったな。あんたの力は」
言葉を交わした後に、ロマイは能力を用いて転移しようとした。しかし。しかしだ。
できなかった。能力は発動した。にも関わらず、できなかったのだ。
「⋯⋯⋯⋯?」
生まれて初めての感覚だった。
「おいおいどうした? まるで超能力が使えないみたいな顔をして」
ジョーカーはケタケタと笑いながら、ロマイの顔を指摘した。彼はまるで気にする素振りを見せず、原因を分析しようとした。
「⋯⋯どういうことだ? 維持装置? ⋯⋯どちらかといえば、まるで条件を⋯⋯」
能力を妨害された感触ではない。現実性維持装置による強制解除というわけでもなさそうだ。
感覚としては、そう、まるで、発動条件そのものを妨げられたような感じがした。
確かに、その可能性はある。だが、限りなくゼロに近い。彼のおよそ三十年に渡る人生で、一度たりとも起こったことはないものだ。
「いや違うな。なぜなら俺の能力は使えるからな。そして答え合わせだ」
ジョーカーと呼ばれた青年は、懐から拳銃を取り出しロマイに突きつけた。彼は一瞬、あまりの無理解さにフリーズするが、すぐさま反抗するため銃を向ける。
「何を考えているジョーカー! まさか貴様、裏切るつもりか!?」
困惑。焦り。動揺。そして怒り。ロマイの感情は尤もだが、当の本人からすれば見当違いだ。
「裏切る? 違うね。最初から俺たちはあんたらの敵だ。RDC財団に忠を誓ったことはないし、未来にもない。さあロマイ、死にたくなければさっさとO.L.S.計画のデータを渡せ」
ロマイは躊躇なくジョーカーに向かって発泡した。だがそれらは全て外れた。
彼の射撃能力が天才的なほどに低いわけではない。能力によるものだ。ジョーカーの超能力はそれを可能にする。
「それがあんたのアンサーだな? じゃあ殺した方が早そうだ」
ジョーカーは銃口を適当な方向に向けて発砲する。勿論、それはまるで関係ないところに飛んだ。
だが角度が良かったようで、跳弾した。それが幾度も繰り返され、そして最終的に、ロマイの後頭部を貫通。弾丸は、ジョーカーの頭の横をすり抜けていき、背後に、きちんと跳弾せず着弾した。
「あんたを脅すより、物色する方が楽で手っ取り早い。革命的だろ?」
レベル6第二位。ジョーカー。その超能力は、あのアンノウンにさえ届きうるとされる。
その名も『革命』。
無数に広がるあらゆる未来を視ることができ、そして、全ての因果を無視し、都合の良い結果を手繰り寄せる超能力だ。
ジョーカーは財団の暗部組織『革命家』のリーダーであり、そして、財団に反旗を翻すことを計画していた。
この財団襲撃事件は、ジョーカーたちにとって都合の良い未来だったのだ。
何せこの未来を選べば、アンノウンのO.L.S.計画は失敗し、
「これで、俺がオーバーレベルの超能力者になることができる。そうすれば⋯⋯」
何もかもが、彼の手の上となる。そのために。
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