Reセカイ

月乃彰

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第51話 暴走

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 時間は巻き戻り、財団に侵入直後。
 一人だけ隠密し、潜入したバルバラ。しかし彼女はただの学生だ。潜入、隠密スキルなどあるはずがない。

「暁郷さん、次はどこですか?」

 そのため、ヒナタにバックアップしてもらい、可能な限り接敵を避けて侵入している。
 隠密スキルはなくとも、足音を消して移動することくらいはできる。暗闇に身を潜め、つい先程、財団の警備員から逃れたばかりだ。

『その通路の突き当りを右です。五十メートルほどいけば、あります』

 エストの働きで、ヒナタは財団施設の全電子機器を掌握した。その際、施設内マップも入手していた。
 この先には『牢屋』であるようだ。アレンたちが居るとすればここだろう。

「⋯⋯居ました!」

 幸いにも監視人は居ないようだ。外の騒ぎで出払っている。
 牢屋とは言うが、全面ガラス張りの個室だった。中にはベッドに拘束されているアレン、他の部屋にはルナも居た。

「えっと⋯⋯たしかこれを⋯⋯」

 ここに来る前、バルバラはエストからいくつかの魔道具を貰った。
 その一つに、八角形の箱のようなものがあり、彼女曰く破壊兵器らしい。それは魔力炉そのものを内包しており、例え魔力が扱えずともそれなりの破壊力を持つとのこと。
 使い方は簡単で、幾何学模様が書いてある方を対象に向けて、握り込むだけ。

「わっ!?」

 箱から光線が飛び出し、ガラスを容易く蒸発させた。溶断でもするようにガラスを溶かし、出入りできるようにした。

「アレンさん、アレンさん⋯⋯起きてください」

「⋯⋯っ、⋯⋯うう? ⋯⋯ここは。いや、君は!? どうしてこんなところに⋯⋯」

「あなたを助けに来ました」

「そ、そうか。ありがとう。⋯⋯一つ聞きたい、現状はどうなっている?」

 バルバラはアレンに現状を説明しつつ、ルナも助ける。
 これで任務は完了だ。エストから貰った他の魔道具に、彼女の魔法が編み込まれたクリスタルがあった。これを握って「テレポート」と声にすれば、所定の位置にテレポートするらしい。

「⋯⋯なるほど。危険なことをしたのを叱らなくちゃならないが⋯⋯先に俺が謝らないといけないな。すまない。ありがとう」

「⋯⋯はい! 無事戻って、それを皆さんに伝えてください!」

「ああ。⋯⋯そのクリスタルを使えば戻れるんだな?」

 バルバラはアレンとルナにクリスタルを渡し、使い方を教えた。

「わかった。コーエンとルナは先に戻っててくれ。俺は、⋯⋯ここに来るときに、少し気になった場所がある。そこへ向かう」

「え。⋯⋯大丈夫ですか? 今は逃げることが最優先だと思うのですが」

「大丈夫だ。少し見てくるだけだから。暁郷のサポートがあれば、問題ない。そうだろ?」

 アレンはバルバラの通信機を通じてヒナタに話しかける。
 ──だが、返答はなかった。

「⋯⋯おい? 暁郷? ⋯⋯ 暁郷!?」

「え? ちょっと待ってください。⋯⋯!? あれ? 他の人にも通じない!?」

 ヒナタだけではない。バルバラはミナやリエサなどにも通信を掛けたたが、返答がない。

「通信妨害、ってところね。⋯⋯エドワーズさん、ここは逃げるべきだと思うよ」

 ルナはそう提案する。そしてこれは正しい判断だ。通信が妨害された今、ここに留まることはリスクが非常に高くなる。
 流石にアレンも単独行動をする気はない。クリスタルを使い、逃れようとする。
 その時だった。
 銃声が鳴り、三人が手に持っていたクリスタルが破壊される。

「⋯⋯!?」

 三人が一斉に銃声のした方に目を向けると、そこには金髪の少年が居た。彼の姿を見たアレンは、苦虫でも噛み潰したような顔をした。

「そのクリスタル、魔術とやらか? 道理で、先が見辛いわけだ」

「ジョーカー⋯⋯なぜお前がここに」

 学園都市第二位の超能力者、ジョーカーだ。
 彼の超能力を、アレンは知っている。財団のデータベースで見たとき、その能力の凶悪さ、万能さには目を見開いたものだ。あのアンノウンに匹敵するだけはある。

「何、あんたらに直接用はない。そこのホムンクルスには興味があるが⋯⋯。まあ、要件は別だ」

 ジョーカーは拳銃を投げ捨てる。彼にとってそれは玩具でしかないから、失っても特に問題はない。

「⋯⋯おっと、悪い。電話だ」

 ジョーカーはポケットからスマホを取り出し、電話に出た。まるで警戒心の欠片もないが、アレンたちは動かないでいた。逃げようとしても、攻撃しようとしても、まるで上手く行く未来が見えなかったからだ。

「⋯⋯そうか。分かった。ご苦労。じゃあ、一旦戻るとしよう。メイリは俺が探しとく。⋯⋯悪かったな、待たせて。あと、あんたらに人質の価値はなくなった。死にたくないだろ? 見逃してやるよ」

 ジョーカーは、本当に何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとした。
 しかし、彼の言葉は、到底無視できる内容ではなかった。

「待て。人質の価値がなくなった? それは一体どういう事だ」

「ああ? ああ⋯⋯そのままの意味だ。⋯⋯それともなんだ? 俺とやりあうのか?」

 ジョーカーは口角を片方だけあげ、見下すように笑う。彼は銃を拾おうともしない。その代わり、彼の手にはいつの間にか、トランプカード──ただし、赤い結晶のようなもので作られている──が握られていた。

「いいぞ。死にたいのなら殺してやる。返答は必要ないぜ。じゃあ死ね」

 トランプカードを投擲する。それは風を切り裂き、アレンに飛来する。
 それより早く、ルナがアレンとバルバラに触れて、超能力を発動させて姿を消した。
 ルナの『裏側歩きハイド・ステップ』で何とかあの窮地を脱した三人は、一先ず外に出て、物陰に隠れていた。

「とんでもないことになってるな⋯⋯考えたくはないが、第一位と第二位が別勢力で、敵対でもしてるのか?」

 アレンは現状の把握に努めようとしている。が、与えられた情報は断片的であり、確信するには不十分だろう。
 しかしながら、予想が大きく間違っているとも思えない。

「アレンさん、どうしますか? やはり、全員で逃げるべきだと思うのですが」

 アレンが単独行動をしようとした最大の理由は、ヒナタのサポートがあるからだ。
 それが確立できていない今、できない。大人しく逃げ帰ることが最善となった。

「⋯⋯ああ、そうだな。この魔道具が潰れた以上、ルナ、君に無理強いをすることになる。できる限り能力は使わないようにするが⋯⋯大丈夫か?」

 ルナの超能力は、どうやら使用者にかなりの負担が掛かるらしい。それも、三人一気にとなると、目に見えて疲労、負荷が分かるほどだった。

「何とかしてみせる⋯⋯と、言いたいところだけれど、あと数度が限界かも。それ以上は私の意識が危うくなる」

「わかった。すまない」

 現在、アレンたちがいるのは財団施設内の中央部周辺。バルバラが使用した進入路が最も安全であり、脱出においても同じことが言える。
 三人はバルバラの誘導で来た道を戻って行く。
 その道中、警備員に遭遇したが、アレンが拳銃で無効化したり、ルナの能力で素通りしたりしつつ、何とか目的の脱出口まであと少しのところまで来た。

『──。────すか!? ──誰か、聞こえますか!?』

 バルバラの通信機から、ヒナタの声が聞こえた。通信が復活したようだ。

「今聞こえました! 暁郷さん、何があったんですか?」

『通信妨害されていました⋯⋯いや、今はそんなことより──星華さんからの通信が途切れました! 妨害されたわけでもありません⋯⋯おそらく、通信機そのものが破壊されたのかと⋯⋯』

「えっ⋯⋯」

「⋯⋯まさか。暁郷、星華の最後の通信記録はどこだ?」

「アレンさんたちの現在位置から南西二百メートルの位置です」

 ヒナタはアレンの質問に対するアンサーを既に調べ始めていたようで、返答は早かった。

「ならそこに月宮とソマーズを送れ。星華はおそらく捕らわれている」

「分かりました。ですが、向かわせるのは白石さんのみでいいですか?」

「白石⋯⋯洗脳が解けたのか? なら問題ない」

 ユウカが向かうのなら、アレンの手は不要だろう。三人はそのまま脱出する。

 ◆◆◆

 レオンは全力で走っていた。
 昔、彼はパルクールに憧れていたことがある。だから、それなりに練習していた。
 まさかそれが、今ここで役立つとは考えもしなかったが。

「────!」

 顔の左側を弾丸が通る。もし少しでも反応が遅れていれば、後頭部に直撃していただろう。

(やっぱりだ! やっぱり、コリン先生は洗脳されていた!)

 イーライはリンネによって洗脳されており、レオンがミナたちの位置をはぐらかしていたことが判明した途端に彼を襲ってきた。
 当然のように超能力は封殺され、身体能力のみで拳銃とナイフを持ったイーライから逃げなくてはいけなくなった。

(ああクソ! 能力使えないと撒けない⋯⋯でも、的確に視界内に入れ続けられている!)

 レオンは何度も視界外に逃れようとした。が、イーライは逃してくれないらしい。
 身体能力においては互角。そしてチェイス能力においてはイーライのほうが高い。
 つまり、

「っ!?」

 いつしか、レオンはイーライに追いつかれるということだ。
 レオンは腕を捕まれ、後方に投げられた。
 背中から叩き付けられ、即座にナイフが突き下ろされる。
 何とかレオンは転がってナイフを避け、跳躍しつつ立ち上がり、体制を整える。
 拳銃とナイフを持った相手との近接戦闘は不利にも程がある。しかし、やらなければこのまま銃殺されるのがオチだ。
 レオンは覚悟を決めて構え、イーライと相対する。

「⋯⋯ッ!」

 ──そしてその瞬間、側面の壁が破裂する。
 そうすると、黒髪の少女──胴体の殆どが消し飛んだ状態──で目の前に落ちた。
 明らかに死んでいたというのに彼女の足は動き、立ち上がり、そして、胴体が瞬く間に埋まっていく。

「いててて⋯⋯一体何が⋯⋯全く、なんてモノの回収任務を頼まれたのよ」

 少女は背中のあたりから触手が生えている。右手は鎚のように、左手は刃物のような形状を取っている。
 イーライが見ているというのに、少女の超能力は解除されない。

「おい、あんた何者だ!?」

「ん? ああ、侵入者ね? なら彼女のこと止めてくれる?」

「は? 彼女⋯⋯?」

 破裂した壁の瓦礫を踏み、彼女は現れた。
 薄いピンク色の髪。赤紫色の目。ミース学園の制服を着た少女。
 彼女の左胸から腕にかけての部位が、赤黒い何かに変化している。

「星華⋯⋯か? どうしたんだ──」

「⋯⋯⋯⋯」

 返答はない。目に光はない。体に力は入っていない。

「⋯⋯⋯⋯」

 ミナは普段の彼女ではなさそうだ。
 イーライはミナに対して能力を使用する。だが、イーライの体は、まるで不可視の巨大なナニカによって叩きつけられたように吹き飛び、壁にめり込む。
 超能力者の肉体強度でなければ、即死していただろう。そして超能力者であっても、気絶は必至だ。
 イーライの超能力が元に戻る。

「そこのあんた、星華に何をした!?」

「何もしてないわよ。左胸から先を抉っただけ。その後、突然こうなった。あなた仲間でしょ? 何か知らないの?」

「知らねぇよ!」

 ミナのスターダストにこんな能力はない。彼女は魔術なるものも使えるらしいが、それは黄金を操るものだったはずだ。
 このように暴走したとしても、謎の力を扱うことはできないはずである。

(何か乗り移ったとでも言うのか? ⋯⋯いや、今はとにかく、星華を正気に戻さないと。⋯⋯でもどうやって?)

 イーライの『能力封殺』は無意味だったか無力だった。
 少なくとも、ミナの謎の力は超能力ですらない。つまり、ユウカではこの状態を解除できないだろう。
 そして現状、ミナはレオンに無関心なようだ。彼女の標的は、黒髪の少女だろう。

(とりあえず今は⋯⋯この黒髪のほうを何とかするべきだ。星華は分からないが⋯⋯)

「⋯⋯ふーむ。なるほど。とりあえず確実に敵と言えるわたしからやろう、ってわけね?」

「お生憎様、な。あんたを放置しておくメリットはなさそうだからだぜ」

「あ、そう。それならまずは⋯⋯」

 黒髪の少女、レイチェルはレオンを狙って触手を突き伸ばそうとした。
 レオンを助けようとしたわけではない。なぜなら予備動作をする前に、既に攻撃は行われていたからだ。
 不可視の力が、レイチェルを襲う。三十メートルほど廊下を吹き飛んだ後、背後にミナが現れる。

「『────』」

 何か、ミナは発言した。しかし人間の耳では、脳では理解することができない音である。ノイズのようなものだった。
 直後、レイチェルの首がねじ切られる。
 レイチェルは頭が飛んだくらいでは死なない。その状態のまま、ミナに触手を叩きつける。

「っ!」

 触手は爆裂する。超能力による防御も完備されている。そして威力は、つい先程とは比べ物にならない。
 レイチェルは再生させた頭で思考する。

(暴走して出力が強化されている⋯⋯ってわけでもないみたいね。ただ、リミッターが外れているだけ)

 レイチェルは──否、レベル6の超能力者であれば、今のミナに既視感がある。
 それはレベル6ならば必ず通る道だからだ。超能力者の実質的な最高位はレベル5であるということからも分かるように、そうなるには条件がある。
 そしてこの条件とは、『死ぬこと』だ。

(条件は満たしていないはずだけれど⋯⋯それと近いことが起きてしまった。今の星華ミナは、ニア・レベル6、詳細なら5.99⋯⋯。一体いくつの9がつくのかしらね)

 一度死ぬというプロセスを挟む以上、レベル6に覚醒した者はほぼ確実に発狂する。また、超能力の制御が極端に困難となり、十中八九、能力者は暴走する。
 通常であればそのまま気絶。被害があったとしても、一瞬だ。
 にも関わらず、ミナは暴走を維持したままだ。
 おそらく、この状態は、中途半端にレベル6に近づいたことが原因だろう、とレイチェルは予想した。

「しかしだとしても、この謎の力といい、再生能力といい、星華ミナの超能力スター・ダストとは全く関係ないわよね⋯⋯?」

 レイチェルは謎の力を受け止めることに成功したが、触手ははち切れんばかりに軋んでいた。
 受け流すも、それだけで体力がかなり削られる。

「⋯⋯生け捕りしてられる余裕はなさそうね。本気で殺すつもりでいかないと」

 レイチェルの笑顔から余裕が消え去り、代わりに殺意が満ちた。
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