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第98話 稚魚
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少年院内の留置所部を探索している最中、突如としてシュラフトの携帯に警報通知が鳴る。
内容を見ると、ソフィアからの無題の救難要請だった。
「ウィルム君、エインズワース君⋯⋯ソフィアに何かあったようだ。⋯⋯すまないが、ここは任せても構わないだろうか⋯⋯?」
「え? それなら早く行ってください!」
「こちらは問題ありません」
「⋯⋯ああ」
シュラフトの姿が消える。何かの魔術を使ったわけではない。ただ、それだけ速かったということだ。
「⋯⋯何があったんでしょうか。僕たちも行くべきですかね?」
「シュラフトさんで駄目なら私たちが行ったところで焼け石に水だろう。先を急ごう」
ウィルムの言う通り、シュラフトでも苦戦するような相手なら二人の助力はほぼ意味がない。
ならば、目的の特級魔獣の討伐を優先するべきだ。
二人は振り返り、先に進もうとした。
その時だった。
「──アアァウェエェェ?」
人にもよく似た内容の無い声を発しながら、天井からぶら下がる人影があった。
赤黒いシルエット。猛獣のような牙が見える口。頭が裂けるようにして開く鋭い目。両手はやけに長く、先には巨大な鉤爪が付いている。
天井に足の爪を突き刺し、その魔獣はぶら下がっていた。
「────!」
ヨセフは魔力強化した拳によって、反射的に魔獣を殴る。だが、目にも止まらぬ速度で鉤爪が振るわれ、ヨセフの右腕が両断された。
そして、魔獣はもう一振りによってヨセフを縦に切断しようとしたが、
「止血しておけ。私がなんとかする」
ヨセフを抱え、ウィルムは魔獣から距離を離していた。
「っ⋯⋯」
腕を両断された痛みが今になって走ってきた。
声をなんとか抑え、意識を保つ。痛む腕を闇で縛り上げ、血を止める。
「僕も⋯⋯」
「下がっていろ。⋯⋯その傷では動くのも辛いはずだ」
本来、特級と言ってもヨセフも力になる程度のはずだった。魔族とは違い、知能のない獣なら問題はなかったはずだ。
しかし、これは想定外である。この魔獣は喋ることができないだけで、相当高い知能を持っている。
(私に対して警戒している。ヨセフを狙っているな。⋯⋯事前情報が役立たずになることは度々あるが、ここまで違うのは初めてだ)
魔力出力も魔力量も、おそらく想定以上。流石に特級魔族に及ぶほどではないにしても、それと比べて格段に劣るわけでもない。
結果論だが、シュラフトを助けに行ってこの魔獣を野放しにしなくてよかった、と思えるほどだ。もしこの魔獣に背後から急襲されていれば、ウィルムと言えど死んでいたかもしれない。
「さっさと片付けねばならないな」
周囲の影が実体化し、触手のように伸びる。先端は刃物のような形状を取り、次の瞬間、魔獣を襲う。
魔獣は影の刃の間を通り抜けるように避け、ウィルムに迫る。ウィルムは防御魔術を展開した。
魔獣の鉤爪が防御魔術を捉えた。難なく防ぎ切る。
だが、いや、だからこそ、ウィルムは違和感を覚えた。
「チッ⋯⋯!」
鉤爪はウィルムを切ろうとしたのではない。彼の防御魔術を取手に、ヨセフに飛び掛ろうとしていたのだ。
「ギャウアウアァ──ッ!」
魔獣は両手の鉤爪を薙ぎ払い、ヨセフの背後に着地した。そして次の獲物に目標を変え、再び攻撃を仕掛けようとしていた。
「⋯⋯⋯⋯ガウ?」
倒れるべき人間が倒れていない。出ているべき鮮血が出ていない。
否、血は出ている。ただし、魔獣の胴体からだ。
魔獣の上半身と下半身はいつの間にか両断されていた。
「⋯⋯ほう」
ウィルムはそれを見て、展開していた影を戻し、臨戦態勢を解除した。
魔獣の体の切断面から、紫掛かった黒い陰のようなものが伸び、肉体を接合する。そして飛び掛るような体制を取り、ヨセフの方を見て警戒していた。
「⋯⋯ふぅ」
ヨセフの切断された腕は、黒い何かによって代替されていた。
それこそ彼の魔術、〈闇纏〉。暗闇を操り、支配する彼の固有魔力の基礎にして、最も汎用性に長ける術だ。
ウィルムは彼に「下がっていろ」と言った。なぜなら二級魔術師は一人前を超えた優秀な人材だが、特級相手には力不足だったから。
しかしヨセフの実力は、大抵の二級魔術師を超えている。
「ヨセフ・エインズワース。君がその特級魔獣を一人で討伐できたのなら、私は君を一級魔術師に推薦しよう」
元より、この任務にヨセフを同行させたのは彼を鍛えるためだ。
これからの戦いに付いていこうとするのなら、この特級魔獣くらい一人で倒してもらわないと駄目だ。
おそらく、一級魔術師でさえ、戦力としてカウントされる最低ラインなのだから。
「分かりました、ウィルムさん。⋯⋯僕が死ぬまで、手は出さないでください」
「了解した」
魔獣はヨセフを、雑魚ではなく強敵として再認識した。温存しようとしていた魔力を開放する。
この魔獣に固有魔力はない。だが、その出力と量は特級の名に相応しいほどあった。
単純な魔力放出。術式を介さないそれでさえ、並大抵の魔術師では捌ききれないほどの出力を発揮していた。
だがヨセフは闇により、魔力放出を包み込み、消し去る。こちらも術式を介していない固有魔力の基礎操作技術に過ぎなかった。
(性質を持った固有魔力の操作。その性質を劣化させずにここまでの精度で操れるとは。流石はエインズワース家の魔術師だ)
技量、固有魔力の性能、魔力出力の総合値からするに、ヨセフは一級魔術師に相応しい。魔力量だけは劣るものの、変換効率も燃費も悪くないため、そこは問題にはならない。
スペックとしては申し分ない。
今尚、一級魔術師に成っていない理由はそこではないのだ。
「ギャウアッ!」
「っ!?」
魔獣は肉体に常に魔力強化を施している。しかし、部分的に更に魔力を流すことで、肉体強度限界の身体機能を発揮している。
魔獣は魔力を迸らせた鉤爪を薙ぎ払う。
ヨセフはそれに驚き、距離を取り回避した。ウィルムからすれば、取り過ぎなくらいだ。
(エインズワースの悪いところだ。彼の実力であれば、あれくらい魔術を使わずともいなせる。そこから高出力の闇を放てば一撃で勝てただろう⋯⋯)
ヨセフの欠点はそのメンタルだ。自分自身への評価が低い。だから能力にあった適切な行動が取れていない。
初撃の不意打ちだって、その後の反撃だって、ヨセフの力量なら防げていたし、その時点で魔獣を葬れたはずだ。
「ッ!」
ヨセフは纏っていた闇を伸ばし、魔獣を串刺しにしようとした。だが簡単に避けられ、距離を詰められ鉤爪を振るわれる。
闇により防御が間に合ったが、衝撃がもろに伝わりヨセフは壁に叩きつけられる。
「かはっ⋯⋯」
猶予は一時もない。鉤爪がヨセフに向けて突き刺される。ヨセフは体を転がし、躱すも、魔獣の追撃の裏拳が顔面にクリーンヒットする。
院内の通路の突き当たりまで吹き飛ばされ、壁をへこませる勢いでヨセフはそこに叩きつけられた。
クラクラする。視界が何重にも重なって見える。
そして、意識が飛ぶ。
「────」
◆◆◆
ヨセフは、魔術師の名家、エインズワース家に生まれた長男だった。
彼はエインズワース家の相伝魔力である『深淵無界』を継承しており、幼少期から両親と日々、厳しい鍛錬を行っていた。
彼には双子の妹も居たが、妹には固有魔力が発現しなかった。それでも両親は彼女を愛したし、ヨセフに対しても厳しいながら確かな愛情を注いでいた。
平和で暖かい家庭だった。
ある日、妹は魔術学校の講義中に、突然倒れた。原因は不明だが、生死をさまようほどの高熱を発していた。治癒魔術師が応急処置を施し、何とか一命は取り留めたものの、原因は未だ分からず根本的治療には至っていなかった。
同時期、ヨセフはとある危険魔術組織の調査のため、某所の教会に訪れていた。
その教会は巷で流行っていた『不治の病』を治すことができるとされていた。
ヨセフにこの教会を調査するよう頼まれた理由は、この『不治の病』がマッチポンプである証拠を突き止めるためだ。
状況証拠的に、この教会の主が巷に魔術的な呪いを掛けていることが判明したのである。
ヨセフは教会の主を発見し、その身柄の確保。場合によっては殺害を命じられた。
ヨセフは教会に侵入した。だがそこで、彼は信者たちに行手を阻まれた。既に教会の主は彼の方来を察知しており、信者たちを遣ってヨセフを足止めしようとしていたのだ。
だが殆どはただの人間。魔術を使わずとも、暴力的手段を行使せずとも、簡単に出し抜き、主の元へ向かった。
そして教会の主、事件の首謀者を発見し、ヨセフは尋問を行おうとした。
その時だった。
ヨセフの足元に『闇』が突きつけられる。それは敢えて外されていた。が、確実にヨセフに対しての警告だった。
その魔術には見覚えがある。
誰でもない、ヨセフの父親だったのだ。
父の横には母が居て、母は妹を抱き抱えていた。
「やめてくれ、ヨセフ。妹を助けてくれ」
父はそんなことを言った。
ヨセフの妹は『不治の病』に罹っていた。これを治すために、両親は妹を連れてこの教会に足を運んでいた。
「──そうだ、君。私を殺せば妹は助からないぞ。いいや、それだけじゃない。『不治の病』に侵された人々、全員助からないぞ!」
首謀者はそんなことを言っていた。だがヨセフにとってそんなことどうでもいい。
魔術師としてのヨセフか。
エインズワース家の息子としてのヨセフか。
選べる自分は二つに一つ。
「────」
ヨセフは、魔術師として魔詛使いを認識した。
父を殺してでも止めなくてはならない。母も、殺さなければならないかもしれない。妹だけは助けてやれるかもしれない。
そうだ。そうするだけでいい。そうするだけで全部収まる。
「⋯⋯GMCの解析班に任せれば、そんな奴、頼らなくても良くなる」
「そうなるまでに死んでしまう! お前は妹を助けたくないのか!?」
「そうよ! ヨセフ! もう、すぐにでも助けて貰わないと⋯⋯!」
説得はできなかった。話を聞いてもらえていない。両親は冷静な判断が取れていないのか。
⋯⋯いや、ヨセフの妹が助からないことは本当か。どれだけ悠長に彼女の状態を見ても、持ってあと数日の命だ。GMCがこの『不治の病』の治療方法を確立するにはあまりにも短過ぎる。
「⋯⋯⋯⋯。────」
「ヨセフ⋯⋯っ!」
先に動いたのは、父だった。魔術陣を起動し、それに魔力を流し、息子に向かって魔術を行使しようとした。
訓練などとは違い、明確な殺意を持って。確実に殺傷能力を得るほどの魔力を込めて。
──だが、ヨセフの殺意はそれよりずっと速かった。
術式を介さないシンプルな魔力操作、その結果として、質量を持った闇によって対象を穿つ技。
不意打ちと速度に特化したその性能を、ヨセフは父にも見せていなかった。
「──ぁ」
母の首も切り裂いた。彼女の手から拳銃が落ちていた。
「⋯⋯はは! 親殺し──」
「死ね」
首謀者は闇によって切り裂かれる。
その時、妹は目を覚ました。騒動によって?
否、妹に呪いをかけた張本人が死亡したことで、その呪いが暴走し始めたのだ。
いざというときの為に、その呪いには身体を乗っ取る効果を付与していた。首謀者はその効果を使い、ヨセフの妹の身体を乗っ取ったのだ。
ヨセフは一切の躊躇なく妹の心臓を穿った。
「な⋯⋯なん、で⋯⋯!?」
「⋯⋯魔力の質が変わった。僕が妹の魔力が分からないとでも思ったか?」
「ちぃ⋯⋯!」
「それと、もうお前は生き長らえないよ」
「⋯⋯は?」
乗り移る呪いの原理は至って単純だ。呪いをかけた相手には、彼の魔力を僅かに保有している。この魔力を元に、対象者の魔力を変換していき、器を整える。
あとは意識体を入れ替えるだけで問題ない。
ならば、その意識体ごと殺してしまえばいい。
「〈葬闇〉」
首謀者は、瞬時にして闇に呑まれ、消え去った。
そしてもう二度と、生き返ることはなかった。
内容を見ると、ソフィアからの無題の救難要請だった。
「ウィルム君、エインズワース君⋯⋯ソフィアに何かあったようだ。⋯⋯すまないが、ここは任せても構わないだろうか⋯⋯?」
「え? それなら早く行ってください!」
「こちらは問題ありません」
「⋯⋯ああ」
シュラフトの姿が消える。何かの魔術を使ったわけではない。ただ、それだけ速かったということだ。
「⋯⋯何があったんでしょうか。僕たちも行くべきですかね?」
「シュラフトさんで駄目なら私たちが行ったところで焼け石に水だろう。先を急ごう」
ウィルムの言う通り、シュラフトでも苦戦するような相手なら二人の助力はほぼ意味がない。
ならば、目的の特級魔獣の討伐を優先するべきだ。
二人は振り返り、先に進もうとした。
その時だった。
「──アアァウェエェェ?」
人にもよく似た内容の無い声を発しながら、天井からぶら下がる人影があった。
赤黒いシルエット。猛獣のような牙が見える口。頭が裂けるようにして開く鋭い目。両手はやけに長く、先には巨大な鉤爪が付いている。
天井に足の爪を突き刺し、その魔獣はぶら下がっていた。
「────!」
ヨセフは魔力強化した拳によって、反射的に魔獣を殴る。だが、目にも止まらぬ速度で鉤爪が振るわれ、ヨセフの右腕が両断された。
そして、魔獣はもう一振りによってヨセフを縦に切断しようとしたが、
「止血しておけ。私がなんとかする」
ヨセフを抱え、ウィルムは魔獣から距離を離していた。
「っ⋯⋯」
腕を両断された痛みが今になって走ってきた。
声をなんとか抑え、意識を保つ。痛む腕を闇で縛り上げ、血を止める。
「僕も⋯⋯」
「下がっていろ。⋯⋯その傷では動くのも辛いはずだ」
本来、特級と言ってもヨセフも力になる程度のはずだった。魔族とは違い、知能のない獣なら問題はなかったはずだ。
しかし、これは想定外である。この魔獣は喋ることができないだけで、相当高い知能を持っている。
(私に対して警戒している。ヨセフを狙っているな。⋯⋯事前情報が役立たずになることは度々あるが、ここまで違うのは初めてだ)
魔力出力も魔力量も、おそらく想定以上。流石に特級魔族に及ぶほどではないにしても、それと比べて格段に劣るわけでもない。
結果論だが、シュラフトを助けに行ってこの魔獣を野放しにしなくてよかった、と思えるほどだ。もしこの魔獣に背後から急襲されていれば、ウィルムと言えど死んでいたかもしれない。
「さっさと片付けねばならないな」
周囲の影が実体化し、触手のように伸びる。先端は刃物のような形状を取り、次の瞬間、魔獣を襲う。
魔獣は影の刃の間を通り抜けるように避け、ウィルムに迫る。ウィルムは防御魔術を展開した。
魔獣の鉤爪が防御魔術を捉えた。難なく防ぎ切る。
だが、いや、だからこそ、ウィルムは違和感を覚えた。
「チッ⋯⋯!」
鉤爪はウィルムを切ろうとしたのではない。彼の防御魔術を取手に、ヨセフに飛び掛ろうとしていたのだ。
「ギャウアウアァ──ッ!」
魔獣は両手の鉤爪を薙ぎ払い、ヨセフの背後に着地した。そして次の獲物に目標を変え、再び攻撃を仕掛けようとしていた。
「⋯⋯⋯⋯ガウ?」
倒れるべき人間が倒れていない。出ているべき鮮血が出ていない。
否、血は出ている。ただし、魔獣の胴体からだ。
魔獣の上半身と下半身はいつの間にか両断されていた。
「⋯⋯ほう」
ウィルムはそれを見て、展開していた影を戻し、臨戦態勢を解除した。
魔獣の体の切断面から、紫掛かった黒い陰のようなものが伸び、肉体を接合する。そして飛び掛るような体制を取り、ヨセフの方を見て警戒していた。
「⋯⋯ふぅ」
ヨセフの切断された腕は、黒い何かによって代替されていた。
それこそ彼の魔術、〈闇纏〉。暗闇を操り、支配する彼の固有魔力の基礎にして、最も汎用性に長ける術だ。
ウィルムは彼に「下がっていろ」と言った。なぜなら二級魔術師は一人前を超えた優秀な人材だが、特級相手には力不足だったから。
しかしヨセフの実力は、大抵の二級魔術師を超えている。
「ヨセフ・エインズワース。君がその特級魔獣を一人で討伐できたのなら、私は君を一級魔術師に推薦しよう」
元より、この任務にヨセフを同行させたのは彼を鍛えるためだ。
これからの戦いに付いていこうとするのなら、この特級魔獣くらい一人で倒してもらわないと駄目だ。
おそらく、一級魔術師でさえ、戦力としてカウントされる最低ラインなのだから。
「分かりました、ウィルムさん。⋯⋯僕が死ぬまで、手は出さないでください」
「了解した」
魔獣はヨセフを、雑魚ではなく強敵として再認識した。温存しようとしていた魔力を開放する。
この魔獣に固有魔力はない。だが、その出力と量は特級の名に相応しいほどあった。
単純な魔力放出。術式を介さないそれでさえ、並大抵の魔術師では捌ききれないほどの出力を発揮していた。
だがヨセフは闇により、魔力放出を包み込み、消し去る。こちらも術式を介していない固有魔力の基礎操作技術に過ぎなかった。
(性質を持った固有魔力の操作。その性質を劣化させずにここまでの精度で操れるとは。流石はエインズワース家の魔術師だ)
技量、固有魔力の性能、魔力出力の総合値からするに、ヨセフは一級魔術師に相応しい。魔力量だけは劣るものの、変換効率も燃費も悪くないため、そこは問題にはならない。
スペックとしては申し分ない。
今尚、一級魔術師に成っていない理由はそこではないのだ。
「ギャウアッ!」
「っ!?」
魔獣は肉体に常に魔力強化を施している。しかし、部分的に更に魔力を流すことで、肉体強度限界の身体機能を発揮している。
魔獣は魔力を迸らせた鉤爪を薙ぎ払う。
ヨセフはそれに驚き、距離を取り回避した。ウィルムからすれば、取り過ぎなくらいだ。
(エインズワースの悪いところだ。彼の実力であれば、あれくらい魔術を使わずともいなせる。そこから高出力の闇を放てば一撃で勝てただろう⋯⋯)
ヨセフの欠点はそのメンタルだ。自分自身への評価が低い。だから能力にあった適切な行動が取れていない。
初撃の不意打ちだって、その後の反撃だって、ヨセフの力量なら防げていたし、その時点で魔獣を葬れたはずだ。
「ッ!」
ヨセフは纏っていた闇を伸ばし、魔獣を串刺しにしようとした。だが簡単に避けられ、距離を詰められ鉤爪を振るわれる。
闇により防御が間に合ったが、衝撃がもろに伝わりヨセフは壁に叩きつけられる。
「かはっ⋯⋯」
猶予は一時もない。鉤爪がヨセフに向けて突き刺される。ヨセフは体を転がし、躱すも、魔獣の追撃の裏拳が顔面にクリーンヒットする。
院内の通路の突き当たりまで吹き飛ばされ、壁をへこませる勢いでヨセフはそこに叩きつけられた。
クラクラする。視界が何重にも重なって見える。
そして、意識が飛ぶ。
「────」
◆◆◆
ヨセフは、魔術師の名家、エインズワース家に生まれた長男だった。
彼はエインズワース家の相伝魔力である『深淵無界』を継承しており、幼少期から両親と日々、厳しい鍛錬を行っていた。
彼には双子の妹も居たが、妹には固有魔力が発現しなかった。それでも両親は彼女を愛したし、ヨセフに対しても厳しいながら確かな愛情を注いでいた。
平和で暖かい家庭だった。
ある日、妹は魔術学校の講義中に、突然倒れた。原因は不明だが、生死をさまようほどの高熱を発していた。治癒魔術師が応急処置を施し、何とか一命は取り留めたものの、原因は未だ分からず根本的治療には至っていなかった。
同時期、ヨセフはとある危険魔術組織の調査のため、某所の教会に訪れていた。
その教会は巷で流行っていた『不治の病』を治すことができるとされていた。
ヨセフにこの教会を調査するよう頼まれた理由は、この『不治の病』がマッチポンプである証拠を突き止めるためだ。
状況証拠的に、この教会の主が巷に魔術的な呪いを掛けていることが判明したのである。
ヨセフは教会の主を発見し、その身柄の確保。場合によっては殺害を命じられた。
ヨセフは教会に侵入した。だがそこで、彼は信者たちに行手を阻まれた。既に教会の主は彼の方来を察知しており、信者たちを遣ってヨセフを足止めしようとしていたのだ。
だが殆どはただの人間。魔術を使わずとも、暴力的手段を行使せずとも、簡単に出し抜き、主の元へ向かった。
そして教会の主、事件の首謀者を発見し、ヨセフは尋問を行おうとした。
その時だった。
ヨセフの足元に『闇』が突きつけられる。それは敢えて外されていた。が、確実にヨセフに対しての警告だった。
その魔術には見覚えがある。
誰でもない、ヨセフの父親だったのだ。
父の横には母が居て、母は妹を抱き抱えていた。
「やめてくれ、ヨセフ。妹を助けてくれ」
父はそんなことを言った。
ヨセフの妹は『不治の病』に罹っていた。これを治すために、両親は妹を連れてこの教会に足を運んでいた。
「──そうだ、君。私を殺せば妹は助からないぞ。いいや、それだけじゃない。『不治の病』に侵された人々、全員助からないぞ!」
首謀者はそんなことを言っていた。だがヨセフにとってそんなことどうでもいい。
魔術師としてのヨセフか。
エインズワース家の息子としてのヨセフか。
選べる自分は二つに一つ。
「────」
ヨセフは、魔術師として魔詛使いを認識した。
父を殺してでも止めなくてはならない。母も、殺さなければならないかもしれない。妹だけは助けてやれるかもしれない。
そうだ。そうするだけでいい。そうするだけで全部収まる。
「⋯⋯GMCの解析班に任せれば、そんな奴、頼らなくても良くなる」
「そうなるまでに死んでしまう! お前は妹を助けたくないのか!?」
「そうよ! ヨセフ! もう、すぐにでも助けて貰わないと⋯⋯!」
説得はできなかった。話を聞いてもらえていない。両親は冷静な判断が取れていないのか。
⋯⋯いや、ヨセフの妹が助からないことは本当か。どれだけ悠長に彼女の状態を見ても、持ってあと数日の命だ。GMCがこの『不治の病』の治療方法を確立するにはあまりにも短過ぎる。
「⋯⋯⋯⋯。────」
「ヨセフ⋯⋯っ!」
先に動いたのは、父だった。魔術陣を起動し、それに魔力を流し、息子に向かって魔術を行使しようとした。
訓練などとは違い、明確な殺意を持って。確実に殺傷能力を得るほどの魔力を込めて。
──だが、ヨセフの殺意はそれよりずっと速かった。
術式を介さないシンプルな魔力操作、その結果として、質量を持った闇によって対象を穿つ技。
不意打ちと速度に特化したその性能を、ヨセフは父にも見せていなかった。
「──ぁ」
母の首も切り裂いた。彼女の手から拳銃が落ちていた。
「⋯⋯はは! 親殺し──」
「死ね」
首謀者は闇によって切り裂かれる。
その時、妹は目を覚ました。騒動によって?
否、妹に呪いをかけた張本人が死亡したことで、その呪いが暴走し始めたのだ。
いざというときの為に、その呪いには身体を乗っ取る効果を付与していた。首謀者はその効果を使い、ヨセフの妹の身体を乗っ取ったのだ。
ヨセフは一切の躊躇なく妹の心臓を穿った。
「な⋯⋯なん、で⋯⋯!?」
「⋯⋯魔力の質が変わった。僕が妹の魔力が分からないとでも思ったか?」
「ちぃ⋯⋯!」
「それと、もうお前は生き長らえないよ」
「⋯⋯は?」
乗り移る呪いの原理は至って単純だ。呪いをかけた相手には、彼の魔力を僅かに保有している。この魔力を元に、対象者の魔力を変換していき、器を整える。
あとは意識体を入れ替えるだけで問題ない。
ならば、その意識体ごと殺してしまえばいい。
「〈葬闇〉」
首謀者は、瞬時にして闇に呑まれ、消え去った。
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