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第239回 ペロン事件
都市伝説レポート 第239回
「ペロン事件」
取材・文: 野々宮圭介
「日本の心霊現象とは格が違う」——心霊研究家の乙羽教授がそう言って筆者に手渡したのは、一枚の古い農家の写真だった。木造二階建ての質素な建物は、どこにでもある18世紀の農家建築に見える。しかし、この屋敷こそが1970年代のアメリカで起きた「ペロン事件」の舞台である。
映画『死霊館』の原型となったこの事件は、アメリカの心霊研究史上最も詳細に記録された憑依現象として知られている。筆者は今回、現地調査こそ叶わなかったものの、当時の関係者証言と資料を精査し、この不可解な事件の全貌に迫ることにした。
1971年1月、ロードアイランド州ハリスビルの閑静な農村地帯に、一台のトラックが到着した。荷台には家財道具、そして新生活への希望を抱いた7人の家族——父ロジャー・ペロン、母キャロリン、そして5人の娘たちが乗っていた。
彼らが購入したのは、通称「オールド・アーノルド・エステート」と呼ばれる200年の歴史を持つ農家だった。14部屋、広大な敷地、手頃な価格。一家にとっては理想的な物件に見えたのである。
しかし、引っ越し初日から異変は始まっていた。長女のアンドレア・ペロン(当時12歳)の後の証言によれば、「家中から湿った土のような、何かが腐ったような匂いがしていた」という。不動産業者は「古い家特有のもの」と説明したが、この匂いは10年間、一家を悩ませ続けることになる。
最初の数週間は、比較的軽微な現象から始まった。夜中の足音、扉の開閉音、時折聞こえる囁き声。しかし、これらは古い家屋でよくある現象として片付けることもできた。
ところが1971年の春頃から、現象は次第に激化していく。
家具が勝手に移動し、朝起きると椅子が部屋の反対側に置かれている。就寝中のベッドが激しく揺れ、時には浮き上がることもあった。5歳の次女エイプリルは、夜中に見知らぬ「おばあさん」に起こされると訴えるようになった。その女性は薄汚れた服を着て、首に縄のような跡があったという。
特に深刻だったのは、母親のキャロリンに対する「攻撃」である。就寝中に髪を引っ張られ、体を床に引きずり降ろされる。皮膚に針で刺されたような痛みを感じ、翌朝には原因不明の傷跡が残っていた。一家は次第に、この家に「何か」が住み着いていることを確信するようになった。
事件を語る上で欠かせないのが、「バスシーバ・シャーマン」なる人物の存在である。
地元の古老たちによれば、この女性は19世紀中頃にこの農家で暮らしていた。近隣住民からは「魔女」と恐れられ、生後間もない乳児を悪魔への生け贄として捧げたという黒い噂があった。1885年に奇怪な死を遂げた際、地元住民は「土地を呪って死んだ」と囁いたという。
もちろん、これらは伝承の域を出ない話である。しかし興味深いことに、ペロン家の娘たちが目撃した「首に縄の跡がある老女」の特徴は、バスシーバの死に様に関する言い伝えと奇妙に一致していた。
1973年、事態に手を焼いた一家は、心霊研究家として全米に名を馳せていたエド・ウォーレンとロレイン・ウォーレン夫妻に助けを求めた。
夫妻は3日間の調査を実施。霊感の強いロレインは、家の至る所で「強い悪意」を感じ取ったという。特に地下室では、複数の霊の存在を確認し、その中に「極めて邪悪な存在」がいることを告白した。
エドは悪魔祓いの儀式を試みたが、儀式中にキャロリンが激しい憑依状態に陥り、「私の家から出て行け」と男性の声で叫んだ。結果的に儀式は中断され、夫妻は「この土地に根深く根ざした呪いは、一度の儀式では除去できない」として撤退を余儀なくされた。
ウォーレン夫妻の介入後も、現象は続いた。しかし一家は経済的事情もあり、この家を離れることはできなかった。奇妙なことに、年月が経つにつれて現象は徐々に穏やかになり、家族も「共存」することを学んでいった。
1980年、長女アンドレアの大学進学を機に、一家はついにこの家を離れた。新しい住人に現象が起きているかは定かではないが、現在この農家は「心霊スポット」として観光地化され、見学ツアーまで開催されているという。
皮肉にも、一家を苦しめた「呪われた家」は、今や地域の観光資源となっているのである。
この事件を単なる集団ヒステリーや作り話として片付けるのは簡単だ。しかし、10年間にわたって7人の家族全員が一貫した証言を続け、第三者である心霊研究家までもが異常を確認している事実は重い。
特に注目すべきは、一家が経済的に困窮していたにも関わらず、この体験を商業的に利用しようとしなかったことである。アンドレア・ペロンが回顧録を出版したのは事件から30年以上経った2011年のことであり、明らかに金銭目的ではない。
古い土地には、時として現代では説明のつかない「何か」が眠っていることがある。それが心霊現象なのか、電磁場異常などの科学的現象なのか、それとも集合的無意識の投影なのか——。
筆者には断定する材料も勇気もない。ただ確実に言えるのは、アメリカ東部の片田舎で、一つの家族が10年間にわたって「何か」と共存し続けたという事実である。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「ペロン事件」
取材・文: 野々宮圭介
「日本の心霊現象とは格が違う」——心霊研究家の乙羽教授がそう言って筆者に手渡したのは、一枚の古い農家の写真だった。木造二階建ての質素な建物は、どこにでもある18世紀の農家建築に見える。しかし、この屋敷こそが1970年代のアメリカで起きた「ペロン事件」の舞台である。
映画『死霊館』の原型となったこの事件は、アメリカの心霊研究史上最も詳細に記録された憑依現象として知られている。筆者は今回、現地調査こそ叶わなかったものの、当時の関係者証言と資料を精査し、この不可解な事件の全貌に迫ることにした。
1971年1月、ロードアイランド州ハリスビルの閑静な農村地帯に、一台のトラックが到着した。荷台には家財道具、そして新生活への希望を抱いた7人の家族——父ロジャー・ペロン、母キャロリン、そして5人の娘たちが乗っていた。
彼らが購入したのは、通称「オールド・アーノルド・エステート」と呼ばれる200年の歴史を持つ農家だった。14部屋、広大な敷地、手頃な価格。一家にとっては理想的な物件に見えたのである。
しかし、引っ越し初日から異変は始まっていた。長女のアンドレア・ペロン(当時12歳)の後の証言によれば、「家中から湿った土のような、何かが腐ったような匂いがしていた」という。不動産業者は「古い家特有のもの」と説明したが、この匂いは10年間、一家を悩ませ続けることになる。
最初の数週間は、比較的軽微な現象から始まった。夜中の足音、扉の開閉音、時折聞こえる囁き声。しかし、これらは古い家屋でよくある現象として片付けることもできた。
ところが1971年の春頃から、現象は次第に激化していく。
家具が勝手に移動し、朝起きると椅子が部屋の反対側に置かれている。就寝中のベッドが激しく揺れ、時には浮き上がることもあった。5歳の次女エイプリルは、夜中に見知らぬ「おばあさん」に起こされると訴えるようになった。その女性は薄汚れた服を着て、首に縄のような跡があったという。
特に深刻だったのは、母親のキャロリンに対する「攻撃」である。就寝中に髪を引っ張られ、体を床に引きずり降ろされる。皮膚に針で刺されたような痛みを感じ、翌朝には原因不明の傷跡が残っていた。一家は次第に、この家に「何か」が住み着いていることを確信するようになった。
事件を語る上で欠かせないのが、「バスシーバ・シャーマン」なる人物の存在である。
地元の古老たちによれば、この女性は19世紀中頃にこの農家で暮らしていた。近隣住民からは「魔女」と恐れられ、生後間もない乳児を悪魔への生け贄として捧げたという黒い噂があった。1885年に奇怪な死を遂げた際、地元住民は「土地を呪って死んだ」と囁いたという。
もちろん、これらは伝承の域を出ない話である。しかし興味深いことに、ペロン家の娘たちが目撃した「首に縄の跡がある老女」の特徴は、バスシーバの死に様に関する言い伝えと奇妙に一致していた。
1973年、事態に手を焼いた一家は、心霊研究家として全米に名を馳せていたエド・ウォーレンとロレイン・ウォーレン夫妻に助けを求めた。
夫妻は3日間の調査を実施。霊感の強いロレインは、家の至る所で「強い悪意」を感じ取ったという。特に地下室では、複数の霊の存在を確認し、その中に「極めて邪悪な存在」がいることを告白した。
エドは悪魔祓いの儀式を試みたが、儀式中にキャロリンが激しい憑依状態に陥り、「私の家から出て行け」と男性の声で叫んだ。結果的に儀式は中断され、夫妻は「この土地に根深く根ざした呪いは、一度の儀式では除去できない」として撤退を余儀なくされた。
ウォーレン夫妻の介入後も、現象は続いた。しかし一家は経済的事情もあり、この家を離れることはできなかった。奇妙なことに、年月が経つにつれて現象は徐々に穏やかになり、家族も「共存」することを学んでいった。
1980年、長女アンドレアの大学進学を機に、一家はついにこの家を離れた。新しい住人に現象が起きているかは定かではないが、現在この農家は「心霊スポット」として観光地化され、見学ツアーまで開催されているという。
皮肉にも、一家を苦しめた「呪われた家」は、今や地域の観光資源となっているのである。
この事件を単なる集団ヒステリーや作り話として片付けるのは簡単だ。しかし、10年間にわたって7人の家族全員が一貫した証言を続け、第三者である心霊研究家までもが異常を確認している事実は重い。
特に注目すべきは、一家が経済的に困窮していたにも関わらず、この体験を商業的に利用しようとしなかったことである。アンドレア・ペロンが回顧録を出版したのは事件から30年以上経った2011年のことであり、明らかに金銭目的ではない。
古い土地には、時として現代では説明のつかない「何か」が眠っていることがある。それが心霊現象なのか、電磁場異常などの科学的現象なのか、それとも集合的無意識の投影なのか——。
筆者には断定する材料も勇気もない。ただ確実に言えるのは、アメリカ東部の片田舎で、一つの家族が10年間にわたって「何か」と共存し続けたという事実である。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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