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第66回 イッシーの正体
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都市伝説レポート 第66回
「イッシーの正体」
取材・文: 野々宮圭介
「イッシーというのは、実は旧日本軍の残した兵器かもしれないぞ」
先月の締め切り作業に追われる編集部に一通のメールが届いたのは、梅雨明け直後の蒸し暑い日だった。鹿児島の郷土史家を名乗る差出人は、「池田湖と旧日本海軍の関係」について、「知られざる事実」があると主張していた。
霧島山系の火山地帯に位置する池田湖は、九州最大のカルデラ湖として知られる。その湖に棲むとされる未確認生物「イッシー」の目撃談は、1970年代から断続的に報告されてきた。だが、今回のメールは通常の「恐竜の生き残り説」や「未知の大型魚類説」とは一線を画していた。
「彼らが隠したもの」「極秘計画の痕跡」「消された記録」——メールの文面には、取材欲をそそられるキーワードが散りばめられていた。編集長から次号の特集テーマ「日本のUMA最前線」を任されていた私は、取材を即決した。
鹿児島県指宿市にある池田湖に私が降り立ったのは、取材決定から一週間後のことだった。湖畔に立つと、周囲4.5km、最大水深233mという九州最大の湖の広大さが実感できる。観光スポットとしてカヌーやボートを楽しむ観光客も見かけるが、穏やかな湖面の下に何が潜んでいるのか——そう考えると、不思議な緊張感が漂う場所だった。
「イッシーの目撃情報は年に2、3件は必ずありますよ。特に、夏場の早朝や夕暮れ時が多いですね」
案内してくれた地元観光協会の職員・下津浦さん(仮名)は、UMAの話題になると途端に声のトーンを落とした。「公式には、コイやウナギの成長した個体が誤認されているといった説明をしていますが…」と言い淀む。
「個人的な意見ですよ」と前置きしてから、下津浦さんはこう続けた。「この湖には何かいます。それが何なのか、私たちにもわからないんです」
今回の調査で最も重要な情報源となったのは、郷土史家の高山謙三氏(78歳)だった。高山氏は戦後まもなく生まれた世代だが、父親が旧日本海軍の技術将校だったという。
「父は生前、池田湖での任務について多くを語りませんでした。ただ、酒に酔った夜には『あの湖には、見てはならないものがある』と呟くことがありました」
高山氏が所有する資料の中には、昭和18年(1943年)から20年(1945年)にかけて、池田湖周辺に「九州海軍技術研究所第三分室」と呼ばれる施設が存在していたことを示す断片的な記録があった。
「戦時中、この湖は一般人の立ち入りが厳しく制限されていたんです。地元の古老たちの証言によると、夜間に奇妙な音が湖から聞こえたり、不思議な光が湖面に映ったりしたそうです」
高山氏が保管していた一枚の古い写真には、湖畔に建てられた簡素な建物と、その前に整列する海軍将校たちの姿があった。写真の裏には「鶴見少将視察・極秘計画『深海』」と走り書きされていた。
旧海軍の極秘計画に関する記録は、敗戦時の組織的な文書焼却によってほとんど残されていない。しかし、アメリカ国立公文書館に収蔵されている占領期のGHQ文書の中から、いくつかの興味深い報告書を発見することができた。
「日本海軍技術研究施設調査レポート(1946年3月)」と題された文書には、次のような記述がある。
『
池田湖施設(九州南部)については、地元住民の証言から何らかの水中実験が行われていたと推測される。施設は完全に破壊されており、機材や文書は発見できなかった。現地責任者だったとされる高野大佐以下、主要技術者の多くは行方不明。内部告発によれば、「生物学的要素を組み込んだ新型兵器」の開発を試みていた可能性がある。
』
この記述は、「イッシー=旧軍の兵器説」を直接裏付けるものではないが、池田湖で何らかの軍事研究が行われていたことは間違いないようだ。
「昔から地元では、イッシーの正体について、こんな話があるんです」
地元で食堂を営む古川さん(72歳・仮名)は、周囲に人がいないことを確認してから小声で語り始めた。
「私の父が漁師だった頃、終戦直後の夜に湖で漁をしていたら、突然大きな影が湖面を横切ったそうです。最初は大きな魚かと思ったけど、その動きがどう見ても機械的だったと言うんです。そして『ごぉぉ』という低い唸り声のような音を出していたとか」
さらに衝撃的な証言もあった。戦後すぐに池田湖周辺で農業を営んでいたという山下老人(90歳・仮名)は、次のような証言を残している。
「敗戦の数日前、夜中に大きな軍用トラックが何台も湖畔に来て、何かを湖に投棄していたのを見たんだ。その後、研究所の建物は爆破され、技術者たちは姿を消した。それから数カ月後から、湖に何かがいるという噂が広まり始めたんだよ」
池田湖を訪れた観光客たちによる目撃情報も、この謎を深めている。昨年、家族旅行で訪れたという東京在住の村田さん(45歳・仮名)は、こう語る。
「釣りをしていたとき、ふと湖面に黒い影が現れたんです。長さは5~6メートルはあったでしょうか。最初は大きな魚かと思いましたが、その動きがどこか人工的で…まるで遠隔操作されているロボットのようでした」
地元の漁業関係者によると、池田湖では時折、原因不明の金属音や振動が観測されることがあるという。さらに、湖の特定の区域では、電子機器が不調になる現象も報告されている。
「釣り用の魚群探知機が突然誤作動を起こすんです。そして画面に巨大な物体が映ることがある。それが何なのか、誰も確かめられないんですけどね」と地元の漁師は語った。
戦時中の日本軍が行っていた極秘研究の中には、生物兵器や特殊潜水艇など、倫理的に問題のある研究も含まれていたことが、近年の歴史研究で明らかになりつつある。退役した海上自衛隊の技術将校である松岡氏(65歳・仮名)は、極めて慎重に言葉を選びながら次のように語った。
「戦時中の日本海軍は、米軍の圧倒的な物量に対抗するため、非常に奇抜な発想の兵器開発を試みていました。その中には、生物と機械を融合させた『生体機械兵器』の構想もあったと聞いています。池田湖のような隔絶された環境は、そうした秘密実験に最適だったでしょう」
松岡氏によれば、そうした実験の多くは実用化に至らなかったが、プロトタイプまで製作されたものもあったという。「もし、そうした半生物的な実験兵器が湖に遺棄され、何らかの形で生き延びているとしたら…」と松岡氏は言葉を濁した。
私は地元のダイビングクラブの協力を得て、池田湖の水中調査を試みた。湖の透明度は季節によって変動するが、この日は比較的良好で、水深15メートルまでの視界は確保できた。
湖畔から約300メートル沖の水深20メートル付近には、コンクリート製の構造物の痕跡が残されていた。地元のダイバーによれば、この構造物は「旧軍の桟橋の基礎ではないか」と推測されているが、詳細は不明だという。
さらに興味深いのは、湖底の一部に不自然な窪みがあることだ。「あれは人工的に掘られたものです」とダイビングインストラクターの林さん(38歳・仮名)は指摘する。「大きさからすると、かなり大きな設備が埋設されていた可能性もありますね」
池田湖周辺の集落で長年暮らす住民たちの間では、イッシーにまつわる言い伝えは時代とともに変化してきた。
「私が子供の頃は、単に『湖の主』として語られていました。それが戦後、『恐竜の生き残り』という説が広まり、さらに近年になって『軍の実験』という話が出てきた。言い伝えというのは、時代の空気を反映するものなんですね」と、地元で郷土資料館の運営に携わる中島さん(85歳)は語る。
中島さんによれば、イッシーの目撃情報は1970年代にネス湖の「ネッシー」がメディアで話題になった時期と重なって増加したという側面もあるという。「ただ、それ以前から、何かがいるという言い伝えはありました。特に漁師たちの間では、『大きすぎる魚』の話は戦前からあったそうです」
取材で得られた情報を総合すると、旧日本軍が池田湖で何らかの秘密研究を行っていたことは間違いないようだ。しかし、それがイッシーと呼ばれる現象と直接結びつくのかは、依然として不明である。
可能性としては、以下のような仮説が考えられる:
1. 生体機械兵器説:生物と機械を融合させた試作兵器が、何らかの形で生存または機能し続けている
2. 遺棄兵器説:湖底に遺棄された特殊潜水艇や水中兵器が、時折浮上して目撃されている
3. 生物学的実験説:軍事研究の過程で遺伝的に改変された水生生物が、湖に適応して生き延びている
4. 自然現象説:湖底の地形や水流、温度差などによる自然現象が、怪異的な現象として目撃されている
私はこれらの仮説を検証するため、水質調査や湖底地形の詳細マッピングなど、さらなる調査が必要だと考えている。しかし、このような調査には多額の費用と専門的な技術が必要となる。
池田湖の「イッシー」と旧日本軍の関係については、確定的な証拠を得ることはできなかった。しかし、湖が一時期軍の秘密施設として利用されていたことは事実であり、そこで何が行われていたのかは、今なお多くの謎に包まれている。
「証拠がない」ということは、「存在しない」という証明にはならない。湖面を渡る風が、何か言葉にならない物語を伝えようとしているかのようだった。
取材を終えて池田湖を後にする車の中から、私は夕暮れの湖面を振り返った。沈みゆく太陽の光が水面を赤く染め、まるで血の海のようにも見える。その瞬間、湖の中央付近で小さな波紋が広がったように見えた。それは湖面を渡る風がつくり出した幻かもしれないし、あるいは…。
真実は、まだ湖底に眠ったままだ。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「イッシーの正体」
取材・文: 野々宮圭介
「イッシーというのは、実は旧日本軍の残した兵器かもしれないぞ」
先月の締め切り作業に追われる編集部に一通のメールが届いたのは、梅雨明け直後の蒸し暑い日だった。鹿児島の郷土史家を名乗る差出人は、「池田湖と旧日本海軍の関係」について、「知られざる事実」があると主張していた。
霧島山系の火山地帯に位置する池田湖は、九州最大のカルデラ湖として知られる。その湖に棲むとされる未確認生物「イッシー」の目撃談は、1970年代から断続的に報告されてきた。だが、今回のメールは通常の「恐竜の生き残り説」や「未知の大型魚類説」とは一線を画していた。
「彼らが隠したもの」「極秘計画の痕跡」「消された記録」——メールの文面には、取材欲をそそられるキーワードが散りばめられていた。編集長から次号の特集テーマ「日本のUMA最前線」を任されていた私は、取材を即決した。
鹿児島県指宿市にある池田湖に私が降り立ったのは、取材決定から一週間後のことだった。湖畔に立つと、周囲4.5km、最大水深233mという九州最大の湖の広大さが実感できる。観光スポットとしてカヌーやボートを楽しむ観光客も見かけるが、穏やかな湖面の下に何が潜んでいるのか——そう考えると、不思議な緊張感が漂う場所だった。
「イッシーの目撃情報は年に2、3件は必ずありますよ。特に、夏場の早朝や夕暮れ時が多いですね」
案内してくれた地元観光協会の職員・下津浦さん(仮名)は、UMAの話題になると途端に声のトーンを落とした。「公式には、コイやウナギの成長した個体が誤認されているといった説明をしていますが…」と言い淀む。
「個人的な意見ですよ」と前置きしてから、下津浦さんはこう続けた。「この湖には何かいます。それが何なのか、私たちにもわからないんです」
今回の調査で最も重要な情報源となったのは、郷土史家の高山謙三氏(78歳)だった。高山氏は戦後まもなく生まれた世代だが、父親が旧日本海軍の技術将校だったという。
「父は生前、池田湖での任務について多くを語りませんでした。ただ、酒に酔った夜には『あの湖には、見てはならないものがある』と呟くことがありました」
高山氏が所有する資料の中には、昭和18年(1943年)から20年(1945年)にかけて、池田湖周辺に「九州海軍技術研究所第三分室」と呼ばれる施設が存在していたことを示す断片的な記録があった。
「戦時中、この湖は一般人の立ち入りが厳しく制限されていたんです。地元の古老たちの証言によると、夜間に奇妙な音が湖から聞こえたり、不思議な光が湖面に映ったりしたそうです」
高山氏が保管していた一枚の古い写真には、湖畔に建てられた簡素な建物と、その前に整列する海軍将校たちの姿があった。写真の裏には「鶴見少将視察・極秘計画『深海』」と走り書きされていた。
旧海軍の極秘計画に関する記録は、敗戦時の組織的な文書焼却によってほとんど残されていない。しかし、アメリカ国立公文書館に収蔵されている占領期のGHQ文書の中から、いくつかの興味深い報告書を発見することができた。
「日本海軍技術研究施設調査レポート(1946年3月)」と題された文書には、次のような記述がある。
『
池田湖施設(九州南部)については、地元住民の証言から何らかの水中実験が行われていたと推測される。施設は完全に破壊されており、機材や文書は発見できなかった。現地責任者だったとされる高野大佐以下、主要技術者の多くは行方不明。内部告発によれば、「生物学的要素を組み込んだ新型兵器」の開発を試みていた可能性がある。
』
この記述は、「イッシー=旧軍の兵器説」を直接裏付けるものではないが、池田湖で何らかの軍事研究が行われていたことは間違いないようだ。
「昔から地元では、イッシーの正体について、こんな話があるんです」
地元で食堂を営む古川さん(72歳・仮名)は、周囲に人がいないことを確認してから小声で語り始めた。
「私の父が漁師だった頃、終戦直後の夜に湖で漁をしていたら、突然大きな影が湖面を横切ったそうです。最初は大きな魚かと思ったけど、その動きがどう見ても機械的だったと言うんです。そして『ごぉぉ』という低い唸り声のような音を出していたとか」
さらに衝撃的な証言もあった。戦後すぐに池田湖周辺で農業を営んでいたという山下老人(90歳・仮名)は、次のような証言を残している。
「敗戦の数日前、夜中に大きな軍用トラックが何台も湖畔に来て、何かを湖に投棄していたのを見たんだ。その後、研究所の建物は爆破され、技術者たちは姿を消した。それから数カ月後から、湖に何かがいるという噂が広まり始めたんだよ」
池田湖を訪れた観光客たちによる目撃情報も、この謎を深めている。昨年、家族旅行で訪れたという東京在住の村田さん(45歳・仮名)は、こう語る。
「釣りをしていたとき、ふと湖面に黒い影が現れたんです。長さは5~6メートルはあったでしょうか。最初は大きな魚かと思いましたが、その動きがどこか人工的で…まるで遠隔操作されているロボットのようでした」
地元の漁業関係者によると、池田湖では時折、原因不明の金属音や振動が観測されることがあるという。さらに、湖の特定の区域では、電子機器が不調になる現象も報告されている。
「釣り用の魚群探知機が突然誤作動を起こすんです。そして画面に巨大な物体が映ることがある。それが何なのか、誰も確かめられないんですけどね」と地元の漁師は語った。
戦時中の日本軍が行っていた極秘研究の中には、生物兵器や特殊潜水艇など、倫理的に問題のある研究も含まれていたことが、近年の歴史研究で明らかになりつつある。退役した海上自衛隊の技術将校である松岡氏(65歳・仮名)は、極めて慎重に言葉を選びながら次のように語った。
「戦時中の日本海軍は、米軍の圧倒的な物量に対抗するため、非常に奇抜な発想の兵器開発を試みていました。その中には、生物と機械を融合させた『生体機械兵器』の構想もあったと聞いています。池田湖のような隔絶された環境は、そうした秘密実験に最適だったでしょう」
松岡氏によれば、そうした実験の多くは実用化に至らなかったが、プロトタイプまで製作されたものもあったという。「もし、そうした半生物的な実験兵器が湖に遺棄され、何らかの形で生き延びているとしたら…」と松岡氏は言葉を濁した。
私は地元のダイビングクラブの協力を得て、池田湖の水中調査を試みた。湖の透明度は季節によって変動するが、この日は比較的良好で、水深15メートルまでの視界は確保できた。
湖畔から約300メートル沖の水深20メートル付近には、コンクリート製の構造物の痕跡が残されていた。地元のダイバーによれば、この構造物は「旧軍の桟橋の基礎ではないか」と推測されているが、詳細は不明だという。
さらに興味深いのは、湖底の一部に不自然な窪みがあることだ。「あれは人工的に掘られたものです」とダイビングインストラクターの林さん(38歳・仮名)は指摘する。「大きさからすると、かなり大きな設備が埋設されていた可能性もありますね」
池田湖周辺の集落で長年暮らす住民たちの間では、イッシーにまつわる言い伝えは時代とともに変化してきた。
「私が子供の頃は、単に『湖の主』として語られていました。それが戦後、『恐竜の生き残り』という説が広まり、さらに近年になって『軍の実験』という話が出てきた。言い伝えというのは、時代の空気を反映するものなんですね」と、地元で郷土資料館の運営に携わる中島さん(85歳)は語る。
中島さんによれば、イッシーの目撃情報は1970年代にネス湖の「ネッシー」がメディアで話題になった時期と重なって増加したという側面もあるという。「ただ、それ以前から、何かがいるという言い伝えはありました。特に漁師たちの間では、『大きすぎる魚』の話は戦前からあったそうです」
取材で得られた情報を総合すると、旧日本軍が池田湖で何らかの秘密研究を行っていたことは間違いないようだ。しかし、それがイッシーと呼ばれる現象と直接結びつくのかは、依然として不明である。
可能性としては、以下のような仮説が考えられる:
1. 生体機械兵器説:生物と機械を融合させた試作兵器が、何らかの形で生存または機能し続けている
2. 遺棄兵器説:湖底に遺棄された特殊潜水艇や水中兵器が、時折浮上して目撃されている
3. 生物学的実験説:軍事研究の過程で遺伝的に改変された水生生物が、湖に適応して生き延びている
4. 自然現象説:湖底の地形や水流、温度差などによる自然現象が、怪異的な現象として目撃されている
私はこれらの仮説を検証するため、水質調査や湖底地形の詳細マッピングなど、さらなる調査が必要だと考えている。しかし、このような調査には多額の費用と専門的な技術が必要となる。
池田湖の「イッシー」と旧日本軍の関係については、確定的な証拠を得ることはできなかった。しかし、湖が一時期軍の秘密施設として利用されていたことは事実であり、そこで何が行われていたのかは、今なお多くの謎に包まれている。
「証拠がない」ということは、「存在しない」という証明にはならない。湖面を渡る風が、何か言葉にならない物語を伝えようとしているかのようだった。
取材を終えて池田湖を後にする車の中から、私は夕暮れの湖面を振り返った。沈みゆく太陽の光が水面を赤く染め、まるで血の海のようにも見える。その瞬間、湖の中央付近で小さな波紋が広がったように見えた。それは湖面を渡る風がつくり出した幻かもしれないし、あるいは…。
真実は、まだ湖底に眠ったままだ。
(了)
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