都市伝説レポート

君山洋太朗

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第94回 変貌するスタンプ

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都市伝説レポート 第94回

「変貌するスタンプ」

取材・文: 野々宮圭介


「スタンプの絵柄が変わっていく」

この話を最初に耳にしたとき、私はよくある都市伝説の一種だろうと考えていた。しかし、同様の証言が短期間に複数寄せられたことで、調査の必要性を感じ取材を開始した。足で稼ぐのが取材の基本だ。噂の出どころを訪ね歩くうちに、私はある共通点に気づくことになる。


「あれは確かに可愛かったんです。最初は。」

都内在住の大学生、田中さん(仮名・21歳)はそう語り始めた。彼女が購入したのは「ハッピークマ」というキャラクターのスタンプセット。文具店の新商品コーナーで見つけ、手帳に使うために購入したという。

「最初はごく普通のクマのスタンプでした。笑顔で両手を上げていて、背景にはお花があって。本当に可愛くて気に入っていたんです」

彼女の証言によれば、そのスタンプは使用を重ねるごとに微妙に変化していったという。

「3回目くらいに押したとき、なんだか違和感があって。よく見たら笑顔が消えていて、表情が無くなっていたんです。最初は印面が汚れたのかと思いました」

しかし、変化はそれだけでは終わらなかった。

「次に使った時は、クマが明らかにうつむいていました。そしてその次は...」

田中さんは言葉を詰まらせた後、スマートフォンの画像を見せてくれた。そこには手帳に押されたスタンプの変遷が記録されていた。確かに最初は笑顔だったクマが、徐々に表情を変え、最後には首から上がない姿になっていた。背景の花も枯れ、最終的には墓石のようなものに変わっていた。

「全部で五回押しました。五回目を押した夜、夢の中にそのスタンプのクマが出てきたんです」


この話を聞いた当初、私は半信半疑だった。しかし、似たような証言が他にも複数あることが分かってきた。SNSでのハッシュタグ検索や、文具マニアのコミュニティを探ると、同様の体験をした人々の投稿が散見された。

共通点は明確だった。いずれも「ハッピークマ」という同じキャラクターのスタンプセットで、購入から約一週間以内に同様の現象が起きている。そして最も気になるのは、これらの投稿が突然削除されていることだった。

調査を進めるため、この「ハッピークマ」スタンプの製造元を突き止めようとしたが、パッケージには「Happy Products」という社名しか記載されておらず、所在地や連絡先は一切記されていなかった。


「Happy Products?そんなメーカー、業界にはないですよ」

文具卸売業を営む井上さん(58歳)はきっぱりと言い切った。

「最近は海外からの輸入品も多いですし、名前だけ付けて実態のないブランドも珍しくありません。特に安価な雑貨類は正規ルートを通さないものも...」

話を聞くうちに、このスタンプが正規の流通経路に乗っていない可能性が高まってきた。しかし、複数の証言者たちは皆、一般的な文具店やバラエティショップで購入したと語っている。

調査の続きとして、都内の複数の文具店を訪れたが、問題のスタンプを取り扱っている店舗は見つからなかった。しかし、ある古い文具店の店主が興味深い情報を教えてくれた。

「確かに半年ほど前、見知らぬ業者から直接営業があって、可愛いキャラクターのスタンプを置かないかと言われましたよ。サンプルも置いていったんですが、なんだか値段の割に質が良くなかったので断りました」

彼の記憶によれば、その営業マンは「Happy Something」という社名を名乗っていたという。そして気になる特徴として、「異様に白い肌と、やけに大きな目」を持っていたと語った。


この不思議なスタンプの起源を探るため、私は古書店でオカルト関連の資料を漁った。そこで見つけたのは、明治時代の文献に記された「変化印章」の記述だった。

民俗学者の乙羽教授に相談すると、彼は次のように解説してくれた。

「日本には古くから『付喪神』という概念があります。長年使われた道具に魂が宿るという思想ですね。しかし、これは少し異なるようです。むしろ西洋の『呪物』の概念に近いかもしれません。意図的に作られた呪いの媒体という...」

教授によれば、明治初期に洋の東西の呪術が混ざり合い、特殊な工程で作られた印章が存在したという記録があるらしい。使用者の生気を少しずつ吸収し、最終的には実体化して使用者の命を奪うという恐ろしい代物だ。

「ただ、それは伝説上の話。実際にそんなものが存在したという確かな証拠はありません」と教授は付け加えた。


調査を続ける中、田中さんから連絡があった。彼女の友人も同じスタンプを購入し、同様の現象が起きているというのだ。

その友人、佐々木さん(仮名・22歳)に会うと、彼女は恐る恐る紙袋からスタンプセットを取り出した。

「まだ三回しか使っていないんです。でも確かに変わってきています」

彼女が見せてくれたスタンプは、既にうつむいた表情になっていた。

「田中から聞いていたので、毎回写真を撮っているんです」

彼女のスマートフォンには、確かに徐々に変化していく印影が記録されていた。

「一度目は笑顔、二度目は表情がなくなって、三度目はこのうつむいた姿。次は...血のようなものが出るんですよね?」

恐る恐る尋ねる彼女に、私は田中さんから聞いた情報を確認した。そして、一つの提案をした。

「このスタンプを調査させてもらえませんか?」


友人の勤める研究所の協力を得て、このスタンプの成分分析を行った。結果は意外なものだった。

「インクに特殊な感熱成分が含まれています。時間の経過と共に化学反応を起こし、色や形が変化するようです」

つまり、スタンプの変化自体は科学的に説明できる現象だった。しかし、これは現象の一部を説明するに過ぎない。なぜ五回目の使用後に「実体化」するという証言が複数あるのか。そして、なぜその後、使用者たちは連絡が取れなくなるのか。


最後の謎を解くため、私は佐々木さんの了承を得て、彼女の部屋にビデオカメラを設置した。四回目のスタンプを押した後、何が起こるのかを記録するためだ。

翌朝、私はビデオを確認した。午前3時17分、画面に映し出されたのは、確かに部屋の隅に現れた小さな影だった。それは徐々に大きくなり、ついにはクマのようなシルエットを形成した。

しかし、その映像はそこで突然乱れ、以降は何も映っていなかった。佐々木さんの部屋を訪れると、彼女の姿はなく、ベッドには誰も寝た形跡がないまま整えられていた。テーブルの上には、あのスタンプが置かれていたが、印面を見ると、それはただの笑顔のクマの絵に戻っていた。

佐々木さんは、それ以降、連絡が取れていない。


この奇妙な都市伝説の真相は、未だ明らかではない。科学的分析は現象の一部を説明したが、すべてを解明するには至らなかった。そして最も重要な証言者が行方不明となった今、調査は行き詰まりを見せている。

「ハッピークマ」スタンプは、私の手元に残されたままだ。五回目の使用がどのような結果をもたらすか、私自身が試してみる誘惑もあるが、そのリスクを考えると躊躇われる。

都市伝説とは時に、私たちの理解を超えた何かを示唆する。それが単なる偶然の一致なのか、あるいは本当に超常的な現象なのか—その判断は読者の皆さんに委ねたい。

(了)


*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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