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第129回 キャンディマン
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都市伝説レポート 第129回
「キャンディマン」
取材・文: 野々宮圭介
それは先月の終わり、編集部に一本の電話が入ったことから始まった。受話器の向こうは、声を震わせる中年女性だった。
「うちの子供が言うんです。近所に『キャンディマン』という人が現れて、子供たちにお菓子を配っているって」
雨音がアスファルトを叩く音と混じり合う中、その女性は続けた。
「それだけなら、優しいおじさんの話で済むんですが…」
彼女の息子は、友達からこんな話を聞いたという。キャンディをもらった子供が一週間後に行方不明になった、と。単なる子供の作り話か、それとも何か別のものなのか。
「取材というのは足で稼ぐものだ」
私は革のメモ帳を取り出し、女性から聞いた情報を細かく書き留めた。古びた万年筆のインクがにじむほどの勢いで。
キャンディマン。その名前は耳に馴染みがないものではなかった。私は資料室の埃を被った洋書の山から、アメリカの都市伝説に関する文献を引っ張り出した。
アメリカ南部を発祥とするキャンディマン伝説。子供に甘いキャンディを配る優しそうな男が、実は子供を誘拐し、時には命を奪うという恐ろしい存在として語り継がれてきた。とりわけ、1970年代にテキサス州で実際に起きた事件—ハロウィン前夜に自身の息子に毒入りのキャンディを食べさせた父親による殺人事件—がこの伝説に現実味を与えていた。
「日本でこの都市伝説が語られるようになったのはいつからだろう」
私はさらに調べを進めた。インターネット上の掲示板では、ここ数年、関東地方の複数の地域で「キャンディマン」の目撃情報が散見されるようになっていた。しかし警察への被害届や具体的な事件報告は確認できない。
情報提供のあった住宅街は、閑静ながらも子供の声が響く平凡な一角だった。私は地元の小学校の前に立ち、下校時間に合わせて観察を続けた。メモ帳を片手に、時折眼鏡を直しながら。
三日目のこと。小学生の男の子二人組が、キャンディマンの話をしているのが聞こえた。
「ねえ、本当にキャンディマンって居るのかな?」
「うん、森くんの家の近くで見たって言ってたよ」
「どんな人だったの?」
「背が高くて、黒い服着てて、いつも笑顔なんだって。でもなんか変な笑い方するんだって」
私は子供たちに近寄り、自己紹介をした。雑誌の取材であること、都市伝説について調べていることを伝えると、子供たちは目を輝かせた。
「キャンディマンのことを教えてほしいんだ」
「ぼく、直接は会ったことないよ。でも高木くんが会ったって言ってた」
「キャンディってどんなの?」
「赤と白の縞々の棒キャンディだって。それをくれるんだって」
伝聞の伝聞。具体的な目撃者にはまだたどり着けない。
私は地域の公民館で開かれた住民集会に参加した。キャンディマンの噂は、すでに保護者たちの間に不安を広げていた。
「確かな情報はないんです」と、自治会長の岸本さん(62)は語る。
「でも、複数の子供が同じような話をするものですから、私たちも警戒せざるを得ません」
地元の交番に問い合わせると、不審者情報は数件寄せられているが、キャンディを配る人物の特定には至っていないという。一方で、過去二ヶ月の間に不明になった子供の報告はないという事実も確認できた。
「噂の真偽は別として、こうした話が広がる背景には何があるのでしょうか」と野々宮が問うと、地元の小児科医・浅野先生(45)はこう答えた。
「子供の安全への不安は常にあります。最近のSNSの普及で、海外の話が日本にも簡単に入ってくるようになりました。子供たちは想像力豊かですし、大人の不安が無意識に子供に伝わることもあるでしょう」
取材から一週間が経った頃、私は「キャンディマンを見た」という少年・高木君(11)にようやく会うことができた。公園のベンチで、母親同伴の元、少年は経験を語った。
「二週間くらい前かな。塾の帰りに公園の近くで会ったんだ。背が高くて、黒いコートを着た人。笑顔で『キャンディはいるかい?』って聞いてきたんだ」
「もらったの?」と野々宮が尋ねると、少年は首を横に振った。
「ううん、もらわなかった。だって母さんが『知らない人から物をもらうな』って言ってるから」
少年は続けた。
「でもね、不思議なことがあったんだ。その人、僕が断ったら『また会おう』って言ったんだけど…その声が、なんかおかしかった」
「おかしい?どう?」
「うん、なんか…遠くから聞こえてくるような」
高木君の母親(42)は付け加えた。
「息子が家に帰ってきたとき、顔色が悪かったんです。『何かあった?』と聞いたら、この話をしました。すぐに警察に連絡しましたが…」
警察は周辺のパトロールを強化したものの、該当する人物は見つかっていないという。
私は取材で集めた情報を整理し、過去のキャンディマン伝説と照らし合わせてみた。アメリカの都市伝説が日本の一地域で再現されている—または、そう見える—現象。これは何を意味するのか。
民俗学の権威である乙羽教授に相談すると、こんな示唆を得た。
「都市伝説には、社会不安の反映という側面があります。特に子供を狙う『誘拐者』のイメージは、現代社会の匿名性への恐怖と子供の安全を脅かす『何か』への漠然とした不安が形になったものでしょう」
さらに、キャンディという「誘惑」の象徴が使われる心理的効果についても教授は言及した。
「甘いものは子供にとって喜びの象徴です。その喜びが罠となる恐怖。親の管理が及ばない場所での危険。これらが組み合わさって、強力な物語となるのです」
一ヶ月に及ぶ取材で、私は数十人の住民や子供たちに話を聞いた。直接「キャンディマン」を見たという証言は高木君を含め三人。しかし、その描写には微妙な違いがあり、SNSなどで広まった噂が現実と混ざり合っている可能性も否定できない。
「ただの都市伝説で済ませていいのか」
私は最後に、高木君が「会った」という公園に足を運んだ。夕暮れ時、空は茜色に染まり、子供たちは帰宅し始めていた。ベンチに座り、周囲を観察していると、不意に後ろから声がした。
「取材ですか?」
振り向くと、そこには黒いコートを着た中年男性が立っていた。私は一瞬身構えたが、男性は穏やかな笑顔を浮かべている。
「いえ、ただ休んでいるだけです」と私は答えた。
「そうですか。この公園、最近は物騒ですからね。お気をつけて」
男性はそう言うと、ポケットから何かを取り出した。私の視線がそこに向くと、男性は軽く笑った。
「失礼。タバコです」
男性は一本のタバコに火をつけ、煙を吐き出しながら遠ざかっていった。
あの男性は本当に「ただの通行人」だったのか。私は、メモ帳の最後にこう記した。
「都市伝説は、語り継がれることで生命を得る。噂は現実を作り出し、時には現実が噂を追いかける。キャンディマンは存在するのか、それとも私たちの恐怖が生み出した幻なのか—その答えは、おそらく聞く人の心の中にある」
読者諸氏は、どう考えるだろうか。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「キャンディマン」
取材・文: 野々宮圭介
それは先月の終わり、編集部に一本の電話が入ったことから始まった。受話器の向こうは、声を震わせる中年女性だった。
「うちの子供が言うんです。近所に『キャンディマン』という人が現れて、子供たちにお菓子を配っているって」
雨音がアスファルトを叩く音と混じり合う中、その女性は続けた。
「それだけなら、優しいおじさんの話で済むんですが…」
彼女の息子は、友達からこんな話を聞いたという。キャンディをもらった子供が一週間後に行方不明になった、と。単なる子供の作り話か、それとも何か別のものなのか。
「取材というのは足で稼ぐものだ」
私は革のメモ帳を取り出し、女性から聞いた情報を細かく書き留めた。古びた万年筆のインクがにじむほどの勢いで。
キャンディマン。その名前は耳に馴染みがないものではなかった。私は資料室の埃を被った洋書の山から、アメリカの都市伝説に関する文献を引っ張り出した。
アメリカ南部を発祥とするキャンディマン伝説。子供に甘いキャンディを配る優しそうな男が、実は子供を誘拐し、時には命を奪うという恐ろしい存在として語り継がれてきた。とりわけ、1970年代にテキサス州で実際に起きた事件—ハロウィン前夜に自身の息子に毒入りのキャンディを食べさせた父親による殺人事件—がこの伝説に現実味を与えていた。
「日本でこの都市伝説が語られるようになったのはいつからだろう」
私はさらに調べを進めた。インターネット上の掲示板では、ここ数年、関東地方の複数の地域で「キャンディマン」の目撃情報が散見されるようになっていた。しかし警察への被害届や具体的な事件報告は確認できない。
情報提供のあった住宅街は、閑静ながらも子供の声が響く平凡な一角だった。私は地元の小学校の前に立ち、下校時間に合わせて観察を続けた。メモ帳を片手に、時折眼鏡を直しながら。
三日目のこと。小学生の男の子二人組が、キャンディマンの話をしているのが聞こえた。
「ねえ、本当にキャンディマンって居るのかな?」
「うん、森くんの家の近くで見たって言ってたよ」
「どんな人だったの?」
「背が高くて、黒い服着てて、いつも笑顔なんだって。でもなんか変な笑い方するんだって」
私は子供たちに近寄り、自己紹介をした。雑誌の取材であること、都市伝説について調べていることを伝えると、子供たちは目を輝かせた。
「キャンディマンのことを教えてほしいんだ」
「ぼく、直接は会ったことないよ。でも高木くんが会ったって言ってた」
「キャンディってどんなの?」
「赤と白の縞々の棒キャンディだって。それをくれるんだって」
伝聞の伝聞。具体的な目撃者にはまだたどり着けない。
私は地域の公民館で開かれた住民集会に参加した。キャンディマンの噂は、すでに保護者たちの間に不安を広げていた。
「確かな情報はないんです」と、自治会長の岸本さん(62)は語る。
「でも、複数の子供が同じような話をするものですから、私たちも警戒せざるを得ません」
地元の交番に問い合わせると、不審者情報は数件寄せられているが、キャンディを配る人物の特定には至っていないという。一方で、過去二ヶ月の間に不明になった子供の報告はないという事実も確認できた。
「噂の真偽は別として、こうした話が広がる背景には何があるのでしょうか」と野々宮が問うと、地元の小児科医・浅野先生(45)はこう答えた。
「子供の安全への不安は常にあります。最近のSNSの普及で、海外の話が日本にも簡単に入ってくるようになりました。子供たちは想像力豊かですし、大人の不安が無意識に子供に伝わることもあるでしょう」
取材から一週間が経った頃、私は「キャンディマンを見た」という少年・高木君(11)にようやく会うことができた。公園のベンチで、母親同伴の元、少年は経験を語った。
「二週間くらい前かな。塾の帰りに公園の近くで会ったんだ。背が高くて、黒いコートを着た人。笑顔で『キャンディはいるかい?』って聞いてきたんだ」
「もらったの?」と野々宮が尋ねると、少年は首を横に振った。
「ううん、もらわなかった。だって母さんが『知らない人から物をもらうな』って言ってるから」
少年は続けた。
「でもね、不思議なことがあったんだ。その人、僕が断ったら『また会おう』って言ったんだけど…その声が、なんかおかしかった」
「おかしい?どう?」
「うん、なんか…遠くから聞こえてくるような」
高木君の母親(42)は付け加えた。
「息子が家に帰ってきたとき、顔色が悪かったんです。『何かあった?』と聞いたら、この話をしました。すぐに警察に連絡しましたが…」
警察は周辺のパトロールを強化したものの、該当する人物は見つかっていないという。
私は取材で集めた情報を整理し、過去のキャンディマン伝説と照らし合わせてみた。アメリカの都市伝説が日本の一地域で再現されている—または、そう見える—現象。これは何を意味するのか。
民俗学の権威である乙羽教授に相談すると、こんな示唆を得た。
「都市伝説には、社会不安の反映という側面があります。特に子供を狙う『誘拐者』のイメージは、現代社会の匿名性への恐怖と子供の安全を脅かす『何か』への漠然とした不安が形になったものでしょう」
さらに、キャンディという「誘惑」の象徴が使われる心理的効果についても教授は言及した。
「甘いものは子供にとって喜びの象徴です。その喜びが罠となる恐怖。親の管理が及ばない場所での危険。これらが組み合わさって、強力な物語となるのです」
一ヶ月に及ぶ取材で、私は数十人の住民や子供たちに話を聞いた。直接「キャンディマン」を見たという証言は高木君を含め三人。しかし、その描写には微妙な違いがあり、SNSなどで広まった噂が現実と混ざり合っている可能性も否定できない。
「ただの都市伝説で済ませていいのか」
私は最後に、高木君が「会った」という公園に足を運んだ。夕暮れ時、空は茜色に染まり、子供たちは帰宅し始めていた。ベンチに座り、周囲を観察していると、不意に後ろから声がした。
「取材ですか?」
振り向くと、そこには黒いコートを着た中年男性が立っていた。私は一瞬身構えたが、男性は穏やかな笑顔を浮かべている。
「いえ、ただ休んでいるだけです」と私は答えた。
「そうですか。この公園、最近は物騒ですからね。お気をつけて」
男性はそう言うと、ポケットから何かを取り出した。私の視線がそこに向くと、男性は軽く笑った。
「失礼。タバコです」
男性は一本のタバコに火をつけ、煙を吐き出しながら遠ざかっていった。
あの男性は本当に「ただの通行人」だったのか。私は、メモ帳の最後にこう記した。
「都市伝説は、語り継がれることで生命を得る。噂は現実を作り出し、時には現実が噂を追いかける。キャンディマンは存在するのか、それとも私たちの恐怖が生み出した幻なのか—その答えは、おそらく聞く人の心の中にある」
読者諸氏は、どう考えるだろうか。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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