13 / 41
【第13話】プラムと翔斗の無駄話
しおりを挟む
夕飯を終え、やがて夜が深くなった。
住宅街の明かりも乏しくなり、頼りになるのはまばらな間隔に照る街灯のみ。
父さんは今日も、帰ってこない。
消灯した客間。家政婦が用意してくれた3つの布団。さすがに疲れていたのか、アローは布団に体を滑り込ませるや否や、すぐに寝てしまった。
翔斗は、今日起きた非日常の出来事を、布団の中で思い出していた。変な2人組と出会って、殺し屋に毒を盛られて、車酔いして、変な2人組と一緒にご飯を食べた。
これがすべて、今日1日の間に起きたこと。未だにどこか、信じられない自分がいる。
翔斗は、左で眠るアローの逆・・・右側の壁に寄りかかって座るプラムの方を見た。用意してきたのか、畳には小さな電子式LEDランタンが置かれている。そのオレンジ色の強く寂しい明かりを頼りに、銃を部品ごとにバラして整備している。
翔斗がこちらを見ていることに気づいたのか、プラムは布団から頭だけ出す翔斗と目を合わせた。
「寝れねえのか?」
「・・・まぁ」
「明日も学校なんだから早く寝ろよ」
そう言って、プラムはいつもと変わらぬ眠たそうな表情で、再び目線を手元の銃の部品に移した。ランタンの明かりにわずかに照らされたプラムを、翔斗はぼんやりと眺める。
「・・・寝ないの?」
「あたしとアローが同時に寝たら、3人一緒にオダブツするかもしれねえからな。こうやって、2時間交代制で見張ってんのさ」
「・・・そっか」
「分かったら早く寝ろ」
・・・。
しばしの沈黙。聞こえてくるのは、アローの快眠を示す寝息と、プラムが整備している銃のカチャカチャという心地よい音だけ。翔斗はぼんやりと天井を見て、夕飯前アローに言われたことを思い返した。
クズみたいな親なんか捨てて、家を出てしまえばいい。
きっと、実行に移すのが最適解なんだろう。けどなぜ、僕はその道を選ぼうとしない?
・・・甘いから。
無意識に、自問自答を繰り返す。
「プラムさんはさ・・・なんで殺し屋になったの?」
「ア? なんだよいきなり」
静寂を破った翔斗に驚くことなく、プラムは相変わらず眠たそうな顔で、天井を見つめる翔斗を見た。
「気になってさ。なんでそんな危ない世界に入ったのか」
「さぁてね。なんでだったっけ。そんな深く考えずに入ったから、もう覚えてねえな」
整備が終わったのか、プラムはバラバラだった銃を組み立て始めた。
「そんな軽い気持ちで入ったの?」
「軽いも重いもねえよ。流れに身を任せた結果だ」
・・・そんな曖昧な理由で、簡単に人を撃てるものなのか?
「・・・Group Emmaに入る前、プラムさんはどこで何をしていたの?」
「残念だが、その質問には答えられねえな」
「なんで?」
「過去を喋っちまうことになるからな」
「・・・ダメなの?」
「ああ」
「なんで・・・?」
「規則だから」
「規則?」
「そ、規則。あたしらは、たとえ相手が組織内の仲間だとしても、自分の経歴は明かしちゃいけねえんだ」
「・・・そうなんだ。じゃあ、将来の夢はある?」
「夢ぇ?」
「うん。夢」
「夢ねえ・・・ん~」
銃を組み立て終わったプラムは、最後に弾倉を入れ、舐めるように銃を見た。
「別に。無いかな」
プラムは銃を畳に置くと、足元にあったランタンを壁に寄せて、照明を一番弱い設定にした。
「お前は何か夢でもあんのか?」
「え、僕?」
「うん」
翔斗は一瞬、喉から出ようとする言葉を食い止めた。将来の夢など、誰にも言ったことがない。
「・・・言いたくない」
「え、なんで?」
「・・・言いたくないから」
「あっそ。じゃあ早く寝ろ」
「・・・うん」
あまりにもあっさりとした受け答え。しつこく話を聞いてくるアローとはまるで真逆の性格だ。プラムはポケットからスマートフォンを取り出し、画面を横にすると、無音設定のまま何かの動画を見始めた。
・・・。
「・・・ホントはさ」
「なんだよ寝るんじゃねーのかよ」
半分呆れたプラムが、スマホから顔を上げた。
「本当は、政治家になりたいんだ」
「政治家ぁ?」
「うん。政治家」
「ふーん、まぁ頑張ればなれるんじゃね」
「・・・何とも思わないの?」
「え、何が?」
「いや・・・僕が政治家になるって、何とも思わないの?」
「別に。あっそ、てカンジ」
「・・・」
翔斗は、初めて人に語る自身の夢を、プラムのランタンにわずかに照らされた暗い天井に思い描いた。
「政治家になって、この世から戦争を無くしたい。それこそ、プラムさんみたいに、裏社会で生きる人たちを何とかしたい」
「へー」
「どうしたらいいかな」
「何が?」
「裏社会を根絶するためには、どうしたらいいかな」
「知らねえよ。そんくらい自分で考えろ」
プラムの言葉に、翔斗は思わず笑った。
「そうだよね。それを考えないと、政治家じゃないよね」
すると、プラムがスマートフォンを一旦閉じて、翔斗の方を向いた。
「ただひとつ言えるのは、表だろうが裏だろうが、誰かに必要とされてるから存在するんだ。箸じゃスープを掬えねえからスプーンがあるんだろうが」
「・・・」
「スープを少しずつ掬って飲みたいのに、スプーンが無かったら嫌だろ。そーゆーこった」
「・・・そっか」
「ま、そんなこたぁどうでもいいから早く寝ろ」
翔斗は頷くと、それ以上は何も言わなかった。自身に吹く新しい風を確かに感じて、そっと目を閉じた。
住宅街の明かりも乏しくなり、頼りになるのはまばらな間隔に照る街灯のみ。
父さんは今日も、帰ってこない。
消灯した客間。家政婦が用意してくれた3つの布団。さすがに疲れていたのか、アローは布団に体を滑り込ませるや否や、すぐに寝てしまった。
翔斗は、今日起きた非日常の出来事を、布団の中で思い出していた。変な2人組と出会って、殺し屋に毒を盛られて、車酔いして、変な2人組と一緒にご飯を食べた。
これがすべて、今日1日の間に起きたこと。未だにどこか、信じられない自分がいる。
翔斗は、左で眠るアローの逆・・・右側の壁に寄りかかって座るプラムの方を見た。用意してきたのか、畳には小さな電子式LEDランタンが置かれている。そのオレンジ色の強く寂しい明かりを頼りに、銃を部品ごとにバラして整備している。
翔斗がこちらを見ていることに気づいたのか、プラムは布団から頭だけ出す翔斗と目を合わせた。
「寝れねえのか?」
「・・・まぁ」
「明日も学校なんだから早く寝ろよ」
そう言って、プラムはいつもと変わらぬ眠たそうな表情で、再び目線を手元の銃の部品に移した。ランタンの明かりにわずかに照らされたプラムを、翔斗はぼんやりと眺める。
「・・・寝ないの?」
「あたしとアローが同時に寝たら、3人一緒にオダブツするかもしれねえからな。こうやって、2時間交代制で見張ってんのさ」
「・・・そっか」
「分かったら早く寝ろ」
・・・。
しばしの沈黙。聞こえてくるのは、アローの快眠を示す寝息と、プラムが整備している銃のカチャカチャという心地よい音だけ。翔斗はぼんやりと天井を見て、夕飯前アローに言われたことを思い返した。
クズみたいな親なんか捨てて、家を出てしまえばいい。
きっと、実行に移すのが最適解なんだろう。けどなぜ、僕はその道を選ぼうとしない?
・・・甘いから。
無意識に、自問自答を繰り返す。
「プラムさんはさ・・・なんで殺し屋になったの?」
「ア? なんだよいきなり」
静寂を破った翔斗に驚くことなく、プラムは相変わらず眠たそうな顔で、天井を見つめる翔斗を見た。
「気になってさ。なんでそんな危ない世界に入ったのか」
「さぁてね。なんでだったっけ。そんな深く考えずに入ったから、もう覚えてねえな」
整備が終わったのか、プラムはバラバラだった銃を組み立て始めた。
「そんな軽い気持ちで入ったの?」
「軽いも重いもねえよ。流れに身を任せた結果だ」
・・・そんな曖昧な理由で、簡単に人を撃てるものなのか?
「・・・Group Emmaに入る前、プラムさんはどこで何をしていたの?」
「残念だが、その質問には答えられねえな」
「なんで?」
「過去を喋っちまうことになるからな」
「・・・ダメなの?」
「ああ」
「なんで・・・?」
「規則だから」
「規則?」
「そ、規則。あたしらは、たとえ相手が組織内の仲間だとしても、自分の経歴は明かしちゃいけねえんだ」
「・・・そうなんだ。じゃあ、将来の夢はある?」
「夢ぇ?」
「うん。夢」
「夢ねえ・・・ん~」
銃を組み立て終わったプラムは、最後に弾倉を入れ、舐めるように銃を見た。
「別に。無いかな」
プラムは銃を畳に置くと、足元にあったランタンを壁に寄せて、照明を一番弱い設定にした。
「お前は何か夢でもあんのか?」
「え、僕?」
「うん」
翔斗は一瞬、喉から出ようとする言葉を食い止めた。将来の夢など、誰にも言ったことがない。
「・・・言いたくない」
「え、なんで?」
「・・・言いたくないから」
「あっそ。じゃあ早く寝ろ」
「・・・うん」
あまりにもあっさりとした受け答え。しつこく話を聞いてくるアローとはまるで真逆の性格だ。プラムはポケットからスマートフォンを取り出し、画面を横にすると、無音設定のまま何かの動画を見始めた。
・・・。
「・・・ホントはさ」
「なんだよ寝るんじゃねーのかよ」
半分呆れたプラムが、スマホから顔を上げた。
「本当は、政治家になりたいんだ」
「政治家ぁ?」
「うん。政治家」
「ふーん、まぁ頑張ればなれるんじゃね」
「・・・何とも思わないの?」
「え、何が?」
「いや・・・僕が政治家になるって、何とも思わないの?」
「別に。あっそ、てカンジ」
「・・・」
翔斗は、初めて人に語る自身の夢を、プラムのランタンにわずかに照らされた暗い天井に思い描いた。
「政治家になって、この世から戦争を無くしたい。それこそ、プラムさんみたいに、裏社会で生きる人たちを何とかしたい」
「へー」
「どうしたらいいかな」
「何が?」
「裏社会を根絶するためには、どうしたらいいかな」
「知らねえよ。そんくらい自分で考えろ」
プラムの言葉に、翔斗は思わず笑った。
「そうだよね。それを考えないと、政治家じゃないよね」
すると、プラムがスマートフォンを一旦閉じて、翔斗の方を向いた。
「ただひとつ言えるのは、表だろうが裏だろうが、誰かに必要とされてるから存在するんだ。箸じゃスープを掬えねえからスプーンがあるんだろうが」
「・・・」
「スープを少しずつ掬って飲みたいのに、スプーンが無かったら嫌だろ。そーゆーこった」
「・・・そっか」
「ま、そんなこたぁどうでもいいから早く寝ろ」
翔斗は頷くと、それ以上は何も言わなかった。自身に吹く新しい風を確かに感じて、そっと目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる