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みかん星人

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【第17話】だったらお前が殺してこい

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 ベルに呼び出されたアローが、バンの運転する車に乗って学校を去っていった。すかさず、プラムにアローからメールが入る。「バンに送ってもらうから、先に翔斗くんを家に帰してあげて」というメッセージに「了解」と短く返信したプラムはスマートフォンをポケットにしまうと、翔斗を連れてランエボに乗り込んだ。 
 
「シートベルトしたか?」

「うん」

「じゃ、行くぞ」

 ランエボの唸るようなエンジン音。ギアを1速に入れ、アクセルペダルを軽く踏んで、半クラッチ。この動作を1秒にも満たぬ速さで完了させたプラムは、黒川邸に続く帰路についた。
 車内はしんとしていた。何故だろうか。出会ってから、まだ数日しか経っていないというのに。普段、隣に座るアローの、やかましい質問攻めが妙に懐かしく感じる。
 流れゆく景色。右を見れば、ランエボを追い抜いていく車たちが。左を見れば、少し高めの服屋や、安さが売りの丼物屋、ピザの配達用バイクが3台ほど停めてあるピザ屋や、ファストフード店など、さまざまな店が軒を連ねる。歩道には、翔斗と同じく、授業を終えた帰宅生たちが歩いている。数人で集まって、楽しそうに話をしている者もいれば、ポケットから生え出るイヤホンを耳につけ、ひとりで静かに帰る者もいる。
 翔斗は、前を見た。運転席でハンドルを握るプラムの、わずかに見える顔。相変わらず眠たそうだ。アローがいてもいなくても、ずっとこんな感じなのだろうと、勝手に予測してみる。

「・・・何があったの?」

「あ? 何が」

「アローさん、不機嫌そうだったから」

「あぁアローか。中塚と喧嘩したんだよ」

「え、喧嘩?」

「うん」

「中塚先生と?」

「そう」

 ・・・。

 翔斗は少し俯いた。

「大人でも喧嘩するんだね」

「まあな」

「プラムさんは、喧嘩しないよね」

「そうか? アローとよく喧嘩してんだろ私」

「・・・アローさんはなんで喧嘩したの?」

「思いのほか自分の授業にダメ出し喰らったからじゃね?」

 バックミラーに映るプラムの顔は、やはりどこか眠たそうで、何となく、この会話も面倒臭そう。そんなプラムに、翔斗はどこか、焦ったさというか、歯痒さのようなものを感じていた。

「戦争って、いつもこんな感じで起きるよね」

「なんだいきなり」

「色んな理由があるけどさ、アローさんと中塚先生の喧嘩みたいに、戦争っていつもつまらない理由で始まるよねってこと」

「まぁ、そうなんじゃね」

「プラムさんって、戦争イヤじゃないの?」

「え、あたし?」

「うん」

「うーん、どっちかというとイヤかもな」

「どっちかというとって、戦争がイイって思う時もあるってこと?」

「う~ん、分からん」

 コイツ、あたしとふたりだとよく喋るな・・・。

 ランエボの運転を楽しみたいプラムだが、どういうことか翔斗に少し懐かれているようだ。以前、深夜に話した時から、アローには見せない口の利き方をしてくる。今も、難しい質問をプラムに投げかけては、その答えを聞こうとする。

「よく分かんないって・・・。大人でも分かんないんだ」

「そりゃ難しいからな」

「僕は絶対反対。戦争はよくないよ」

「そうか」

「なんで人が戦争するか分からない。大人って、譲り合えないの?」

「そうなんじゃね」

 淡白なプラムに、翔斗の焦ったい気持ちが強くなっていく。

「そうなんじゃね、じゃないよプラムさん」

「ンあ?」

「真面目に考えてるんだよ僕は。この前、夜寝る前に話したでしょ?」

「何か話したっけ」

「政治家になって戦争を無くしたいって話したじゃん」

「そうだっけか」

「したよ」

 翔斗の語気が強まる。

「なんでみんな争うの? 父さんも、アローさんも、世界も。みんななんで平和にやれないんだよ。僕なんか、なるべく平和に過ごそうと思えば、いくらでもできるのに」

 ・・・。

 車内を静寂が包む。すれ違う対向車の独特な音。ゆっくりと変わりゆく景色。唐突に、プラムが口を開いた。

「じゃあお前、そこの下にあるボタン押してみな」

「え?」

「下だよ下。お前が今座ってる席の下。触ってったら、裏っ側に丸っこいボタンがあんだろ。ソコ押せって言ってんの」

 翔斗は、プラムの言葉の意味をよく理解しないまま、手を下に伸ばした。そこには言葉通り、豆粒ほどの大きさの、丸いボタンが肌触りで確認できた。押してみるとガタンと音がして、文机の引き出しのようなスペースが翔斗に向かって顔を覗かせた。

「コ、コレ・・・!」

 自身が座る後部座席。その真下から姿を現したモノに、翔斗の血の気が一気に引いた。

「これ、銃じゃないですか・・・!」

「そうじゃなかったら何なんだよ」

 プラムは依然として眠たそうな顔をして、ハンドルをくるくると右に回す。

「ベレッタM9A3。米軍の銃だ。何年か前、官僚の息子誘拐した時ついでに掻かっ払ぱらってきたヤツ。弾は17発入ってる」

「いや、なんでこんなものを・・・」

「持ってみろ」

「え?」

「持ってみろっつってんだよ」

 ・・・。
 
 言われるがまま、翔斗は銃を手に持った。銃の重さなど、今まで想像したこともなかった。だからか、この銃が重いとか、軽いとか、翔斗には判断できなかった。

「それやるよ」

「え?」

「ソレやるから、あんたの敵の白山さん、撃ってきていいよ」

「え、なんで僕が・・・?」

「え? だって争いを仕掛ける奴らのことが嫌いなんだろ?」

「まぁ、そうだけど・・・」

「じゃあ殺せよ。強い思いを持ってるお前が動くのがいちばん手っ取り早いだろ」

「いや、え、けど・・・」

「安心しろって。後のことは、もちろんあたしがなんとかするからよ」

「いや、だけど・・・僕に人殺しなんか・・・」

「なんだ、お前ホントは怖いのか?」

「う、うん・・・。そんなの当たり前だよ」

「んだよ、ちょっと期待したのによ。結局お前も他人事じゃねぇか」

 ・・・。

 翔斗は、それ以上は何も言えなかった。

「じゃあもういいから、銃のケース元に戻してくれ。警察に見られたらメンドイから」
 
 指示通りに銃を元の位置に置き、記憶から消し去るように後部座席の奥に収納した。手に残る銃の形と重みだけが、彼の記憶に残る。
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