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第二章 森の平定
第55話 将としてではなく
しおりを挟む日中、俺はリンカ達と鍛錬に勤しんだ。
獣人達との戦闘からは、学ぶことが多い。
特に、魔力の管理に関してはかなり参考にさせて貰っている。
元々の身体能力が他の亜人より劣る俺は、必然的に魔力運用に頼った戦い方になりがちである。
特に防御に関しては『剛体』に頼らざるを得ないことが多いのだが、如何せんその魔力消費が大きく、ガス欠に陥る可能性が高くなっている。
それでいて攻撃に関しても、魔力の強化無しで獣人やトロールにダメージを与えるのはことができないという……
まあ要するに、防戦一方になると逆転の可能性すら潰えてしまうのである。
幸い俺の魔力総量自体は、ゴブリンやオークなどに比べて多いようなのだが、圧倒的な魔力量を誇る獣人や、常に回復し続けるトロール相手だとすぐにジリ貧となる。
故に、彼らとまともに渡り合うためには、効率の良い魔力運用を心がける必要があるだ。
「そこっ!」
「ムッ!?」
俺は攻撃の際、体重のかかった軸足を見逃さずに払う。
そして、相手の体勢が崩れる勢いを加速させるように腕を引き込み、喉を押さえて地面に叩きつける。
「お、お見事です……」
「ふぅ、やっと一本取れたな」
俺は稽古相手になってくれた獣人、スイセンの手を取って引き起こす。
本日五度目の模擬戦にて、ようやくの勝利である。
「いやいや、まさか数戦でここまで魔力操作が上達するとは……。恐れ入りました」
「それはこっちの台詞だよ。こう見えて元々、魔力操作には自信があったんだぞ? でも、スイセンを見た瞬間、俺は単に自惚れていたんだと痛感したよ」
俺のちっぽけな自信を、スイセンは初戦で見事に砕いてくれた。
全く……、少し魔力操作ができるからといって、得意気になっていた自分が自分が恥ずかしくて堪らない。
「それは単純に、経験の差でしかありませんよ。それよりも、私が少し手解きをしただけで、ここまで上達してみせたトーヤ様の方が素晴らしいです……。私はその域に到達するのに、10年以上の歳月を費やしました。正直、少し悔しいですよ……」
「いやいやいや、俺は少しズルしている所があるからね? それ抜きなら、俺はきっと手も足も出なかったよ……。あとはやっぱり、スイセンの教え方が良かったんだと思う。スイセンと出会えたことは、俺にとって幸運だった」
「ズル……? というのが何かはわかりませんが、それこそ……、こちらの台詞ですよ……」
…………ん?
最後の方が細々として聞き取り辛かったが、こちらの台詞と言ったか?
でも俺、別にスイセンの利益になるようなことした覚え無いけど……
……まあ、いいか。
「ズルに関しては、とりあえず気にしないでくれ。その内、スイセンには教えるからさ」
「はぁ……」
ズル、というのは『繋がり』による感覚の共有である。
俺は戦闘の基礎となる魔力運用を、ライの感覚から学ぶことができた。
本来は地道な練習などで培われるソレを、共有することで得られるのはズルと言っても過言では無いだろう。
それに加え、ここ数日でリンカやアンナとの『繋がり』ができたことで、俺の感覚はさらに強化されている。
……まあ二人とも、天才肌な所があるので、あまり参考にはならないんだがな。
「それにしても、魔力操作について知れば知る程、スイセンの凄さがわかるよ。良ければ、俺の師匠になってくれない?」
スイセンは、天才肌の二人とは異なり、努力で培っただろう繊細な魔力運用ができている。
それは、今の俺が最も欲している技術であった。
「し、師匠だなんて! 私などが、恐れ多いです! 私はリンカ様の配下なんでですよ……? それは即ち、トーヤ様の配下でもあるということです。その私が、トーヤ様の師匠など……、ありえません」
「そんなことはない! スイセンの魔力操作は今まで見てきた誰より素晴らしい! だから俺は、スイセンから学びたいと思ったんだ。その気持ちに、立場なんて関係ないだろ?」
「っ!」
俺はスイセン如何に素晴らしいか、彼女のか細い手を握って力説する。
こんなか細い手に、俺は何度も転がされたのだ……
如何に彼女が否定しようとも、俺は自分の主張を譲る気は無い。
「こ、困ります……。トーヤ様が良くても、その、私の立場では……」
「オホン!」
もう一押しだな、と思い畳みかけようとしていた所、背後からわざとらしい咳払いが聞こえる。
「リ、リンカ様!?」
興奮するあまり気づくのが遅れたが、同じように稽古をしていたリンカが、眉を釣り上げてこちらを睨んでいた。
「……トーヤ殿、私の部下を誑かすとは、どういう了見でしょうか?」
「た、誑かすだなんて人聞きが悪いな……。俺は正真正銘、本心からスイセンさんを尊敬しているから、師になって貰おうとだな……」
そんなやり取りを見て、あわあわといった感じで俺とリンカを交互に見るスイセンさん。
彼女は一応俺の年上らしいのだが、その様子を見ると子犬の様な可愛さを感じてしまう。
……まあ、俺の年齢も正確じゃないし、本当は年下なのかもしれないな。
「そういうことではありません! 何を話していたかが問題なのではなく、トーヤ殿がスイセンの手を握って、真剣に見つめていることこそが問題なのです! 周囲にあらぬ誤解を招いているでしょう!?」
「っ!?」
俺はハッとなり、慌ててスイセンの手を放す。
……確かに、こればかりは間違いなく俺が悪いな。
「す、すまないスイセン……。ちょっと興奮し過ぎた……」
「い、いえ、その、私の方こそ……。素晴らしいと言って頂いたのは、嬉しかったので……」
俺達はお互い、気まずそうな感じで俯く。
「……全く。大体に、二人は組み合わせも変えずに戦い過ぎです。なのでその、つ、次は私と……」
組手相手の変更を、もじもじと提案してくるリンカ。
その仕草は少し可愛いのだが、そろそろ時間も微妙だな……
「いや、悪いけど稽古はこれで終わりだ。スイセンも、勝ち逃げのようなかたちになってしまい申し訳ないが、この続きはまた今度にしよう。リンカも、それでいいね?」
「む、わかりました……」
少し残念そうな顔をするリンカ。
なんだか出会った頃に比べると、幼さが目立つようになったと思うのは気のせいだろうか?
むしろ、本当はこれが素で、打ち解けてきたと考えるべきなのかな……
「あ、スイセン、今夜は空けておいてね? 夜までにはしっかり休んで、体力を回復させておくように」
スイセンは一瞬、何を言われているかわからないといった表情をする。
「………………なななっ!?」
しかし次の瞬間、顔を真っ赤にして後ずさった。
「ト、トーヤ殿!? 一体何を!?」
「ああ、リンカもね。言っておかないと、二人とも夜まで稽古してそうだからさ」
「………………なっ!? わ、私も!?」
ん? おかしいな。今夜空けておけって言われたくらいで、なんでこんなに動揺を……、てしまった!
いくら戦士とはいえ、彼女達も女性である。
異性にこんな誘い方をされたら、あらぬ誤解を受けても仕方がない……
「ちょ、ご、ごめん、誤解するような言い方になった。今夜、偵察部隊を編成して森を調査する予定なんだよ!」
「………………はっ! い、いえ!? 私は誤解など別に!?」
「そ、そうだぞ!? 誤解とは一体何のことだ!?」
「……な、ならいいんだ。で、できれば他に三人ほど見繕っておいてくれるか? 俺が選ぶより良いと思うんで」
「は、はい、わかりました」
「じゃ! そういうことで!」
気まずい雰囲気に耐えられず、俺はそそくさとその場から逃げ出した。
◇
俺は3時間程仮眠をとった後、簡単に飯を済ませて軍議の間に向かう。
集まってもらったのは前回と同じ顔ぶれ……、からアンネを除いた面子である。
アンネは今夜の偵察に出さないため、メンバーから外している。
「早速だけどライ、報告を頼む」
「うん。まず僕とボタンさん、コルト君とギイ、ゲンの五名は、東のオーク族やゴブリン族の集落を見て来た。……あまり歓迎はされなかったけど、一応情報は仕入れられたよ」
「歓迎されなかった、ね。まあ、予想通りと言えば予想通りだけど、案外ライなら上手くやれるかとも思ってたんだが」
「……なんでそんな期待したの? 僕、ただのレッサーゴブリンだよ?」
そうかなぁ……
俺には、ライがただのレッサーゴブリンになんて見えないけど……
「……いや、何となくね。それで、情報っていうのは?」
「彼らや、その周囲にも被害は出ていないってことと、予想通り、魔獣が少し減っているらしいことだね」
……やはりか。
相手が魔獣使いなのであれば、そういったことが起きている可能性があるのは想定していた。
恐らく魔獣使いは、減った手駒をこの周辺の魔獣で補充したのだろう。
「あとは、コルト君とボタンさんが、魔獣の痕跡を捉えてくれた。これも予想通りだけど、痕跡は北に続いているみたいだった」
「……俺は鉱族とのハーフです。だから、土を読むことに関しては自信があります。痕跡は消された形跡がありましたが、北に向かったのは間違いないと思います」
「私からも補足させて頂きますと、その痕跡からは魔犬やシシ豚の臭いがしました。正確な位置までは掴めませんが、北に向かったのは確実だと思います」
コルトの発言を、獣人のボタンが補足する。
ボタンはスイセンさんと同じような、イヌ科を連想するような見た目の持ち主だ。
その見た目を信用するなら、イヌ科並みの嗅覚を持っているハズ。信用してもいいだろう。
「二人とも凄いんだよ? 特にコルト君は土の魔術に対して、凄い素養があるみたいなんだ。将来的には、もしかしたらザルアさんに匹敵するかもしれない」
ザルアに匹敵!? そりゃ凄いな……
「俺達の方も情報としては似たり寄ったりだな。……西側の連中は、噂通り血の気の多いヤツばかりで、少し喧嘩になったがな」
喧嘩という言葉に少し眉をひそめたが、無傷のガウ達を見る限り、怪我などの心配は無いようである。
……いや、したけど治ったって可能性は十分あるが。
西にはガウと、ダオ、イオの三名に加え、獣人のシュウ、ハーフエルフのロニーで構成された5人が向かった。
レイフの森の西は、血の気の多い連中が多く住むと噂になっている曰く付の場所である。
集落という形態すら取らず、個人で暮らしているような猛者も多いらしい。
その為、西に向かうのは特に戦闘力の長けた4名を選出した。
「荒くれ者が多かったのは確かだが、ロニーが警戒していてくれたお陰で樹上からの奇襲も事前に察知できた。それに、やりあってみると、意外に気の良い奴等が多かったぞ。拳で語れば、本音も出やすいものだしな」
「……いや、あれは泣いていたぞ? 特にイオ殿のアレは、喧嘩と言うよりも折檻に近かったし」
シュウが少し引いたような目でイオを見る。
気持ちはわかるよ、シュウ……
イオって見た目は本当にクールビューティーなんだけど、中身はやっぱり戦闘民族なんだよなぁ……
「失礼なことを言わないでくれますか? シュウ。そもそもあれは、下卑た手つきで私に触れようとしたから仕置きをしたまでです。全く……、戦いに下劣な感情を持ち込むなど、許されることではありません」
「……まあ、気持ちはわかるが、あの男達、最後の方は喜んでいた節さえあったぞ?」
その言葉に、イオは心底嫌そうな顔をして身震いする。
「む……。それはおぞましい……。私はアントニオと湯を浴びてきますので、これで失礼させて貰います」
そう言って、部屋を出ていってしまうイオ。
相変わらずの傍若無人っぷりである……
リンカが文句を言いたそうにしていたが、俺はそれを手で制して宥める。
別にイオを庇うつもりがあったワケでは無いが、恐らく彼女がいても大した情報を得られないだろうからな……
「まあイオ殿のことは良いとして、報告に関しては東とそうは変わりはない。シシ豚がここ数日捕らえられなかったり、魔犬が北に走り去るのを見た者がいた、というくらいだな。北で何かがおきている、と感じている者もいたようだが、ほとんどの者は北に関わることを避けていた。それだけの危険が、北にはあるのだろうな」
さらっとイオのことを流して報告を続けるシュウ。
イオの扱いについてあっさりと見切りを付けている辺り、できる男の気配がする。
「それにしても、やはり北か……」
「トーヤ殿……」
ザルアが悲痛そうな目で訴えてくる。
北と関わりたくない、と。
しかし、気持ちはわかるが、いずれ関わることになるのは変わらない。
北と事を構える――
もっと先のことと考えていたのだが、こうも早くその展開になるとはな……
正直な所、相手の戦力も見えていない状況では迂闊に動くのは危険だと思う。
しかし、こっちが待っていても、あっちが待ってくれるとは限らない。
少なくとも魔獣使いに関しては、間違いなく近いうちに攻めてくるだろう。
であれば、あちらの戦力が整う前に、こちらから先手を打ちたい所だ。
いっそコルト達を手放してしまえば……、などと邪な考えが過ぎらなかったわけではない。
将ならばいつか、大を生かして小を殺す選択を迫られる瞬間があるかもしれないからだ……
ただ、俺は元々将になる覚悟なんて無かった男だし、これからもそんな選択はしたくない。
俺の中では既に、コルト達は同じ集落の仲間であり、家族のつもりだ。
将として、軍としてといったこと以前に、俺は家族や仲間のため、全力を尽くしたいと思っている。
「……すまないザルアさん。気持ちはわかるけど、やっぱり俺はやるべきだと思っているよ。ここで躊躇えば、いずれもっと大変なことになると思うからね」
「トーヤ殿……。いえ、すみません。私も、その通りだと思います。いけませんな、歳を取ると、どうしても保守的になってしまいがちで……」
「……いや、保守的な考えだって、決して悪いものじゃないですよ。今後も、何かあれば遠慮せず言ってください。……ザルアさんだけじゃないぞ? みんなも、何かあれば遠慮なく言ってくれ。俺はこれからもみんなに沢山迷惑かけることになると思うけど、見捨てずについて来て欲しい」
「「「「「「ハイッ!!!」」」」」」
まるで示し合わせたかのうように返事をする彼らに、俺は思わずにやけてしまう。
これでは威厳も何もないが、今更キリっとしてもしょうがないしな……
「各自、情報をありがとう。まずはゆっくり休んでくれ。俺達偵察部隊は、この後北へ偵察に向かう。他の者は、周囲の警戒、武具の手入れなどを頼む。ライ、細かい指示については頼んだ」
「了解」
「じゃあ、リンカ達は俺に付いてきてくれ」
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