栄華の左目、誓いの右目

五色ひいらぎ

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皇太后、遠く思いて

男児

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 洗衣院で、私は思いがけない人物と再会しました。あの完顔宗賢でした。

「宣和皇后とは、おまえのことだったか」

 何を言われているのか解りませんでした。開封府の宮廷で、私の最後の位階は賢妃でした。高位ではありますが、最も貴い皇后には比べるべくもありません。
 当惑していると、完顔宗賢は言いました。宋の王族が一人、江南へ逃れて皇帝を称した。その者が、不在の生母に「宣和皇后」の尊称を贈り称えているのだと。
 息子だとは、すぐに分かりました。あの子――いまの今上の帝が南へ逃れていたことを、私はこの時に知りました。金の人質になりに行ったはずなのに、何をどうして逃れたのかは、皆目見当もつきませんでしたが。
 顔を見たくはありました。けれど、叶うことでもありません。私たちは北と南に分かたれ、間には金国があり、虜囚の身には逃れる術もありません。
 ならば、今、愉しめることを愉しむしかないでしょう。
 妓楼で金を払った男が、欲するものはひとつのはず。かつて感じた熱が、身の内で疼き始めました。

「皇后を買いに来た。……何か、言うことはないか」

 相変わらず鷹のような目で、完顔宗賢は私を見据えました。私はその時、どのような顔をしていたのでしょうか。わかりません。

「言える立場に、ありませんので」
「そうか」

 あの日と同じように、無言で男は私を暴きました。私はただ、太く固い武人の腕に、なされるがまま身を任せました。
 その後も、完顔宗賢は足繁く通ってきました。時折、形ばかりの抵抗はしました。けれどすべて、望みどおりに踏みにじられ……やがて覚えのある吐き気がはじまり、腹が膨れ、客を取れなくなった私は、身請けされました。かの者の妾として。



 結局私は、北方で子を二人産みました。
 可愛い男児でしたよ。長子も、妾となってから身籠った次子も、幸い私には似ませんでした。まだ幼いというのに、細い目に宿る光は鷹のように鋭く、鼻や口元にもあの男の面影が強く出ておりました。
 正妻にこそ冷たい目で睨まれておりましたが、完顔宗賢との日々は穏やかなものでした。北方の武人らしく、子らは幼いうちから騎乗や剣術の訓練をしておりました。玩具の剣に目を輝かせたり、父と乗る馬の背ではしゃいだりする姿は愛らしかった。なにより二人とも男でしたから、洗衣院の女児たちのことを忘れていられるのも幸いでした。
 私は、思い出したくなかった。
 他人の辛酸をただ遠く眺め、冷たく笑う己のおぞましさから、目を背けていたかった。
 折に触れて私は、完顔宗賢と床を共にしました。妾としての立場を得た以上、後ろ暗いものは何もないはずでした。私は「夫」の若い身体を楽しみ、できうるかぎり彼に応えました。



 私は後に五国城へ移され、子供たちとも生き別れました。望まずして産んだ子とはいえ、自らの血を分けた者たちは愛おしい。それだけは間違いのないことです。
 空疎な五国城での日々、私はただ我が子だけを思っておりました。あの子らはどうしているか、病など得ていないか、と。
 無論、宋人として産んだ息子――今上の帝のことも、忘れてはいませんでした。けれど帝の消息は、私を含む五国城の虜囚に伝えられてはいませんでした。それゆえ居場所の確かな側が、鮮明に顔を思い描ける側が、より気にかかるのは致し方なかったのです。



 ほどなく主上が――太上皇陛下が崩御され、北の辺境で独りになった私は、ますます息子たちへの思いを募らせていきました。今はいくつになっているだろうか、背はどのくらいになっただろうか、病気はしていないだろうか。いつしか私は、あの男からの文を待つようになっておりました。あれほど洗衣院に足繁く通ってきたのなら、せめて今一度、独りの私に便りくらい寄越せばよいのに――などと思っていました。会寧府と五国城、北東に千里の距離を考えれば、望みが薄いのは承知しておりましたが。
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