HisStoria

なめこ玉子

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第1章 PLAYER1

Prayer1 ③

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 薄暗い部屋。部屋の中心に人を収めることができる大きさのカプセル状の機械が一つ置いてあり、カプセルからはいくつもの管が伸びている。ユウキは学院の敷地内にある教会、その地下にいた。

 正確には教会の敷地内に学院がある。教会は古めかしいゴシック調の外観を持つ、大教会を名乗るにふさわしい堂々とした建物だ。ユウキのいる地下部分は、その立派な地上部分を持ってしても似つかわしくないほど広大であり、階上とは打って変わって近代的装いだ。

 地下の施設に立ち入ることを許されているものは限られている。教会の機密に関わる事柄を扱っているからだと聞いていた。ユウキは候補生として研修のため地下施設の一部にアクセスできるIDを持っていたが、彼が今いるこの部屋に入るには特別な許可が必要だった。

 部屋の中央のカプセル状の機械の方に歩み寄って、その上面を覆うガラス越しに中を覗き込めば、そこには少女が眠っている。

「姉さん」
 その少女に話しかける。少女が答えることはない。彼女が目覚めなくなって、もう一年の時間がすぎてしまった。彼女の頭には何か機械のようなものが取り付けられており、ユウキにはそれがなんであるのか知ることが許されていない。

「なんで、起きてくれないのさ?」
 何度問いただしただろうか。もう悲鳴は、諦めに近い声に変わってしまった。エレナ・タッキナルディーの豊かな表情を、忘れていくことに慣れたのかもしれない。受け入れがたい事実も時間が染み込ませるのだなと、唯一残ったエレナの寝顔を見つめ考えた。

「彼女が目覚めないのは、夢を見ているからだ」
 背後から忍び寄っていた足音が声を出した。振り返ると、待っていた男がそこにいる。

「遅刻ですよ」
 予定の時刻を20分もすぎていた。

「すまない。私にも色々とすることがあってね。私は学院の教授であるとともに、教会の指導者たる枢機卿の一人でもあるのだ。だいたい一年も待ったのだ、今更20分ほどの遅れを気にする君ではあるまい」
 サー・イズラエル・ギャレットは冷たい声で形ばかりの謝罪をした。

「あなたに待たされたんですよ。俺は1秒でも早く真実を知りたかった」
 恨み言の一つ返さないと気が済まなかった。
「まあいいです。とにかく今日は全てを教えてもらえるんですから。続きを話してください、あの日話せなかった話の続きを」

「ユウキ君、Akashaアカシアとはなんだね?」
 ユウキの言葉を遮りサーは授業でも始めるかのように問うた。
「一体、何の関係があるんですか?」

Akashaアカシアとは何か、それはこの問題の根幹だ。君があの日エレナの身に起ったこと正しく理解したいなら。物事を順序よく理解していく必要がる」
 その声音は、宗教学の授業のサーのものとは違う。その声は冷たく、柔らかく、威厳に満ちていた。

「七大教会に眠る7体の神々しき者ディーバを中心に、各地に離散する神体ディーバ結晶を相互に繋いだネットワークと、それを用いた演算システム。つまり分散型生体コンピューターの総称です」
 渋々と答えた。

「その通り、中心をおかず相互に蜘蛛の巣のように張り巡らせたネットワーク上では、我々の日々の生活に必要な全てが計算されている。天体の動きの予測、数学の難問、工場の生産管理、電車のダイアグラム、一方では今日の天気を決め、他方では学食での決済の処理までしている」
 サーは言葉をきる。

「君が今日の授業中に見ていた携帯端末の情報もAkashaアカシアがなければ存在しない」
 今日の授業態度を皮肉りながら、サーは自身の携帯端末を手に撮って見せた。

「それがどう関係するって言うんですか? そんな誰でも知ってるようなことが」
 先の読めない問答に苛立ちを覚える。

「誰も知らないのだよ」
「どういう意味ですか?」

「古い寺院や教会の地下、あるいは太古の地層から発見された神体が眠る結晶体をつなぎ合わせてみたら、素晴らしい演算能力を持ったコンピュータとして使えることがわかった・・・。そんな馬鹿げた話が、世間の知りうるAkashaアカシアについての全てだ」

 そう言う話は聞いたことがあった。Akashaアカシアがなぜ機能しているのか、それは現代科学をもってして解明されてないと言う話だ。
「だったとして、何が・・・」

「順番が大事だと言ったはずだ。・・・Akashaアカシアの創設には教会がお大きく関わっている。むしろAkashaアカシアの為に教会は造られたといってもいい」
 重々しく言葉を区切る。次の言葉を引き立てる為に。

Akashaアカシアはね、夢を見るネットワークなのだ」
 サーは告げた。

「夢? 夢って、僕たちが夜に見るあの夢ですか?」 

「その通りだ。正しくは、あの結晶体に閉じ込められて眠る神々しき者どもディーバ達が夢を見ているのだがね」
 サーが真剣な顔をしていなければ、何かの冗談だと思える様な話だ。

 ユウキも自分の村の教会で眠る神々しき者ディーバを見たことがある。たくさんの人間の魂を繋いで作られたと言われる、旧神に変わる新たなる世界の調和者。教会の床に埋め込まれた半透明の結晶体の中に人型の神体閉じ込められたものだ。あれはかつては神に至った頃の人の姿を閉じ込めたものだと教えられてきた。そして今でも人のために演算をしているのだと。御伽噺の中での話だ。誰があの肉体が生きているなどと考えるだろうか。

「彼らは生きている。眠っているだけだ。そして夢を見ている」
 サーはカプセル型の装置の方へと歩み寄る。

「神々の夢というのはね。もはや一つの小さな世界の様なものなのだよ。教会はその小さな世界をネットワークで繋げることに成功した」
 話の筋が繋がり出す。

「二人の神々しき者どもディーバ達がみる夢が重なり合い、百人の神々しき者どもディーバ達のみる夢が一つになり、やがて千を超える夢は一つの世界とも呼べる空間となった。Akashaアカシアの演算機能など所詮物事のほんの端っこにすぎない。本質はね、彼らが電脳の海の中に作り出した世界にあるのだよ」
 サーはユウキの隣に並び、ガラス越しにエレナの顔を覗き込んだ。

「仮想現実世界『HisStoriaヒストリア』、彼らの夢物語と私たちは呼んでいる」
 彼は表情を凍らせたまま淡々と話した。

「そして我々は教会はその仮想現実世界にアクセスするすべを知っている。我々もまた夢を見る生き物だ。ティーバとディーバの精神世界をつなげたように、夢を見ている人間を神々しき者どもディーバ達のネットワークにつなげてあげれば良い」
 サーの言葉にユウキは思わず唾を飲む。

「神々の深淵に潜ること、それは限られた才覚を有するものにだけ許された特権だ。そしてエレナにはそれがあった。我々はエレナをHisStoriaヒストリアに送り込み、しかし彼女は我々の世界に帰ってくることはなかった」
 エレナは眠り続ける。神々しき者どもディーバ達と夢を見ながら。

「じゃあ姉さんはその夢の世界に精神を囚われているって言うんですか。どうすれば、どうすれば姉さんをこっちの世界に連れ戻せる」
 理解が追いつかなかった。だが真っ先に出たのはその言葉だ。サーは首をふった。それは、ユウキの疑問への回答をもっていないというサインだった。代わりに彼は持っていた封筒から紙の束を取り出し、差し出す。

「case#224 エレナが関わっていた任務に関するレポートだ。詳しいことは全てそこに書いてある。もっともあの日に関して我々が知り得たことなどたかが知れているがね」
 差し出されたレポートを受け取る。簡単に目を通すと、確かにエレナの名前がそこにあった。だが、内容は教会が原因のほとんどを理解していないことを示しているのみだ。

「一年待って、一年待ってこれだけなのか・・・」
 エレナが何かしら教会の機密情報に関わっていたことは知っていた。だから、待てと言われて待った。それで得られた情報がこれだけなど、受け入れがたいことだった。

「すまない。だがそんなレポートひとつ、一年待つ必要があったのだよ」
 サーの表情に初めて落胆するユウキに対する同情の様なものが浮かぶ。
「機密レベルC+」
 サーは書類の一点を指差して言う。
「一介の研修生には伝えることのできない情報だよ。そして・・・」
 そう言うと今度は封蝋で封をされ装飾の施されたハガキサイズの封筒を差し出す。

「君はもう一介の候補生ではない」
 読むまでもなくその封筒がなんであるか察しがついた。
招待状インビテーションカード・・・」

「先の枢機委員で君をPrayerプレイヤーとして任命する辞令が出た」
 Prayerプレイヤーに選ばれることは名誉なことである。Prayerプレイヤーとして選ばれた者には最高の教育が与えられる、Prayerプレイヤーに選ばれた者とのその家族には今後生活の一切が教会によって保証される。そしてPrayerプレイヤーとしての活動には命の危険が伴う。

 今思えば、ユウキとエレナが候補生として村を離れた時に受けた説明はなんと不十分だったことか。2人ははなんに命をかけるのか知らされないままこの都市に連れてこられ、そしてエレナは事実目覚めぬ体となってしまった。

「これを受け取ったということは、俺もそのHisStoriaヒストリアとかいう世界に行くことができるんですね?」
 Prayerプレイヤーがなんであるのか知らされないまま訓練を受けてきた。だが、候補生であるということはつまりユウキにも神々の夢の世界へ潜る才覚があるということ。差し出す封筒に手を伸ばす。

「ああ。結局の所、エレナがああなってしまった原因はHisStoriaヒストリアで探すしかない。君自身で探してもらうしかないのだよ」
 願っても無い話だった。ユウキは力強く封筒をつかむ。
「確かに受け取りました」

 サーはそれを見て満足そうに微笑んだ。
「結構だ。詳細は追って通達が行くだろう」
 それだけを言い残し、サーはユウキを残して部屋を出て行った。
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