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第1章 PLAYER1
海下のトーヴァ ①
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ガタ、ゴト、周囲が揺れているのがわかる。何か乗り物の中にいるのだろう。鼻からはカビと湿気た匂いが入ってくる。頭がボーとする。まだ眠っていたい。そう思ったところで我に返った。
重い瞳を開いてく。光が入ってくる。目が慣れてくれば、それがランプのだす橙の光だということがわかった。ランプが照らす光が人のシルエットを浮かび上らせる。ユウキの他にもうずくまる様にして床に座る人影が複数ある。皆さして広くもない空間に自分の居場所を確保してじっとしていた。
「ここがHisStoria」
神々の夢というにはあまりにも現実的で、あまりにも凡庸な光景だ。だが、この世界のどこかに姉さんがいる。ユウキは自らのなすべきことを確認した。
「目が覚めちまったか?」
横から声が飛んできた。目を向けると髭面の初老の男がこちらを見ている。聞いたことのない言語だった。なのになぜか理解できる。
「こんな貨物船の中じゃ、寝るか酒を飲むかしかねえ」
言葉通り、顔が赤らんでいて息が酒臭い。
「えっと、・・・」
「にいちゃん、外から来たんだろ?」
状況を飲み込めないユウキだが、男は御構い無しに話しかけた。
「その肌」
そういってユウキのものであるはずの手を指差した。赤いライト越しでも、その手がよく日に焼けているのがわかる。ユウキの手じゃない、でもユウキの手だ。今自分がアバターの中にいることがわかった。
「肌がどうしたんですか?」
言葉が自然と出て来た。一度も話したことがない言語なのに舌は上手に回った。
「トーヴァにはそんな肌の奴はいねえよ。なんたって水深45メートル、海の下にある町だ。町にあるのは人工の光だけさ。俺みたいにトーヴァで生まれ育った奴は、お天道様に照らしてもらう機会なんてないからな。にいちゃん何やらかしてこっちに来る羽目になったんだ?」
「やらかしたって、物騒な話ですね」
なんと返したものか困り、曖昧な表現でやり過ごす。
「確かに決め付けは、よくねえわな」
そういうと男はからから笑う。
「とは言え、本土からくる奴は大体訳ありよ。なんたって治外法権の町だ。殺人犯に、元盗賊、借金まみれで逃げて来た奴、コミュニティーから追い出されたデミ、なんだっているわな」
「そのどれもじゃありませんよ。一攫千金、それを目指してやってくる奴だっているでしょう。なんたってあそこは、探窟家たちの街でもあるんですし」
『一攫千金』、『探窟家』、出てくるはずのない言葉が不思議と出てくる。
「一攫千金ね。確かに昔は探窟家になって一旗あげてやろうってやつも多かったがね。今は昔ほど夢のある仕事でもない。安定した生活ができるのは、俺たちみたいに流通に関わってるやつか、あるいは発掘品を買い取ってさばいている商人たちかってところだ。マイナーカルテルにでも入れるコネがあるなら別だがね」
それから男は観察するようにユウキの、いやユウキのアバターの身なりを見る。
「だいたいよ、『一攫千金』なんて言い出す奴はやっぱり訳ありよ。安定した生活基盤がある奴はそんな夢を見たりしないさ。だからロクでもない奴ばっかりあの町に吸い寄せられていくんだしな」
男は、そう言って間を置いた。退屈しのぎに、身の上話でも聞けたらと思っているが、話したくない事情なら無理には聞くまいと言った雰囲気だ。
しかし今、この世界にたどり着いたばかりのユウキにもちろん語るような身の上はない。
「大して面白い話じゃないではないですよ。俺は北方の出なんです。それも三男坊」
しかし思いに反して、口からはそんな言葉が出て来た。
「口減らしか。売られたのかい? 捨てられたのかい?」
男は言葉から察したようで、同情の表情とともにそう尋ねた。
「そんな酷い話じゃないですよ。少しの路銀もくれたし、なけなしの食料も持たせてくれました」
嘘をついているわけじゃない。自然と言葉が出てくる。
「自分の親兄弟を悪く言いたくないのはわかるがよ。北方の飢饉があったのは9年も前だ。見たとこあんた今17、8ってとこだろ。10歳にもならないガキが少しの路銀と一緒にほっぽり出されて何ができる。送り出す側の気休めだ。あいつはきっとどこかで生きてるってそう思うための金だ。普通はのたれ死ぬのが関の山さ。むしろあんた今までどうやって生きてきた?」
「一緒に家を出された二つ上の姉がいたんです。姉さんは器量が良かったから・・・」
自分は何を語ってるんだろう。
「そうかい・・・、今お姉さんは?」
「ある日、いつもみたいに出かけて行って、そのまま帰ってきませんでした。・・・俺はそれから各地をてんてんとして生きてきました、その中でこの町の噂を知ったんです」
そうか、きっとこれはこのアバターの記憶だ。合点が言った。ユウキにはこの肉体がもつ知識や経験を引き出すことができる。言葉が理解できて、話せたのはこのためだ。
「まっ、ありふれた話だな。この仕事をしてたらゴマンと聞く話さ」
ぶっきらぼうに男は言う。気を使わないことがむしろ男の優しさなのかもしれない。
「すみませんつまらない話でしたね」
「そうでもないさ。酒の肴にぐらいはなった」
男は冗談ぽっくそう言った。
「『一攫千金』。にいちゃんならできるさ。そのぐらいのいいことがねえと人生バランスが取れねえ」
「はい」
そう力強く返事をすると、2人でケラケラと笑う。笑ったのはユウキだったのだろうか、それともこのアバターの記憶だろうか。しばらく男と雑談をして、それからまた少し眠った後、船は港にたどり着いた。
重い瞳を開いてく。光が入ってくる。目が慣れてくれば、それがランプのだす橙の光だということがわかった。ランプが照らす光が人のシルエットを浮かび上らせる。ユウキの他にもうずくまる様にして床に座る人影が複数ある。皆さして広くもない空間に自分の居場所を確保してじっとしていた。
「ここがHisStoria」
神々の夢というにはあまりにも現実的で、あまりにも凡庸な光景だ。だが、この世界のどこかに姉さんがいる。ユウキは自らのなすべきことを確認した。
「目が覚めちまったか?」
横から声が飛んできた。目を向けると髭面の初老の男がこちらを見ている。聞いたことのない言語だった。なのになぜか理解できる。
「こんな貨物船の中じゃ、寝るか酒を飲むかしかねえ」
言葉通り、顔が赤らんでいて息が酒臭い。
「えっと、・・・」
「にいちゃん、外から来たんだろ?」
状況を飲み込めないユウキだが、男は御構い無しに話しかけた。
「その肌」
そういってユウキのものであるはずの手を指差した。赤いライト越しでも、その手がよく日に焼けているのがわかる。ユウキの手じゃない、でもユウキの手だ。今自分がアバターの中にいることがわかった。
「肌がどうしたんですか?」
言葉が自然と出て来た。一度も話したことがない言語なのに舌は上手に回った。
「トーヴァにはそんな肌の奴はいねえよ。なんたって水深45メートル、海の下にある町だ。町にあるのは人工の光だけさ。俺みたいにトーヴァで生まれ育った奴は、お天道様に照らしてもらう機会なんてないからな。にいちゃん何やらかしてこっちに来る羽目になったんだ?」
「やらかしたって、物騒な話ですね」
なんと返したものか困り、曖昧な表現でやり過ごす。
「確かに決め付けは、よくねえわな」
そういうと男はからから笑う。
「とは言え、本土からくる奴は大体訳ありよ。なんたって治外法権の町だ。殺人犯に、元盗賊、借金まみれで逃げて来た奴、コミュニティーから追い出されたデミ、なんだっているわな」
「そのどれもじゃありませんよ。一攫千金、それを目指してやってくる奴だっているでしょう。なんたってあそこは、探窟家たちの街でもあるんですし」
『一攫千金』、『探窟家』、出てくるはずのない言葉が不思議と出てくる。
「一攫千金ね。確かに昔は探窟家になって一旗あげてやろうってやつも多かったがね。今は昔ほど夢のある仕事でもない。安定した生活ができるのは、俺たちみたいに流通に関わってるやつか、あるいは発掘品を買い取ってさばいている商人たちかってところだ。マイナーカルテルにでも入れるコネがあるなら別だがね」
それから男は観察するようにユウキの、いやユウキのアバターの身なりを見る。
「だいたいよ、『一攫千金』なんて言い出す奴はやっぱり訳ありよ。安定した生活基盤がある奴はそんな夢を見たりしないさ。だからロクでもない奴ばっかりあの町に吸い寄せられていくんだしな」
男は、そう言って間を置いた。退屈しのぎに、身の上話でも聞けたらと思っているが、話したくない事情なら無理には聞くまいと言った雰囲気だ。
しかし今、この世界にたどり着いたばかりのユウキにもちろん語るような身の上はない。
「大して面白い話じゃないではないですよ。俺は北方の出なんです。それも三男坊」
しかし思いに反して、口からはそんな言葉が出て来た。
「口減らしか。売られたのかい? 捨てられたのかい?」
男は言葉から察したようで、同情の表情とともにそう尋ねた。
「そんな酷い話じゃないですよ。少しの路銀もくれたし、なけなしの食料も持たせてくれました」
嘘をついているわけじゃない。自然と言葉が出てくる。
「自分の親兄弟を悪く言いたくないのはわかるがよ。北方の飢饉があったのは9年も前だ。見たとこあんた今17、8ってとこだろ。10歳にもならないガキが少しの路銀と一緒にほっぽり出されて何ができる。送り出す側の気休めだ。あいつはきっとどこかで生きてるってそう思うための金だ。普通はのたれ死ぬのが関の山さ。むしろあんた今までどうやって生きてきた?」
「一緒に家を出された二つ上の姉がいたんです。姉さんは器量が良かったから・・・」
自分は何を語ってるんだろう。
「そうかい・・・、今お姉さんは?」
「ある日、いつもみたいに出かけて行って、そのまま帰ってきませんでした。・・・俺はそれから各地をてんてんとして生きてきました、その中でこの町の噂を知ったんです」
そうか、きっとこれはこのアバターの記憶だ。合点が言った。ユウキにはこの肉体がもつ知識や経験を引き出すことができる。言葉が理解できて、話せたのはこのためだ。
「まっ、ありふれた話だな。この仕事をしてたらゴマンと聞く話さ」
ぶっきらぼうに男は言う。気を使わないことがむしろ男の優しさなのかもしれない。
「すみませんつまらない話でしたね」
「そうでもないさ。酒の肴にぐらいはなった」
男は冗談ぽっくそう言った。
「『一攫千金』。にいちゃんならできるさ。そのぐらいのいいことがねえと人生バランスが取れねえ」
「はい」
そう力強く返事をすると、2人でケラケラと笑う。笑ったのはユウキだったのだろうか、それともこのアバターの記憶だろうか。しばらく男と雑談をして、それからまた少し眠った後、船は港にたどり着いた。
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