HisStoria

なめこ玉子

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第1章 PLAYER1

死神と幸運の話 ③

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 喪失感というのはすぐには湧かないものだ。大概にして、時間が立ってからふとした瞬間に生まれる。きっとそれは現実が過去の記憶となって初めて後悔が可能になるからなのだろう。ベンの場合は、アジトに帰り着いて一晩眠ってから目を覚ました頃にやってきた。

「もうここも引き払わないとな」
 誰もいない空間に向かって喋る。仲間達とお金を出し合って借りていた部屋は、全員が寝泊まりするにはかなり手狭になってきていてそろそろ引っ越そうかと話していたのだ。今の彼にとっては逆に広すぎる。

 ベンは泣かなかった。そもそも彼には泣き方がわからなかった。その日の夜は酒場に行って豪華な食事とありったけの酒で豪遊することにした。誰かが死んだら、食って飲んで騒いで、そいつの死を笑い飛ばす。それがベン達の決めたルールだ。飲んで食って、でもその日ベンはついに笑うことはなかった。

「そういえば、幾ら何でも一人になるのは初めてだな」
 誰も拾うことがない言葉がこぼれた。思えば今までは誰かが死んでも、それを語り合える仲間がいた。

「話し相手がいないと、笑い飛ばすのも難しいのか」
 次の言葉にも誰も返事をしなかった。

 しばらく休もうかな。そんなことを思った。チームのみんなと引越しのために貯めていたお金があるから次の探索を急ぐ必要はない。三日と決めた休みは、四日になり、一週間になり、ベンはついに二週間を何もしないまま過ごした。

 アリスターが訪ねてきたのはそんな折だ。酒瓶を片手におぼつかない足取りで帰ってきたベンを、彼は玄関の前で待っていた。

「よおベン。ご無沙汰だな」
 アリスターは何事もなかったかのように、いつもの調子で声をかける。

「何の用だよ。てか、どうしてここがわかった」
 ベンはアリスターを無視して玄関の扉に手をかける。

「最近はギリアンのところにも顔出してないって聞いてよ。ちょっと用事があったからコウモリ穴の情報屋の爺さんに聞いてここを教えてもらったんだ」

「話なら手短にしてくれ」

「せっかく訪ねてきたんだ、茶ぐらい出してくれるだろ?」

「はあ~」
 ため息で返事をして、ベンは仕方なくアリスターを部屋に招き入れた。

「ガキのくせに結構いいところに住んでんじゃねえか」
 アリスターは断りもせずに適当なところに腰を下ろす。

「一人で住んでたわけじゃないからな」
 適当に返事をしながら、ベンはキッチンで紅茶を煎れる。

「次はどうするんだ?  3層深淵も飽きただろう。お前もそろそろ4層か?」
 いつもの様にどうでもいい話を振ってくる。気遣われている様で無性に腹が立った。

「ほらよ。それ飲んで、話すこと話したらとっとと出てってくれ」
 紅茶の入ったマグカップをテーブルに乱暴におく。彼の馬鹿話に付き合う気にはなれなかった。

「せっかちだねぇ」
 そう言いながら頭をかいた後、彼はカバンから何かを取り出してベンの前に置いた。

 銀色のタグが11枚。タグには探窟家マイナーであることを示す以外にもう一つ役割がある。タグは洞窟で見ず知らずの遺体を見つけた時、それが誰であるのか特定するために使われた。十分装備がないまま遺体を見つけてもそれをトーヴァまで持ち帰ってあげることは現実的には厳しい。だから彼らは代りに首から下げられたタグの二枚のうち一枚をちぎって持って帰った。

 タグには所属するチームと名前が書いてあって、身分証明としての意味合いもあつ。死者の弔いには、如何にいがみ合う4大カルテルといえど協力的で、探窟家達はチームの垣根を超えて積極的に協力し合い、そのタグを遺族に届けた。

 アリスターが差し出した11枚のタグには全てベンのチームのマークが入っている。ベンのチームに身寄りがあるものはいない。つまりこれはチームのリーダであるベンが受け取るべきものだ。

「わざわざどうも」
 ベンは努めて平静に答えた。それから11枚のタグを受け取ると、一枚一枚を確認してからおもむろに立ち上がると、どこかからお菓子の缶缶を取り出してきて蓋を開ける。中には似た様なタグが無数に入っていた。この箱はベン達にとって、死者を埋葬する墓穴だ。

「一気に随分と増えちまったな」
 誰にでもなく呟いた。いつも必ずタグが回収できたわけではない、タグを作る間もなく死んじまった奴もいる。だから缶缶の中には、後から注文し直して納めたものもある。でもそうやってきたからこの中にはベンのチームに所属したことのある全員の名前が入っていた。この11枚を加えれば、・・・全員だ。


「わざわざ集めてくれたのか?」

「ついでだよ。新しい穴が見つかったなら、真っ先に潜りたい。それが探窟家の性だ。だからお前達もあそこに目をつけたんだろう?」
 嘘だ。ついでに11枚全てを拾えるわけがない。全てを拾うために潜ったのだ。

「よくあの化け物どもの巣に入って無事だったな。また全員で帰ってきたのか?」

「当たり前だ。何たって俺は『幸運』のアリスターだからな」
 その言葉を聞いた瞬間、努めて平静に会話を続けてきたベンの中で何かが弾けた。

「・・・・・、クソっ!」
 ベンは突然、そばにあったゴミ箱を蹴りつける。中にあったものがあたりに散乱して、ガランガランとゴミ箱が転がる音がこだまする。

 アリスターはそんなベンに驚きもせず、怒りもせず、同情もしなかった。瞳はただ淡々とベンを見つめる。ベンはそんな彼の目が気に食わず、怒鳴りつけた。

「『幸運』、『幸運』、『幸運』! 何であんたは『幸運』のアリスターで、俺は『死神』何だよ! 何であんただけいつも何も失わずに帰ってきて、俺だけ全部無くさなくちゃならないんだ!? なんで! 何で! 何・・・・、っえ、で・・・・。・・・っえ、俺だけ・・・ っ、みんなをっ、死なせるっ、・・・死神なんだ?・・・っ」
 嗚咽が漏れる。アリスターに向けた奴当たりがいつの間にが自分に帰ってくる。

「ベン・・・」

「何も言うんじゃねえよ」
 一人では揺らがなかった感情が、誰かと言葉を交わすだけで簡単に揺らいでしまう。ベンは涙を持たなかったわけじゃない。押し殺すすべを知っていただけだ。誰かと口を聞けばきっと溢れれしまう感情が怖くて、一人酒に溺れることで悲しみが風化するのを待っていた。それなのにこの男はベンの心を揺さぶりにやってきたのだ。

「ベン」
 アリスターは彼の言葉を無視して優しく続ける。

「俺だって最初っから『幸運』だったわけじゃない。俺の判断ミスで仲間を殺しちまったことだってあるさ。探窟家マイナーなら誰だって、仲間を失う経験をするものさ。だけどなベン・・・」
 彼の口調はどこまでも優しかった。まるで子供を導く父親のようですらあった。

「悲しみに目をつぶっちゃいけないぜ。後悔をなかったことにしちゃいけないぜ。悲しときには泣くんだよ。目一杯悔やむんだよ。そう言う感情は押し殺せば押し殺すだけ、心にへばりついいて感性を鈍らせる。死に鈍感になったやつは死から何も学ばない。ベン、」
 アリスターはベンの瞳を見つめた。

「本当に死神になっちまう前に、ここでめいっぱい泣け」

「あああああああああああああああああああああああっああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ」
 それは優しい命令だった。ベンの中から堰を切ったように感情が溢れ出した。彼はずっと戦っていたのだ。仲間の命を背負う重圧と。仲間の命を奪った後悔と。

 ベンは泣いた。子供のように泣いた。今まで溜め込んだ一生分の涙を吐き出すように泣いた。泣いて、泣きすぎて、声が枯れて、それでも泣いて、涙が枯れて、それでも泣いて、泣いて、泣くのに疲れて心の中が空っぽになって、ベンは気づけば眠っていた。

******

 目を覚ましたのは翌朝のサイレンでだった。漂ってくるコーヒーの匂いに釣られてだった。

「勝手に使わせてもらってるぜ」
 コーヒーを入れる男は悪びれもせずいった。

「・・・あんた、まだいたのかよ」
 真っ赤な目。昨晩の目の前で泣きはらした気恥ずかしさもあり、ベンの口調にいつもの強さはない。

「まだ言ってないことがあったからな」
 アリスターは二杯あるマグカップを両手に抱えて、ベンの方に歩み寄る。それから、彼はベンの目をしっかりと見て力強く言う。

「お前は俺のチームにこい」
 差し出されたカップをとっさに受け取ってしまう。

「な、何馬鹿なこと言ってんだよ」
 動揺したベンは、カップに注がれた熱いコーヒーを一気に飲もうとして舌を焼かれてむせる。

「言い残したこと言い終わったならもういいだろ。出ていけよ」
 ベンは悪態をついてカップを置くと。アリスターの背中を押して扉の外まで追いやった。

 背後で勢いよく扉が閉まる音を聞いたアリスターはコーヒーの入ったマグカップを持ったままベンのアジトの入り口に立ち尽くす。

「アリスター」
 その背中に、木製の扉を伝ってベンの声が伝わった。

「俺は死神だぞ」

「知ってるさ」

「俺がいるときっとお前の隊の誰かが死ぬ。次死ぬのはお前かもしれないぞ」
 ずっとベンが抱え続けていた気持ち。仲間を殺しているのは自分ではないかと言う不安。

「何の心配だよ。気にするな、それはないさ」
 彼は確信を持って答える。

「なんでだよ」

「俺が『幸運』だからさ。アリスター・ピットマンの幸運は死神より強い」

「・・・なんだよそれ」
 ベンが向こう側でつぶやいて。二人は扉を挟んで微笑んだ。

 ******

「・・・・それから俺は、程なく死神と呼ばれなくなったよ。アリスターはマジですごいやつだった。慎重であり、冷静であり、勇敢であり、そして誰よりもこの洞窟のことを知っていた。俺はアリスターの隊に入ってからあの日まで、誰とも別れる事なく過ごせたよ」
 なんでこんなことを話す気になったかなぁと思いながら、耳傾けるサトリの方に視線を向けた。それから空でも見上げるように視線を上げてポツリとこぼす。

「まあ結局あいつの『幸運』も最後は俺の『死神』に負けちまったがな」

 今はいないアリスター・ピットマンとその仲間の笑顔と、最後の姿が目に浮かんだ。アリスターたちを失った日、ベンはめいっぱい泣いた。人目もはばからず泣きはらして、死ぬほど自分を責めて後悔した。それがアリスターから教わった最初の教訓だったから。しかし、結局ベンはその後悔を受け止めきれず、トンネルに潜るのが怖くなってしまった。

「違いますよ」
 サトリはベンの言葉を強く否定する。

「よくわからないですけど私、アリスターさんの『幸運』が『死神』に勝ったからベンさん一人でもこうやって生きているんじゃないかと思うんです」
 サトリのポジティブな発言に、思わずほころぶ。

「そういう考え方もあるかな」
 そうかとベンは思い至った。結局ベンに必要だったものはあの時も今も、重荷を一緒に背負ってくれる仲間だったのだ。彼がアリスターたちの死を乗り越えて前に進むには、彼の言葉を受け止めてくれる誰かが必要なのだ。これはその予行練習だったのかもな。

 洞窟の奥から聞こえてくる慌ただしい二つの足音を聴きながら直感した。いつか、ユウキやイッポリートもいるところで、あの日の事を話す日がくるのだろうと。

「おい、ベン大変だ。ちょっと来てくれ」
 ユウキの慌てた声に、「おいおいなんだ、騒がしい」とめんどくさそうに返しながらベンはゆっくりと立ち上がる。それから、急ぎ足で現れた彼の仲間に困った顔で微笑んだ。
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