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第1章 PLAYER1
死神と幸運の話 ④
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ベンたちと別れてからどのぐらいを歩いただろうか? イッポリートとユウキの間には会話らしい会話がないまま、気まずい時間だけが淡々溶けた。それが長い時間だったのか短い時間だったのかはわからない。先に口を開いたのはイッポリートの方だった。
「タッキナルディー、君は私が・・・いや、デミが嫌いなのか?」
その質問は二人の関係にとってあまりにも直接すぎる問いだ。
「・・・そうだな」
ユウキは短く答える。再び訪れる沈黙。
「・・・そうじゃないのかもしれない」
沈黙の先には続きがあって、イッポリートは思わずユウキの方をみる。二人の視線がぶつかった。以前と違ってユウキは視線をそらそうとはしなかった。
「俺は、怖いのかもな」
「怖い? デミがか?」
よく通るハスキーな声が耳を渡る。ユウキはイッポリートの赤い瞳に頷いた。
「俺のいたところではデミは影に生きる生き物だった。人里に生きながら、社会の裏方に徹し、極力表には現れない。自分たちのすぐそばで、実態の見えない何かがうごめいているのがたまらく不気味だった」
これはイッポリートと会うまで、わからなかった感情だ。ユウキにとってデミは、小柄で、獣臭くて、小汚い格好をした、不衛生な獣でしかなった。ユウキの周りで生きる人たちもデミとは積極的に関わろうとはしなかったし、彼らは社会の中でまるでいないもののようだった。
「何かわからないものは人間にとってとても怖いものだ。実態がない恐怖だから、納得をするために実態をつける」
デミのコミュニティーの多いエリアには犯罪が多い。デミに触ると病気がうつる。それは事実の一部ではあるかもしれない。だが、全てではない。でも、デミはそういうものだという事にしておけば実態が生まれた。
「『劣等なもの』。俺が、人間という社会がデミを見下すのはきっと、不安の裏返しだ。君たちの赤い眼から感情を読み取れなくとも、あいつらは俺たちより劣っているのだから大丈夫だという安心感が欲しいからなんだと思う」
イッポリートはキョトンとした顔をしてそれからクククと笑った。
「そんなしっかり答えてくれるとは期待していなかったよ。だが、確かにそう言う側面もあるんだろうな」
表情を崩したイッポリートの赤い眼がユウキの瞳と重なった。
「正直な話。私も君たちが怖かった。人間なんて、野蛮で邪悪な卑劣な生き物だと思っていた。必要に迫られて君たちを情報屋から紹介してもらったがあの時、私はあれでもびびっていたのだ」
「本当に?」
その突然の告白に今度はユウキが表情を崩す。
「本当だとも。まあ、君たちと一月も過ごせば、その恐怖も少しずつ溶けたさ。結局君のいう通り、互いを知らないことが一番怖い事なのかもしれない。少しだけ君を知れた今、私は君の蔑視するような視線が前よりも怖くない」
刺すような冗談を言う。
だが彼女の言う通りだった。少し言葉を交わしただけで、イッポリートの不気味だった赤い眼の中に、きちんと感情が宿っているのを感じられるようになっていた。いや、きっとユウキはイッポリートと過ごしたこの一ヶ月を通して、彼女の感情を少しずつ読み取れるようになったのだ。サトリやベンより時間はかかったが、後はきっかけ、最初に産まれたわだかまりさえ取り除いてしまえば、目の前で無表情に見えた女の子はちゃんと笑った。
学院のドームで出会ったデミの赤い眼を思い出す。あの時だだひたすらに不気味だと思えた無感情な瞳の先にも、今なら何かを感じられるだろうか。
それから話をしながら二人は歩いた。少しぎこちなくとも、それは確かに会話らしい会話だった。
「行き止まり・・・か?」
道は閉ざされていて二人は、そこで足を止める。
「仕方ない、引き返すか。・・・ん? あれはなんだ」
突き当たり岩陰に何かを発見して、ライトを向ける。
「っ!」「!?」
ライトがてらしたそれが何かわかったとき二人は絶句した。
******
洞窟の出口に四つの人影が現れた。ユウキ達四人にとって、三日ぶりのトーヴァへの帰還であるはずなのに彼らの顔は浮かない。
「何浮かない顔してんだか」
ベンが3人の様子を見て言う。
「だって・・・」
サトリの声だ。
あの時、ベン達と別れた道でユウキとイッポリートが見つけたのは探窟家の死体だった。内臓だけが食い荒らされていていて、ベンの見立てでは地龍と言われる生き物の仕業だと言う。本来はもっと深い場所に生息しているはずのそれが、三層の浅い部分に現れたことを危険視して、ベンは探窟をそこで切り上げトーヴァへの帰還を決めた。
「探窟家ってのはこういう仕事だ。どんなベテランだって油断すればすぐに死んじまう。仲間とはぐれたか、あるいは仲間はどこか別の場所でくたばってるかは知らねえがあいつも油断したんだろうよ。あんなところで地龍に出くわすなんざ経験があるやつならあるだけ思わないもんだ」
地龍を深い層から追い立てられるもの、それは同じ地龍かあるいは・・・・。そこまで考えてベンは首を降った。今考えても仕方のないことだ。
「せめて、遺体だけでも持って帰ってこられたら」
それが現実的でないことはサトリもわかっていた。ただ、初めて目の前にリアリティを持って現れた死に感傷的になってしまっていた。今まで誰も犠牲にならずうまくいっていたのは結局運が良かったのだ。ベンのお陰でもあっただろう。サトリ達は少し楽観していたところがある。彼女達がああなっていてもおかしくはなかったのだ。
「そんな顔するなよ。俺たちはあいつの魂だけは持って帰ったじゃないか」
そうやってベンが掲げるのはあの探窟家が首からぶら下げていた一対のタグのうちの一つだ。
「もし探窟家が深い階層で死んじまった場合。現実的に遺体を持ち帰るのは難しい。だから身分の証であるタグを持ち帰るんだ。どこで誰が、どうやって死んだか、それを街で帰りを待つ身内に届けてやれば、そいつの魂はトーヴァに帰ってこれる。この街ではそう信じられている。覚えておけよ。探窟家で有る限りきっとまたああいう場面には出くわす。そん時にはちゃんとこいつを持って帰ってやるんだ。それがそいつにとっての救いになる」
それはただの慰めかも知れない。だが同時に、この街で生きる人々が死者を弔うために望んだ信心でもあった。
「・・・・・・」
「まっ、何にせよ今日はここで解散かな。俺はこいつを四老会の登録所に届けてから帰るわ。捜索届けが出てるかも知れないし、どっちにしろこのタグさえ持っていけばあとは向こうでどうにかしてくれるからな」
浮かない3人に解散を告げる。こうして四人は三方に別れてそれぞれの帰路についたのだった。
******
イッポリートとベンと別れてから、ユウキとサトリはトボトボと歩いていた。いつもの探索帰りと違って、二人の間には言葉らしい言葉はない。
しょぼしょぼと歩く二人を待ち構えていたようにように一人の男が立ちふさがった。ユウキ達の姿を見て駆け寄ってきたところを見るとここでわざわざ彼らを待っていたらしい。
「お前ら、最近ベン・ベラと組んでる奴らだろ」
貧相な見た目。薄汚れた服。目の下はくまだらけで顔色も良くない。彼は薄ら笑いを浮かべていた。ユウキ達は、警戒の色とともに顔をしかめた。
「そうだが、お前は誰だ?」
「やっぱりな。ここでわざわざ待ってたかいがある」
男はユウキの問いを聞いているのか聞いていないのかそんな事を言った。
「お前達に忠告してやろうと思ってな。ベン・ベラと組むのはやめた方がいい。あいつがなんて呼ばれてるか知ってるか? 『死神』だよ『死神』。あいつと組んだ奴はことごとく死んじまう」
「何を・・・」
「何でそんな事を言うんですか」
ユウキが怒るより前に、その言葉を遮って怒鳴ったのはサトリだった。普段は温厚な彼女のその態度に一番驚いたのは隣にいたユウキだ。
「探窟家ですから、ずっと続けていれば仲間が死んじゃう事だってありますよ。でも、ベンさんがそれを悲しんでないと思ってるんですか、苦しんでないと思うんですか。あの人を死神なんて呼ばないでください」
男は話を聞いているのか聞いていないのか。サトリの言葉を無視して続ける。それは独り言のようですらあった。
「お前らは知らないからだよ。10年前、アリスター・ピットマンの隊が全滅した日。あいつだけが帰ってきた。あいつだけが帰ってこれた。何でだと思う? 簡単さ。あいつは逃げたんだ。あいつは仲間を見捨てて逃げた。仲間を見殺しにして自分だけ生き残ったんだよ」
男の言葉には、強い憎しみが込められているようだった。彼の目は目の前にいるユウキたちを見ていない。
「ベンはそんなことする奴じゃない。もし事実だったとしても何か理由があったはずだ」
ユウキが男の言葉をきっぱりと否定する。
ユウキ達に取り付く島がなさそうだと感じたのか、男の薄ら笑いが止まった。代わりに「ちっ」と舌打ちをうつ。
「まあいい、聞き入れるか聞き入れないかはお前たち次第だ。だがもう一度だけ忠告しておく。あいつと組むといつか死ぬぞ。次に死ぬのはお前か、それともそっちの女か」
男は脅すように二人の顔をそれぞれに見た。
「もう行きましょう」
サトリは冷たくそう言うとユウキの手をとって道を塞ぐ男の横をすり抜けた。
「ははははは。忠告はしたからな」
ユウキ達の背中で男の不気味な声だけが響いていた。
******
遺体で発見された探窟家のタグを四老会の登録所に届けた後ベンは「コウモリの穴」で飲んでいた。
「よう、最近は羽振りがいいみたいじゃねえか」
カウンターに座るベンの横に遠慮なく腰をおろしたのは、精悍で白い髭を蓄えた背の低い男だ。
「おかげさまでな。ギリアン」
ベンは彼を澄ました顔で迎え入れる。
「最近は、三層を中心として活動してるからな。あんたんとこにも、いいもん持って言ってやってるだろ?」
「ちげえねえ」
ギリアンは豪快に笑う。
「でもよ。俺は正直こんなに続くとは思ってなかったぜ」
ベンがユウキ達とチームを組んだ事を言っているのだ。
「俺もさ。案外はぐれもん同士ってところが良かったのかねえ」
肩をすくめながら、おどけてみせた。
「今のお前の方が生き生きしてていいぜ。アリスターだってきっと思っている」
「だといいがな」
静かな微笑みとともに彼は答えた。
「ところでよベン」
ギリアンは自らの酒を注文した後ベンに尋ねた。
「お前、結局のところなんであいつらと組もうと思ったんだ?」
ずっと疑問に思っていたことだ。ベンという人間を知っていればいるほど、彼はきっと二度とチームを組まないだろうと思っていたはずだ。それほど、あの頃のベンは世を捨てた目をしていた。
「最近、あいつらの世話焼かされて思ったんだけどよ」
ギリアンの質問に答える代わりにベンはそう切り出す。
「昔、俺がまだアリスターのチームに入る前、バカだったガキだった頃さ。ここで飲んでると、アリスターのやつが呼んでもねえのにやってきて聞いてもない話をペチャクチャと喋ってただろ?」
今ギリアンが座る場所、ベンの右手に座って。彼は聞いてもいないのに、いろんな事を話した。その日洞窟であった事。洞窟にはどんな危険があるか。今なら彼がどうしてそんな話をベンに聞かせていたのかわかる気がする。
「あの頃、アリスターは馬鹿話に交えて俺に色々教えようとしてくれてたんじゃないかと思うんだ。跳ねっ返りのガキに素直に教えても聞き入れないだろうから。世間話をするふりをして洞窟で生き残る術をな」
「今頃気付いたのかよ」
ギリアンはガハハと笑った。
「で? 結局なんであいつらと組んだんだ」
もう一度同じ質問をする。
「アリスターならもしかしたらそうするんじゃないかと思ったんだ」
それはベンにも最近になってわかった事。ずっと疑問だった。なぜ、彼がチームを組むなんて気まぐれを起こしたのか。そして答えは結局あの男と一緒にあった。ベンにとってアリスターはそれだけ偉大な男だったのだ。
「ちげえねえ。あいつならそんなこともやりかねないさ」
ギリアンはベンの言葉に同意した。
「・・・ベースキャンプまで行ってこようと思う」
突然に切り出す。
「いよいよか」
ギリアンはそれを以外だとは思わなかった。
「その先はどうする? 四層へは二度と入らないんじゃなかったのか?」
「さあな。まだ決めかねてる。教えられる事は教えてきたつもりだ。ベースキャンプまで行って、その先はサヨナラってこともあるかもな」
冗談めかして言うベンだが、ギリアンは何と無くもう決めているのだろうと思った。
「また昔みたいに、特大のお宝を持ってきてくれよ」
ギリアンは再びガハハと笑いながら、ベンの肩を力強く叩いたのだった。
「タッキナルディー、君は私が・・・いや、デミが嫌いなのか?」
その質問は二人の関係にとってあまりにも直接すぎる問いだ。
「・・・そうだな」
ユウキは短く答える。再び訪れる沈黙。
「・・・そうじゃないのかもしれない」
沈黙の先には続きがあって、イッポリートは思わずユウキの方をみる。二人の視線がぶつかった。以前と違ってユウキは視線をそらそうとはしなかった。
「俺は、怖いのかもな」
「怖い? デミがか?」
よく通るハスキーな声が耳を渡る。ユウキはイッポリートの赤い瞳に頷いた。
「俺のいたところではデミは影に生きる生き物だった。人里に生きながら、社会の裏方に徹し、極力表には現れない。自分たちのすぐそばで、実態の見えない何かがうごめいているのがたまらく不気味だった」
これはイッポリートと会うまで、わからなかった感情だ。ユウキにとってデミは、小柄で、獣臭くて、小汚い格好をした、不衛生な獣でしかなった。ユウキの周りで生きる人たちもデミとは積極的に関わろうとはしなかったし、彼らは社会の中でまるでいないもののようだった。
「何かわからないものは人間にとってとても怖いものだ。実態がない恐怖だから、納得をするために実態をつける」
デミのコミュニティーの多いエリアには犯罪が多い。デミに触ると病気がうつる。それは事実の一部ではあるかもしれない。だが、全てではない。でも、デミはそういうものだという事にしておけば実態が生まれた。
「『劣等なもの』。俺が、人間という社会がデミを見下すのはきっと、不安の裏返しだ。君たちの赤い眼から感情を読み取れなくとも、あいつらは俺たちより劣っているのだから大丈夫だという安心感が欲しいからなんだと思う」
イッポリートはキョトンとした顔をしてそれからクククと笑った。
「そんなしっかり答えてくれるとは期待していなかったよ。だが、確かにそう言う側面もあるんだろうな」
表情を崩したイッポリートの赤い眼がユウキの瞳と重なった。
「正直な話。私も君たちが怖かった。人間なんて、野蛮で邪悪な卑劣な生き物だと思っていた。必要に迫られて君たちを情報屋から紹介してもらったがあの時、私はあれでもびびっていたのだ」
「本当に?」
その突然の告白に今度はユウキが表情を崩す。
「本当だとも。まあ、君たちと一月も過ごせば、その恐怖も少しずつ溶けたさ。結局君のいう通り、互いを知らないことが一番怖い事なのかもしれない。少しだけ君を知れた今、私は君の蔑視するような視線が前よりも怖くない」
刺すような冗談を言う。
だが彼女の言う通りだった。少し言葉を交わしただけで、イッポリートの不気味だった赤い眼の中に、きちんと感情が宿っているのを感じられるようになっていた。いや、きっとユウキはイッポリートと過ごしたこの一ヶ月を通して、彼女の感情を少しずつ読み取れるようになったのだ。サトリやベンより時間はかかったが、後はきっかけ、最初に産まれたわだかまりさえ取り除いてしまえば、目の前で無表情に見えた女の子はちゃんと笑った。
学院のドームで出会ったデミの赤い眼を思い出す。あの時だだひたすらに不気味だと思えた無感情な瞳の先にも、今なら何かを感じられるだろうか。
それから話をしながら二人は歩いた。少しぎこちなくとも、それは確かに会話らしい会話だった。
「行き止まり・・・か?」
道は閉ざされていて二人は、そこで足を止める。
「仕方ない、引き返すか。・・・ん? あれはなんだ」
突き当たり岩陰に何かを発見して、ライトを向ける。
「っ!」「!?」
ライトがてらしたそれが何かわかったとき二人は絶句した。
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洞窟の出口に四つの人影が現れた。ユウキ達四人にとって、三日ぶりのトーヴァへの帰還であるはずなのに彼らの顔は浮かない。
「何浮かない顔してんだか」
ベンが3人の様子を見て言う。
「だって・・・」
サトリの声だ。
あの時、ベン達と別れた道でユウキとイッポリートが見つけたのは探窟家の死体だった。内臓だけが食い荒らされていていて、ベンの見立てでは地龍と言われる生き物の仕業だと言う。本来はもっと深い場所に生息しているはずのそれが、三層の浅い部分に現れたことを危険視して、ベンは探窟をそこで切り上げトーヴァへの帰還を決めた。
「探窟家ってのはこういう仕事だ。どんなベテランだって油断すればすぐに死んじまう。仲間とはぐれたか、あるいは仲間はどこか別の場所でくたばってるかは知らねえがあいつも油断したんだろうよ。あんなところで地龍に出くわすなんざ経験があるやつならあるだけ思わないもんだ」
地龍を深い層から追い立てられるもの、それは同じ地龍かあるいは・・・・。そこまで考えてベンは首を降った。今考えても仕方のないことだ。
「せめて、遺体だけでも持って帰ってこられたら」
それが現実的でないことはサトリもわかっていた。ただ、初めて目の前にリアリティを持って現れた死に感傷的になってしまっていた。今まで誰も犠牲にならずうまくいっていたのは結局運が良かったのだ。ベンのお陰でもあっただろう。サトリ達は少し楽観していたところがある。彼女達がああなっていてもおかしくはなかったのだ。
「そんな顔するなよ。俺たちはあいつの魂だけは持って帰ったじゃないか」
そうやってベンが掲げるのはあの探窟家が首からぶら下げていた一対のタグのうちの一つだ。
「もし探窟家が深い階層で死んじまった場合。現実的に遺体を持ち帰るのは難しい。だから身分の証であるタグを持ち帰るんだ。どこで誰が、どうやって死んだか、それを街で帰りを待つ身内に届けてやれば、そいつの魂はトーヴァに帰ってこれる。この街ではそう信じられている。覚えておけよ。探窟家で有る限りきっとまたああいう場面には出くわす。そん時にはちゃんとこいつを持って帰ってやるんだ。それがそいつにとっての救いになる」
それはただの慰めかも知れない。だが同時に、この街で生きる人々が死者を弔うために望んだ信心でもあった。
「・・・・・・」
「まっ、何にせよ今日はここで解散かな。俺はこいつを四老会の登録所に届けてから帰るわ。捜索届けが出てるかも知れないし、どっちにしろこのタグさえ持っていけばあとは向こうでどうにかしてくれるからな」
浮かない3人に解散を告げる。こうして四人は三方に別れてそれぞれの帰路についたのだった。
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イッポリートとベンと別れてから、ユウキとサトリはトボトボと歩いていた。いつもの探索帰りと違って、二人の間には言葉らしい言葉はない。
しょぼしょぼと歩く二人を待ち構えていたようにように一人の男が立ちふさがった。ユウキ達の姿を見て駆け寄ってきたところを見るとここでわざわざ彼らを待っていたらしい。
「お前ら、最近ベン・ベラと組んでる奴らだろ」
貧相な見た目。薄汚れた服。目の下はくまだらけで顔色も良くない。彼は薄ら笑いを浮かべていた。ユウキ達は、警戒の色とともに顔をしかめた。
「そうだが、お前は誰だ?」
「やっぱりな。ここでわざわざ待ってたかいがある」
男はユウキの問いを聞いているのか聞いていないのかそんな事を言った。
「お前達に忠告してやろうと思ってな。ベン・ベラと組むのはやめた方がいい。あいつがなんて呼ばれてるか知ってるか? 『死神』だよ『死神』。あいつと組んだ奴はことごとく死んじまう」
「何を・・・」
「何でそんな事を言うんですか」
ユウキが怒るより前に、その言葉を遮って怒鳴ったのはサトリだった。普段は温厚な彼女のその態度に一番驚いたのは隣にいたユウキだ。
「探窟家ですから、ずっと続けていれば仲間が死んじゃう事だってありますよ。でも、ベンさんがそれを悲しんでないと思ってるんですか、苦しんでないと思うんですか。あの人を死神なんて呼ばないでください」
男は話を聞いているのか聞いていないのか。サトリの言葉を無視して続ける。それは独り言のようですらあった。
「お前らは知らないからだよ。10年前、アリスター・ピットマンの隊が全滅した日。あいつだけが帰ってきた。あいつだけが帰ってこれた。何でだと思う? 簡単さ。あいつは逃げたんだ。あいつは仲間を見捨てて逃げた。仲間を見殺しにして自分だけ生き残ったんだよ」
男の言葉には、強い憎しみが込められているようだった。彼の目は目の前にいるユウキたちを見ていない。
「ベンはそんなことする奴じゃない。もし事実だったとしても何か理由があったはずだ」
ユウキが男の言葉をきっぱりと否定する。
ユウキ達に取り付く島がなさそうだと感じたのか、男の薄ら笑いが止まった。代わりに「ちっ」と舌打ちをうつ。
「まあいい、聞き入れるか聞き入れないかはお前たち次第だ。だがもう一度だけ忠告しておく。あいつと組むといつか死ぬぞ。次に死ぬのはお前か、それともそっちの女か」
男は脅すように二人の顔をそれぞれに見た。
「もう行きましょう」
サトリは冷たくそう言うとユウキの手をとって道を塞ぐ男の横をすり抜けた。
「ははははは。忠告はしたからな」
ユウキ達の背中で男の不気味な声だけが響いていた。
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遺体で発見された探窟家のタグを四老会の登録所に届けた後ベンは「コウモリの穴」で飲んでいた。
「よう、最近は羽振りがいいみたいじゃねえか」
カウンターに座るベンの横に遠慮なく腰をおろしたのは、精悍で白い髭を蓄えた背の低い男だ。
「おかげさまでな。ギリアン」
ベンは彼を澄ました顔で迎え入れる。
「最近は、三層を中心として活動してるからな。あんたんとこにも、いいもん持って言ってやってるだろ?」
「ちげえねえ」
ギリアンは豪快に笑う。
「でもよ。俺は正直こんなに続くとは思ってなかったぜ」
ベンがユウキ達とチームを組んだ事を言っているのだ。
「俺もさ。案外はぐれもん同士ってところが良かったのかねえ」
肩をすくめながら、おどけてみせた。
「今のお前の方が生き生きしてていいぜ。アリスターだってきっと思っている」
「だといいがな」
静かな微笑みとともに彼は答えた。
「ところでよベン」
ギリアンは自らの酒を注文した後ベンに尋ねた。
「お前、結局のところなんであいつらと組もうと思ったんだ?」
ずっと疑問に思っていたことだ。ベンという人間を知っていればいるほど、彼はきっと二度とチームを組まないだろうと思っていたはずだ。それほど、あの頃のベンは世を捨てた目をしていた。
「最近、あいつらの世話焼かされて思ったんだけどよ」
ギリアンの質問に答える代わりにベンはそう切り出す。
「昔、俺がまだアリスターのチームに入る前、バカだったガキだった頃さ。ここで飲んでると、アリスターのやつが呼んでもねえのにやってきて聞いてもない話をペチャクチャと喋ってただろ?」
今ギリアンが座る場所、ベンの右手に座って。彼は聞いてもいないのに、いろんな事を話した。その日洞窟であった事。洞窟にはどんな危険があるか。今なら彼がどうしてそんな話をベンに聞かせていたのかわかる気がする。
「あの頃、アリスターは馬鹿話に交えて俺に色々教えようとしてくれてたんじゃないかと思うんだ。跳ねっ返りのガキに素直に教えても聞き入れないだろうから。世間話をするふりをして洞窟で生き残る術をな」
「今頃気付いたのかよ」
ギリアンはガハハと笑った。
「で? 結局なんであいつらと組んだんだ」
もう一度同じ質問をする。
「アリスターならもしかしたらそうするんじゃないかと思ったんだ」
それはベンにも最近になってわかった事。ずっと疑問だった。なぜ、彼がチームを組むなんて気まぐれを起こしたのか。そして答えは結局あの男と一緒にあった。ベンにとってアリスターはそれだけ偉大な男だったのだ。
「ちげえねえ。あいつならそんなこともやりかねないさ」
ギリアンはベンの言葉に同意した。
「・・・ベースキャンプまで行ってこようと思う」
突然に切り出す。
「いよいよか」
ギリアンはそれを以外だとは思わなかった。
「その先はどうする? 四層へは二度と入らないんじゃなかったのか?」
「さあな。まだ決めかねてる。教えられる事は教えてきたつもりだ。ベースキャンプまで行って、その先はサヨナラってこともあるかもな」
冗談めかして言うベンだが、ギリアンは何と無くもう決めているのだろうと思った。
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