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第1章 PLAYER1
眠り子の守る場所 ①
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例の探窟家を襲ったと思われる地龍とはそれから6日後に出食わした。ベンの指示で彼らはそれを隠れてやり過ごすことにした。大きくて長い巨体、黒光りする体は狭い洞窟ではその一部しか確認できず、まさに龍と呼ぶにふさわしい偉容を誇っていた。
ユウキ達がベースキャンプを訪れたのはそれからさらに一週間後のことだ。
「ここが、ベースキャンプ・・・」
ベースキャンプは三層の幹線の終わりに作られた探窟家達の活動拠点である。宿泊施設や、簡易的な補給も行っており3層の深部や、4層を活動範囲とする探窟家たちにとっては欠かせない存在だ。巨大な岩をくりぬいて作られたと思われるその建造物は想像していたよりはるかに立派だった。
「不思議なとこだ」
イッポリートがその建物をそう表現する。それは探窟家の活動拠点にそぐわない、実用よりも芸術性に重きを置いたと思われるその風貌を指してのことだ。色彩こそ岩の色一色だが、その外観にはこれでもかと幾何的な彫刻が施されている。室内から漏れてくる光が、建物を内側から照らす様はなかなかに美しい。
「古代人達の残していった建物をそのまま利用してるからな。昔は宗教施設だったんじゃないかと言われている。俺たちにふさわしくないほど着飾っているのはそのためさ」
イッポリート言葉を受けてベンが説明する。
入り口をくぐると外観に反して中は簡素な作りになっていた。機能だけを追求して改築を進めたと思われる内観は飾りひとつなく、建物本来が持っていたであろう装飾とのミスマッチは館内をより粗野に見せる。
「こんなところにこんな目立つ建物作って問題ないのか?」
この前見た地龍のような化け物に襲われたらひとたまりもないように思える。
「ここは眠り子達に守られてるからな」
その言葉には聞き覚えがあった。
「『眠り子の加護』ですね!」
サトリが思い出しように声をあげた。『眠り子の加護』確か幸運な人間を指してそう呼ぶのだとベンが言っていた。
「そう、その眠り子さ。このトンネルの守護者だよ。水晶のような結晶体の中に眠る子供達。おそらく古代人達はあれを祀るためにこの神殿を建てたんだろうよ。あれのおかげかどうかは不確かだが、この建物の周辺には獣の類はちか寄らないし、呪いの影響も無い。だから探窟家たちがこぞって探窟の拠点にしちまった。礼拝堂に行けば見れるから後で見てくるといいさ」
結晶体で眠る子供達。その言葉にユウキとサトリは目を合わせた。
「おいおい、こりゃ珍しい客がいるもんだ」
声が飛んできた方を見るとそこには40代前半ぐらいの白髪混じりの男が立っっていた。
「ヘンリーさん」
予想外の再開にベンは満面の笑顔を浮かべる。
「こんなところでお前に会えるとは思わなかったよ。なんだ、なんだ、結局のところお前も洞窟を踏破する夢からは逃れられなかったかい。なんたって、俺の永遠のライバル、アリスター・ピットマンの隊の生き残りだからな」
ヘンリーと呼ばれた男は、ベンとここで会えたことを心から喜んでいるようだった。
「違いますよ。今回は、この辺の探索のために立ち寄っただけです」
「今回は・・・ね」
ヘンリーはその言葉にニヤリと笑う。
「まっ、なんにせよここも久しぶりだろう? ベースキャンプの今の管理人を紹介してやるよ。あの長老もついに引退したんだ」
「じゃあ、ついでに登録を済ませてくるか」
ベンはヘンリーの申し出を快く受け、ユウキ達3人の方に向き直る。
「お前達はせっかくだから眠り子達を見てきたらどうだ?」
それはユウキとサトリには願っても無い申し出だった。結晶体に眠る子供。神々しき者を思い浮かべずには居られなかった。確かめておいたほうがいい。
「私は疲れた。もし部屋が借りれるようなら、先に休みたい」
イッポリートは乗り気ではないようだ。
「じゃあ、とりあえずイッポリートは俺と一緒にこい。登録さえ済ませれば部屋が借りれる。眠り子の場所は、ここをまっすぐ行けば螺旋階段があるから降ればすぐにわかる」
そうして、彼らは二手に別れることにした。
******
ベンの言われた通りに進むと螺旋階段はすぐに見つかった。おそらく、この建物の中心に位置するだろうそこには、下へ下へと円筒状の穴が空いている。ユウキとサトリは、その円筒の壁にそうように設置された階段を下へ下へと降った。
「あれですかね?」
それなりの距離を下った頃、眼下に淡く青白い光が見えた。発光しているのは、半透明の水晶のような結晶でできた物体だ。
「・・・・っ」
階段を下るユウキに突然動悸が走る。
「どうかしましたか?」
ユウキの漏らした声に、サトリが反応する。心臓がばくばくと波を打って、手や額から汗が湧き出る。この感覚をユウキは知っている。緊張だ。だが、なぜ今? 自身の肉体に生じた変化をユウキは無視しようと務める。
「いや。なんでもない」
自分の心が、自分のものではない。まるで意識がだれかに乗っ取られているような不快な感覚がつきまとう。そうこういっている内に、二人は平らなフロアーにたどり着いた。
「これってやっぱり・・・」
その光景を目にしたサトリが、驚きを表情に出した。礼拝堂というにはあまりにも原始的な空間。ほぼむき出しの岸壁を、無理やり人工物で囲ったようなそこでユウキ達を待ち受けていたのは、結晶体の中で五人の子供達が互いに寄り添うようにして眠る姿だった。
「・・・ああ、間違いない。神々しき者だ」
冷静に状況を把握する自分。しかし、その彼とは裏腹に何者かがユウキの肉体を使って、激しく心臓を鳴らし、手に汗を握る。もう、その変化は無視するにはハッキリとしすぎたものになっていた。
「教会が既に発掘しているものでしょうか?」
サトリの指す教会は現実世界での話だ。
「どうだろうな。魂を一つの肉体に収めきれてない。かなり古くに作られた神々しき者だ。力も弱い」
サトリの話をきちんと聞いているはずなのに。答える声は、どこか機械的で虚ろなった。きちんとそのことを考えているはずなのに、常に何か別のものに気を取られている。ユウキの頭の処理能力が、その何かに回されたせいで思考が緩慢になる。奇妙な感覚だ。
「セーブポイントとしては・・・」
「使えないだろうな」
ユウキの言葉にサトリは落胆する。その間にも、ユウキの胸は緊張に脈をうった。一歩、二歩と足が前に進む。その歩みを進めるものはユウキの意思とは言いがたい。トボトボと前に出たユウキは地面に埋め込まれる結晶体を足で踏みつけその上に登る。それから、それこそがここに立つ目的であるかのように中で眠る『眠り子』一人一人の顔を覗き込んだ。髪の短い女の子。次は少年だ。この中で身体が一番小さい。次も少年、そして・・・
「え・・・?」
四番目の、長い黒髪の整った少女を見たときユウキの内側から何かが溢れた。
「そうですか、残念ですけどやっぱりカレーを目指すしか・・・ユウキさん?どうしたんですか?」
ユウキに突然訪れた変化にサトリは戸惑った。
「わからない・・・、突然涙が・・・」
ユウキの中に激しい感情の揺さぶりを感じだ。勝手に溢れ出てくる涙。思わず膝をつく。そして彼はすすり泣き始めた。感情が溢れる。再会の喜び、ここまでたどり着いた安堵、結晶体で眠る姿を見た絶望、やっぱりかと思う納得。その全てのものがユウキのものであっって、ユウキのものでない。
「ユウキさん!?」
突然崩れ落ちたユウキにサトリが駆け寄る。
「お、俺じゃない・・・カイだ。カイが泣いてる・・・、俺の、っひぐ、アバターが、っ、泣いてる・・・」
この感覚には覚えがあった。あの時、ユウキがHisStoriaに目覚めた時、あの船で男と会話した時の感覚だ。
ずっと疑問に思っていた。ユウキの中にはこのアバター、カイ・カニンガルとしての記憶が備わっていた。だとしたら、この体にはあるいはカイの意思がまだ宿っているのではないかと。静かに、涙が流れる。涙を流す自分と、それを見つめる自分。二つの意識が一つの場所にあってユウキの思考は混乱する。
カイの肉体を通して伝わってきたのは。彼の意識。カイはきっとここを、この眠り子を目指して旅をしてきたのだ。少女にに会うために。それは希望を探す旅ではなく、真実を知るための旅。そして彼は今、目的を果たした。目まぐるしく回る感情の嵐の中から、ユウキはかろうじてそれだけを読み取った。
「・・・た。・・・やっと見つけた。やっと・・・見つけた」
こぼれ落ちる言葉は皆、カイの言葉だ。ユウキはなすすべもなく、カイの肉体から溢れ出す怒涛のような感情を垂れ流した。カイが泣いていた。ユウキの肉体、カイ・カニンガルが泣いていた。ユウキは肉体に宿るもう一つの自分のために、彼の代わりに涙を流した。ユウキはカイのためにそうしなければならないような気がした。
より戸惑ったのはサトリだ。
「大丈夫ですよ、ユウキさん。大丈夫ですから」
目の前で突然泣き出したユウキに当惑しながら、サトリはとりあえず彼をなだめようとその頭を抱きかかえ、背中をさすりながら声をかける。ユウキはすがるように彼女の腰に手を回し、そしてその膝の上で泣いた。涙は流しても流しても枯れなかった。まるでユウキの中にいるカイという存在が、ユウキの肉体に残った魂の最後の一滴まで流しきって行くかのような洪水だった。
どのぐらい経っただろうか。ユウキの中で感情の波が引いていくのがわかった。まるで泣き疲れて眠るように、カイ・カニンガルの涙はユウキの肉体から消えて行く。HisStoriaに着いてからずっとどこかで感じていた、カイというもう一人の自分。その魂がユウキの中から消えて行く。いやむしろ、ユウキの中の奥深くで眠りにつくような感覚だ。サトリはそんなユウキを優しく包み続けた。
「もう、大丈夫だから」
ユウキが体を起こす。
「あっ」
不意あげたユウキの顔がサトリの眼前で止まって二人はその距離の近さを自覚する。
「えっと、ごめん」
赤面したのはユウキだけではない。
「はい」
二人は素早くお互いの距離をとった。
「一体どうなされたんですか?」
状況を把握しきれないサトリが尋ねた。
「わからない。ただ、カイが・・・俺のアバターが泣いているのがわかった」
それは不思議な感覚だった。まるで自分でない何者かが、自分であるかのような感覚・・・。
「アバターの記憶・・・」
サトリにも思い当たる節があるようだ。
「カイ・カニンガルというんだ。彼はきっと、ずっとこの場所を目指して旅をしてたんだ。そして、それが今果たされた。なんだろう、奇妙な感覚だ。ずっとそばに感じていたカイという存在が、この肉体の底へ深い眠りについたような」
自分の両手を宙にかざして見つめた。本来、ユウキのものではないカイの肉体。
「私も、感じることがあります。アトリシアという名のこの少女の存在を」
アバターの赤い毛色が、本来ブルネットのサトリとその少女が異なる存在であることを示す。
「私、なんていうかな。ホントは、もうちょっと人見知りなんです」
彼女は少し照れ臭そうに、自分を評した。
「でも、この世界に来て、アトリシアの肉体を得て、なんかいつもより上手に人と話せるというか・・・。私って本当はもっとダメな子なんです。引っ込み思案で人に話しかける勇気がなくて、だから学院でだっていつも一人」
学院での彼女の姿を思い出した。一人で熱心に授業を受ける姿。一人で学食のうどんヌードルを食べる姿。黒髪の少女はいつもどこか寂しそうだった。
「えっと、えっとそういう話じゃなくて。私がいいたいのはなんてゆうか・・・」
それかけた話を軌道修正する。
「性格が肉体に引っ張られる感覚」
ユウキが先回りするように口にした。
「・・・はい、そんな感じです。アトリシアという少女の気性や、考えが私の思考に影響を与えているのだと思います」
「アバターか・・・・」
ユウキはつぶやくように言う。
「アバターってのは一体なんなんだろうな?」
その質問に答えられるものは、ここには居ない。ユウキはこの目で、青白く光る神体結晶を見つめ、この耳で流れる風の音を聞き、この肌で少し肌寒いと感じる。だが、この肉体は決してユウキのものではない。「カイ・カニンガル君は一体誰なんだ?」自分の内側へと放った問いは、何にもぶつかることなく心の奥へ沈んだ。
ユウキ達がベースキャンプを訪れたのはそれからさらに一週間後のことだ。
「ここが、ベースキャンプ・・・」
ベースキャンプは三層の幹線の終わりに作られた探窟家達の活動拠点である。宿泊施設や、簡易的な補給も行っており3層の深部や、4層を活動範囲とする探窟家たちにとっては欠かせない存在だ。巨大な岩をくりぬいて作られたと思われるその建造物は想像していたよりはるかに立派だった。
「不思議なとこだ」
イッポリートがその建物をそう表現する。それは探窟家の活動拠点にそぐわない、実用よりも芸術性に重きを置いたと思われるその風貌を指してのことだ。色彩こそ岩の色一色だが、その外観にはこれでもかと幾何的な彫刻が施されている。室内から漏れてくる光が、建物を内側から照らす様はなかなかに美しい。
「古代人達の残していった建物をそのまま利用してるからな。昔は宗教施設だったんじゃないかと言われている。俺たちにふさわしくないほど着飾っているのはそのためさ」
イッポリート言葉を受けてベンが説明する。
入り口をくぐると外観に反して中は簡素な作りになっていた。機能だけを追求して改築を進めたと思われる内観は飾りひとつなく、建物本来が持っていたであろう装飾とのミスマッチは館内をより粗野に見せる。
「こんなところにこんな目立つ建物作って問題ないのか?」
この前見た地龍のような化け物に襲われたらひとたまりもないように思える。
「ここは眠り子達に守られてるからな」
その言葉には聞き覚えがあった。
「『眠り子の加護』ですね!」
サトリが思い出しように声をあげた。『眠り子の加護』確か幸運な人間を指してそう呼ぶのだとベンが言っていた。
「そう、その眠り子さ。このトンネルの守護者だよ。水晶のような結晶体の中に眠る子供達。おそらく古代人達はあれを祀るためにこの神殿を建てたんだろうよ。あれのおかげかどうかは不確かだが、この建物の周辺には獣の類はちか寄らないし、呪いの影響も無い。だから探窟家たちがこぞって探窟の拠点にしちまった。礼拝堂に行けば見れるから後で見てくるといいさ」
結晶体で眠る子供達。その言葉にユウキとサトリは目を合わせた。
「おいおい、こりゃ珍しい客がいるもんだ」
声が飛んできた方を見るとそこには40代前半ぐらいの白髪混じりの男が立っっていた。
「ヘンリーさん」
予想外の再開にベンは満面の笑顔を浮かべる。
「こんなところでお前に会えるとは思わなかったよ。なんだ、なんだ、結局のところお前も洞窟を踏破する夢からは逃れられなかったかい。なんたって、俺の永遠のライバル、アリスター・ピットマンの隊の生き残りだからな」
ヘンリーと呼ばれた男は、ベンとここで会えたことを心から喜んでいるようだった。
「違いますよ。今回は、この辺の探索のために立ち寄っただけです」
「今回は・・・ね」
ヘンリーはその言葉にニヤリと笑う。
「まっ、なんにせよここも久しぶりだろう? ベースキャンプの今の管理人を紹介してやるよ。あの長老もついに引退したんだ」
「じゃあ、ついでに登録を済ませてくるか」
ベンはヘンリーの申し出を快く受け、ユウキ達3人の方に向き直る。
「お前達はせっかくだから眠り子達を見てきたらどうだ?」
それはユウキとサトリには願っても無い申し出だった。結晶体に眠る子供。神々しき者を思い浮かべずには居られなかった。確かめておいたほうがいい。
「私は疲れた。もし部屋が借りれるようなら、先に休みたい」
イッポリートは乗り気ではないようだ。
「じゃあ、とりあえずイッポリートは俺と一緒にこい。登録さえ済ませれば部屋が借りれる。眠り子の場所は、ここをまっすぐ行けば螺旋階段があるから降ればすぐにわかる」
そうして、彼らは二手に別れることにした。
******
ベンの言われた通りに進むと螺旋階段はすぐに見つかった。おそらく、この建物の中心に位置するだろうそこには、下へ下へと円筒状の穴が空いている。ユウキとサトリは、その円筒の壁にそうように設置された階段を下へ下へと降った。
「あれですかね?」
それなりの距離を下った頃、眼下に淡く青白い光が見えた。発光しているのは、半透明の水晶のような結晶でできた物体だ。
「・・・・っ」
階段を下るユウキに突然動悸が走る。
「どうかしましたか?」
ユウキの漏らした声に、サトリが反応する。心臓がばくばくと波を打って、手や額から汗が湧き出る。この感覚をユウキは知っている。緊張だ。だが、なぜ今? 自身の肉体に生じた変化をユウキは無視しようと務める。
「いや。なんでもない」
自分の心が、自分のものではない。まるで意識がだれかに乗っ取られているような不快な感覚がつきまとう。そうこういっている内に、二人は平らなフロアーにたどり着いた。
「これってやっぱり・・・」
その光景を目にしたサトリが、驚きを表情に出した。礼拝堂というにはあまりにも原始的な空間。ほぼむき出しの岸壁を、無理やり人工物で囲ったようなそこでユウキ達を待ち受けていたのは、結晶体の中で五人の子供達が互いに寄り添うようにして眠る姿だった。
「・・・ああ、間違いない。神々しき者だ」
冷静に状況を把握する自分。しかし、その彼とは裏腹に何者かがユウキの肉体を使って、激しく心臓を鳴らし、手に汗を握る。もう、その変化は無視するにはハッキリとしすぎたものになっていた。
「教会が既に発掘しているものでしょうか?」
サトリの指す教会は現実世界での話だ。
「どうだろうな。魂を一つの肉体に収めきれてない。かなり古くに作られた神々しき者だ。力も弱い」
サトリの話をきちんと聞いているはずなのに。答える声は、どこか機械的で虚ろなった。きちんとそのことを考えているはずなのに、常に何か別のものに気を取られている。ユウキの頭の処理能力が、その何かに回されたせいで思考が緩慢になる。奇妙な感覚だ。
「セーブポイントとしては・・・」
「使えないだろうな」
ユウキの言葉にサトリは落胆する。その間にも、ユウキの胸は緊張に脈をうった。一歩、二歩と足が前に進む。その歩みを進めるものはユウキの意思とは言いがたい。トボトボと前に出たユウキは地面に埋め込まれる結晶体を足で踏みつけその上に登る。それから、それこそがここに立つ目的であるかのように中で眠る『眠り子』一人一人の顔を覗き込んだ。髪の短い女の子。次は少年だ。この中で身体が一番小さい。次も少年、そして・・・
「え・・・?」
四番目の、長い黒髪の整った少女を見たときユウキの内側から何かが溢れた。
「そうですか、残念ですけどやっぱりカレーを目指すしか・・・ユウキさん?どうしたんですか?」
ユウキに突然訪れた変化にサトリは戸惑った。
「わからない・・・、突然涙が・・・」
ユウキの中に激しい感情の揺さぶりを感じだ。勝手に溢れ出てくる涙。思わず膝をつく。そして彼はすすり泣き始めた。感情が溢れる。再会の喜び、ここまでたどり着いた安堵、結晶体で眠る姿を見た絶望、やっぱりかと思う納得。その全てのものがユウキのものであっって、ユウキのものでない。
「ユウキさん!?」
突然崩れ落ちたユウキにサトリが駆け寄る。
「お、俺じゃない・・・カイだ。カイが泣いてる・・・、俺の、っひぐ、アバターが、っ、泣いてる・・・」
この感覚には覚えがあった。あの時、ユウキがHisStoriaに目覚めた時、あの船で男と会話した時の感覚だ。
ずっと疑問に思っていた。ユウキの中にはこのアバター、カイ・カニンガルとしての記憶が備わっていた。だとしたら、この体にはあるいはカイの意思がまだ宿っているのではないかと。静かに、涙が流れる。涙を流す自分と、それを見つめる自分。二つの意識が一つの場所にあってユウキの思考は混乱する。
カイの肉体を通して伝わってきたのは。彼の意識。カイはきっとここを、この眠り子を目指して旅をしてきたのだ。少女にに会うために。それは希望を探す旅ではなく、真実を知るための旅。そして彼は今、目的を果たした。目まぐるしく回る感情の嵐の中から、ユウキはかろうじてそれだけを読み取った。
「・・・た。・・・やっと見つけた。やっと・・・見つけた」
こぼれ落ちる言葉は皆、カイの言葉だ。ユウキはなすすべもなく、カイの肉体から溢れ出す怒涛のような感情を垂れ流した。カイが泣いていた。ユウキの肉体、カイ・カニンガルが泣いていた。ユウキは肉体に宿るもう一つの自分のために、彼の代わりに涙を流した。ユウキはカイのためにそうしなければならないような気がした。
より戸惑ったのはサトリだ。
「大丈夫ですよ、ユウキさん。大丈夫ですから」
目の前で突然泣き出したユウキに当惑しながら、サトリはとりあえず彼をなだめようとその頭を抱きかかえ、背中をさすりながら声をかける。ユウキはすがるように彼女の腰に手を回し、そしてその膝の上で泣いた。涙は流しても流しても枯れなかった。まるでユウキの中にいるカイという存在が、ユウキの肉体に残った魂の最後の一滴まで流しきって行くかのような洪水だった。
どのぐらい経っただろうか。ユウキの中で感情の波が引いていくのがわかった。まるで泣き疲れて眠るように、カイ・カニンガルの涙はユウキの肉体から消えて行く。HisStoriaに着いてからずっとどこかで感じていた、カイというもう一人の自分。その魂がユウキの中から消えて行く。いやむしろ、ユウキの中の奥深くで眠りにつくような感覚だ。サトリはそんなユウキを優しく包み続けた。
「もう、大丈夫だから」
ユウキが体を起こす。
「あっ」
不意あげたユウキの顔がサトリの眼前で止まって二人はその距離の近さを自覚する。
「えっと、ごめん」
赤面したのはユウキだけではない。
「はい」
二人は素早くお互いの距離をとった。
「一体どうなされたんですか?」
状況を把握しきれないサトリが尋ねた。
「わからない。ただ、カイが・・・俺のアバターが泣いているのがわかった」
それは不思議な感覚だった。まるで自分でない何者かが、自分であるかのような感覚・・・。
「アバターの記憶・・・」
サトリにも思い当たる節があるようだ。
「カイ・カニンガルというんだ。彼はきっと、ずっとこの場所を目指して旅をしてたんだ。そして、それが今果たされた。なんだろう、奇妙な感覚だ。ずっとそばに感じていたカイという存在が、この肉体の底へ深い眠りについたような」
自分の両手を宙にかざして見つめた。本来、ユウキのものではないカイの肉体。
「私も、感じることがあります。アトリシアという名のこの少女の存在を」
アバターの赤い毛色が、本来ブルネットのサトリとその少女が異なる存在であることを示す。
「私、なんていうかな。ホントは、もうちょっと人見知りなんです」
彼女は少し照れ臭そうに、自分を評した。
「でも、この世界に来て、アトリシアの肉体を得て、なんかいつもより上手に人と話せるというか・・・。私って本当はもっとダメな子なんです。引っ込み思案で人に話しかける勇気がなくて、だから学院でだっていつも一人」
学院での彼女の姿を思い出した。一人で熱心に授業を受ける姿。一人で学食のうどんヌードルを食べる姿。黒髪の少女はいつもどこか寂しそうだった。
「えっと、えっとそういう話じゃなくて。私がいいたいのはなんてゆうか・・・」
それかけた話を軌道修正する。
「性格が肉体に引っ張られる感覚」
ユウキが先回りするように口にした。
「・・・はい、そんな感じです。アトリシアという少女の気性や、考えが私の思考に影響を与えているのだと思います」
「アバターか・・・・」
ユウキはつぶやくように言う。
「アバターってのは一体なんなんだろうな?」
その質問に答えられるものは、ここには居ない。ユウキはこの目で、青白く光る神体結晶を見つめ、この耳で流れる風の音を聞き、この肌で少し肌寒いと感じる。だが、この肉体は決してユウキのものではない。「カイ・カニンガル君は一体誰なんだ?」自分の内側へと放った問いは、何にもぶつかることなく心の奥へ沈んだ。
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