小指の約束

すもも

文字の大きさ
8 / 9

07

しおりを挟む
2年後6月

気づくと随分と深く掘っていた、あの日のように全身ずぶ濡れで靴から水が染みて気持ちが悪い。矢張りと言うべきか遺体は見つからなかった。

別の場所も掘ることを一瞬思考したがすぐに掻き消す。これ以上は時間の無駄だ。スコップを手に山を下る。風も出てきた、後方で鳴り響く雨と風が女の叫び声に聞こえてならなかった。帰宅した頃には0:00を回っていた。

体が重い、玄関にタオルなど用意しておらずフラフラとした足取りで洗面所へと向かう。洋服ごと風呂に浸かってしまいたいぐらいだったが、風呂は溜まってない。泥にまみれた手を洗うべく洗面所の蛇口をひねる。水の流れる音はいつものもの、なのに、異様なそれに剛の体は固まった。赤い、蛇口から赤い液体が流れている。喉が引きつり声が出ない、硬直した体をなんとか動かすと洗面台の横に置かれたタオルに手が触れてばさばさと床に落ちる、同時に散らばる黒く長い髪。

「あ、あ、あ、あ」

がたがたと体が震えて一歩一歩と後ずさる。神経が高ぶり心臓がばくばく脈打っている。剛の耳に何か音が入ってきた。ざざざざ、ノイズ音。やめればいいのについ耳をそばだてしまう、ざりざりと耳障りなノイズ音の中に声が混じっていた。知っている、この声を知っている。

「どうして私を殺したの?」

喉から絶叫が溢れた、足跡を残しながら玄関へと向かう、扉に飛びつくとガチャガチャと乱暴にドアノブを回す。何時もなら思考せずとも簡単に開く玄関が開かない。

「なんっでだよ!!どうして!!」

声が震える、ドアノブの音がする、焦りで部屋を振り返る。雷が光った。瞬間に目にしたのは捨てた筈のあの指輪。

近くで雷鳴が鳴り響く。

逃げなくては、彼女から、ここから、逃げなくては、頭の中で逃亡という言葉しか思い浮かばなかった。ドアが開くと足がもつれるようにして外へと飛び出した。ただ足が勝手に動いた、雨の中、靴も履かずにただ走った、雨の音も、冷たさも何も感じない。甲高いブレーキの音で我に返える、剛の目の前には大型のトラックが迫っていた、気づいた時にはもう既に体は宙を浮いていた。


明るい日差しを感じて剛はゆっくりと目を開けた。白いカーテンが靡いて、緩やかな時間が流れていた。病院だ。体を起こそうとしたところでうまく動けないことに気づいた。

足にギプスが嵌められていて、どうしてこんなことになっているのだろうとぼんやりと考えて目を見開いた。自分は霊である綾奈に襲われて交通事故に遭ったのだ。雨の音も雷鳴も鮮明に思い出し体を震わせた。

「目が覚めたの?」

白い扉が開いて涼子が入ってきた、長かった髪は出会った当時のようにショートカットになっている、涼子には長い髪よりもショートカットが似合っているな。とぼんやりと思い。彼女に会えたことで剛の恐怖もゆっくりと溶けていった。

「良かった、良かった」

言葉が漏れる、雨が止んだこともあってかもうこれ以上は悲劇が起こらないようなそんな安堵感が剛を包んだ。

「トラックの目の前に飛び出したんだって?」
「あぁ」
「生きているのは奇跡だって先生が言ってたよ」
「そうか」

剛は一息ついて再び涼子に会えたことを噛み締めた。

「なぁ、やっぱり一緒に住んで欲しいんだ。あの時はどうかしてたんだ、許してほしい」

剛は涼子が頷くだろうと確信を持って話しかけた。けれど涼子は沈黙する、剛は焦った。あの時怒鳴ったのがそんなに心を傷つけていたのかと。

「……」

ぼそりと呟く声。

「え?なんて?」
「死んでしまえば良かったのに」

涼子の言葉に硬直する。彼女が何を言ったのか理解出来ない、したくない。そのまま沈黙してしまった彼女のぎゅっと膝のうえで握られた小指には見覚えのある指輪が収まっていて剛は戦慄した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

きさらぎ駅

水野華奈
ホラー
親友から電話があった。 きさらぎ駅という場所にいるらしい… 日常の中の小さな恐怖が今始まる。 触れてしまったが最後。 二度と戻れない。

唯一魂の侵蝕

白猫斎
ホラー
大学三年、夏。退屈を埋めるための些細な悪ふざけ。 閉鎖された「幽霊マンション」へ足を踏み入れた五人を待っていたのは、光さえも物質として削り取る漆黒の闇だった。 闇を抜け、日常へ帰還したはずの瀬良結希を待っていたのは、決定的な違和感。 事故で失った十五歳の妹、結奈。遺影の中で静止していたはずの彼女が、そこでは「生きた質量」として、温かな吐息を漏らしていた。 喜びに沸く周囲。だが結希だけは気づく。この世界に魂は一つしかない。 私たちがここへ来たのなら、元からいた「私」はどこへ消えたのか。 五感に突き刺さるようなリアリズムで描かれる、実存を賭けた「上書き」の記録。 ※生成AI(Gemini)をプロット検討、文章校正などの補助に使用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...