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赤ずきんちゃんの、いちばんこわいもの
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あるところに鼻をひくひくさせるとても可愛らしいうさぎが住んでいました。いつも赤いずきんを被っていましたので、みんなから赤ずきんちゃんと呼ばれて親しまれ、お父さんとお母さん他のたくさんの兄弟たちと平和に暮らしていました。
そんなある日のこと、お母さんが赤ずきんに言いました。
「お庭からにんじんを持ってきておくれ」
赤ずきんちゃんは、お母さんの言葉に困ったように鼻をひくつかせました。にんじんの庭に行くには様々な試練が待ち構えていることを知っていたのです。けれどもまだ小さい弟や妹に危ない冒険をさせることも出来ませんでしたので、赤ずきんちゃんは決意して頷きました。後ろ足を力強く蹴りながら脇にカゴをぶら下げて、木の下にある洞穴のおうちから外に出ます。気持ちのいい青空が広がってチチチと鳥が囀っています。
「赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、赤いずきんを被ってどこ行くの?」
青い鳥が赤ずきんちゃんに話しかけます。
「お庭に行くのよ。にんじんのお庭よ」
「まあまあ!危険なことよ。とても危険よ」
青い鳥は言葉を聞くのも恐ろしいというように、翼をせわしなくばたばた動かして飛んで行ってしまった。赤ずきんちゃんだってそこがとても恐ろしい場所だということを知っているけれど、同時ににんじんのがたくさんある場所だってことも知っている。赤ずきんちゃんはぴょんぴょんとにんじんの庭へと急ぎました。同じような景色を過ぎて、白い柵までたどり着きました。
長い耳を立てて覗き込み、警戒するように右へ左へと自由に耳が動きます。木でできた動かない置物に変な顔が書かれて棒立ちで立っていて、少し盛り上がった土の中には、たくさんのにんじんが植わっていました。誰もいないことを確認してから白い柵から飛び出しました。にんじんに近づいて急いで穴を掘ります。穴掘りは大得意です。一本、二本と、カゴの中に入れてから、少しくらい食べてもいいのではないかと赤ずきんちゃんはひとつにんじんを齧りました。お口のなかに美味しさが広がります。もう少し、もう少しと、かりかり夢中で食べていると。どすんと大きな振動がありました。飛び上がって、にんじんのカゴをつかみます。
「このっ。この!!うさぎめっ!お前だな!うちの庭の野菜を食べているのは!」
箒を持ってばしばしと追い立ててくるのは大きな体の人間です。眉は吊りあがり唾が飛び散っています。赤ずきんちゃんは慌てて逃げましたが、道中ににんじんを落としてしまいました。取りに戻ることも不可能です。草むらのなかに隠れた赤ずきんちゃんは悔しそうに人間を見ました。ああ、人間さえいなければいなければいいのに。
「あのうさぎ!今度来たら捕まえて食べてやる!」
聞こえてきた言葉に赤ずきんちゃんは震えあがりました。赤ずきんちゃんは知っているのです。人間がどんな生き物かと言うことを。人間はどすどす足音を立てて遠くへ行ってしまったのを見計らって、赤ずきんちゃんは草むらから顔を出しました。今ならきっと大丈夫だと後ろ足を蹴りながら進むと、建物の陰から猫が出てくるのを見ました。赤ずきんちゃんは後ろ足で地面を強く叩いて威嚇しますが、猫はにたにた笑っているばかり。
「ちっちゃなちっちゃな赤ずきんちゃん。また泥棒しにきたの?」
「泥棒だなんて!人間の方がケチなのよ!こんなにいっぱいあるのに独り占めしようとするなんて!」
歯をむき出して唸ります。
「人間はそういう生き物なのよ。でも人間って頭が悪いから可愛くしてにゃあと鳴いてあげれば喜んで食べるものをいっぱいくれるのよ?赤ずきんちゃんもにゃあと鳴いてみればいっぱいもらえるわ」
猫は地面をごろりと転がって可愛らしい声で鳴いて見せた。
「うさぎは鳴かないのよ!泣かないの!それに人間はとっても怖いのよ、なんでも食べるの。牛も豚もうさぎも鳥も!なんでも食べてしまうのよ!そんな残酷な生き物と仲良くなれるものですか!」
「味方になれば怖いものなんてなぁんにも無いわ。それに。邪魔なうさぎちゃんを捕まえたら、きっと褒めてくれるわ」
猫の爪がぎらりと光って、赤ずきんちゃんはカゴを取りに行くことも出来ずに慌てて駆け出しました。猫は追いかけてくることなく、その場でいじわるに笑い出しました。
「このままじゃあ。みんなお腹が空いたままだわ」
赤ずきんちゃんは立派なお耳を悲しそうにぺたんと垂らして、とぼとぼ森のなかを歩きます。おばあちゃんが言うには昔はもっと大きな立派な森だったと言います。けれども人間が大きな黄色の機械に乗ってばりばりと音を立てながら土を掘ったり、ぎーぎーと大きな音を立てる道具で木を倒したりして、どんどん住む場所が小さくなっていったんだと言っていました。人間は森すらも食べてしまう。このままではみんなお腹が空くどころか、住む家だって無くなってしまう。森のくまさんがお腹を空かせて人間の家へと行ったら、食べられてしまったという話も聞きました。人間はとっても恐ろしいのです。
「おお!これはこれは美味しそうなうさぎちゃんじゃないか!」
手ぶらで帰れなくて歩いているうちに、入ってはいけないとことまでやってきてしまったみたいです。狼がよだれを垂らしながらこっちを見ています。赤ずきんちゃんは人間と比べれば狼はちっとも怖くありませんでした。狼はそんな赤ずきんちゃんの様子にあげていた両手をゆっくりと下ろしました。
「なんだいうさ公。俺様が怖くないのか?がおーっ!」
両手を挙げて威嚇しましたが、赤ずきんちゃんのお耳はぺたりとしたままです。狼はいよいよ赤ずきんちゃんのことが心配になってきました。
「どうした?俺様が怖くないなんて、具合でも悪いのか?」
「あなたよりも、もっと強いものがあるのよ」
「そんなものがいるものか!俺様が世界でいちばん怖くて最強なんだぞ!あのでっかいくまとだって戦えるんだぜ!」
狼は赤ずきんちゃんを怖がらせようと両手を上に挙げてみせます。けれども赤ずきんちゃんの耳はぺたんとしたまま。
「なんだよ。怖がらないんじゃつまらないじゃないか」
狼は両手を下げてつまらなそうに言いますが、途端に何かを思いついたように頷きました。
「よしうさ公!俺様がいちばん怖いって証明してやるよ!ウサ公がいうもっと怖いものを食べてやる!」
がおと大口を開ける狼。赤ずきんちゃんの耳がぴんと上がります。
「ほんとうに?だってとっても怖いのよ!あれはなんでも食べてしまうのよ。狼さんだって食べられてしまうわ!」
赤ずきんちゃんの言葉に狼はへんと鼻を鳴らしてみせました。
「俺様は最強なんだ!俺様が負けることなんてあり得ない!そのウサ公のいうとっても怖いものはなんだ?」
赤ずきんちゃんは狼をまじまじと見つめたけれど、そこまで言うのならと頷きました。
「人間よ。大きなにんじんの畑を独り占めして、いじわるな猫が一緒に暮らしてるのよ」
「ねこ?ねこ公と暮らしてるなら何も怖い生き物じゃないじゃないか」
「人間は猫と仲間なのよ」
狼はうさぎは猫を怖がっているから、人間もいたずらに怖がっているんだと思いました。だとすれば人間を倒すことは造作もない。赤ずきんちゃんはこのまま手ぶらで帰ることもできず、狼を連れ立ってにんじんの畑まで戻ってきました。あんなに高くにあった太陽もいつの間にかオレンジ色に変わり、山の中へ隠れようとしていました。赤ずきんちゃんと狼はゆっくりと人間の住んでいる小屋へと近づいて、窓からゆっくりと覗き込みました。赤ずきんちゃんのお耳がピンとたつのを、狼は見つかってしまうのではないかとちらりと見ましたが何も言いませんでした。小屋のなかではひとりの老婆が鍋をゆっくりとかき混ぜていました、くつくつと沸騰する白い液体はなんなのかは分かりませんが、そのなかににんじんが入っているのを見つけてうらやましくなりました。
「あれが人間か?」
「そうよ」
「へん。あんなのの何が怖いって言うんだ。熊のほうが大きいじゃないか」
狼は鼻で笑ってやりましたが、赤ずきんちゃんは人間を怖そうに見つめてふるふると震えていました。狼はそんな赤ずきんちゃんの様子がちっとも面白くありません。本来ならばうさぎは狼を怖がるべきなのです、なのに狼を怖がらずに別のものを怖がっているなんて。
「うさ公、俺様があの人間を食ってやるよ」
「ええ?そんなことができるの?」
「当たり前だろう!俺様は狼だぜ!狼はどんな生き物よりも最強なんだ!」
赤ずきんちゃんに牙を見せました、赤ずきんちゃんを怖がらせるためにやってみせたことですが、赤ずきんちゃんは目をきらきらさせて狼を見たので、狼はその視線を受けてたじろぎました。
「うさ公、俺様が人間を食べることが出来たら狼が世界一怖い生き物だって認めろよ!」
「もちろんよ」
赤ずきんちゃんは嬉しそうに頷きました。
太陽はどんどん傾いていき、赤ずきんちゃんは一度おうちへと戻ることにしました。家族は赤ずきんちゃんがにんじんを持って帰らなかったことに一瞬残念そうな顔をしましたが、赤ずきんちゃんが無事であることを喜びました。この日は妹や弟たちが積んできてくれたたんぽぽを食べることにしました。
太陽が沈んでまた昇って。赤ずきんちゃんは目を覚ましました。寄り添って眠っていた兄弟やお父さんお母さん、赤ずきんちゃんはまだ眠っているみんなを起こさないように、昨日の残りであるタンポポを食べてみんなを起こさないようにこっそりと外へ出ました。朝の気持ちの良い風が吹いています。朝の空気を吸い込んで赤ずきんちゃんは草むらのうえを走りました。狼の住む場所へと足を踏み入れてがさがさ音を立てながら進みました。
「狼さん、狼さん」
赤ずきんちゃんは狼さんに呼びかけました。すると草むらの音をがさがさ響かせて、狼がびっくりした様子で出ていきました。
「うさぎ!うさ公!こんなところに来て、他の狼に見つかったらどうするんだ」
なんだか焦った様子です、赤ずきんちゃんはそんな様子の狼に首を傾げました。
「他の狼に食べられたらどうすんだ」
赤ずきんちゃんはそんな狼の言葉に目をぱちくりさせて、ふくふく笑いました。
「狼さんってば優しいのね」
狼はバツの悪そうな顔をします。
「ちげえよ!ウサ公にホウコクする前に食われちまったら俺様の武勇が台無しになるからだ!」
「ホウコク?もしかして」
赤ずきんちゃんのお耳がぴんと立ち、ようやく赤ずきんちゃんは気がつきました。昨日よりも狼のお腹が大きく膨れているのです。
「ああ!昨日の人間はもう俺の腹のなかだぜ!」
へへんと自慢げに話す狼に赤ずきんちゃんは尊敬の眼差しを向けました。
「ありがとう狼さん!やっぱり狼さんはすごいのね!すごいわ。すごいわっ!」
赤ずきんちゃんはそれはもう嬉しくて、狼を中心にしてくるくる回ります。
「やめ、やめろよ!くるくるまわるな!俺様はウサ公が怖がっていた人間を食ったんだぞ!怖いだろう。すっごく怖いだろう!」
狼は爪を見せて獰猛な牙を大口を開けて見せつけました。赤ずきんちゃんは回るのを止めましたが、きらきらした目は止まりません。
「ええ。とっても怖いわ。狼さんはとっても怖くて、とっても優しいのね」
狼はどうしていいか分からなくて、その大きなお口を閉じました。人間を食べれば赤ずきんちゃんは怖がって逃げ出すと思っていたのに、全然怖がってくれません。
「畑に行ってみるわ。にんじんをみんなの処へ持っていくわ。ありがとう狼さん」
赤ずきんちゃんは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて狼の視界からいなくなってしまいました。
畑に着いた赤ずきんちゃんは、畑の上を駆け回りました。狼さんのおかげでこれからはこの畑のにんじんは全部自分たちのもの!うれしくて駆け回り、カゴにつめられるだけにんじんをたくさん詰め込みました。自身が踏み荒らした土がでこぼこになっても、穴だらけになっても、赤ずきんちゃんは気にしません。カゴの中にはたくさんのにんじんがあふれかえって、にこにこ笑顔で満足した赤ずきんちゃんは、後ろ足をけってお家へと帰っていきます。
目を覚ましてタンポポを食べていた家族ににんじんをを見せると家族はみんな喜んで、赤ずきんちゃんもお腹いっぱい食べることが出来ました。
後日、赤ずきんちゃんは、人間が居なくなったニンジン畑に行きましたがそこにはもうにんじんがありません。赤ずきんちゃんはびっくりして畑の上を飛び回りましたが全部掘りつくされてしまっているみたいです。
「そんな……、」
小さく呟くと、そこへ声が聞こえました。まだ他の人間が残っていてにんじんを独り占めしてしまったのかもしれないと、声の方向へとそっと向かいました。そこには、ひとりの人間が固い石の前でしくしくと涙を零して泣いていました。けれど赤ずきんちゃんには、何故その人間が泣いているのかわかりませんでした。
そんなある日のこと、お母さんが赤ずきんに言いました。
「お庭からにんじんを持ってきておくれ」
赤ずきんちゃんは、お母さんの言葉に困ったように鼻をひくつかせました。にんじんの庭に行くには様々な試練が待ち構えていることを知っていたのです。けれどもまだ小さい弟や妹に危ない冒険をさせることも出来ませんでしたので、赤ずきんちゃんは決意して頷きました。後ろ足を力強く蹴りながら脇にカゴをぶら下げて、木の下にある洞穴のおうちから外に出ます。気持ちのいい青空が広がってチチチと鳥が囀っています。
「赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、赤いずきんを被ってどこ行くの?」
青い鳥が赤ずきんちゃんに話しかけます。
「お庭に行くのよ。にんじんのお庭よ」
「まあまあ!危険なことよ。とても危険よ」
青い鳥は言葉を聞くのも恐ろしいというように、翼をせわしなくばたばた動かして飛んで行ってしまった。赤ずきんちゃんだってそこがとても恐ろしい場所だということを知っているけれど、同時ににんじんのがたくさんある場所だってことも知っている。赤ずきんちゃんはぴょんぴょんとにんじんの庭へと急ぎました。同じような景色を過ぎて、白い柵までたどり着きました。
長い耳を立てて覗き込み、警戒するように右へ左へと自由に耳が動きます。木でできた動かない置物に変な顔が書かれて棒立ちで立っていて、少し盛り上がった土の中には、たくさんのにんじんが植わっていました。誰もいないことを確認してから白い柵から飛び出しました。にんじんに近づいて急いで穴を掘ります。穴掘りは大得意です。一本、二本と、カゴの中に入れてから、少しくらい食べてもいいのではないかと赤ずきんちゃんはひとつにんじんを齧りました。お口のなかに美味しさが広がります。もう少し、もう少しと、かりかり夢中で食べていると。どすんと大きな振動がありました。飛び上がって、にんじんのカゴをつかみます。
「このっ。この!!うさぎめっ!お前だな!うちの庭の野菜を食べているのは!」
箒を持ってばしばしと追い立ててくるのは大きな体の人間です。眉は吊りあがり唾が飛び散っています。赤ずきんちゃんは慌てて逃げましたが、道中ににんじんを落としてしまいました。取りに戻ることも不可能です。草むらのなかに隠れた赤ずきんちゃんは悔しそうに人間を見ました。ああ、人間さえいなければいなければいいのに。
「あのうさぎ!今度来たら捕まえて食べてやる!」
聞こえてきた言葉に赤ずきんちゃんは震えあがりました。赤ずきんちゃんは知っているのです。人間がどんな生き物かと言うことを。人間はどすどす足音を立てて遠くへ行ってしまったのを見計らって、赤ずきんちゃんは草むらから顔を出しました。今ならきっと大丈夫だと後ろ足を蹴りながら進むと、建物の陰から猫が出てくるのを見ました。赤ずきんちゃんは後ろ足で地面を強く叩いて威嚇しますが、猫はにたにた笑っているばかり。
「ちっちゃなちっちゃな赤ずきんちゃん。また泥棒しにきたの?」
「泥棒だなんて!人間の方がケチなのよ!こんなにいっぱいあるのに独り占めしようとするなんて!」
歯をむき出して唸ります。
「人間はそういう生き物なのよ。でも人間って頭が悪いから可愛くしてにゃあと鳴いてあげれば喜んで食べるものをいっぱいくれるのよ?赤ずきんちゃんもにゃあと鳴いてみればいっぱいもらえるわ」
猫は地面をごろりと転がって可愛らしい声で鳴いて見せた。
「うさぎは鳴かないのよ!泣かないの!それに人間はとっても怖いのよ、なんでも食べるの。牛も豚もうさぎも鳥も!なんでも食べてしまうのよ!そんな残酷な生き物と仲良くなれるものですか!」
「味方になれば怖いものなんてなぁんにも無いわ。それに。邪魔なうさぎちゃんを捕まえたら、きっと褒めてくれるわ」
猫の爪がぎらりと光って、赤ずきんちゃんはカゴを取りに行くことも出来ずに慌てて駆け出しました。猫は追いかけてくることなく、その場でいじわるに笑い出しました。
「このままじゃあ。みんなお腹が空いたままだわ」
赤ずきんちゃんは立派なお耳を悲しそうにぺたんと垂らして、とぼとぼ森のなかを歩きます。おばあちゃんが言うには昔はもっと大きな立派な森だったと言います。けれども人間が大きな黄色の機械に乗ってばりばりと音を立てながら土を掘ったり、ぎーぎーと大きな音を立てる道具で木を倒したりして、どんどん住む場所が小さくなっていったんだと言っていました。人間は森すらも食べてしまう。このままではみんなお腹が空くどころか、住む家だって無くなってしまう。森のくまさんがお腹を空かせて人間の家へと行ったら、食べられてしまったという話も聞きました。人間はとっても恐ろしいのです。
「おお!これはこれは美味しそうなうさぎちゃんじゃないか!」
手ぶらで帰れなくて歩いているうちに、入ってはいけないとことまでやってきてしまったみたいです。狼がよだれを垂らしながらこっちを見ています。赤ずきんちゃんは人間と比べれば狼はちっとも怖くありませんでした。狼はそんな赤ずきんちゃんの様子にあげていた両手をゆっくりと下ろしました。
「なんだいうさ公。俺様が怖くないのか?がおーっ!」
両手を挙げて威嚇しましたが、赤ずきんちゃんのお耳はぺたりとしたままです。狼はいよいよ赤ずきんちゃんのことが心配になってきました。
「どうした?俺様が怖くないなんて、具合でも悪いのか?」
「あなたよりも、もっと強いものがあるのよ」
「そんなものがいるものか!俺様が世界でいちばん怖くて最強なんだぞ!あのでっかいくまとだって戦えるんだぜ!」
狼は赤ずきんちゃんを怖がらせようと両手を上に挙げてみせます。けれども赤ずきんちゃんの耳はぺたんとしたまま。
「なんだよ。怖がらないんじゃつまらないじゃないか」
狼は両手を下げてつまらなそうに言いますが、途端に何かを思いついたように頷きました。
「よしうさ公!俺様がいちばん怖いって証明してやるよ!ウサ公がいうもっと怖いものを食べてやる!」
がおと大口を開ける狼。赤ずきんちゃんの耳がぴんと上がります。
「ほんとうに?だってとっても怖いのよ!あれはなんでも食べてしまうのよ。狼さんだって食べられてしまうわ!」
赤ずきんちゃんの言葉に狼はへんと鼻を鳴らしてみせました。
「俺様は最強なんだ!俺様が負けることなんてあり得ない!そのウサ公のいうとっても怖いものはなんだ?」
赤ずきんちゃんは狼をまじまじと見つめたけれど、そこまで言うのならと頷きました。
「人間よ。大きなにんじんの畑を独り占めして、いじわるな猫が一緒に暮らしてるのよ」
「ねこ?ねこ公と暮らしてるなら何も怖い生き物じゃないじゃないか」
「人間は猫と仲間なのよ」
狼はうさぎは猫を怖がっているから、人間もいたずらに怖がっているんだと思いました。だとすれば人間を倒すことは造作もない。赤ずきんちゃんはこのまま手ぶらで帰ることもできず、狼を連れ立ってにんじんの畑まで戻ってきました。あんなに高くにあった太陽もいつの間にかオレンジ色に変わり、山の中へ隠れようとしていました。赤ずきんちゃんと狼はゆっくりと人間の住んでいる小屋へと近づいて、窓からゆっくりと覗き込みました。赤ずきんちゃんのお耳がピンとたつのを、狼は見つかってしまうのではないかとちらりと見ましたが何も言いませんでした。小屋のなかではひとりの老婆が鍋をゆっくりとかき混ぜていました、くつくつと沸騰する白い液体はなんなのかは分かりませんが、そのなかににんじんが入っているのを見つけてうらやましくなりました。
「あれが人間か?」
「そうよ」
「へん。あんなのの何が怖いって言うんだ。熊のほうが大きいじゃないか」
狼は鼻で笑ってやりましたが、赤ずきんちゃんは人間を怖そうに見つめてふるふると震えていました。狼はそんな赤ずきんちゃんの様子がちっとも面白くありません。本来ならばうさぎは狼を怖がるべきなのです、なのに狼を怖がらずに別のものを怖がっているなんて。
「うさ公、俺様があの人間を食ってやるよ」
「ええ?そんなことができるの?」
「当たり前だろう!俺様は狼だぜ!狼はどんな生き物よりも最強なんだ!」
赤ずきんちゃんに牙を見せました、赤ずきんちゃんを怖がらせるためにやってみせたことですが、赤ずきんちゃんは目をきらきらさせて狼を見たので、狼はその視線を受けてたじろぎました。
「うさ公、俺様が人間を食べることが出来たら狼が世界一怖い生き物だって認めろよ!」
「もちろんよ」
赤ずきんちゃんは嬉しそうに頷きました。
太陽はどんどん傾いていき、赤ずきんちゃんは一度おうちへと戻ることにしました。家族は赤ずきんちゃんがにんじんを持って帰らなかったことに一瞬残念そうな顔をしましたが、赤ずきんちゃんが無事であることを喜びました。この日は妹や弟たちが積んできてくれたたんぽぽを食べることにしました。
太陽が沈んでまた昇って。赤ずきんちゃんは目を覚ましました。寄り添って眠っていた兄弟やお父さんお母さん、赤ずきんちゃんはまだ眠っているみんなを起こさないように、昨日の残りであるタンポポを食べてみんなを起こさないようにこっそりと外へ出ました。朝の気持ちの良い風が吹いています。朝の空気を吸い込んで赤ずきんちゃんは草むらのうえを走りました。狼の住む場所へと足を踏み入れてがさがさ音を立てながら進みました。
「狼さん、狼さん」
赤ずきんちゃんは狼さんに呼びかけました。すると草むらの音をがさがさ響かせて、狼がびっくりした様子で出ていきました。
「うさぎ!うさ公!こんなところに来て、他の狼に見つかったらどうするんだ」
なんだか焦った様子です、赤ずきんちゃんはそんな様子の狼に首を傾げました。
「他の狼に食べられたらどうすんだ」
赤ずきんちゃんはそんな狼の言葉に目をぱちくりさせて、ふくふく笑いました。
「狼さんってば優しいのね」
狼はバツの悪そうな顔をします。
「ちげえよ!ウサ公にホウコクする前に食われちまったら俺様の武勇が台無しになるからだ!」
「ホウコク?もしかして」
赤ずきんちゃんのお耳がぴんと立ち、ようやく赤ずきんちゃんは気がつきました。昨日よりも狼のお腹が大きく膨れているのです。
「ああ!昨日の人間はもう俺の腹のなかだぜ!」
へへんと自慢げに話す狼に赤ずきんちゃんは尊敬の眼差しを向けました。
「ありがとう狼さん!やっぱり狼さんはすごいのね!すごいわ。すごいわっ!」
赤ずきんちゃんはそれはもう嬉しくて、狼を中心にしてくるくる回ります。
「やめ、やめろよ!くるくるまわるな!俺様はウサ公が怖がっていた人間を食ったんだぞ!怖いだろう。すっごく怖いだろう!」
狼は爪を見せて獰猛な牙を大口を開けて見せつけました。赤ずきんちゃんは回るのを止めましたが、きらきらした目は止まりません。
「ええ。とっても怖いわ。狼さんはとっても怖くて、とっても優しいのね」
狼はどうしていいか分からなくて、その大きなお口を閉じました。人間を食べれば赤ずきんちゃんは怖がって逃げ出すと思っていたのに、全然怖がってくれません。
「畑に行ってみるわ。にんじんをみんなの処へ持っていくわ。ありがとう狼さん」
赤ずきんちゃんは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて狼の視界からいなくなってしまいました。
畑に着いた赤ずきんちゃんは、畑の上を駆け回りました。狼さんのおかげでこれからはこの畑のにんじんは全部自分たちのもの!うれしくて駆け回り、カゴにつめられるだけにんじんをたくさん詰め込みました。自身が踏み荒らした土がでこぼこになっても、穴だらけになっても、赤ずきんちゃんは気にしません。カゴの中にはたくさんのにんじんがあふれかえって、にこにこ笑顔で満足した赤ずきんちゃんは、後ろ足をけってお家へと帰っていきます。
目を覚ましてタンポポを食べていた家族ににんじんをを見せると家族はみんな喜んで、赤ずきんちゃんもお腹いっぱい食べることが出来ました。
後日、赤ずきんちゃんは、人間が居なくなったニンジン畑に行きましたがそこにはもうにんじんがありません。赤ずきんちゃんはびっくりして畑の上を飛び回りましたが全部掘りつくされてしまっているみたいです。
「そんな……、」
小さく呟くと、そこへ声が聞こえました。まだ他の人間が残っていてにんじんを独り占めしてしまったのかもしれないと、声の方向へとそっと向かいました。そこには、ひとりの人間が固い石の前でしくしくと涙を零して泣いていました。けれど赤ずきんちゃんには、何故その人間が泣いているのかわかりませんでした。
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