妖精のような美形魔王は、今日も溺愛してくれます。

嵩矢みこよ

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葉山凛花

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 私、葉山凛花、28歳、独身。本日、会社を退職した。

 いやね、前々より社長とはやっていけないなって思ってたのよ。
 我が社の代表はワンマンどころか、パワハラ最強ブラック企業。怒鳴るのは毎日のこと、説教が始まり数時間拘束。その後仕事が遅いと怒鳴り散らして、お前は会社のゴミだと言い出す始末。たまにワンパンチを入れているのを見逃してはいない。コンプライアンスどうした。
 上の人たちは毎日よくそれに耐えているなあ。なんて感心してたけれど、それが自分にも降りかかってきたのである。

 態度が悪い。と難癖つけられて、意味も分からず数時間の説教が始まる。ごめん、ごめん。私堪え性あると思ってたけれど、あんまりなかったみたい。
 うるせえわ、このやろう。もう辞めてやる!(副音声)
「もう耐えられないんで、退職願書いてきます」と伝えた瞬間、退職になった。

 いや、いいんだよ。辞めたかったから。丁度良かったよね。
 良く耐えたよ。お疲れ様。ってみんなに言われて、私も頷く。だってあの説教聴き続けてたら、間違いなく必殺ちゃぶ台返しを繰り出すところだったもの。器物破損で訴えられなくて良かったよね。

 そんなでその日の内にお別れの飲み会を開いてもらい、帰路に付いているのである。
 ふわふわな足取りだが、荷物が少なくて良かった。前々より退職しようと考えていたので、少しずつ荷物は持ち帰っていたのだ。引き継ぎ用のリストは既に作ってあったので、読めば分かるようになっている。偉いなあ。私。グッジョブ、私。

 二次会過ぎて三次会まで行ったので、今現在朝の四時である。顔はぼろぼろな気がするし、蒸し暑いせいで汗ばんでいるか若干臭い気がする。だからだろうか、気持ちが沈んでいくような気がするのは。
 明日から無職。足取りも重くなるはずである。

 千鳥足で街灯に照らされたアスファルトをとろとろと歩き続ける。タクシーに乗ったはずなのに、どうやら変なところで降りてしまったらしい。
 ほやけた頭で周囲を見回すが、知った場所ではない。住宅街なのにひどく暗くて、公園があるのか大きな木が月明かりを遮っている。

 家はどこだろう。ここはどこだろう。

 ため息しか出ない。今日から無職だ。絶賛彼氏募集中の独り身女子が、無職である。すぐにでも転職サイト登録して、仕事を探さなければならない。予定では半年後ぐらいを目処に転職するつもりだったのになあ。予定外すぎる。

「現実厳しい」
 大きなため息をついて顔を上げると、惚けた頭には眩しいほどの光が目に入った。
 いや、光ではなく、銀色の長い髪を持った真っ白い服をまとう人間だ。腰ほどまであるその髪がゆるりと揺れて、どこの人形かと思った。
 住宅街の小道のど真ん中に、長い銀髪を背中に流した、おそらく男が立ちはだかっている。驚いたのはその格好だった。

 銀の長い髪。格好は真っ白のマントに、細かな刺繍がされた中着。それは足元まで長くワンピースのようで、金属と刺繍のされた厚手の布のベルトで腰を締めていた。白皙の肌は遠目からでも美しく、切れ長の瞳に薄紅色の形のいい唇が女性のようだったが、身長や体格が女性のそれには見えなかった。

 酔っぱらい帰り道の途中、深夜どころかもう早朝という時間にハッピーな人が道を封じるように立ち尽くしている。
 この時間にコスプレとは。いや、この時間だからコスプレしているのか。麗しい顔の、おそらく男性が、ふわりと笑んだ。

 どこの妖精。

 おそらく夢だろう。夢に違いない。男は白い服を着、銀の髪をしているだけでなく、どことなく周囲が淡く白み光っているように見えた。よくよく見ると、足元のスカートがなびいて地面と離れているのに気付く。宙に浮いた男は髪やマントをゆらゆら揺らして、ただその場にいるだけだ。

 夢だね。夢。うん。夢。

 現実の私はちゃんとタクシーで家まで戻って、お家に入りベッドでごろりとしているに違いない。
 うんうん頷いて、足を進める。前の男はこちらを見たきり、碧眼を向けて目を細めた。口元は笑んだまま、動かないくせに視線だけが追ってくる。

 綺麗過ぎて直視できない。しかも今自分は酔っ払いで顔も化粧は落ち、カラオケで暴れたせいで服もよれよれ。暑さで汗臭く、とてもでないが男の人の側に近寄りたくない状態である。夢とは言え、不快なものを美しい男性に見せたくない。

 じりじりと道の端に寄って、その美麗な男の横を通り過ぎようとする。
 男の隣を過ぎる瞬間、ぱしり、と腕を取られた。

「ラキティス。どうして逃げるのですか?」

 男の顔が近付いて、囁くように問われる。間近で見る美形の威力。仰け反りそうになるところを抱きとめられた。
「は、あの?どちら様ですか!?」
「私を忘れてしまったのですか?」

 男は悲しげに眉根を潜めた。そんな顔まで美しいが、見覚えがあったらすぐに分かる顔である。ぷるぷると顔を左右に振ると、なおさら男は寂しげにして腕に力を入れた。
 夢にしては腕が暖かい。そして抱きしめられる力を感じた。

「ずっと探していました。やっと見付けたと思ったのに、私を忘れているなんて」
 男は本当に寂しそうに、その切れ長の瞳に涙を浮かべた。いや、どこの美少女。
 会えたことに嬉しくも、忘れられたことに悲しむことになるとは、と小さく呟いて、男は自分をきつく抱きしめると、そろりと頰にその顔を寄せた。

「忘れてしまったのならば、思い出させるまでです。さあ、参りましょう。私はあなたを迎えにきたのですから」
 そう耳元で囁かれ、ぞわりと背筋が粟立った。色気のある声が頭を痺れさせるようだ。
「あ、あの」

 それより絶対臭いから離してほしい。夢にしては温度や香りまで感じる気がした。男から何だかいい香りがする。その爽やかであって深く甘い香りが鼻腔をついて、その香りで酔いそうになると、ふわりとそれが口の中に入り込んだ。
 否、男の唇が自分のそれに合わさると、押し付けるように舌が入り込み、自分の舌に絡みついた。

「んっ、んんっ」
 深い口づけは当たり前のように行われ、逃げようにもきつく抱きしめられた腕から逃れられず、ただそれを受け入れ続けた。

「ふあっ、はあっ」
 ぺろりと薄紅の唇を舐めて、男はゆるりと笑う。

「帰りましょう。私たちの住処へ」

 その言葉が耳に届くと同時、自分の意識は暗い闇へと沈んだ。
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